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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
私欲少女とさぼり魔

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〈コミカライズ14話編更新・感謝話〉宰相になりし者は臨み、

本日、コミカライズ14話更新致しました。

感謝を込めて特別エピソードを書き下ろさせて頂きました。

本編に繋がっております。


「ジルベール・バトラー、歳は十八。アリングハム伯爵の紹介で参りました。紹介状はここに」


敢えて冷静に、落ち着き払い毅然と振舞う。

己へそう言い聞かせながら私は扉を守る衛兵に紹介状を差し出した。大きく開かれた扉の向こうには既に大勢が集っている。

紹介状と私を照らし合わせた衛兵は、私の役職と経緯を簡単に確認した後に中へ通した。返却された紹介状を元の形状通りに折り畳み、懐へ仕舞いながら私は規則的な足取りで大広間の中央まで進み最も周囲を見回せる位置を選び、そこで立ち止まる。怪しまれぬように目線も最小限、気配を消して目立たぬように存在を最小限まで殺す。……ほんの二年程前までは、盗みを働く為に使用していた技術がここでは全く別の形で役立った。


しかしそれでも、会場とも呼べるその大広間に集う者達からの視線を一身に感じる。

次の扉を潜る者が現れるまでは敢えて気付かぬ振りをして視線を固定させながら、私もまた彼らと同じく周囲を値踏みした。

視界に入るだけでも七人、一部は城内で私も見たことがある者だ。わかるだけでも城の上層部やその補佐官、従者。他には衣服から判断して上級貴族であろう者も目に入る。年齢も二十代前半から三十近い者までいるが、その中でもやはり私は目を引くだろう。

他の志願者が現れてやっと私への注目が薄らいでから静かに息を吐く。首をゆっくり回し、改めて会場を見回しても私と同じ十代の者などいなかった。

後続で入って来た男達には有名な貿易商や名の通った貴族も居たが、若くてもせいぜい二十代前半だ。


『永きに渡り宰相を担ったニコラス・ダックワースがその席を退く』


そう、城内で情報が広まったのは僅か一週間前のことだった。

歴代でもかなりの高齢まで続けた宰相だった為、そろそろ交代ではないかと噂されていた席が空くのは時間の問題だった。世代交代も行われつつある今、良い機会でもある。来月には最上層部の最後の一人も確立される。

宰相の後任は誰か、順当にいけば上層部から選出されるのではないかと使用人内でも語られ憶測が立てられていた。しかし、退任と交代の公布は誰もが予想しない結果になった。


ニコラス宰相はその後任を指名も推薦も受け入れることもせず、選抜を選んだ。……いや選抜自体は歴史上珍しくもない。特出して選ぶべき者がいなければ、大々的に候補者を集い選ぶ方法は下手な私情に振り回されるより間違いない判断だ。

候補者の条件は〝優秀な特殊能力〟〝上層部もしくは上層部による推薦者〟が通例。当然並びに宰相としての意識や能力手腕、対人防衛技術なども求められるが、具体的な制限はその二つ程度だ。しかし今回はそれに加えニコラス宰相が提示した三つ目の条件が、当時城内でも物議を醸した。



〝永きに渡り宰相を務めるべく有能な〝若者〟を求める〟



もともと高齢から宰相に任じられ、身体に老いの弊害が出るまで身を粉にしたニコラス宰相らしい判断だと。

己が老いと宰相の重責に苦しんだからこそ後継は若い者へと託し、自身より永く任じて欲しいという意図に大半の者は頷いた。しかし一部の上層部は「経験の不足した人材しか集まらない」と反対もしたらしい。

まぁ当然だ。文句を言った上層部は噂で聞く限りでも全員若きとは言えない年齢ばかり。たったその条件だけで、宰相に立候補というさらなる躍進の野望も潰えてしまった。……私としてはこの上なく都合の良い条件でしかなかったが。むしろ神が味方しているとも思える。


城の使用人として雇用を受けるべく、狭き門を突破したのが一年前。城の使用人見習いとして受け入れられやすい十七の新成人であれば関門を潜るのも、私にはそう難しいことではなかった。

それまで世話になった屋敷の主人に取り入り、推薦状を得たお陰もある。下級貴族とはいえ流石は城下に住めるほどの貴族だ。無事こうして働けるようになっただけでもそれなりに推薦者として顔を立てられたとは思うが、それでも感謝してもしきれない。

推薦状の功績から希望も通り、使用人の中でも従者という立場で城内に住む貴族の一人の屋敷に潜り込めた。あくまで侍女とも大して変わらず力仕事を主とした雑務と小間使いからだったが、屋敷の主と少しでも接触の機会さえ与えられればそれだけで充分だった。

主人に取り入り気に入られれば、そこから客にも紹介され自慢される。「若いのによく頭も回る」と褒められ、やはり若さというのはそれだけでも評価の対象になるのだと何度も理解した。自慢好きの主人のお陰で上層部の一人にもこうして辿り着けた。


「ッ出直せとはどういうことですか‼︎ちゃんと紹介状もある‼︎年も十七です‼︎」


突如として響き渡った声に、私は僅かに眉間を狭める。

先ほどから後続に入って来た候補者達を他の者と同じく値踏みしていたが、最後扉を閉めきられる直前に滑り込み入って来た男は私以上に目立っていた。今も紹介状を片手に衛兵へ怒鳴り散らす醜悪さは大広間中の注目を浴びている。

対応する衛兵が二人揃い顔を顰める中、男は彼らの眼前にまで一度ひったくり取り返した紹介状を突き付けた。年齢だけで言えばひと際若い私も充分目立っているが、彼も彼で目立っている。黄茶の髪に黒目を尖らせる男はその容姿こそフリージア王国でも城内でも珍しくないが、格好が酷過ぎる。

上衣の下裾は泥が染み薄汚れ、下衣に至ればベッタリと泥が膝までへばり付いている。それでも身嗜みを少しは気にしたのか、腰布だけは真新しいが遠目でも全体的に服がよれているのがわかる。頬にも泥汚れが付き、手も拭いていなかったのか折角の書状も一部早くもシミを作っていた。


「貴方までも私のような厩番は立候補する価値もないとでも言いたいのですか⁈」

「そうではなく、これからの試験で場合によっては上層部にお会いする場合もあるのです。それなのにそのような格好では。万が一残れば陛下にもお会いす」

「万が一とはなんだ‼︎私も立派な候補者だ‼︎ッよく見て下さい!上層部であるアリングハム伯爵の推薦状です‼︎」

そういう問題ではない。

この先、国の中枢を担う上層部や王族にも会う可能性があるにも関わらず、そのような恰好ではそれだけでも不敬に問われるということだ。

厩番ということは先ほどまで業務中だったのか、今日くらいは暇を得られなかったのかと考えながら私は静かに腕を組む。最年少である彼が悪目立ちをすればその分私への注目が薄れる分幸いだが、その口から放たれた推薦者の名が気になった。

アリングハム伯爵。宰相の試験を受けたいと相談した私に、一言返事で推薦状を書いてくれた上層部の一人だ。なかなか人が良く情に流されやすい上、人の苦労話が好きなお陰で取り入るのも簡単だった。


言い分からしてあの厩番も同じような流れでアリングハム伯爵から推薦状を得たらしい。

十代を二人、いやもしくは把握していないだけでこの中にもまだいるのかもしれない。どうやら上層部でも特に人の好過ぎる者から推薦状を得てしまったようだ。この後に彼と比べられて同じ推薦者かと同列に見られなければ良いが。

彼の場合は暇も正装を得られなかったのも、仕事を休めなかったか最初から正装を持ちえなかったか資金が底を尽きていたのかそれとも、……上から何らかの妨害でも受けたか。

しかし、主人へ懐柔を怠るのも結局は己の力量だ。せめて衣服と髪や顔の汚れを拭い身なりを整える程度は技量の内。私のように従者見習いを上がったばかりの若輩でも、主人に取り入れば衣服と暇程度は与えられる。

もし自分の使用人が宰相になればその主人であった己にも利はあると思わせれば、この程度の援助は簡単に受けられる。どこから点数や判断をつけられるかもわからない選抜で、身なりを整えるなど最低限以下の準備に他ならない。……まぁだからといって




年齢まで偽るのは私ぐらいのものだろうが。




仕方がなかった。いくら有能でも成人してなければ城で使用人として雇われることは叶わない。栄誉ある城は子どもの遊び場ではないのだから。上層部の強い推薦でもあれば別だろうが、下級貴族の推薦では難しい。

特に宰相という職務をいくら若い者にとはいえ、子どもが範疇外というのは言うまでもない。故意による経歴詐称は罪にも問われるが、大した問題ではない。どうせ私の経歴や年齢を知る者やその証などこの世のどこにもありはしない。私の全てを知っていてくれるのは彼女だけで良い。


「お願いします、推薦状はあるんです‼︎頼み込んでやっと貰えたんです!試験に落ちるどころか受けることすらできなかったなんて家族に顔向けがっ……」

「とにかく、一度身なりを整えて下さらない限りこちらも責任がありますので。この風貌で上層部に会えば試験を落とされるどころか貴方が不敬罪にも……、!」

喚いていた男があまりにも立場が絶望的になった途端、衛兵の肩を両手で掴み下手に出た。

至極真っ当な意見で忠告する衛兵が、宰相としての資格以前の男を引きはがすべくその手を掴み剥がし出したその時、……扉傍に居た一人が彼らへ歩み寄った。

深くフードを被った人物は、身長から推測して男性だろうか。ゆっくりと、しかし迷いのない足取りのその男は私が到着するよりも前からそこにいた人物だ。衛兵と厩番の間に入り、明らかに態度を変えて口を閉じる衛兵に何かを囁いた。

何を話したかはわからない。だが、次には衛兵の一人がどこかへ駆けだし、厩番にしがみ付かれていた衛兵は一度頷くとそこでフードの男から厩番へと声を低めた。


「……どうぞ中へ。水とタオルを用意するので、せめて最低限の身なりを今すぐ整えて下さい」

本当ですか⁈と声を大きくする厩番の男が衛兵に感謝を告げる中、フードの男は何事もなかったかのように再び扉脇の位置へと戻っていった。

そのまま衛兵の手を握り感謝を露わにする男から、私も含め全員の視線はフードの男へと流れ移っていった。明らかに口添えをしたのは彼だ。

上から下までフードで隠した男の正体を、少なくともあの衛兵達は知っているらしい。フードに包まれ、顔どころか衣服でも立場すらわからない男は何者なのか。少なくとも衛兵へ口添えし動かすことができる程度の立場を持つ人間か。

多くの視線をその身に浴びる男は、何も語らず腕を組み先ほどと同じ姿勢で固まっている。

間もなくして衛兵が水を溜めた桶とタオルを抱え戻って来た。少なくとも泥に汚れた格好よりははるかに良い。衛兵に案内されるまま身支度をさせるべく大広間の隅の隅へと誘導される男を視界の隅で逃し、私はフードの男へ思考だけを続けた。


試験会場である王宮内の大広間で姿を隠し、自由に命じられる権限を持つ男など限られている。いっそ本当に試験関係者であってくれた方が幸いだ。

これが本当に候補者の一人であれば若くしてあれほどの権限を持つ人物など、最有力候補とも考えられる。よく聞く話だ、形式的に試験を行うが裏では既に決まっているなど。試験管の一人でもある上層部か、護衛を担う騎士、もしくは……いや、今は関係ない。

途中で一人小さく首を振り、目を意識的に数秒閉じてから開く。音なく息を整え、今優先すべきことを整頓する。

彼が本当に候補者であろうと試験管や警備であろうとも私がやることは変わらない。今この時も全ての人間に審査され、見極められ、見張られていると考え振舞うだけだ。


「では、これより試験会場にご案内します」


ここで宰相に選ばれれば全てが叶う。


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