そして男は選ぶ。
「つーぎぃぃぃ……」
啜り泣く声や怯えが堪えられず口から漏れる中、ここがどこかも知らない彼らは一列に並び続けた。
頭から布袋を被せられ歩かされた彼らは、それまでずっと荷馬車の中だった。まだ、商品として手枷も足枷も掛けられていないがそれも時間の問題であると誰もが言葉にせずとも知っている。
自分達が歩いたこともないようなつるりとした床を裸足で進む少年もまた、前を向けばまた震えが止まらない。孤児である少年の前に並ぶ中には老人から少女、がたいの良い身体から自分と同じ貧弱な身体まで幅広い。それぞれが同じ国の別の地から連れ去られた、互いを知らない者同士だ。
誰もがどうやって捕まったのかすらわからない。気が付けば背後から昏倒させられていた彼らは、誰に捕らえられたかすら知らなかった。だが、目が覚め縛られ馬車に詰め込まれた瞬間に、何に捕まったのかだけは嫌でもわかった。
発言をするだけで殴られ、泣けば鞭を浴びせられる。城下からも離れた郊外の田舎で飢えながら生きてきた少年でもこんな扱いをされたことなど今までなかった。
広々とした部屋は豪奢な造りではあったが、異臭が酷い。最後列に近い少年は、まだその臭いの正体がよくわからない。一つは消毒液だと気付けたが。もう一つの臭いの正体は鼻が曲がりそうなこと以外情報もなかった。
「つーまーらーねーえ゛ー……。クッソ、ティペットの塵が、屑ばっか集めやがって」
秘密道具の分際で、と。広い部屋で唯一発言権を持った男の声に、それだけで誰もが震え上がる。
一列に並べられた彼らだけではなく、ここまで馬車で連れて来た男達すらも。
びくりと大の男まで肩を上下させる光景は、それだけでも充分恐怖だった。発言権を持った男の方向からは順々に自分と同じ立場であろう人間の声も聞こえてくるが、殆どは悲鳴だった。他に誰も喋らない空間で、彼らの言葉も発言権を持つ男の言葉も聞こえてくるがどれも殆ど変わらない。
「お助け下さい」「故郷に妻が」「まだ子どもが生まれたばかりなんです」「特殊能力があります」という命乞いもあれば「なんでもします」「どんな汚い仕事でも」「抜け道を知っています」「妻と娘を差し上げます」と条件提示も放たれる。一人一回だけ機会を許されたその発言に、ガラついた男の声が「いる」「いらねぇ」「採用」のどれかを選んで行く。
「いらねぇ」と言われた直後には今まで少年が聞いたことのない断末魔と、男の楽しげな笑い声が響くばかりだった。暗くされた部屋の最前列で一体何が行われているのかもわからない。中には恐怖のあまり並ぶ途中で崩れ落ちる女も、床を汚す子どもも現れる。列も時折すいすいと進む時もあれば、一時的に発言権を持つ男が話し込み止められることもある。
しかし何があろうとも、周囲で見張る衛兵に引っ張り引き摺られながら列は必ず進む。そしてとうとう最後列近くに立たされていた少年の番になる。
少年を前に、ベッドで眠る男は目だけで笑う。
ガクガクと細い足で震え、喉を鳴らし、前に並んで居た男と同じように命乞いする余力も持たず、ボタボタと身体中から液を垂れ流す少年に忌まわしき影を重ねて侮蔑の眼と引き攣った口で嘲笑う。
「いる」
その言葉が救いか、地獄か。
知らないまま少年は無慈悲に腕を引っ張り仕分けられた。
地下へ通じる通路へと連れ去られる集団に加えられた彼は、もう二度と太陽を見ることも叶わないのかと絶望に最後の空を大きな窓から見上げた。




