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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
私欲少女とさぼり魔

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やり過ごし、


「………………ハァ?」


まさかこんなところで、不良取り締まりの見回り強化が自分の首を絞めるとは思わなかった。いや今まさに私みたいな生徒を取り締まる意味合いも強いから見回り自体は正しいのだけれども‼︎

答えれば答えるほど羞恥心で居たたまれなくなる。気が付けばヴァルから顔ごと逸らしないがら、自分の腕を掴んで力を込めた。もうお願いだから長話も何でも良いからどっかに隠して!と心の中で叫ぶ。

今こうしている間にも教師や生徒に見つかったらと思うと落ち着かない。佇んだまま無意味に足で左右に地面を擦ってしまう。


「つまりはサボりってことか?」


ぎくり。

直球大当たりの問いに、正直に肩が大きく上下する。口の中を何度も飲み込んで、むむむと唇を絞ってから頷いた。

その通り、間違いなくこれはサボりだ。

仮にもこの国の第一王女が授業をサボりなんて、と羞恥心がふつふつと胸の内から沸いてくる。それでも返事をくれないヴァルに、顔を向けられないまま私は意識的に口を動かしてこの上なく恥ずかしい理由を吐露する。


「……どうしても、出たくない授業があって……。…………その、こっそり抜け出しました。講師には本当に悪いと思っています。フィリップとジャックにも、どうかこの事は秘密にして下さい……」

言ってしまった。

自分でも糸のようにか細い頼りない声になってしまう。正直、ステイルが居たらお説教受けても仕方が無いレベルだ。第一王女として真面目に授業を受け、更にはこの学校のカリキュラム作りはジルベール宰相やステイルが考えてくれたものを私も目を通したものだ。私自身が推奨して、更にはジルベール宰相とステイルや上層部が一生懸命協力して考えてくれたものを一限でも無碍にするなんて最悪過ぎる。何より、わざわざ派遣したにも関わらず貴重な選択授業を突っぱねるなんて講師の先生に失礼だし、よりにもよってその講師の先生はー……。

鬱々と考えれば考えるほど肩身がこの場でも狭くなる。両肩が強ばり上がってしまうまま首を窄め、今からでも授業に戻るべきか、いやでも逃げたいという欲求が混ざり合う。すると




「~~ッヒャッハハハハハハハハハ‼︎‼︎授業が嫌でサボりだぁ⁈随分とガキらしくなってるじゃねぇか‼︎」




ヒャハハハハハハハハハッ‼︎と、ヴァルの大爆笑が目の前に振りかけられた。

声が大きい‼︎と怒鳴りたくなったけれど、ここはぐっと奥歯を噛んで堪える。ここは大人に、冷静に、冷静に。あくまで私はお願いする側というのは変わらないのだから。

〝大人〟という言葉を十回以上頭の中で唱えてから、逸らしていた顔を彼へと向ける。無意識に睨むように見上げてしまえば、ヴァルはお腹を抱えたまま私を人差し指で差して心から楽しそうに笑っていた。一瞬、本気でその指に噛み付いてやろうかしらと思ってしまう。十四才の身長が憎い。

両拳を握って堪えながら「なので、貴方に匿ってもらえたらと……」と改めて同じ言葉を繰り返してお願いしようとしても、ヴァルの爆笑は止まらない。私が授業から逃げたということが大分ツボだったらしく、飽きもせず大声で笑い続けている。ここが校舎裏で本当に良かった。

面している校舎の壁窓も全部使われていない物置や書庫の窓だから気付かれる心配はないけれど、そうじゃなかったら確実に



「ああ!どうも、見回りの教師の方ですよね⁈お疲れ様です‼︎」



ひぃっ⁈

警告するようなアラン隊長の大声に私は思いきり振り返る。確実に警告してくれている‼︎

私達に届くようにと響く声で見回りの先生と会話をするアラン隊長に心から感謝をしながら私は正面にいるヴァルにしがみつく。

壁に‼︎壁に‼︎と、必死に身を隠すべく笑い声の止まったヴァルを壁へと押しやる。ヴァルもすぐにこれには対応してくれて、私が命じる間もなく壁に背中をぶつけた途端特殊能力を使ってくれた。校舎の壁がぐわりと覆うように動き、隠してくれる。内側からはただの真っ暗な空間だけれど、きっとまたさっきみたいに完璧に壁の一部になってくれたのだろう。


私達が隠れたことに気付いたのか、アラン隊長の声も聞こえなくなり壁を通してうっすらと人の声が聞こえる程度になる。取り敢えず無事に隠れられたことにほっと息を吐き、胸をなで下ろす。……なんか、アラン隊長にももの凄く苦労をかけている気がする。

そう思うと今度はハァァァァ………とまた安堵とは違う重みの籠もった息を吐き出した。がくん、と頭を垂らせばそのまま正面に立つヴァルに額がぶつかった。


「……壁に追われる側は趣味じゃねぇな」

私の溜息よりも遥かに低い声が上から掛けられた。

はっと気が付いて顔を上げれば、ヴァルが眉を寄せた顔で真上から私を見下ろしている。

息苦しくないようにか、それとも明かりが差し込むようにか見上げれば天井部分には小さな穴がいくつも空いていた。お陰で彼の不機嫌な顔がはっきり見える。

教師から隠れられたことにほっとして気にしなかったけれど、よく見回せば結構な範囲を一度に構築してくれていたんだなとわかる。高さは二メートルちょっとくらい、覆われた空間の広さは畳二畳分だろうか。なかなか快適な広さだ。配達人として野宿も珍しくないという彼らだけれど、もしかしてこういう空間で寝ているのかなと今更ながらに考える。

返事もせず口を開けてぐるぐると空間内を見回してしまうと、今度は「いつまで掴んでやがる」とヴァルからお咎めが入った。見れば、彼を壁に追いやったまま服に皺ができるほどがっつりしがみついていた。

ごめんなさい、と慌てて手を離し半歩下がっても形成された壁には余裕でぶつからない。もう二歩下がってやっと背中を壁に預けられた。


「まさかこんなご趣味があるとはなぁ?今のが王族サマ流の〝誘い方〟ってやつか?」

「ッ違います。校内ではその呼び方も止めて下さい!」

もちろんフィリップにも!と、声を掠むほど潜めて怒る。

何故二人しかいない時にすら誤解を招く言い方をするのか‼︎しかも人に聞かれる心配がないとはいえ、こんなところで王族呼びは止めて欲しい。

私が離れた途端、押しやられた狭さから解放されて機嫌が直ったのか、ヴァルから今度はニヤニヤとした嫌な笑みが引き上がり出す。いや、私が力一杯自由に怒鳴れずに怒っている姿が面白いのかもしれない。

確かに急いでいたとはいえ、思いっきり背中押しやって叩きつけたのは悪かったかもしれない。だけど校舎の壁しか擬態するものはなかったし慌ててたから仕方ない。


「こっちなら悪くねぇが」

握られた服の皺を伸ばそうともせず、ニヤニヤと楽しそうな笑みを浮かべるヴァルはゆらりと一歩近付くと、上半身から首を伸ばすようにして顔を近付けてきた。

前のめり過ぎたのか、そのまま両手を私の左右の壁へと付ける。謝ろうとした矢先、完全に同じ事をやり返された。契約のお陰で私の方は壁に叩きつけられなかったけれど。代わりに鼻同士どころか額までぶつかりそうなほど顔を近付けて圧をかけられる。


「でぇ?この先はどうしてぇんだ?」

「取り敢えずこのまま匿って貰えればありがたいです。授業が、終わるまでは」

「ハッ。仰せのままに」

にやにやとこちらの反応を楽しむように覗いてくるヴァルへ、今度こそ素直にお願いすれば「ヒャハハッ!」と短く笑った後に背中ごと反らされた。

仕返しの気は済んだらしく、壁際から両手を降ろして私を解放すると、校舎側への壁へと背中をつけて座り込んだ。確かにこのまま立っているのも落ち着かないと思い、私からも腰を下ろす。

いつものくせでスカート部分が汚れないようにと気をつけてしゃがむけれど、よく考えれば今はドレスじゃなくて庶民の格好だ。それなら少しくらい汚れて良いかと、体育座りをして膝を抱える。

すると、あぐらに肘をついていたヴァルが溜息を吐くと同時に足下の地面までザララッと変わっていった。

チクチクする小石がなくなり、フローリングのようなつるつるとした感触になる。手で撫でてみたら汚れも殆どつかない感覚に、私は一言お礼を言ってから足を楽に崩した。なんだかんだでくつろげるようにしてくれたのはありがたい。

教師の近付いてくる気配もないし、ほっと肩の力を抜いて息を吐けば「それで」とヴァルが再び低い声で投げかけてきた。


「一体何の授業でわざわざ逃げ出してきやがった」

「…………それだけは詮索すること自体禁じます」

命令です、と特権を振りかざしてこれだけは目を閉じ断る。

すると「なるほどなぁ?」という楽しそうな声と共に私を見る顔がニタニタと楽しそうに歪んでいく。こればかりは口が裂けても言いたくないから彼が私だけじゃなくステイルやアーサーにも聞けないようにと手を打たせて貰った。


「テメェみたいなバケモンにも苦手なもんがあるとはなぁ?それが知れただけでも今回の誘いに乗ってやった甲斐がある」

「……。貴方こそ、さっきまで何をしていたのですか。仕事中だと思っていましたが、寝ていたように見えました」

「昨晩も配達続きだったんでな。しかも昼間は何所ぞのガキの家への往復だ」

んぐっ、と思わず返事につんのめる。

棘込みで意趣返しをしたつもりが、完全に押されてしまった。そうだ、昨日は彼を突然呼びつけた上にネイトの家まで緊急タクシーをして貰ったんだった。

しかも私達はそのままネイトとお医者様のところでまったり話を聞いていたけれど、ヴァルには更に残業を任せてしまった。ただでさえ配達の仕事が放課後1日ずつにしかできなくて忙しいヴァルに余計な労働を強いたのは他ならない私だ。

むしろここは謝るべきなんじゃないかと、言葉に詰まっているとその間にもヴァルは頬杖をついたまま大きく欠伸を零した。天井の明かりから、牙のような歯がチラリと見える。


「ここ三日は悪ガキ共も沸いてこねぇ。全員尽きちまったか、なりを潜めてやがるだけかは知らねぇがな」

お陰で今も暇だ、と言うヴァルはそこまで言うと崩した足から今度はごろりと横に転がった。やっぱりそれなりに疲れているらしい。

寝不足で疲れている上に、いくら網を張っても不良が現れなければ睡魔に襲われるのも仕方が無い。……というか、現在進行中で敢えて授業をエスケープしている私には非難する資格もないと思い直す。

ごめんなさい……と、潜めた声で頭を垂らして謝罪すれば、ヴァルから「詫びられる覚えもねぇ」と二度目の欠伸混じりに返された。


「どうせならその色気のねぇ姿より、いつもの身体の方なら歓迎だったが」

「余計なお世話です!」

謝った直後にも関わらず、ビシッといつもの調子で鋭く返してしまう。

十四才の姿且つ庶民立ち位置の所為で今は服装も普通だし自分の身体についても哀しいくらい自覚している。思わず両手で隠したくなりながらヴァルを吊り目で睨み付ければ、にやにやと馬鹿にするような笑みだけが返ってきた。


「居てぇなら勝手にしろ。俺も好きにさせて貰うぜ。昼休みに間に合いたけりゃあ、テメェが起こすんだな」

堂々と二度寝宣言をしたヴァルはそこまで言うと、本当に目を閉じてから私に背中を向けてしまった。

取り敢えずこのまま待機の許可は貰えたことに無言で私は、ほっと息を吐く。けれど唯一の話し相手が居なくなったことは少し残念だ。いや、居候の身で贅沢言えないのはわかっているのだけれども。

昼休み……と聞いて、そういえば授業が終わったらまたステイル達が急いで戻って来てくれるんだったと思い出す。ここから高等部一階にある専用教室まではそこまで距離も離れていないし、鐘が鳴ってからでも充分間に合うと思う。けど、前みたいに移動時間分授業を早めに切り上げられたら……と思うと、ここは予鈴が鳴ったらすぐに走って戻るのが一番良さそうだ。ヴァルも時計は持っていないし私も今は持ち歩いていない。

外の様子でも観察しようかなと思ったけれど、……残念ながら天井しか穴がない。この人はこの状態でどうやって不良を察知しているのかと考えたけれど、多分壁が薄い分声や気配でわかるのだろう。

人が居ない分、外の音も風の音くらいしか聞こえない。なんとなくコテンと壁に耳をつけてみるけれど、やっぱり足音も聞こえない。ここで不良でも現れたら、その時は彼を起こす役も私だろうか。

授業中も上の空になることはわりとあるし、このまま特別教室の彼のことについてでも考えておこう。ネイトのことも落ち着いたし、残すは攻略対象者もう一人を思い出すだけ。そうすれば極秘視察が終わってからも、やりようはいくらでもある。

水面下で動いてくれているジルベール宰相達が首根っこ掴んでしまう前に、せめてライアーを……。


「…………?」

ぐるぐるとそんな考えを巡らせている内に、ふとさっきは聞こえなかった音が耳に細く通った。

考えたまま自然と俯いていた顔を上げればヴァルからだ。……どうやら寝息らしい。本当にすぐ熟睡してしまった。

やっぱり疲れていたんだなと思うと、こんな個人的なことで一度起こしてしまったのが申し訳なく感じられた。本当だったらさっきの高台でもっとゆっくり休めた筈なのに。また階段の踊り場でも可能性はあるけれど、少なくとも本当にここは誰もこない。これは確かに眠くなる。


寝ているヴァルを前に、急に寝息が気になってしまって一度思考が止まってしまう。

そ~っと壁際から身体を浮かせ、四つ足のまま近付いてみるけれど全く気付く気配もない。彼が寝ている姿を見るのは何度もあるけれど、本当に起きないなと思う。どこでも熟睡できるというのはちょっと羨ましい。

一歩一歩近付いて、とうとう上から彼を覗ける位置まで気付かれずに来れてしまった。さっきまでの眉間に皺でもニヤつき顔でもない、力の抜けた顔だ。つい忘れるけれど、今の彼は実年齢の私よりも年下の姿なのよねと考えると何だか妙な感じがする。正直ピンとこない。

そこまで考えてから、ふとこれはマナー違反だと気が付いて覗く顔を上げる。なんだか見慣れている所為で抵抗感もなくなってしまった。

基本的に私が寝てる顔を見た時って全て不可抗力案件ばかりだから申しわけない。彼の隣に腰を下ろしたまま、また元の壁際へー



ごろんっと。



「……?」

ふと、戻るべき壁際へ目を向けたのと殆ど同時に膝へなにかがぶつかった。

ごろりとした感覚に一瞬肩が上下したけれど、振り返ってみればヴァルだ。さっきまで校舎側に身体を向けて寝ていたのに、寝苦しかったのか今は仰向けに転がっていた。私がすぐ隣に両膝を降ろしていた所為で、中途半端に側頭部がぶつかっている。結果、顔だけが真上じゃなくて斜めを向いてしまっている。目が覚めたら寝違えていそうだ。

でも起きなくて良かった。流石に二度も睡眠を妨げたくない。取り敢えず邪魔していた膝をそ~っと引き、彼の気道を確保する。起こさないようにと彼の頭に下から慎重に掬い上げるように手を添えて




自分の膝へと乗せる。




「…………」

大丈夫。やっぱり起きない。

やっぱり枕有りの方で正解だったらしく、寝息も消えて静かになった。いくら能力で舗装されているとはいえ固い地面の上ではあるし、こちらの方がまだ安眠できると思う。

せっかく睡眠時間を押してまで間借りしているのだし、せめてこの後の数十分くらいはゆっくり寝て欲しい。……彼曰く、色気のない私の膝なのが申しわけないけれど。

ぐぐっ、とそれを思い出すとほっぺをこのまま引っ張りたくなるけれど我慢する。今はヴァルが家主なのだから!

服の布一枚隔てて、彼の固い髪質と頭の重みが間接的に伝わった。じんわりと眠っている体温で膝が温かい。やっぱり十八才相手となると頭も重い。

ジルベール宰相にお互い年齢操作されているとはいえ、それでも四才は差があるから当然だ。結局また彼の寝顔を勝手に見ることになってしまったことには申し訳なさが引っ掻いたけれど、熟睡している顔にはほっとする。


今日は放課後に城に来て色々と報告もしてくれる予定だけれど、それだけじゃない。

まだ明日からの学校二連休に向けて配達人の仕事が沢山ある。既に母上から私も何枚か預かっているけれど猶予を少し伸ばして貰おうかしら。私からも命じる形で無理せず休むように伝えた方が良いかもしれない。あとはアーサーにもお願いして念のために触れて貰って……。

彼の力の抜けた顔を眺めながらぼんやりとそんなことを考えていれば、次第に思考までぼやけてきた。

あ、まずい、昼休みが、と思ったけれど、動けない上に外部刺激が何もない今は眠気を覚ますのも難しい。


こっくりこっくりと舟をこいでいるのを自覚しながら、気が付けば私まで瞼が閉じていった。


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