Ⅱ242.発明家はムキになり、
「ネイト‼︎私達が寝てる間にどこか出かけてたでしょ?!」
何考えてるの!!と……起きて間もなく母ちゃんにどやされた。
うるせーさっきまでグースカしてたくせにと言い返したけど、言い切った瞬間に耳を引っ張られる。一緒に俺の部屋に来た父ちゃんが慌てて母ちゃんを止めるけど、母ちゃんの尖った目は治らない。
何とか耳から指を放してくれた途端、大馬鹿!と怒鳴られた。あんまり痛くはなかったけど、引っ張られた耳を押さえたままついでに塞ぐ。けれど母ちゃんの説教はその後も余裕で耳に通ってきた。
そんな怪我しているのに、先生にも騎士様にも安静にって言われたでしょ、これ以上無理しないで、一体どこに行ってたのと言われても、俺が言い返す暇もねぇくらい喋るから答えようもない。父ちゃんが一生懸命「まだ病み上がりなんだから」と宥めてくれるから、あともうちょっとで収まるかなと考える。……母ちゃんが俺にこんな怒鳴るのも数年ぶりだ。
ジャンヌに発明を渡しに行ってからそのまま真っ直ぐに家に帰ったけれど、やっぱり往復で結構な時間がかかった。
足も重いし身体中痛いし、リュックも中身減らしたのにやっぱりグラついてまぁそんなもんだよなと思いながら歩いた。別に時間がかかるのは予想できてたし、昨日は夜遅くまで怒鳴り散らす母ちゃんを父ちゃんが宥めるのが聞こえていたから絶対バレない自信もあった。
大体、連日の仕事明けってだけでも疲れて寝てるのに、昨日は俺と伯父さんのことで母ちゃんもぶち切れてばっかだから絶対何しても起きないと知ってた。実際、俺が帰ってきても父ちゃんと一緒に爆睡して起きなかったし。
けど、こうして起きてすぐバレたってことは何かやらかしたかなと思う。
床の土汚れか、汗掻いて服を着替えた所為か、家出た時に横に立て掛けてた荷物を倒したまま放ってたからか、それとも壊れたままの扉の鍵の所為で開きっぱなしにでもなってたか。思い当たるのはそれぐらいだけど、多分それ以外も何かあるかなと思う。伯父さんはそういう痕跡を隠すのが上手かったけど、俺は全然だ。
「ちょっと友だ……、……が、学校の奴に荷物渡しに行っただけだよ。別に走ってもいねぇし、無理もしてねぇし」
「その包帯だらけで動くのがとっくに無理だっつってんでしょうが!」
「?ネイト、お前友達できたのか⁈昨夜先生が言ってた病院まで付き添ってくれた子か⁇」
カンカンに角出して怒る母ちゃんに続いて、父ちゃんが目を丸くして尋ねてくる。
今までずっと発明ばっかで友達なんかいなかったから、それを聞いた途端母ちゃんまで顔の赤色を引いて前のめりに首を伸ばしてきた。
「別に友達じゃねーし‼︎」と言い返したけど、母ちゃんも父ちゃんもそれぐらいじゃ諦めない。どんな子だ、男の子か、女の子か、同い年かと聞いてくる。今までも学校に通っている間聞かれたけど全部「普通」「いない」で通してきたから余計しつこい。
煩くなって、もう母ちゃん達も起きたしと足を引きずりながら自分の部屋から出る。背負ったリュックを父ちゃんが持ってくれて、母ちゃんまで横に引っ付いてきながら居間へ行く。その間もずっとジャンヌ達についての質問が絶えなかった。
玄関前で一度腰を下ろした途端、また「どこか行くつもり⁈」と母ちゃんが聞いてくるからめんどくさくなって「うるせぇぇぇえええええ‼︎」と俺まで怒鳴る。もう二人も起きたし、さっさと壊れた扉と鍵を修理してぇだけなのに。
「早く扉直した方が良いだろ。いつ泥棒がくるかもしれねぇし……」
「それくらいやっといてあげるから、アンタは寝てなさいよ。今度の休みまでには修理屋呼ぶから」
「ネイト。気持ちは嬉しいけど父さんがやっておくから。発明がしたいならベッドの上でやりなさい」
だから発明もせず大人しくしてなさいと言ってるの!と、すかさず母ちゃんが父ちゃんを怒る。
昨日と今日は本当に怒りっぽい。怒ると絶対こんなんだから、根気強くて優しい父ちゃんが最後には収まったんだって昔ジジイが言ってたと思い出す。別に対して動かねぇし、手は殆ど無事なのに二人してまた部屋に押し戻そうとしてくる。
それよりさっさと飯作ってくれた方が良いのに。……母ちゃんの飯だって、久々なんだから。
「それより腹減った。なんか食えるもんねぇの?」
「!ああ、そうだったな。母さん、まだ疲れたままだろう?何なら僕が作ろうか」
「もう充分寝たから平気よ。ネイト、貴方はいい加減手も休めなさい!」
ちょっと母ちゃんの機嫌が直った。
父ちゃんの言葉で気が削げたのか、そのまま早足で台所に向かっていった。母ちゃんが居なくなった途端、父さんが「じゃあ父さんも何か手伝おうかな」と俺の隣に座って板と釘を手に取る。そのまま頭を掻きながら改めて壊れた扉を眺めて息を吐いた。
「扉の穴は大方埋まってるが、……これじゃあ見てくれも良くないからなぁ。やっぱり一度これも剥がしてから板で塞ごうか。鍵の仕組みはまたネイトが作ってくれるのかな」
「……余裕。取手と鍵だろ?特殊能力も要らねぇし、壊れた破片直せばいいだけだし」
カラムが壊したらしい扉の部品は全部ある。材料どころか部品もあればあとは直すのも難しくない。
あの、顔が怖い男がなにか〝特殊能力〟で埋めてくれたお陰で、扉の壊れた穴は壁の一部が溶け出したみたいになって溶接されていた。でも鍵が直ったわけでもなくて手で押せば扉自体がただのハリボテみたいに開くから、誰でも入れる。伯父さんはもう来ないってわかっていても、やっぱりさっさと直して安心したかった。
俺の言葉に「そうだな、ネイトは天才だからなぁ」と明るい声で言う父ちゃんは本当にいつもと一緒だった。昨日はあんな白い顔して、伯父さんのやってたことに腰まで抜かしてたのに。その後だってガンガン切れて泣く母ちゃん押さえて、一番疲れてるのは本当は父ちゃんじゃねぇのかなと思う。……で、それを俺にも母ちゃんにも伯父さんにすらなかなか見せないのも父ちゃんだ。
「届けに行ったっていうのはまた発明か?昨日も父さん達が騒いでいる間も何かやってただろう」
「別に……。ジャン、……アイツが欲しいって毎日うるさかったから仕方なくだよ。昨日はジジイのとこで寝てたから夜は暇だったし」
「そうか毎日会ってた友達がいたのか。けど、今日はゆっくり寝てくれるか?父さんもちゃんと母さんを今夜は寝かせると約束するから」
「どうせもうわりと眠……、じゃなくて。これ全部やって食ったらちゃんと寝る。歩いて疲れたし」
もうかなり眠い。
ジャンヌへの発明二個目を作ってる途中で眠いなと思ったら、母ちゃんが怒鳴り込んできた。あのまま寝たら言うことそのまま聞くみたいでムカつくし、ついでにやっと扉の修理ができるからこうしてるけど。やっぱこの身体で夜通しのまま学校への往復は結構疲れた。
『すっっっごく嬉しいわ‼︎‼︎本当にありがとうネイト!』
……まぁ、後悔はしてねぇけど。
ああやって、父ちゃんや母ちゃんみたいに喜んでくれる奴がいるとやっぱり作ってるのが倍楽しいと思う。一人でも楽しいし満足だけど、喜ばれるとやっぱ違う。
最初は、見せびらかすだけのつもりだった。アレを作り始めた時から、絶対完成したら自慢してやろうと思ったし羨ましがらせようとも思った。
それで、もしすげー気分が良かったら取引相手を紹介してくれるお礼にもう一個ぐらい後で作ってやっても良いかなって思って。……けど。
「そうか。良かった良かった。母さんも父さんところの仕事を辞めてくれることになったし、このままネイトはゆっくり過ごしていていいからな」
「……父ちゃんもちょっとぐらい休めよ」
こんな風に、父ちゃんと並んでのんびり何かするのも久々だなと思う。
「父さんはまだ難しいかな~」と笑いながら言う父ちゃんは、母ちゃんが辞める分仕事場の穴を埋めたいと話した。そのまま話すことも、ずっと本当に大したことない話ばっかで。たまに家族で食卓を囲む時とあんまり変わんない話ばっかだった。
つまんねぇし下らない話ばっかなのに、俺も普通に答えて。塞がった壁部分を剥がして、板を張り直して。父ちゃんがトンカチを叩いている間に俺も取手から鍵まで直してくっつけて、大工仕事は得意じゃない父ちゃんも俺がやり方を言えば代わりに取り付けてくれた。取り敢えず修理屋が来るまではこれでなんとかなるなと、一汗掻いた父ちゃんは拭った手をそのまま床についた。
「……すまなかったな、ネイト。父さんも母さんも気付いてやれなくて」
ぽつり、と言った声はさっきまでの話した時より低かった。
リュックに工具を戻す手を止めて振り向けば、腰を落とした父ちゃんはまだ扉を見たままだった。謝るのなんて昨日何度も父ちゃんと母ちゃんから聞いたし、別に二人とも悪くねぇのに。
寧ろ、叔父さんに発明を見られたこととか、秘密で発明の取引してたこととかを怒られるのが怖かったくらいなのに一度もそれについて責められなかった。
カラムが間に入ってくれなくても、それだけは変わらなかったんじゃねぇかなって思う。ずっと俺に泣いて謝って抱き締められて伯父さんにキレる母ちゃんを宥めて、俺だけ責められないのはいっそ妙な気分にもなった。
「母さんもああ見えてまだ落ち込んでいるんだ。お前にもう無理をして欲しくないから、ああやって強がっているけど」
まだ詳しいことはわかんねぇけど、多分カラムが父ちゃん達に言った通り俺も皆、伯父さんに騙されてたんだろうなと思う。
結局、俺の発明なんて借金で何の足しにもならなくて、利息どころかもしかすると伯父さんの飲み代に消えていたのかもしれない。俺のこの四年は、……本当に意味が無かったことかもしれない。ただドジ踏んで、母ちゃんの言いつけを破って、伯父さんにバレたのがそもそもの原因だってことぐらいわかってる。
「何度謝っても許されないことはわかっている。だから父さんも母さんも言い訳はしない。この先、その分ちゃんと償わせてくれ。そうしても、良いか……?」
「……良い」
隣に並んでからずっと、ふんわりと父ちゃんの匂いがする。
扉の修理が終わって一息ついたからか、父ちゃんが隣にいるせいか、その低めた声か匂いの所為か、ぼんやりと頭が呆ける。はっきりと強い口調で言う父ちゃんは、いつだって誰よりも強くて優しい時だと知ってる。
いつも目を合わせる俺の顔を見ないのも、……そんだけ泣きそうな時だってことも知ってる。
「……償いとか、しなくて良いから。……ちゃんと、無理しねぇで……帰ってきてくれよ……。…………俺、……発明できれば、なんでも……良いから」
ぽとぽとと自分でも何言っているかわからなくなる。
眠気で頭が重くなってきて、そのままのしかかるように父ちゃんに寄りかかる。何も言わず、手だけで俺に膝を貸して横にさせてくれた父ちゃんは、膝も手も微妙に震えていた。
そんなんじゃ寝にくいと思ったけど、頭の次は瞼まで重くなってきて父ちゃんに頭を撫でられながら目を閉じた。父ちゃんの膝は、昨日俺を背負ってくれた時と同じくらい安心して、ベッドの中よりもずっと寝やすかった。
「ご飯ができたら起こすから。……少し、休みなさい」
……本当は、ジャンヌに。
発明なんか、やるつもりはなかった。取引相手を紹介してくれるお礼にもう一個ぐらい作ってやっても良いかなって思った、ぐらいで。
けど、……今こうして父ちゃんの膝で母ちゃんの飯を待てるような時間が戻ってきたのも、本当じゃありえなかったから。
あんな変な発明思いつかなかったし、王子なんかと取引できるわけねぇし、ついでにカラムとか騎士にもムカついたまんまで……、いつかは調子に乗らなくても伯父さんに足を折られてたかもしれない。
『もし貴方さえ良ければ、その問題をもっと早く解決させてあげることができるわ』
見つけてくれたから、ちょっとだけでも返したかった。
喜んでくれると嬉しくて、もしアレが最初で最後の一個になっても良いと思ったくらい全然手放せた。
王子に発明とか、やっぱ俺みたいな庶民のを買って貰えるかもわかんねぇし、……伯父さんがいなくなったからもう売らなくてもいいやって本当は思った。もともと俺の案じゃねぇし、作りたくてじゃなくて褒められたくて、売りたくて、伯父さんから解放されたくて作っただけだから。でも
……ジャンヌの為になら、作ってやってもいいなと思った。
『私だって欲しいと思うし、周りの人も会ったら良いなって言っていたもの』
今も、次も、ずっと。
作ったら本当に驚くだろうなとか、欲しがるかなとか、……あげたら喜ぶかなとか。
作ってるとそれだけで楽しくて、父ちゃんや母ちゃんに作った時みたいな懐かしい感覚が久々で楽しかった。あの時みたいに、またジャンヌにも作ってやって驚かせて、喜ばせてみたい。やっぱ伯父さんが居ても居なくても、これだけは止められない。
また、作りたい。
ジャンヌにも。……誰かにも。
……
…
「ッ放せ‼︎放せぇええええ‼︎‼︎ふざけんな‼︎‼︎父ちゃんと母ちゃんをどこに連れて行くつもりだよ‼︎⁈」
……なんだ?
「黙れクソガキ!!よ~く見ておけ!借金を残し続けた奴は全員こうなるんだからな!!」




