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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
私欲少女と直結

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そして掲げる。


「この通りアーサーは何か気付いたそうですが。……二限に授業不在になった姉君が、本当に猫に手間取っていただけなのか気になりまして」

「あ……あ~!大丈夫ですよ!本当に何もありませんでした。自分も移動教室時からずっと見てましたが、危険な目には遭いませんでしたし」


ジョッキを握る手に人知れず力を込めながら、軽い調子でアランは笑い返す。

プライドを純粋に心配しているステイルへの罪悪感もあるが、それ以上にプライドからの懇願を無碍にはできない。

アーサーの爆笑を堪える姿に恐らくプライドが授業自体から逃亡したことぐらいは気付いたのかなと思いながらもここでは言及しない。だが、少なくともプライドが二限でどのような状態だったかまではアーサーも知らないのだろうなということは確信した。


─ 知ってたら絶ッ対笑えねぇからなお前⁈


心の中だけでアーサーへ叫ぶ。

本当はプライドの口止めさえなければ、今この場で酒の肴にしたいぐらいには濃度のある出来事だったのだから。

未だに背中を向けたまま笑い過ぎて首から耳まで赤くしているアーサーが知っているのは、プライドが授業が嫌で逃げ出したということのみだった。

事情を何も知らないカラムとエリックも、ステイルとアーサーの様子と弁護するアランの姿を見比べて確実にまたプライドが何かをやらかしたということだけは理解した。半分笑った状態のまま、いまは下手に出ず彼らの成り行きを見守る。


アーサーからすれば、実力試験では〝うっかり〟で満点を取りマナーの授業では目立たないようにすることで疲労すらしていたプライドが、それでも今日まで必死に目立たない、問題児ではない生徒として振る舞おうとしていた彼女が、その全ての振るって逃げた。あくまで一般庶民の女子向け授業で、一目散に。

それだけでも充分にツボを刺激する要因しかなかった。プライドが教室にいなかった時から、彼女を知らないかと女子に尋ねた中で二限目が被服室で行われたことも裁縫だったことは知っている。しかし、まさかその裁縫で逃亡なんて!と、考えれば考えるほど笑いが込み上げた。


─ あの人、料理以外にも苦手なものあったンだな……


四年ほど前、料理が全く出来ず大失敗した彼女を思い出す。

あまりにも完璧な彼女が、見せた小さな弱点が今でもあったのだと。料理すら短期間で信じられないほど克服した彼女が、また垣間見せた小さな弱点がアーサーには嬉しくて堪らなかった。

小さな弱点に触れる度、改めて彼女も人間なのだと多い知る。

プライドが女子生徒達へ授業に出れなくて残念、とその言葉を言った時の誤魔化しの表情を見れば、彼女が〝授業に出たくはなかった〟のだと簡単に気づけてしまった。まさかと思い確認してみれば、突然羞恥に顔を焦がし、ぷるぷると唇を震わせる彼女は当時と全く変わらない可愛い少女だった。

その表情も可愛ければ、そんなことを必死で隠してたことも、それが王女である彼女が気にする必要もない他愛ない弱点だったことも全部が可愛くて仕方が無かった。思い出せばそれだけで笑いが止まらなくなる。あれほど情けない顔で恥ずかしがるプライドも、しまいには本当の子どものようにパコパコと軽い拳をぶつけてくることも全てが可愛すぎて、血流が早くなった。笑えなければ代わりに心臓が大変だった。

別にプライドを馬鹿にしたわけでも見下すわけでもなく、ただひたすら久々に見るプライドの姿と弱点が嬉しかった。


─ ほんっっとに、できねぇことがあるくらい全ッ然良いのに……!!


むしろ、可愛い。

できないことあっても、笑いはしても馬鹿にする人間など彼女の周りにはいない。裁縫程度、王女である彼女にはできなくても良いとアーサーは本気で思う。それよりもずっと沢山の素晴らしいことができる自分を褒めれば良いのにと思う。

それでも、隠したがる。

必死に隠して、まさかのできないところを見せる前から逃亡する。ある意味見栄張りともいえる部分はそう考えると、ステイルもプライドも一緒だな思う。

ティアラにも探せば何か見栄を張っているものがあるかもしれないとまで考えれば、セドリックに対してだけは未だに怒った振りをすることが多いなと思い出す。彼に対して本気で怒っていることもあるが、アーサーの目からみれば時々怒った顔を取り繕っている時もあった。

やっぱり似たもの姉妹弟だと思えば余計に今日補習を知って落ち込んだプライドが、パウエルに恥を掻いたと思以上込む昼休みのステイルとも重なった。

考えれば考えるほど、思考の端々にプライドが顔を真っ赤にした姿を思い出し、何度でも込み上げる笑いとの戦いでアーサーは一人葛藤し続けた。


「危険ではないのは幸いですが、本当に猫を?姉君がその程度で一限全て費やすとは思えないのですが……」

「結構気性の荒い猫だったんで。最初は下りて来なかったんですけど、プライド様が声を掛けたらそりゃもう煩くて煩くて。その後も隠れるわ寝るわでプライド様も手を焼かされていましたから。結構慌ただしかったですし、だからステイル様達には詳しく話したくなかったんじゃないですか?自分も後で口止めを受けちゃいましたから」

なのでこの話もここだけで!と上手く方便をついて誤魔化すアランは、真実と一緒に酒を大口で飲み込んだ。

もしこの場で、プライドに何もなかったとはいえヴァルと長時間密室の暗がりにいたなどと話せば一瞬で場の空気が凍り付くだろうなと確信する。

黒い覇気を噴き上げて今すぐにもヴァルを問い詰めに行くステイルと、高速の足で今度こそヴァルを殺しにいくハリソンが優に想像できた。下手すれば自分の部屋が二度目の惨劇を迎えてしまう。

あの時に護衛をしていたのがハリソンではなく自分で本当に良かったとつくづく思う。


アランのよどみない言葉にステイルも唇を尖らせるが、それだけだった。

プライドが言いたくない上、アーサーも気付いたくせに教えてくれない。そんな中で自分だけあの二人のやり取りに入れなかったことに大人げなくもふて腐れたい気持ちになってしまった。

赤く染まって必死に怒りながら口止めするプライドも、あそこまで爆笑するアーサーを見るのも久々だったのだから。プライドがあの時初めてだったはずの補習に「二度も」と放っていたことに引っ掛かる部分もある。だがそれ以上にやはり、自分だけが仲間はずれにされたことが、ただ純粋に悔しい。

アランの言葉を聞けば、今回はプライドが危険な目に遭ったのを隠していたわけではないことだけは信じられる。しかし、今も隣で一人爆笑している相棒に、やはりまだ少々の腹立たしさが積もった。

むっとした口のまま、無言で丸くなっているアーサーの背中に肘打ちを落とす程度には。

ぐあっ、と呻いた直後、笑いも引っ込んだアーサーは確認するまでもなく顔を上げる前に怒鳴った。


「ッてぇな!なにしやがるステイルッ⁈」

「いつまでも笑っているお前が悪い。第一王女相手に笑うとは何事だ?」

フンッ、と鼻を鳴らして眼鏡の黒縁を押さえ付けるステイルはそのままグビグビと一息で半分以上残っていたグラスを飲みきった。

どう見てもふて腐れているようにしか見えない王子の姿に、アランだけでなくエリックやカラムも互いに顔を見合わせた。式典ではジルベール相手にもこんな怒り方はしない。

怒っている理由が明らか過ぎるステイルに、アーサーも歯を剥いたがそれ以上は言わない。プライドから口止めを受けているからとはいえステイルだけ共通の話題から置いていってしまったことも、更には本気でプライドがそのことを気にしていることも考えれば肘打ち程度はしかるべきだと自分で反省する。

代わりにジョッキの中身を自分も揃えるようにグビグビと飲みきれば、ステイルもちらりと目を向けてから無言でグラスを彼の方へと傾けた。それを見てアーサーも無言でステイルのグラスに酒を注ぐ。


「ンで?結局明日は俺もテメェと一緒にレイの屋敷に行けば良いンだな?」

「そうだ。もし姉君に手を出そうとするものならば、ハリソン副隊長よりも先にお前が阻め」

わァった、とそう言って自分のジョッキにも酒を注ぐ。

今度はアーサーから腕を回し、軽く当てるようにして手の平でステイルの背中を叩いた。タイミング悪く口を付けようとしたステイルのグラスが波立ち顔に跳ねたが、今度はステイルも文句は言わなかった。少しだけ丸くなったステイルの空気に、エリック達も自然とジョッキやグラスに口をつける。


「こういう時、やはりステイル様とプライド様の同学年にアーサーが居て良かったですね。自分達と違ってごく自然に行動を共にできますし」

「宜しければエリック副隊長もご一緒しますか?僕の方から特別に見目の若返りの特殊能力者に掛け合うように頼んでみます」

「!い、いいえ‼︎お気持ちだけで結構です‼︎」

にっこりとさわやかこの上なく笑い掛けてくるステイルに、エリックは慌てすぎてジョッキの手のまま両手を上げて断った。

まだ機嫌が直っていないのか、悪戯心かそれとも本気なのか。プライドのことに関してだと特にステイルの真意は騎士達にも読みにくい。

エリックからすれば自分の家や家族まで見られた上、子どもになった姿まで見られるなど堪ったものではない。まさかの自分まで十四の姿にされるのかと思えば、エリックだけでなく全員が恐怖でしかなかった。

子どもの頃からプライドと知り合いであるアーサーと違い、自分達は子どもの頃の姿など見せたくもない。代わりに今よりも近くでプライドを守れるとなれば魅力的にも思うが、ここでは己が恥の方が優先だった。唯一その誘いにステイルから目を逸らすことなく、平然と話を聞いていられたのはハリソンだけだった。

騎士達の慌てふためく様子に傾いていた気持ちが少し戻ったステイルは、小さく笑うと再びグラスに口をつけた。「まぁ、冗談はさておき」と彼らを安心させながらやっと話の軌道を戻す。


「レイ・カレンとプライドが話を付けられたとして、ライアーが見つかれば良いのですが」


今後の最大難点であるそれをステイルが口にすれば、全員が難しそうに眉に力を込めた。

予知したプライド自身わかっていないライアーの居所。しかも消息を経ったのも現時点で把握しているだけで六年前。その間に顔付きや髪型が変わっていても当然。プライドと共にレイへ協力するつもりは現時点で全員ある。しかし、協力したからといって見つかるかどうかはわからない。


「明日、詳細を聞き出すことができ次第、改めて私達から騎士団長達にも窺ってみます」

カラムの言葉に、ありがとうございますとステイルの顔からも力が抜けた。

騎士団長達からの協力も得られれば、ステイルにとっても心強い。既に今回の件もカラムとアランから騎士団長であるロデリックに報告は済んでいた。またプライドの〝予知〟と明日もまたジャンヌとして外出するということに、片手で頭を抱えたロデリックだったが、それ以外は毅然としていた。「プライド様を重々見逃すな」と念を圧されれば、アランもカラムも強い一声でそれに返した。副団長であるクラークは既に帰宅後だったが、明日にでもなればロデリックの口から情報が共有されているだろうと考える。

騎士団長、副団長である彼らも顔は広い。更には聞き方次第では騎士団全体にも尋ねることができるかもしれない。


「雇い主さえいなくなれば校内からも〝報酬〟目当ての人間は勝手に消えますし、学校にとっても良いことです。少なくともレイ・カレンがある程度罰せられることは遅かれ早かれ決定事項ですし、目的さえ果たされればいつまでも裏稼業の人間を雇う必要もありませんから」

レイの目的。それをプライドから詳細に聞かされた彼らは、ステイルの言葉になんとも言えず口を結んだ。プライドが彼に協力したいと望む理由も理解できる。しかしだからといって学校や一般生徒を巻き込んで良い理由にはならない。最終的に彼が学校から追い出されるのか、そして学校だけでなく国の法としてどこまで裁かれることになるのか。それはこの場の誰にもまだ推し量ることはできなかった。


「明日からまた忙しくなりますが、皆さんどうぞ宜しくお願いします」


口元だけで微笑みかけるステイルは、そう言ってグラスを高く上げた。

プライドから聞けた現状把握。そして、少なくとも今回は今まで程に切迫した危機がないことが彼にも僅かに余裕を生ませていた。

今後、どう動くか。そしてライアーに辿り着こうと付くまいと、レイ・カレンの行く末は


大きく変わることはないのだからと。


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