表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
私欲少女とさぼり魔

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

341/1000

挑み、


カチ、カチ、カチと。


時計の針の音は暫く長く感じられた。

面接を終え、別室で纏めて待たされた私達は誰もが口も開かず部屋の端に佇み、落ち着かぬ椅子に座りながら時を待っていた。

特に私は面接時間が長かったのか、通された後には暫くまた視線が集まり続けていた。一番最初に面接へ呼ばれたフードの男からも、うっすらと衣服の下から視線が感じられる。

その後に後続の候補者が来るのを待てば、体感だけだが恐らく全員が私の半分にも満たない時間でここへ通されていた。やはり私は時間を掛けられた方らしい。

まぁ当然か、全員に私と同じ時間を書ければそれこそ面接だけで日が暮れるどころか夜になる。


「!そこの方、良かったやっと話せる‼︎」


沈黙だけに沈んでいた部屋で、突然響かされた配慮のない大声は私の耳を叩き眉を意図せず顰めさせた。

反射的に片手で耳を押さえて視線を向ければ、人数から判断して最後の候補者であろう男が扉から通されたところだった。…………あの厩番だ。

大広間以降は大して気にも留めなかったが、手や顔の泥も拭われ髪もそれなりに整えたらしい彼はある程度は見れるものになっていた。周囲の貴族や上層部補佐官などの候補者と比べれば天地の差には変わりないが、最初の風貌と比べれば見違えた。

誰もが沈黙を貫く中、部屋へ入ってすぐにズカズカと大股で進む彼が一直線に向かうのはあのフードの男だった。

未だ一度もフードを外さないその男も拒絶を示すように一歩後ずさったが、厩番の男は構わない。良かった良かったと言いながら無遠慮に両手を広げて眼前まで迫っていく。その様子に、…………肝を冷やしたのは私だけではないだろう。


「先ほどは本当にありがとうございました‼︎衛兵から聞きましたが貴方が口聞きしてくれたそうで!さぞかし城で偉い立場なのでしょうがお陰で妻と子ども達にもー……」

ぺちゃくちゃと言葉を捲し立てる彼に、フードの男が両手のひらも見せる形で牽制する。

今更ながら衛兵に聞くまで口利きされたことに気付かなかったのも驚きだが、それ以上に城の上の立場にいる相手にそこまでズカズカ入るなどと目を疑う。誰も口にしないが、このフードの男が何者かは大方見当がついている。私よりも具体的に人物が想像できている者もいるだろう。

しかし本人が正体を隠している中、無遠慮にフードの男の中身を明かすような行動をして良いかも難しい。お前のせいでバレたと言われればそれまでだ。衛兵も部屋の外で扉前に立っているだけでここにはいない。


さらには「どうか恩人の顔を見せて下さい」とあろうことかそのフードを取ろうと手まで伸ばす愚か者に、流石に何人かの候補者が動いた。

上層部に、上層部補佐官そして上級貴族。やはりその辺りの者が動くということは、正体もそれに近しい者か。しかし彼らが歩み寄るよりも先に、フードの男が正面の勢いと後ずさりのまま足を縺れさせる方が早かった。


どたっ、と軽い転倒で床に尻をついただけで済んだが、同時に先ほどまで被っていたフードが取れた。

その瞬間、転ばせた本人よりも周囲で様子を伺っていた候補者の殆どから息を飲む音が重なった。特に止めに入ろうと歩み寄り始めていた者達は大きく背を反らし、次の瞬間には迷わずその場で深々と頭を下げていた。

私には正体もわからないままだが、それでも状況に合わせすかさず同様に深々下げる。「申し訳ありません!つい」と手を差し伸べ平然と声を掛けているのは元凶の愚者だけだ。フードの男は一度取り払われたそれを再び被り直そうとはしなかった。



深紅の短髪に紫色の鋭い眼光。眉間に皺をぐっと狭めた彼は明らかに愚者を睨んでいた。



差し出された手をバシリと払い、自身で男が立ち上がると殆ど同時に扉が開く。

何も知らないだろう衛兵からあまり騒がしくしないようにと注意の言葉も途中で途切れた。フードの男へ向き直れば、廊下にいた他の衛兵を大声で呼び出した。

自身の服の埃を払うフードの男が無言のまま手の動きだけで命じると、衛兵は礼を返してすぐ厩屋の男を強引に連れ出して行った。……いや、連行と言う方が恐らくは正しいだろう。

待て、どういうことだ、説明をと叫ぶ声が扉を閉じても聞こえていた。


衣服の埃を全て払いきった後も眉間の皺を深くする男は、再びゆっくりとした動作でフードを被り直した。

視界から私達を消すようにもみえるその動作の後、今や誰も座らない椅子を一つ手に取ると引きずりながら部屋の一番奥の壁へと下がり、そして腕を組み座った。どうやら未だこの状況でも居座るつもりらしい。

私達に頭を上げる許可どころか視界にも入れずそのままフードの頭で俯く男が何者かはある程度察しはついたが、…………この場で確かめる度胸はなかった。もし予想通りであれば鋭い眼光と圧で私達を見下ろし監視する男に、安易に声を掛けること自体許されはしない。


明らかに正体を確信した様子の候補者も頭を下げたまま口を引き結んでいた。快適な気温だった部屋でパタパタと何人かは汗も滴り落ちていた。

それから間もなく、単身で戻って来た衛兵ともう一人上層部の補佐官と名乗る男は、フードの彼にも何も触れなかった。恐らくそう命じられていたのだろう。

一人先に不合格者が出たことを告げた後、最終試験への到達者と不合格者を分けると知らされる。頭を深々下げていた私達もやっと重い頭を上げて補佐官の話に耳を傾けた。

面接合格者はそのまま一人ずつ謁見の間で女王、摂政そして宰相を含めた上層部との対談。不合格者はそれぞれ案内された別室で最終試験を終えるまでは控えるようにと命じられた。

とうとう女王かと、その言葉を聞きながら私は意識的に深く呼吸を繰り返す。いっそ順番などはどうでも良いから部屋から出たい、と思うのはこの場の全員だろう。

一人ずつ一定間隔の時間を置いて順不動に名前を呼ばれ、案内役と共に待合室から退室する。恐らく誰が合格か不合格かわからないようにする為だろう。呼ばれる気配もないあの厩屋の行方を考えれば手のひらが自然と湿った。

最初の時よりも遥かに緊張に張り詰め呼吸音すら罪になりそうな沈黙で、ジルベール・バトラーと呼ばれ私は速足にならないように注意しその場を去った。それまでの退室者と同じく、奥の壁際で変わらず居座る大物へ深々と頭を下げてから。

案内役へ連れられ、廊下を歩く。こちらから問いかけることも控え、無言のままその背中に続き階段を登る。姿絵や装飾と目を奪う者が多く、使用人として歩いたことのなかったそこは異空間のようだった。だがあくまで平静に前だけを見る。最終試験に挑む前に落ち着きのない姿など案内人にも晒せるわけがない。そして「こちらに」と開かれた扉の先へ潜れば




「お願いします教えてください、一体これはどうなっているのですか⁉︎」




…………これは。

「こちらで終了まで待つように」

愕然と、足元が崩れ落ちるような感覚に襲われすぐには声が出なかった。

淡々と語り私へ頭を下げる案内役が扉を閉めれば、それが烙印の音のようだった。通されたのは謁見の間ですらなければ、息苦しさのある一室だった。あくまで王宮内の部屋として恥ずかしくない内観ではあるが窓がない為か。それとも、私へ意図せず烙印を突き付けるこの愚者の存在の所為の息苦しさか。


険しい表情で私へズカズカ迫る男は、間違いようがない先ほどの厩番だった。よりにもよってこんな男と同室を押し付けられたのかと過りながら、必死に精神を取り直す。私へ低姿勢で呼びかける男へ返事もせず穴が開くほど目だけで見つめ返しながら思考を回す。

何故落とされたのか、考えられるのは私の力量不足か既に合格者が決まっていたか。もしくは、私を宰相とすることで〝御せない〟ことに都合が悪く思う者がいたか。

あの面接官達が上層部か、それに順ずる者かはわからない。しかし、私の特殊能力を利用したいもしくは私ごと手にしたいと考えたならば宰相などにするよりも後から懐に囲い込む方が確実で利用もしやすいに決まっている。

手の内を明かし過ぎた、と。今更悔いてももう遅い。


「お願いします。どうか教えてください、何故私は不合格にされたのでしょうか?転ばせてしまったのは勿論私の不注意ですが……」

いやまだ諦めるのは早い。少なくとも彼らのあの反応であれば、今後彼らの誰かしらのお抱えにしてもらうことはできる。最も効果的な場で特殊能力も明かせたことは大きい。若さと引き換えに上層部とさらなる繋がりを持ち、そしてゆくゆくは上層部補佐官の一人として斡旋……いや永遠の若さと途絶えぬ寿命と引き換えにいっそ私と〝交代〟させるのも手だろう。若さはともかく、寿命など所詮老いて死ぬまでだ。私が騙したと気付くことなど死ぬまで誰にもできない。

マリアの為ならば、それぐらいは軽い。どうせ既に偽りまみれの経歴でここにいる。ここで諦めてなどなるものか。


「…………落ち着いて下さい。申し訳ありませんが私も今落胆しているところでして。順を追って説明いたしますので、一度座りましょう?」

先ずはこの面倒な男を黙らせたい。

慣れた笑みで返し、落ち着くように柔らかな声で告げれば男はわかりやすくほっと息を吐いて頷いた。

促すままに元の座っていた椅子へ戻り、私もその隣へ座する。「確かジュードだったね」と試験時に名指しで呼ばれていた時の名で彼に呼びかければ、やっとまともな答えで返された。実際はさておき、身長も私より低ければ名目上は年下の青年だ。

私も詳しくは分かっていないのだけれどと前立ててつつ、彼が強引に押しやり転ばせた相手が周囲の反応から考えて上層部か〝それ以上〟の相手だと考えられると説明する。……実際はそれ以上の検討もついているが、ここでそのまま言って打ち首だ絞首刑されると騒がれたら面倒だった。むしろ折角隠匿していた身を大勢の前で台無しにされ転ばされ床に手をつかされたにも関わらず、今のところ彼を失格処分にしかしていない辺り人相ほど恐ろしい相手ではないかもしれない。

私の説明にやっと納得したらしい男は、がっくりと机に置いた腕と同じ位置まで頭を垂らした。「そういうことだったのですか……」と溜息を吐く彼の背を摩りながらこれで落ち着いたと私も思



「少し心が狭くないか…?正体を隠していたのなら俺が知らないのも当然だろう。きっと俺が他の候補者……貴族出身や上の立場の人間だったらこんなことで落とされなかったんだろうな。民は平等と言いながら結局はああいう奴らばかりだ。結局はやっぱり表向きなだけで宰相になる人間も絶対決まっていたんだろ。俺も筆記や特殊能力は間違いなかったのに」



待て愚か者。

項垂れた頭を上げ、失格と理解するや否や砕けた言葉で同意を求めるように見上げてくる男を前に、私は口角がヒクつくのを自覚する。身分を上の立場の相手にその程度の反省もできないのか。

確かに不平等さについては私も思わなくはないが、そんなこと最初からわかっていたことだ。

ぶつぶつと自身の正当化する小言を垂れ流す男に、よく推薦状を貰えたものだと思う。それに自身の合格が間違いなかったと思うのはあの場にいた候補者全員が思っていたことだろう。その優秀な中で一人しか選ばれないのが現実だ。


「きっとあの王子だからだろうな。その所為で余計に特殊能力だけではなく貴族とかそういう格式高い人間が選ばれる。見たことはないが、異国の人間なんだろう?大体なんでわざわざ国外から女王の夫を探すのか…俺達フリージア王国の人間は選ばれた種族みたいなものだぞ?しかもその中で特殊能力にも恵まれた俺達は神に選ばれた、その辺の能力のない貴族よりも上に立つべき人間だろう。正直国外の王子なんかよりずっと」

「その辺にしておいた方が良い。…………どこで誰が聞き耳を立てているかわからないからね」

ポン、と彼の方に手を強めに置き黙らせるべく圧をかける。

よりにもよって王宮内でなんという発言をするのか。もうなんでも良いから早く部屋から出して欲しい。彼といるだけで私まで同じような失言をしていると思われたら今度こそ間違いなく全てが終わる。

いっそ王族への不敬者である彼になら、この場で黙らせるべく腕を捻り上げるくらいしても良いのではないかと脳裏に過る。

しかし男は「本当のことじゃないか」と全く悪びれなく私の目を見たまま頬杖を突いた。一度結んだ口がまた開かれる。

「特殊能力がない人間と結婚して生まれた姫や王子がフリージアの血が薄れた所為で予知能力どころか特殊能力も無しに生まれたらそれこそ」


コンコンッ。


突然鳴らされたノックに、私は瞬時に彼の口を手で覆った。

強制的に黙らせ、「しー」と一音で呼びかけてから扉の向こうへ返事をする。ゆっくりと扉が開かれれば、両手を下ろし座したまま向き返る。見れば、先程の案内役だ。やはり今の失言も聞こえてしまっていたかと身を強張らせる。

しかし、案内役は諫める様子もなく平然とした表情で私の名を呼んだ。


「謁見の間へ案内する。……こちらへ」


「?は……」

ガタンッと、肩を透かされたような感覚と共に、気付けば立ち上がった拍子に椅子を鳴らしてしまった。

てっきり不合格者の控え室だと思ったが違ったのか。いやしかし、ならば何故ここにこの男が。

瞼が開き放しの目で首で振り返る。私の隣に座っていた男は、頬杖を付いたままだった。全く意外そうな様子もなく、私へ手を一度振るだけだ。

何の説明もなくそのまま案内役に連れられ、また廊下を歩く。階段を上がり、広い廊下からは衛兵がずらりと左右に並ぶ。明らかに先程のあの部屋とは扉を潜る前から趣きが違う。

重厚な扉を衛兵により開かれ、まるで貴族にでもなったかのように大勢に低頭される。なんとか平静を保ったが、正直未だ謎ばかりで目を疑うばかりだった。先ほどの男は、あれもなんらかの試験だったのだろうか。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ