Ⅱ27.支配少女は尋ね、
「……用件は理解した。プライドの望みならばその程度は全く構わない。しかし、………本当にそれだけで良いのか?」
急遽、わざわざ会いに来てくれたセドリックを私達は客間に案内した。
セドリックが来たと聞いた途端、ティアラは「私はそろそろ父上の元に戻りますねっ、後でまた聞かせてください!」とまだ時間に余裕がある筈なのに去ってしまった。
セドリックと一緒にアラン隊長が合流してくれたから、これで午後の近衛騎士も両方は交代できた。
エリック副隊長とカラム隊長の交代に続き、今度はアーサーがアラン隊長と交代した。表向きはエリック副隊長が午前殆ど私に付いていることになっているのに、実際は学校の往復しか一緒にいられないのが残念だ。
私の話に最初は色々驚いていたセドリックだけれど、最終的にこちらからの考えと依頼をお願いしたら快諾してくれた。ただ、自分に依頼された理由はしっくり来ないらしく、未だわからないように最後は首を捻っている。
「ええ、充分よ。遠慮なくお願い。折角体験入学を始めたばかりなのに申し訳ないけれど……」
「何を言う!元々お前の護衛の為だろう。そうでなければ適正年齢ではない俺には入学も難しかった」
今年で私と同じ十九歳になるセドリックが、十八歳までの学校に体験入学を許されたのは、表向きは国際郵便機関の為に我が国の民になる彼への特別処置ということになっているけれど、実際は私の護衛巻き込みということが強い。本来なら今年で十九歳のセドリックはギリギリ対象年齢オーバーだ。
でも、だからといって元々学校入学という形で巻き込んでいるのに更にこんなことお押し付けてしまうなんてと申し訳なくもなる。さっきのアラン隊長への誤解を思い出せば、セドリックもまさか知らないところで私のせいで入学ゴリ押しした我儘王子とか言われてないかと不安になる。
今回のお願いだって、見る人によってはセドリックへの偏見を持ってしまうかもしれない。セドリックにはそれも込みで了承して貰っているけれど、彼まで陰口を叩かれたらと思うと今から胃が重い。
「それよりも、どのようにそれを切り出すつもりだ?俺から進言しても良いが……突然王族にそのような事を言われても戸惑われるだろう」
ハナズオ連合王国から持参したであろう座り慣れたソファーの手置きにセドリックが頰杖を突く。
考えるように男性的に整った顔に眉を寄せると、一緒に話を聞いていたアラン隊長とカラム隊長も同意するように頷いた。ステイルもそこまではまだ思案中だったらしく、「僕も同意見です」と眼鏡の黒縁に触れながら隣に座る私を覗き込んだ。
勿論、私もそこまでは考えている。……そして、検討もできている。
「そこなのだけれど……一つ、提案が」
自白するように片手を上げて、思わず一度目を伏せる。
私がなるべく落ち着いた口調を意識しながら、彼らにそれを提案すると予想どおりに難しい顔をされてしまった。特にステイルが腕を組んで若干怖い顔をしている。提案を終えた後も、やはり一番最初に異議を唱えたのは彼だった。
「……プライドがする必要はないでしょう。必要ならば補佐の俺か、もしくは護衛のアーサーが変わります」
苦そうに言う口調は既に怒っている。……うん、怒ると思った。
今日早速やらかした私にも怒っていたステイルがそこで大賛成してくれるとは思っていない。ここでアーサーがいても首をブンブンと横に振られただろう。だけど
「ステイルがやっても問題は同じよ。それにアーサーは、……多分こういう役回りは向いていないわ」
むぐ、とステイルが私の意見に口を結んだ。
これにはカラム隊長とアラン隊長も同時に頷いた。アラン隊長に至っては若干笑っている。言葉に出さなくてもその表情が「あー確かに」と言っているのがわかる。
セドリックが私達のやり取りに一つ引っかかるように「ん?」と唇を絞り、そして開いた。
「問題はないのでは?あくまで行うのはプライドではなく〝ジャンヌ〟の筈。一ヶ月後には消失する存在なら、ある程度は」
「完全には消失しない。一ヶ月後に視察が終え次第、極秘視察として騎士団には公表することにした。ジャンヌの悪評が生徒からどう騎士達に伝わるかわからない」
この後俺から母上に進言する、とまだ未定ではありながら断言して意見を叩き折るステイルに、セドリックは目を丸くした。
なんと、とでも言いたげに真っ赤な焔の瞳を大きく揺らし、確認するように私へ視線を注いだ。更にはカラム隊長とアラン隊長もそれには意外そうに私とステイルを見比べた。
「騎士団に、……ですか」
「何か問題でもありましたか?」
指先で前髪を押さえるカラム隊長と、大きく瞬きをするアラン隊長も初耳の話題に詳細を求める。
ついさっきステイルが決めたことなのだから知らなくて当然だ。実は……と、私から校門前で騎士のノーマンにアラン隊長が恐ろしく誤解を受けたことを聞いたと説明する。
その場にはいなかったカラム隊長も、ノーマンと名前を出した瞬間に予想ができたように両肩を僅かに上げてアラン隊長を見た。アラン隊長に至ってはまるで自分が悪いことをしたのがバレた時のように顔を痙攣らせた。いやアラン隊長は全く悪くないというか、私が全面的に悪いのだけれど。
セドリックも話を聞いて、あの時かと思い出すように視線を一度宙に浮かべていた。
「本当に……本当にごめんなさい、アラン隊長。まさか私の所為であんな誤解を」
「いえいえいえいえいえ‼︎‼︎あんなこと言うの騎士団でも八番隊ぐらいですから‼︎‼︎俺のことは全然お気になさらず‼︎‼︎」
謝り途中の私の発言をアラン隊長が全力で断った。
カラム隊長が「まだ話されている途中だぞ」と嗜めたけれど、アラン隊長は開いた両手を思い切り私の方に伸ばして横に振る。
セドリックが「確かにあれは俺も驚いた」と独り言のように呟いた。今ここで彼に再度詳細にやり取りを聞けば、きっと一字一句違わずに話してくれるだろう。
「王族である俺には礼儀を尽くしてはくれたが、隊長格に対しての発言は驚きだったな。確か、騎士団演習場へ視察に行った時にも彼は見た。八番隊に所属していたと記憶しているが」
「そうだ。アーサーの直属の部下でもある。姉君の近衛騎士をあのように誹謗中傷されたままでは困る。……己が発言の誤りを思い知った時が楽しみだ」
セドリックの言葉に返しながら、最後は独り言のように呟くステイルがうっすらと黒い笑みを浮かべた。
一緒に黒い気配まで感じられ、思わず背筋が寒くなる。
本当にアーサーだけでなくアラン隊長のことも今は好きなんだなぁとそれは凄くすごく嬉しいけれど‼︎まさか誤解を解くだけでなく、今の言い方だとノーマンの間違いを後悔させるまでがワンセットのようでヒヤヒヤする。平和に誤解さえ解ければ良いと思っては駄目だろうか。
「いえ、本当に大丈夫です!八番隊の騎士は口が悪い者も珍しくありませんから。それにノーマンが正論でぶっ叩くのは俺だけじゃないので」
なあ?とアラン隊長がそこで投げるようにカラム隊長に目を向ける。
ノーマンを庇ってくれるアラン隊長は冷や汗を一筋滴らせていた。カラム隊長もその言葉に同意するように「確かに」と受け取り、繋げた。
「ノーマンは入団した頃から変わりません。己が正しいと思うことは折らず、相手が誰であろうとも包み隠しません。ですが、自分から喧嘩を売るような真似もしません。……こちらから話しかけない限りは」
流石カラム隊長。ハリソン副隊長の時もそうだけれど、騎士団全員のことを把握しているんだなぁと思う。
ノーマンについての納得できる情報を提示してくれたカラム隊長は、最後を含むようにじっ、とアラン隊長を見返した。……そういえばエリック副隊長からの話でも思いっきりアラン隊長が話しかけていたような。
前にも聞いたけれど、本当に八番隊って人との関わりを嫌う人ばかりだなぁと思う。アーサー、今は隊長なのに仲良くやれているのだろうか。
さっきもノーマンの話を聞いた時に顔色悪くしていたし。聖騎士であるアーサーが胃痛持ちになったらどうしようと今から心配になる。昔から心配性だったりすごい気遣ってくれる人なのに。
「アーサーにもですか?」
ふと気になったよう投げるステイルに、今度はカラム隊長とアラン隊長が同時に頷いた。
言葉まで合わせて「アーサーにもです」とはっきり断言する。
「でも険悪ではないと思いますよ。アーサーの性格がああなので。ノーマンが何言ってもアーサーが怒ることはありませんから」
「むしろノーマンにしては、慕っている方に入るかと。まぁ……アーサーは時折落ち込むことはあるようですが」
あぁそうなんだ、とアラン隊長がカラム隊長の言葉に軽く返す。
何だかアーサーが心配になってきた。未だにハリソン副隊長のことも誤解したままだろうし、その上ノーマンみたいに辛口の騎士も八番隊に多いと思うと余計に。
二人の話だと、ハリソン副隊長が隊長だった頃もノーマンの辛口は変わらなかったし、八番隊では珍しくなかったらしい。
ハリソン副隊長も自分に対しての罵詈雑言は柳に風レベルで聞き流すし、ノーマンも騎士団長や副団長には文句もないから ハリソン副隊長を怒らせることもなかったと。……もしそんなことまで言っていたら確実にハリソン副隊長が激怒しただろうなぁと思う。あれ?でも確かハリソン副隊長ってアーサーの悪口も怒るんじゃなかったっけ。
ステイルも私と同じことを考えたのか、首を捻ったままアラン隊長とカラム隊長を見返した。
「一体アーサーにまでどのような文句を言っているというのですか」
Ⅰ402-1




