そして発揮する。
「カラム・ボルドー……交代させろ私も出せ」
「却下だハリソン。二年前に怪我人を何人出したと思っている」
ゆらりと背後に立つハリソンに、カラムも慣れた反応で断った。
目の前では既に十人中六人目の選手が勝敗を決めたところだった。
既に今日の選抜選手は決まっていた中、試合の実力だけで言えば部内で指三本に数えられるハリソンは今回も選手には入っていない。初等部の頃から何度も何度も騎士部での試合で怪我人を出し続けているハリソンは、中等部高等部そして大学部でも入学時に与えられた最初の機会を棒に振っている。
その度に試合相手に怪我人を出し、試合後も乱闘めいた問題を起こしているハリソンは教育係のお陰でまだ改善された方だが、それでも大学部一年時に校内試合で「生温い」と上級生全員を下剋上しかけた彼は、カラムが部長を任された今も下級生との交流試合には出して貰えない。
先輩にも後輩にも容赦ないハリソンの洗礼を受けるのはせめて自分達と同世代かそれ以上の年代だけで充分だという判断だった。少なくとも昔のように試合自体に出させて貰えなかった時代と比べれば、今は同年代以上の生徒となら試合にも出される分ハリソンも恵まれている。
しかし、目の前で部員達が試合をしているのを見るとどうしてもハリソンも血が滾る。
ただでさえ今は高等部の部長を担っているのはアーサーだ。そのアーサーの統率下であるにも関わらず、泥を塗らんばかりにさっきから集中力が切れている部員や中途半端な実力者を見るとそれだけで勝敗後も自分の手で骨の髄まで叩き直してやりたくなる。その上、今日は他ならない騎士団長と副団長が特別講師として護衛と共に見学に訪れてくれている。
更にはもう一人、本来ならばこの場にいない筈の人物が今も自分達を見ているのだから。
「まさかプライド、…様が。来てるとはなぁ。しかも今日からマネージャーだろ?通りで今日は高等部連中が妙に調子が出てねぇっていうか」
「たるんでいる」
「まぁ、こちらも人のことは言えませんけど……。舞い上がっているというか、アラン隊長も一戦目でいきなり本気出しましたよね?」
「そうだアラン。あくまで交流戦なのだからもっと胸を貸すぐらいの気持ちでやれと言っただろう。秒殺してどうする」
「それ言ったらカラムこそ今回の選手順も、確実に読んで勝てるよう組んだろ。お互い本気でやるのは礼儀なんだから別に良いじゃんか」
既に一戦目で勝利を収めているアランは、最終戦を待つカラムの横でハリソンも無視し足を崩していた。
今回は選抜に選ばれなかったエリックも、のんびりと後輩達の健闘を眺めている。
定期的に行う大学部と高等部の交流を兼ねた校内戦だが、基本的に大学部の圧倒的勝利で終えることが多い。当然だ。高等部と異なり大学部では更に専門的な技術を授業で身に着け、王国騎士団への道をあと一歩と控えているのだから。
特に今は、高等部時代にも大学部騎士部相手に何度も総合勝利を収めた経歴を持つカラムが大学部で主将を担っている為に勝つのは余計不可能だった。
世界最強騎士団と呼ばれるフリージア王国騎士団になるべく、騎士科に所属する高等部の部員にとっては自分達より格上の相手と対峙する大事な経験と機会でもある。大学部も先輩兼OBとして高等部生徒を本気で負かせに挑んでいる。六戦終えた今も、大学部に勝てた高等部部員は一人もいない。
しかし今はそうでなくても、彼らは本調子出しにくいだろうなぁと大学部全員が心の中では察していた。
プライドがまさかのマネージャーに就任したというだけでも驚きなのに、更にはそれが今日初めてで、試合前に準備ついでに高等部後輩から聞いた話によれば自分達が来るまでにも色々と忙しなかったと言う。そんな心身共に最悪の高等部に対し、あくまで〝他人事〟として「プライド様が見ている!」「マネージャーだと⁈」「羨ましい」と気合が逆に入りまくってしまった大学部とでは試合をする前から結果は決まっていた。
目の前では七戦目になり、必死に食らいつこうとする高等部へ大学部がやはり容赦なく攻撃を繰り出しているところだった。プライドが騎士科で人気が高いことは誰もの周知の事実だが、今は完全に効果が大学部と高等部で反転しているなぁとアランが改めて視線を試合からプライドの方向へ向けた。
「……あれ⁇ステイル様しかいねぇけど」
さっきまでステイルの隣で試合を観戦していたプライドがいつの間にか消えていた。
確かに、とエリックとカラムも言われるままに視線をちらりと回す中、ハリソンは独り言のような声で呟いた。
「アーサー・ベレスフォードもいない」
…………
「~~~っっ…………クッソ………」
ゴン、と。ホールから扉一枚隔てた廊下でアーサーは額を壁へと打ち付けた。
常人であれば額を割っていてもおかしくない音を立てたが、ほんのり赤くなる程度で済んだ。しかしギリリと奥歯を削らんばかりに食い縛る顎には力が入ったままだ。
高等部が大学部に勝てることなど滅多にない。それは頭ではわかっている。カラムが部長だった時代が凄まじかっただけで、勝てないことも完封されることも珍しくない。しかし自分の父親が騎士部に居た頃は何度も大学部に勝ちを収めていたことも知っている。何より、今の部員達がいつもよりも本調子が出ていないこともよくわかっていた。そして自分もまた、未だに上手く調子が入っていないことも自覚する。
せっかくプライド様とステイルまで協力してくれているのに、見ているのに、ティアラも応援に来てくれたのに、ジルベールさんや父上にクラークも見ているのに、大学部の先輩達がわざわざ時間を開けてくれているのにと。考えれば考えるほどに今の七戦負け全てが自分の責任だと思えて仕方がない。自分が部長を任されてから初めての大学部交流試合がこんなことになるなんてと思えば、恥を通り越し悔しくて仕方がな
「アーサー?大丈夫……?」
どわッ⁈
思わず大きな声が出かけた口を慌ててアーサーを両手で塞いだ。分厚い扉と壁一枚向こうでは今も部員達が試合をしている最中だ。
バクバクと心臓も押さえたくなりながら口を固め振り返るアーサーは、声の主を確認すればまた心臓が跳ね上がった。さっきまでステイルと一緒に観戦していた筈のプライドに、いつの間にか背後を取られている。
気配を消されてたとはいえ、プライドが背後にいるのにも気付かず一人で落ち込んでいた姿を見られていたことが恥ずかしく、後ずさったままべたりと背中を壁に付けてしまう。目を限界まで開き、息を整えるアーサーにプライドは「驚かせてごめんなさい」と言いながらすぐにその額にも気が付いた。
「おでこどうしたの⁈これっ冷やして!」
ほんのり赤い額へ向けて、ハンカチ越しに手に持っていた飲料水のペットボトルを当てる。クーラーボックスの中でキンキンになるまで冷やされていたそれは充分にアーサーの額を冷やし、急激な接近に熱を充分以上上げさせた。
ぴとりと冷たい温度に肩が一気に上がる中、まさか悔しくて自分で打ち付けたなどとは言えない。「だ、大丈夫です」とひっくり返った声で返しながら今度は後ずされず代わりに後頭部を打ち付けた。
「ぷ、プライド様こそどうしてこんなとこにっ、!まさかもう最終試合まで決まっちまったとか」
「い、いいえ!違うわ。まださっき七戦の最中だったから大丈夫よ。ただアーサーが急に出て言っちゃったから心配で……飲み物ならもう買いにいかなくてもあるし」
ステイルに水分係を任せて様子を見に来たの。そう続けるプライドに、口を引き結んだアーサーの顔がじわりと火照った。
まさか自分を心配してわざわざ来てくれたとは思いもしなかった。プライドに心配までかけてしまうなんてと思うと同時に、追ってきてくれたことは素直に嬉しい。
なら額に当ててくれたこの飲み物も自分への差し入れかと理解すれば、さっきまで冷えきっていた中身がじわじわ温くなり始めた。すんません、と思わず謝罪から口につけば次にはまた別の謝罪がつながるように頭に浮かんだ。温いペットボトルをぎゅっと割らないように握りながら視線を俯ける。
「せっかくマネージャーに入ってくれたのに、すっげぇ負け試合で……本当すみません……」
「⁈何言ってるの!まだアーサーは最終試合があるじゃない!まだ負け試合とは決まってないわ!」
「いやもう十戦中六戦全部負けてるンで……。っつーか、マジでカラム隊長に選手順全部読まれてました……」
一対一の勝負で、相手がどの順で来るかを予想して相性の良い選手を組む。
それも部長であり主将の仕事だったが、アーサーにとっては苦手な分野の一つでもあった。唯一来るだろうと思っていた最終戦だけが裏を書かれず主将対決にしてもらえていたのはせめてものカラムの温情だろうと理解もしている。
高等部時代にはその作戦能力で大学部を何度も負かせたカラムに、アーサーが現段階で勝てるわけもなかった。
カラムとの一対一の試合でならば、アーサーも十回に一回程度なら勝てた経験もある。しかし既に試合前から主将としての器で完全敗北していた。
ただでさえ実力で大学部の騎士部が上回っているのは当然なのに、その上相性まで最悪にされた今連続負けも当然だった。しかしそれを抜いても、やはり今回は高等部全員実力を出し切れていない。しっかりと試合前に締められなかった自分の責任だと、思わず眉間が中心に強く狭まった。
完全に首を垂らして落ち込むアーサーに、プライドもオロオロと足元が落ち着かない。高等部と大学部の実力差は知っているが、ここまでアーサーが落ち込んでいるとは思わなかった。しかも今回初めから部員の集中力を乱し無駄に業務をさせて体力も集中力も削ってしまったのは自分達だということも自覚もしている。
そんなこと……と、か細い声で言いながらプライドは自分からも「私こそごめんなさい。こんな大事な日に」と謝罪した。
今日が校内戦ということはマネージャー前から知っていたが、あくまで〝交流試合〟という分てっきり他の校内戦や他国との合同試合と比べれば丸い空気かと思っていた。しかもアーサーにとっては慕う先輩である大学部の生徒もいるなら、余計アーサーも先輩達がいてくれる分いつもの調子で負担も軽く先輩の戦闘が見れる分楽しい試合かなと甘く考えた自分を思考の中で叩く。間違いなく今のアーサーにとって大学部の先輩は〝先輩〟以上に〝強敵〟だった。
扉の向こうから七戦目の勝敗がついたと声がする。また大学部の勝ちだと、その声の反響だけで二人も理解した。
首を垂らしいつの間にか自分でも気付かないうちに項垂れた姿を見せていたと気付くアーサーは、そこで慌てて息を吸い上げ姿勢を正した。残すは二戦、それを終えれば最後に自分の番だ。
気持ちを取り直そうと、謝罪と泣き言から話題を変えようと意識するアーサーは後ろ首を摩り、目線の位置がプライドよりも高くなったことを確認してから口を開いた。
「あの、プライド様。…………なんでいきなりマネージャーに……?」
今まで部活入ろうなんて思わなかったはずなのに。と、自分と同じように口を噤んでしまっていたプライドを見て最初に思いついた話題がそれだった。
ステイルが入部したのはわかる。もともと選手としてなるのは冷やかしと思われるからと断っていた彼だが、プライドが入部すればそれに付き合うのも昔から彼を知るアーサーには見慣れた展開だった。しかし、突然プライドがマネージャーに名乗り出たのはどうしてもわからない。
アーサーからの投げかけに、プライドもゆっくり顎の角度を上げる。どうして、と一度自分の中でかみ砕いた質問をそのまま零しかけ、止める。
たった今目の前で、真剣に大学部の先輩との試合を〝負けて当然〟と思わず主将として真剣に向き合っているアーサーに中途半端な答えは許されない。頬を指先で掻き、視線を一度逸らした後にプライドは消え入りそうな声で言いにくそうに口を開いた。
「その、…………アーサーの力になりたくて」
へ……⁈と、あまりにも予想しなかった理由にアーサーは一瞬心臓が止まった。
まさかの入部理由が自分だと、目が回りそうになりながら指先が痺れる感覚にペットボトルを落としかけた。逆に力を込めれば、今度は未開封のペットボトルが破裂手前までメキメキと音を立てる。
それは、どういう、とバクバク耳の奥で鳴る心臓音に負けながら口の中で消えかける問いに、プライドは僅かに頬を染めながら苦笑気味に笑った。
「正直に言えばアーサーとの時間が一気に少なくなって寂しくてというのもあるんだけれど、……マネージャーならアーサーの応援もできて部長のお手伝いもできるから。…………~っ…全然役に立つどころじゃ…なかったけれど……」
その事実を最後に言葉にすれば、プシュゥ……とプライドのほんのりとだけだった頬が顔面ごと熱くなった。
寂しくて同じ部活に入るなんて小学生みたいだと自覚もあれば、部長業務で忙しいアーサーの役に立てるぞと名案を思い付いたと思ったのにそれどころか思い切り足を引っ張り全く役に立ててない現状への羞恥心が凄まじい。
まるで母親の手伝いをしようとして逆に部屋を散らかし大惨事を起こす幼稚園児だ。高等部にもなって未来の女王がこんな有様など考えれば考えるほど穴にでも引き籠りたくなる。大人しく観覧席に座っているティアラの方が遥かに王族らしく、ダメダメな自分に付き合ってフォローしてくれているステイルの方が大人だ。
じわじわと胸の前で指を組み直しながら笑おうと顔の筋肉が強張るプライドに、アーサーも口が開いたまま熱が全身に回った。
王族が、第一王女が、そんな理由で自分の為に入部をしてくれたのかと。しかも昔馴染みのアーサーは、プライドが今までどれだけ懸命に部活や委員会勧誘を受けても「学生生活を楽しみたいから」と入部を断っていたのをよく知っている。少なからずプライドやステイルとの時間が減ったことを自分も物寂しく感じていたアーサーにとって、その発言は衝撃過ぎた。
まずい、本気でこのまま試合どころじゃなくなると。必死に自身を奮い立たせ首を壊れんばかりに横に振る。口の中を噛めば勢いあまって血の味が広がった。なんとか意識は保てたが顔の熱は収まらない。それどころか焦点を合わせた目で、今も恥ずかしそうにするプライドを見るとまた頭に靄がかかりそうになる。
「アーサーが頑張っているから、私も少しでも力になれるように頑張りたかったのは本当で。ほら、そろそろ式典が近いし私もステイルも忙しくなるでしょう?部活自体は母上にも許可は貰っているし」
「~~~ッすんません‼︎そこまでで‼︎‼︎」
勘弁してください‼︎
そう腕ごと使い顔を隠しながら、耐えきれず顔を逸らす。
上ずり過ぎた声で待ったをかけるアーサーに、プライドも慌てて「ごめんなさい!」と声を上げた。うっかりまたアーサーと会う口実に入部みたいな発言になってしまったことへ急いで訂正を試みる。本当にアーサーの力になりたくて、もちろん騎士部の人達の力にもなりたいのだと、仲良しこよしの為ではなく真剣にマネージャーをする気があるのだと訴えるがそれもアーサーには半分くらいしか届いていなかった。
顔を隠したままその場に蹲るように座り込み、手の中のペットボトルを頭から自分にかけたくなる。まさかこんなに自分を応援してくれようとしていたのだと嬉しくて死にそうになる。
しかもプライドだけでなく、ステイルも〝彼女と同じ〟だからプライドを止めなかったのだろうと。ステイルも単なるプライドの付き合いでも自分へのからかいでもなく、同じ理由で入部を決めてくれたのだろうと理解すれば、重なる嬉しさで走り出したくなった。
アーサー⁈ごめんなさい、これ以上は絶対足手まといにならないから!ちゃんと役に立つように勉強するわと必死にマネージャーとして役立つアピールを訴えるプライドに、「応援してくれるだけで充分なのに」と言いたくなって飲み込んだ。充分以上に、やはりその気持ちが嬉しい。
扉の向こうで早くも八戦目が終わる音が聞こえだす。そろそろホール内に戻らないと、と息をゆっくり吸い上げたアーサーはさっきまでの蟠りが嘘のように、今は地の底に垂れるような気持ちにならない。むしろ
「…………プライド様。一個だけ、頼みあるンですけど良いっすか……?」
?勿論よ。と、さっきまでとは打って変わり肩を上げた途端静かな声色で言うアーサーにプライドは躊躇いなく承諾した。
マネージャーで全く現段階で役に立っていない自分に、できることならなんでもしたいと思う。プライドからのさらりとした返答に、アーサーは顔を隠していた腕を一度下ろし、そのまま真っすぐ紫色の瞳と目を合わせた。
ゆらゆらとだが立ち上がり、姿勢を正したまま深呼吸を三度くり返し、気持ちを落ち着ける。
真正面にプライドと向き合ったアーサーは、呼吸が整った後おもむろにペットボトルを一度床へと置く。自由になった両手をそのまま同時に動かし、肩の位置まで上げて見せた。
久々に間近の真正面にプライドの視線を受けるだけでじわじわと顔の再熱しそうなのを必死に抑えながら、肩の位置の両手の平をそのままに彼女へと笑いかける。
「気合。……貰えますか?」
その言葉と、アーサーの手の位置にプライドもやっと彼の頼みを理解した。
最初は控えめに照れ笑いを浮かべるプライドは、そのままアーサーの動作を真似するように自分も両手を自分の肩の位置までそっと上げて見せる。こくり、とはにかみと頷きで彼に返した。
視線を合わさったまま、次の瞬間合図もなくお互いに両手を勢いよく斜め上へと跳ねさせる。
パァンッ‼︎
「頑張って!!」
互いの両手が高々と弾き合った音が廊下に響いた。
両手で力いっぱいハイタッチしたプライドは、自分より大きな手のひらと重ね弾かれた後も花のような笑みだった。心からの言葉が無意識にそのまま口から飛び出す。
今までで一番マネージャーらしいことができたことに、自分でも可笑しいくらいに胸まで弾んだ。
プライドからのハイタッチと同時の予期せぬエールに、一度目を見開いたアーサーはすぐにニッと歯を見せて返した。はい‼︎と響く声のまま、一気に自分の中で覇気が漲るのを自覚する。
床に置いたペットボトルを拾い上げ、ホールへ戻るべく足を動かす。分厚い扉を軽々開け、一足先に失礼しますと言いながら振り返ったところでまたプライドと目が合った。
元気になった様子にほっと笑みを浮かべているプライドに、もう一度アーサーは嘘のように軽くなった肺で息を吸い上げ声を張る。
「すっげぇやる気出ました‼︎」
ありがとうございます!と、頭を下げ未開封の変形したペットボトル片手にホールへ戻るアーサーをプライドもその場で見送った。
手放された扉が自然と再び閉じたところで、静かに息を吐く。ちょっとはアーサーの力になれたのだろうかと、思いながら自分も追うように遅れて扉を掴み押し開ける。
扉の向こうでは、明らかに誰と話していたかわかるアーサーの発声を聞いた大学部高等部生徒全員が第九試合以上に注目を浴びせているところだった。試合までに中座すること自体は問題ではないが、誰にやる気を貰ったのかと考えれば羨まし過ぎる。
先輩達と高等部の視線にうっかり最後にでかい声が出たと後悔するアーサーだが、それでもペットボトルの中身を一気に飲み干して乗り越えた。ぷはっ、と息を吸い込み手の甲で口を拭う。
後で大声を出してしまったことは正式に顧問と大学部の先輩達に謝罪をするとして、今は主将戦を恥ずかしくないものにする方が先決だった。中座する前とは別人のように集中力を跳ね上げ蒼の眼光を鋭く闘志を漲らせるアーサーに、廊下で何があったのか突きたくなった部員も全員口を噤み味方も気圧され半歩引いた。
九戦目も高等部の敗北となり、最後の試合に高等部大学部全員が声援に喉を張り上げる中。模擬剣を片手にアーサーはその全員の声を上塗る声量と共にホール中央へと踏み出した。
「宜しくお願いします‼︎」
後日から書類業務を含む管理職面で王族マネージャー二人が大いに騎士部へ貢献できるようになることはまだ誰も知らない。
いま、現状での功績はただ一つ。
主将就任時〝から〟重圧で本調子を崩し続けていた高等部主将の久々の本領発揮を首相秘書と王国騎士団長副団長へ披露することができただけだった。
重版本当にありがとうございました。
これからも何卒よろしくお願い致します。
心からの感謝を。




