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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
私欲少女と直結

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そして始動する。


「その〝ライアー〟って奴が下級層の人間らしくてなぁ。乞食だか裏稼業だかは知らねぇが、六年前から行方が眩んだとかでその坊ちゃんが血眼になって探しているんだと」


茶飲み話のような口調で語りながら、顔色の変わっていくプライド達を機嫌良く眺める。

ここまで愉快な面が見れるなら一週間ただ働きした甲斐があったと思う程度には気分も良くなっていた。〝裏稼業〟の存在に無表情で青筋を立てるステイルも、落ち着き払った表情で指をパキリと鳴らすジルベールも、じわじわと白い肌を蒼白にさせていくプライドもその全てが彼には面白い。


「レイってのも何所ぞの貴族らしいが、ライアーを探している理由はどいつも知らなかった。家を没落させた原因だの、親の仇だの金持ち逃げしただの恋人だのどいつもこいつも好き勝手に並べてやがったが」

どれも推測の域は出ない。

だが、仮にも貴族の人間が六年も前の行方不明者を捜索する理由など裏稼業の人間にはそれくらいしか思い当たらなかった。そして、事情などはどうでも良いことでもある。あくまで彼らが求めているのは、ライアーの情報それだけなのだから。……それ以上の目論見さえ抱かなければ。

一応容姿の特徴は聞き出したと、ヴァルが思い出す順に次々とライアーついて並べる中でステイルは当時中等部の生徒に尋ねられた特徴と綺麗に一致したことを確認する。ジルベールもその特徴をメモを取るまでもなく頭に一字一句間違いなく刻みながら切れ長な目を研ぎ澄ます。

ステイル達からの話と一致すると同時に、それだけの恨みか執着を買う人物ならば一度くらい裁判に掛けられたことはないかと考える。しかし、どの特徴を聞いても目立ちそうなのは髪程度。いくらでも手が加えられるそれも、ヴァルからの情報だけでも三色は可能性が提示されているのを考えれば今は別の色に染めている可能性もある。それ以外は自分が関わった裁判だけでも三桁は同じような容姿の人間が居た。流石のジルベールも特定は不可能だった。

裁判記録だけで〝ライアー〟の名前を調べることも可能ではあるが時間が掛かる。一日の全てを注ぎ込んでも到底足りるものではない。


「ヴァル、お前はどうなんだ。六年前ならば心当たりはあるんじゃないのか」

並べられた情報を整理しながらステイルは視線の先にいる前科者を睨み付ける。

セフェクとケメトには、以前に〝ライアー〟の話題を聞いた時から尋ねたがまだヴァルには確認をとっていない。十年以上前には庶民だったステイルにも当然ながらそういった男に覚えはない。

下級層且つ元裏稼業の人間だったヴァルならばそれに精通しているかとも考えたが、彼からの返答は「ねぇな」の一言だった。風貌だけで言えばそんな人間は裏通りや路地を歩けば珍しくもない。しかしその中でライヤーなどという名前の人物は聞いたこともなかった。六年前ともなれば既に自分は裁かれて裏稼業から身を引いていた頃だ。そのままそういった関連と関わりを切ったままだった。同業者どころか、今まで売った〝商品〟にすら居たかもしれないと笑いながら話せば、次の瞬間にはセフェクから水が飛んできた。「ケメトの教育に悪いでしょ!」と直後に遅くも弟の耳を両手で塞ぐセフェクにヴァルを袖で顔を拭いながら睨みつける。


そして騎士であるアランとカラムもまた、容姿だけで聞けば思い当たる域は同じだった。

騎士としての今までの任務でいくつも裏稼業の人間とは対峙してきた。その中で今の容姿に当てはまる〝ライアー〟という人間と同じような容姿が何人居たかもわからない。下手をすれば自分達が一度捉えているか討伐している可能性すらある。

しかもライアーがどういった立場かも明確ではない。下級層の人間で探し回される立場であろうとも、それが加害者か被害者かは判断できない。ヴァルの言う〝商品〟になっていたところを保護した人物の中にもそういった容姿の人間が混ざっていてもおかしくはなかった。

ジルベールは彼らのやり取りを聞きながら、静かに情報屋のベイルから渡された情報を思い出した。商品リストを求めていた人間ももしかするとそのレイという青年が関係しているのではないかと考える。

下級層の人間が一カ所に集まる学校で情報を探るのと同じように、下級層の人間が含まれやすい〝商品〟もまたリスト化されていれば一度で複数の人間の情報が手に入る。まるで、以前の自分のようなやり口だと思えば苛立ちもまた増した。そしてプライドは




「予知しました。…………彼です」




たゆたう沈黙の中に一投を放った。

落ち着いた低い声で放たれたその言葉に、部屋中の誰もが見開ききった目で彼女を映す。〝予知〟とその言葉の重みはこの場の誰もが理解している。今までも、その凄まじさを痛感したことは一度や二度ではない。

両目を閉じ、膝に置いて拳を唇と共にぎゅっと縛った彼女の肩は強く強張ってた。目を瞑ったままでもこの場にいる全員からの注目を受けていることを視線の熱だけで感じ取る。

柔らかなソファーの上でも姿勢を正し、背筋を板でもいれたかのようにピンと伸ばして胸を突き出した彼女は、ゆっくりとその紫色の瞳を開いて彼ら一人一人と合わせていった。

「いま、予知しました。……以前の予知も、彼のことでした」


─ 必要なことは全てジルベール宰相とステイル、ヴァルが掴んでくれた。


「以前の……と仰るとどちらでしょうか。我々のみが知る方か、それとも女王陛下がご存知の方か」

ジルベールの静かな声は全員の総意だった。

〝以前の〟という言葉が、プライドが学校視察を始めた理由の件であることはわかる。しかし、彼女の目的は二つある。今の現状はそのどちらとも取りようがある。

誰もが息を飲むこともせず音を殺す中、プライドは一言でどちらの予知かをはっきり告げた。彼に取り掛かると決めた今、隠す意味はない。そして続けて、いま予知したという形にした事実を彼らに告げる。


「レイ・カレンがライアーを探す理由が分かりました。……私は、彼に協力したいと思います」

「プライド。……それは、レイ・カレンを助けたいという意味ですか」

「いいえ、違います」

言葉の意味を確認するステイルに、プライドは凜とした声を響かせた。

予想と異なる彼女の返答にステイルだけでなくジルベールも僅かに目を丸くする。てっきり彼がまた何か道を踏み外す前に止めたいのだと、そう彼女が語るかと思っていた。興味深そうにヴァルも口を結んで鋭い眼だけを向ける中、セフェクとケメトが先ほどよりも遥かに緊迫とした空気に圧されるようにヴァルの左右の裾に掴まった。


─ 彼らのお陰で、これ以上道を踏み外すことは止められた。……けれど。


「彼の犯した罪はきちんと償って貰います。……勿論、彼の背後にいる人物にも裁きを」

「!プライド様。もしや、その背後の人物とはー……?」

いち早く勘付いたのはジルベールだった。

今まで調査してきたことと、ベイルの情報がこの場で一つに重なる。確信をもったジルベールの薄水色の眼差しにプライドもはっきりと頷いた。触発されるようにステイルもその二人のやり取りだけで大方を理解する。まさか、ここでと驚きも大きいが、それ以上に納得もできた。

件の生徒名簿を思い出せば、たぐり寄せられる事実は一つしか考えられない。


─ せめてレイの足取りがわかるうちに、終止符を打とう。


「当然、裏稼業の人間を生徒として呼び込んだレイ・カレンも許されません」

厳しくも聞こえるその物言いに、誰もが口を一度閉ざす。

ティアラも両手で口を押さえながら息を止めた。姉のその厳しい眼差しは、罪人を裁く時とそして誰かを救うと決めた時と同じ強い意志に満ちていた。今自分はプライドに何ができるだろうかと真実を聞く前からそのことを考える。

アランとカラムもそれぞれ口の中を飲み込んだ。これもまた騎士団長に報告すべき事項だと判断すると同時に、彼女が間違いではないと信じる方向へ進もうとしていることも理解する。


─ レイはきっと、何があっても諦めないから。


「ですが、その前に彼と話を。私がジャンヌとして接触します。……共に、〝ライアー〟を探させて下さい。私が見た予知についても」

全てお話します、と。

最後にそう言い切った彼女の言葉に、水を差す者は誰もいなかった。話を聞くまでは善悪の判別も付かない今、全てを飲み込み頷くことはできない。しかし、ただ彼女の迷いのない眼差しに、話を聞いた後も協力する意思は切れないのだろうと誰もが確信した。

沈黙で返すヴァル達以外の全員が、ただ静かに頭を垂らす。


─ 会わせよう。例え、残酷な現実だとしても。


彼女の望みにできる限り準じると、その意思だけを紫色の瞳に映させた。


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