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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
崩壊少女と学校

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Ⅱ25.七は走り、三は掴む。


「もう!ケメトが遅い所為で遅れちゃったじゃない!」

「ごめんなさいセフェク、あんなにたくさんの人と話したの初めてで……」


もうっ‼とセフェクはケメトの手を引きながらもう一度声を上げた。

既に校門には人影すらなく、校内に教師しか殆ど残っていない今は、門前の騎士も警備に付いていない。まだ陽が陰るほどではないとはいえ、それだけでも時間の経過は明らかだった。

初等部のケメト、そして中等部のセフェクもそれぞれ授業が終わった後は一度寮へ自室を確認すべく初等部の校舎前で待ち合わせをした。しかし、時間通りに待っていたセフェクに対し、ケメトはいつまで経っても待ち合わせ場所に来なかった。二十分以上待っても来ないケメトに、何かあったのではないかとセフェクが心配して初等部へ行ってみれば、ケメトが同年代の子どもに囲まれている最中だった。

いじめではない。ただただ、同年代の輪に入ることこそできたが、そこからの抜け出し方がわからないケメトは時間だけが過ぎていた。彼らとの会話は楽しいし、初等部は特に下級層育ちの子どもも多かった為にお互い話せることも多かった。同じ下級層、そして同じ寮にこれから帰る子ども達で自己紹介や話の延長上で親交を深めている内に、彼らの賑やかな雰囲気を壊して一人抜けることがどうしてもできなかった。

教室の前で、窓の向こうから次々と校門へ生徒が出ていくのを横目で眺めながらもその団欒に終わりが見えず、今までヴァルやセフェクと一緒に行動ばかりをしていたケメトには〝自分だけ抜ける〟という行為の難易度が高すぎた。

結果、鋭い目を更に吊り上げたセフェクに「ケメト!」と大声で呼ばれてからやっと、友人になった子ども達に別れの挨拶を交わして離脱することが可能になった。

プンプンと怒ったセフェクに謝りながら、彼女に駆け寄っていくケメトを友人達の誰も悪い顔をしなかったことだけが救いだった。「あ。あれがケメトの姉ちゃん」と友人になった子ども達が姉弟を持つことを羨みながら振り返る中、セフェクは「仕事に遅れるでしょ!」とケメトにだけ怒りながら彼と共に寮へと急いだ。

生徒用の寮は年齢により区画なども大まかには分かれているが、はっきりと分かれているのは男女ごと建物の違いだった。セフェクはケメトを引っ張り寮の分かれ道まで走ってから「次はすぐに戻ってきてよ!」と怒り顔のまま彼と別れ、自室を確認してからやっと二人は校門を抜けていた。


「中等部は殆ど皆すぐに帰ったのにどうして初等部はあんなに皆のんびりしてるの!」

「一緒にいた人は皆、昔の僕らと同じ生活の人か元々家族のいる人だったので……。初等部は寮もご飯も無料ですし……」

ケメトと再度合流した後も待ちぼうけを受けていたセフェクの怒りは止まらない。

ケメトの初等部は、一定の生活が全て無料で保障されている。その為、現時点で無料の寮生活を許された彼らは働く必要がなかった。家族の手伝いなどで家に帰る子どもも勿論いる。だが、中級層で親の稼ぎで安定した生活をしていた子どもや下級層で物乞いや塵漁りで生活をしていた子どもは、中等部以上のように急いで帰って仕事する必要もなく、放課後を持て余していた。そしてケメトもまた、寮暮らしということもありその放課後を満喫する側と仲良くなっていた。

セフェクも頭ではわかっている。しかし、ずっと二十分近く待たされていた不満は抜けない。ケメトのことも心配で、ヴァルに置いて行かれないかも心配で、何よりもケメトと待ち合わせしていた初等部前で通り過ぎていく生徒達が友人や兄弟同士、そして身内の送迎を受けて下校していく中で自分一人が待たされるのは初日の体験としてはあまりに心細かった。彼女もまた、クラスで何とか話しかけて仲良くなれた子がいたにも関わらず断り、急いでケメトの為に待ち合わせ場所で待機していたのだから。

そして、ケメトもセフェクが怒っている理由はよくわかっていた。今朝から自分の倍以上に不安がってなかなか一人で中等部へ向かえなかった彼女を待たせたことも、寂しい想いをさせたことも。反省し続けるケメトは、セフェクに謝罪を何度も繰り返す。

校門を抜ければ、セフェクはまた声を荒げた。


「置いてかれちゃったらどうするの!遅れたら自分一人で行くからなって言ってたじゃない!」

「ごっごめんなさい。次からはちゃんと気をつけます……」

謝り過ぎてケメトの声が萎れていく。セフェクもそれに気づき、「もう~~‼」とぶつけようのない怒りを空に投げた。

ケメトに怒ってはいる。しかしケメトをこれ以上怒りたくもない。本当は一番にケメトに友達ができたことを喜んで褒めてあげたい。自分だって友達ができたのよと自慢してお姉さんぶりたい。

しかし、どうにも腹の虫がおさまりきらず、更には一人で待ちぼうけを受けた時のことを思い出せば明日すら不安になる。ケメトが友達と仲良くなっていたことすら、このまま自分から離れてしまうのではないかと複雑な気持ちにまでなってしまう。弟の姉離れが寂しくて嬉しくて腹立たしい。

全速力で走り、学校の壁面沿いに駆けて角を曲がれば、気付かず人にまでぶつかった。下級層にも近い為にその住民だ。軽く肩が当たった程度だが、細い身体がよろけて座り込んだ相手に思わずケメトが振り返る。自分達と同じ下級層の子どもをどうしても捨て置けない。セフェクの手を振り払って「大丈夫ですか⁈」と駆け寄り立てるように手を貸せば、セフェクの目がまた釣り上がる。

急ぎ過ぎて自分がぶつかったことにすら気付いていないセフェクからすれば、また何を悠長にと苛立ってしまう。更に言えば町中では肩がぶつかるなどよくあることだ。いつもならば叫ばないが「ケメト‼︎」と怒鳴ってしまう。ケメトも「ごめんなさい‼︎」と双方にペコペコ謝りながら再びセフェクへと駆け寄った。お互いに手を掴み合うが、セフェクの苛立ちもケメトの憂鬱も最大まで高まった。時間に追われきっている所為で、どうにもお互い落ち着かない。

既に時間は過ぎている。学校の生徒に関係を気付かれないようにと待ち合わせに指定された場所は、学校から離れた国門の傍だ。走り続け、やっとそこに着いた時には二人とも息が乱れ、弾んでいた。そしてその先に



「ッセフェクケメト‼︎どんだけ待たせやがる⁈やっぱりテメェらは二日に一度にしろ‼」



待っていた。

荷袋に詰めていた砂だらけの上着を羽織り、フードを深く被った青年が壁にもたれかかったまま彼らを待っていた。

十八歳の姿にされたまま配達の継続を命じられたヴァルは、聞き慣れた二人の耳には若干若くも聞こえる声で怒鳴る。途中の店で買った酒を瓶ごと傾けながら荒げるヴァルの声は、猛獣のがなり声のようだった。イライラと人相の悪い顔を更に凶悪に歪め睨む姿は、第三者からみれば恐喝にすら見えた。そして、その怒声を一身に浴びた二人は目を輝かせる。次の瞬間には弾む息を整える間もなく、彼に飛びついた。

置いて行かれていなかったことの嬉しさのあまり、両手を広げて抱き着けば鬱陶しそうに顔を歪めて舌打ちを返される。しかし、無理に引き剥がそうともしないヴァルは「酒が溢れるだろうが」と半分近く空になった酒瓶を二人から離して持ち直した。そのまま国門までしがみ付いてくる二人を引き摺るように歩けば「配達なんざ付いて来なくても寮に居りゃあ良いじゃねぇか」とまた悪態付いた。

寮には基本的に単独で部外者も異性も入れないが、門限はない。ヴァルが配達を終えて帰ってくる時間でニ日に一度会えば良い。ヴァル本人もそれが一番面倒でなく、もともと自分まで学校に巻き込まれなければ最初からそうするつもりだった。しかし、その途端セフェクから「いやよ‼︎」と腕にしがみ付かれながら叫ばれる。


「配達は私とケメトの仕事でもあるもの‼︎ヴァルが学校に来る間は私達も付いて行くわ!」

「僕もです!僕もヴァルとセフェクの仕事を手伝いたいです!絶対一緒に居たいです!」

うぜぇ、と。

二人のいつもの答えにヴァルはうんざりと息を吐く。

そんなことを言いながら初日から遅刻してきた二人に対し、ヴァルも心中では少なからず不満もある。

遅れてきたことではない。遅れてくる程に学校か寮の生活を楽しめたにも関わらず、それを放棄して自分にへばりついてくることへの不満だ。大人が怖いセフェクも、他者と殆ど関わってこなかったケメトも、年の近い子どもと怖気なく関われたのならばそちらを優先した方が良いに決まっている。

そしてガキはガキらしく遊んでろと思いながら、結局は二人が待ち合わせ場所に向かう途中で何かあった場合を考えて、一人配達にも行けず足止めを食らった間抜けな自分にも腹が立つ。舌を打ちながら「クソガキ共が」と呟けば、次の瞬間には「ヴァルだって今は私と対して年変わらないじゃない‼︎」と言い返される。

更に大きく舌打ちを鳴らしながら、ヴァルはセフェクの言葉を無視して進み、怒鳴り返す代わりに酒瓶の残り半分を一気に飲み干した。空き瓶を放り捨て、国門を潜ったところでいつものように特殊能力を使い、地面を滑らせる。


「セフェク。テメェがどうせ道にでも迷ったんだろ」

「違うわよ!ケメトが友達と話していて待たされたの‼︎ケメトはすっっごい人気だったんだから!一日でたくさん友達作れたのよ⁉︎」

「!せ……セフェクが迎えに来てくれました!僕が上手く友達から抜けられなかったら呼びに来てくれました!皆に中等部に自慢の姉がいると話したら、僕以外にも兄姉がいる子が」

「私も仲良くなった子がいるんだから‼︎‼︎しかもずっと一人だったから隣の席の私から話し掛けてあげて」

だあああああああああ!うるせぇ‼︎‼︎と、自分の投げかけに全力で答える二人にヴァルが声を荒げる。

しがみ付かれ抱きつかれたまま、両側から甲高いセフェクの声とまだ未発達のケメトの声で騒がれ両耳を塞ぐ。セフェクに掴まれた腕を無理やり耳へと上げれば、その状態でまた二の腕に巻き付かれる。うざってぇ、と怒りをぶつけるように足元を滑らせる速度を上げた。

あまりの加速に風圧で一瞬口を閉ざしたセフェクとケメトだが、慣れればすぐにまたヴァルに向かい顔を上げ、口を開いた。


「どうせヴァルは友達できなかったんでしょ‼︎屋上に上がった高等部の生徒って絶対ヴァルでしょ‼︎」

「ヴァルはクラスはどうでしたか⁈セフェクもどんな風に過ごしたかすっごく聞きたいです!僕はずっと二人に会いたかったですよ‼︎」

要らねぇ、うぜぇ、知るかと二人に相槌を打ちながら、うんざりとヴァルは息を吐く。

そのまま大した返事も返さなければ、いつものように勝手に二人で盛り上がり始めた。今日セフェクとケメトも別行動だった為、お互いに話したいことが多過ぎる。

教室はどんな感じだったか、クラスはいくつあったか、寮の部屋は、実力試験は、と二人が話しているのを聞きながら、どうやら合流してからは談笑する暇もないほど急いで来たらしいとだけヴァルは思う。

一から百まで今日あったことを自分を間に挟んだまま話し続ける二人に、ヴァルは音量を絞るように両耳を塞ぎ続けた。それでも無音には程遠く「ケメトそんなに友達できたなんてすごいじゃない‼︎」「セフェクも格好良いです!お友達になれた女の子はきっと凄く嬉しかったですよ‼︎」と声を跳ねさせるのが嫌でも聞こえた。

どんだけ楽しかったんだ、といっそ呆れ半分に思うヴァルは、まさか自分と合流するまでは二人とも全くそんな雰囲気ではなかったとは微塵も思わない。


「……次に姿が戻った時は例の酒場に行くぞ」


余談を許さないように断言したそれは、まるで独り言のようだった。

しかし至近距離にくっついた二人はその言葉に目を輝かせる。その時はまたご馳走だと今から胸を弾ませた。

やったぁ!と声を揃えれば、やっとヴァルの荒い運転がいつもの荒さ程度に落ち着いた。「ベイルに俺のことは口滑らすんじゃねぇぞ」と念を押せば二人は勿論です、わかってるわよ!と声を重ねた。

十八にされている間はフリージア王国内での行きつけの酒場や飯屋に行けなくなったヴァルだが、今月中に一度はまた元の年齢に戻させると行くと今決める。まさかこの十八の姿で教育機関である学校に通っているなど死んでも知られたくない。

実力試験すら、問題文も見ずに名前を書くことすら拒否したヴァルはプライド達からの命令がない限り授業には関わらないと決めていた。それほどに勉強や人に教わるという環境自体に虫酸が走る。

明日からは授業中に何処へ身を潜めるか無ければ机で寝るかと考えながら、再び滑る地面の速度を速めた。ケメトやセフェクと同じ学校に通うことも、授業を受けることも、十八歳のガキと一緒の空間に詰められることもただただ不快でしかない。しかし、それでも


潜伏を、放棄しようとも思わなかった。


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