そして決まる。
「一体アーサーにまでどのような文句を言っているというのですか」
私も気になる。
贔屓目に見なくてもアーサーはすごく立派で優秀な騎士だし、完全実力主義の八番隊の筆頭だ。性格も良くて実力もあるのに、どうして落ち込まされるのだろう。
すると今度はアラン隊長もそこまで詳しくは知らないらしく、カラム隊長に目を向けた。
その視線に指先で軽くこめかみに指を当ててから、カラム隊長は少し抑えるような声で話してくれた。
「主に強いていうならば、アーサーの態度……でしょうか」
態度⁈
ちょっと予想を斜めに行く理由に私もステイルも、そしてセドリックも両眉が上がる。まさかアーサーが部下相手に横柄に振舞う姿なんて想像もつかない。確かにノーマンはアーサーの部下だし、入隊も後だけれど‼︎
でもカラム隊長の言葉にアラン隊長は「あ〜〜」と納得したように半笑いした。腕を組んで首を何度も上下に揺らしている。それにカラム隊長は短く溜息を吐いてから続けてくれた。
「アーサーは、騎士団の殆どの騎士に対して敬意を払っているので。……もっと、隊長らしく振る舞って欲しいというのがノーマンの意見らしいです」
ああ……。
やっぱりアーサーはアーサーだった。
聞いてみれば、アーサーが隊長であるにも関わらず自分より立場の低い騎士や新兵にまで腰が低いのがノーマンは不満らしい。私はそんなアーサーも彼らしくて好きだけれど。
でも、ノーマンはアーサーが隊長として指示を出す度に「新兵に対して〝して頂く〟という言葉は不適当です」とか「何故隊長が謝るのですか?当然の判断でしょう」「言われなくてもわかっています。自分も一応騎士なので」と毎回毎回トゲトゲしているそうな。でも、アーサーが自分より年下で入団、入隊時期も後の自分に対して敬語で話すことには彼も不満はないらしい。
「新兵も含めて、入団時期が自分より後の騎士にはアーサーも敬語は基本的に使わないんですけどね」
「ノーマンが入隊してきた当初は、アーサーも敬語無しだったと記憶していますが……」
気がついたらいつの間にか、とカラム隊長がアラン隊長に続けて締め括る。つまりはそれだけノーマンの毒舌コメントにアーサーが恐縮しているということだろうか。
本当に八番隊の中でアーサーって異色らしい。なんだか問題児ばかりの不良クラスに一人だけ優等生が混ざっているようなイメージだ。……実質その優等生が最強戦闘実力者なのだけれど。
「……やはり、この策をアーサーにさせるのは無理ですね……」
ハァ……とステイルが思い出すように溜息を吐いて肩を落とした。
さっき話していた私の策についてだ。私かステイルがやるなら未だしもアーサーにさせるには無理があるという言葉に、私は「ええ、だから私が」と返す。……が、すぐさま「ですが」と切られてしまった。
黒縁眼鏡の奥からギラッと漆黒の瞳を光らせてステイルが私を見る。
「やはりプライドがやるのは危険過ぎます。今日だって彼を怒らせたばかりではありませんか。逆上して掴みかかられでもしたら、どうするおつもりですか」
「大丈夫よ。本当に危なかったらちゃんと避けるし、それに怒らせた私〝だからこそ〟適役でしょう?」
さっきは彼の記憶を思い出した動揺の方が大きかったけれど、そうでなければちゃんと避けられた。武器も持っていない生徒相手なら大体には勝てる自信もある。何よりこの提案をするのには前世のゲームを知っている私が一番上手くできる。
ステイルもこれには納得もしてくれたらしく、険しい表情を浮かべながらも唇をきつく結んだ。多分、彼も本当は私が一番都合が良いこともわかった上で心配してくれているのだろう。正体がバレた時の私の立場も自分より優先してくれている。
「彼らに嫌われても良いわ。……止められさえすれば、それで」
王女として国民に嫌われるのは辛いけれど、彼らが悲劇に飲まれるよりはずっと良い。もしも悪評ができてしまっても騎士団なら話せばきっとわかってくれるし、全て丸く治るのならそれが一番良いに決まっている。
そう思いながら話すと、何故かステイルの表情が余計に険しくなった。何だか私の考えていることを見透かしているような眼差しだ。ステイルだし、私の考えもある程度読まれているのだろう。何より、捉え方によっては私はどうなっても良いと言っているように聞こえたのかもしれない。
ステイルの表情がまるで伝染するようにセドリックやアラン隊長、カラム隊長まで私に向けて心配そうな、難しそうな表情へと曇りだした。
今は私への誤解を解くべく、敢えて意識して明るく笑ってみせる。「それに」と顔を傾け、素直な言葉をそのまま続けた。
「ステイルやアーサーが傍に居てくれて、信頼できる皆が協力してくれているもの。だから平気よ」
大好きな人達が味方でいてくれる。
それなら、助ける為にその人に嫌われてしまっても構わない。
もし彼らや、この先に助けたい民へお節介をした結果、嫌われたり疎まれても結果としてその彼らが幸せになってくれるならそれでいいと思う。だって私はもう今居てくれる皆のお陰で充分過ぎるほど幸せで、その上で私を嫌う民もゲームより幸せでいてくれるなら文句もない。
どうせ王女である私が、民である彼らとこんな風に関われるのはほんの一時だ。その一時で一生彼らが平和な人生を送ってくれればそれで良い。
そう、思ったのだけれども。やっぱり甘えだっただろうか。
明るく言って見せたつもりなのだけれど、何故か空気が重い。……というか暑い。
セドリックだけは正面から頰杖を突いた顔を上げて「俺の命に代えても」と嬉しそうに微笑んでくれたけれど、ステイルもアラン隊長もカラム隊長も私からがっつり顔を逸らしてしまった。お気楽過ぎるか人任せ過ぎると呆れられてしまったのかもしれない。
口を覆ったカラム隊長も手の甲で口を押さえつけるステイルも耳が赤いし、やっぱり王女として恥ずかしくなるくらいお気楽だと呆れられている。
アラン隊長もぐりんっと顔を背けたまま、降ろした手がまるでガッツポーズと見間違えるくらい力強く握られているけれど、こちらは拳を震わせるくらい怒らせたのかもしれない。どうしよう、アラン隊長の拳は流石に私も怖い。相手は鎧を着込んでいたセドリックを手合わせで膝をつかせた人だ。ガリ細の私なら骨折どころか内臓破裂もあり得る。まさか本気で優しいアラン隊長が殴りにくるとは思わないけれど。
セドリックも一拍遅れてから気が付いたのか「ん?」と周りを見回した。それからステイル達に目をやると、何を納得したのか一度大きく頷いた後に「窓でも開けるか」と人払いした部屋で王弟自ら立ち上がって換気をしてくれた。外開きの窓が開いた途端、心地のいい風が吹き込んでくる。
こういう気まずい空気の中でいつものように振る舞ってくれるのはちょっぴりティアラと通じるところがあるなと頭の隅で思う。
「あ……あの、勿論ちゃんと私も責任持って行動するつもりだから。ただ、好きな人達が居てくれるから彼らに嫌われても気にしないという意味で」
「っ〜〜わッかってますから‼︎‼︎追撃して頂かなくても結構です‼︎‼︎」
弁解を試みる私に、ステイルがひっくり返った声で上塗ってしまう。いや、絶対伝わってないと思うのだけれど。
これは呆れるを通り越してステイルも怒っている。だから別に全部ステイル達に丸投げするつもりでもないのに‼︎‼︎
ぷすぷすと隣にいるだけで熱気が溢れてくるステイルは、それでももう言い訳を聞いてくれる気はないように私に身体ごと背中を向けたまま丸くなってしまった。
どうしよう、こういう時にフォローしてくれるティアラやジルベール宰相も今はいない。
一人あわあわしていると、窓を開け終えたセドリックが再び正面のソファーに戻ってきた。ハハハッと楽しそうに笑いながら、また腰を降ろす。
「他でもないプライドに信頼を受けたのならば、応えぬ理由がない。その程度で役に立てるかはわからんが、後は口裏さえ合わせれば良いのだな?お前とステイル王子殿下の指示に従おう」
なんでもいってくれ、と黄金の髪を風に揺らしながら心強い言葉をくれたセドリックは不敵な笑みだった。
この場で足を組んでいないのが不思議なくらい、そして二年前が嘘のような頼れる男っぷりだ。こういうところをもっと全面的にティアラに見て欲しいのに。
そう思うと今目の前で陽の光に照らされて輝く王弟が不憫に思えてしまう。ティアラに関してだけ彼は間が悪いのかもしれない。今はこんなに格好良いのに。
ありがとう、と私はセドリックにお礼を返しながら、具体的に口裏を合わせる為の打ち合わせをする。私もセドリックも一度覚えたことは忘れないし、ここで細かいことを決めてしまえば彼らに怪しまれても誤魔化せる。
宣言通り私が実行犯になることで話を進めて良いか、一応ステイルの背中に再度確認を取ると「もう勝手にして下さい……」と萎れた声だけが返ってきた。やっぱり怒っている。
むしろこんなに心配しているのにと嘆かれているのかもしれない。ステイル達が心配してくれているのはわかっているし、嬉しいとも思うのだけれど今それを言うとまた同じことを言うなと怒られそうなので、代わりに腕を伸ばして俯けたままの頭を撫でた。
それから暫くそっぽを向いてしまったままのステイルを置き、私とセドリックは二人で打ち合わせを進める。
全て話し終えて纏まった頃には、ステイルも身体を椅子の正面に向けて座り直してくれた。曇った眼鏡を拭きながら、隣で長い溜息を吐く姿に弟を私以上に老け込ませていないか少しだけ心配になった。
最後に全て終えてからセドリックに学校初日はどうだったか聞けば、目を輝かせて「とても有意義なものだった!」と元気の良い返事が返って来た。まぁ私のクラスでも噂になるくらいの充実ライフだったのだろうけれど。
「学校というものは実に面白い。やはりハナズオ連合王国でも取り入れて欲しい。先日兄さんには手紙を書いたのだが、暫くしたら兄貴にも書こうと思う」
是非学校制度をハナズオにも、と。そう生き生きと声を張るセドリックは、風の吹き込む窓の外へ視線を上げた。
アラン隊長には迷惑をかけたが、とセドリックが少しだけ申し訳なさそうに声のトーンを下げると、アラン隊長が篭り気味の声で「とんでもありません」と明るく返してくれた。
まだ顔が若干赤いけど、今は凄い機嫌が良いように笑顔だ。もう怒ってはないようでほっとする。
「セドリック王弟殿下はクラスでも何処でも学校中で人気でしたね。同じクラスの生徒からは国際郵便機関に関しての話も多くありましたし」
特別教室であるセドリックのクラスは上層部や貴族などの上級層の子どもばかりだ。
高等部には纏めて十六歳から十八歳までの男女が詰まっているけれど、王弟であるセドリックが注目の的なのは想像に難くない。しかも国際郵便機関は学校制度に並ぶ注目の新機関だし、その統括役なら余計にお近づきになりたいと考えるだろう。社交界のパーティーよりも競争相手が少ない分、今が好機と狙う人も多い筈だ。中にはセドリックの恋人ポジションを狙っている令嬢も多いだろうし。……ティアラに猛烈片思い中のセドリックを落とすのは無理だと思うけれど。
「選択授業を全て履修というのは中等部もか?男女別の授業というものも面白い。授業内容自体は通常教室と殆どは異なるようだが……俺もその内〝騎士〟の授業でカラム隊長から再び手解きを頂けると思うと今から楽しみで仕方がない!」
ビクッ、とカラム隊長の肩が上下した。
騎士の授業は数少ない庶民と特別教室両方の共通科目だ。
さっきまで逸らしていた顔をこちらに向けてくれたカラム隊長は、僅かに熱した顔で「あ、あくまで基本的な技術のみですが……」と謙遜というよりもどこか念を押すようにセドリックに返した。引き攣った口端で笑みながら目が少し泳いでいる。
以前までは普通にセドリックと手合わせをしてくれていたカラム隊長達だけれど、奪還戦の後からは「我が国の国際郵便機関の統括役の方にこれ以上は」と断っていた。恐らく奪還戦でのセドリック無双の所為だろう。
セドリックもとても残念そうだったけれど、代わりに騎士団演習場での騎士達と正式な手合わせなら騎士団長が許可してくれたとカラム隊長が続けたらとても喜んでいた。
特にハリソン副隊長は前のめりに「是非、何度でも」といっていたけれど。……またあの乱闘が何度もあるのかと思うと私の方が少し肝が冷える。
当時、ティアラにも後からその話をしたら、顔色を真っ青に変えた後に今度は頬を膨らませて顔で怒っていた。「あの人は危なっかし過ぎます!」と声を荒げたティアラのことは未だにセドリックへは言えない。言ったらまた落ち込む未来しか見えないもの。
「確か通常教室の方では男子が剣技や身を守る格闘術、身体能力向上や土木などに対して女子はー……」
ビクッ。
今度は私の肩が上下した。男女別の授業に関しては私もジルベール宰相と考案したから全て頭に入っている。
じわじわと顔から首筋、ドレスの下まで汗で湿りながら誰にも気付かれないようにと顔色に全力で気を張りながら「楽しみね」と笑って見せる。
アレだけは、……絶対に避けたいと心の底から願いながら。




