Ⅱ24.崩壊少女は下校を済ます。
「プライド様……!その、本当にこちらは自分が処理しておきますので……」
「いえ!どうか、どうかお気になさらず‼︎」
本当に、本当に……‼︎と、両手を差し伸ばしてくれるエリック副隊長に私は全力で断る。
ステイルの瞬間移動で私の部屋に戻ってからすぐ、私は手の中の小さな包みを両手で守って死守することになった。
明日からはエリック副隊長はご実家の玄関までの見送りで、私達だけ瞬間移動した後にエリック副隊長は徒歩で城に帰還。そして私の部屋前にはカラム隊長が待っていてくれる手筈だけれど、今日だけは別だった。
カラム隊長が講師する選択授業開始が明日からで、まだ出勤ではない。様子見ということもあり、今日はエリック副隊長にそのまま午後過ぎ迄の護衛をお願いすることになっていた。ご家族には私達の実家に御挨拶という名目でステイルと一緒に瞬間移動して貰った。……その結果、逃げられない。
大丈夫です!と言いながらとうとう逃げるようにアーサーの背中に隠れれば、エリック副隊長の視線がアーサーにも向けられた。その途端、アーサーも少し裏返った声で「俺は問題ないっすよね⁈」と背筋を張り詰めさせた。私は私でアーサーの背後で小さくなるけれど、まだ子どもの姿のアーサーはエリック副隊長よりも小柄だ。当然ながら逃げきれないと、ステイルに視線だけで助けを求めれば、困ったような笑顔で私達とエリック副隊長を見比べていた。私だってこんな子どもみたいな駄々捏ねしたくないけれど‼︎
部屋で私達を待ってくれていた専属侍女のロッテとマリー、そして近衛兵のジャックも、私達が戻ってきてから早速のやり取りに口をあんぐり開けていた。
エリック副隊長が「ですがっ……」と零しながら私から無理強いはしないようにと一度手を引っ込める。それでもやはり不満は残るのか、アーサーの背中越しに見たエリック副隊長の顔は熱が入りすぎて少し火照っていた。
本当はエリック副隊長の御希望なら出来る限り叶えたいし困らせたくない!ッでも‼︎でもでもこれだけは!
そう思ってアーサーの背中にしがみ付き、小さな自分の身体を更に縮こませる私にエリック副隊長がまた、言い聞かせるように優しく、そしてはっきりと声を張る。
「庶民の作った焼き菓子などプライド様やステイル様の召し上がるようなものではないことは自分が重々承知しておりますから……‼︎」
……エリック副隊長の説得に、それでも私は抗うべく腕の中のクッキーの包みを割れないように抱き締めた。
エリック副隊長と共に無事ご実家まで下校を終えた後。玄関まで入って一言ご家族に挨拶をした私達は、すぐに瞬間移動で城へ戻る筈だった。だけどその前に、玄関をくぐった私達にまさかのエリック副隊長のお母様が入学祝いにクッキーを焼いて下さっていた。
綺麗な包みにまでいれて「こんなものしか用意できないけれど」と言って可愛いリボンまであしらってくれたそれは、入れ物越しでも甘くて良い香りがした。私とステイル、そしてアーサーに一つずつ用意してくれたそれが本当に嬉しかった。
更には弟のキースさんまで迎えてくれて、本当に城下を案内までしてくれようと提案してくれ、物凄く優しいご家族の方々だなと思った。エリック副隊長も家族の手前、何より私達の正体を隠す為にキースさんへ「今日もジャック達は家のことで忙しいから」と断りをいれる以外は黙認してくれた。……キースさんはそれでも「じゃあまた今度」と諦めていないようだったけれど。
そして、城に帰った途端、即刻エリック副隊長にクッキー返却を所望されてしまった。
当然だ。基本的に王族が料理人が作ったもの以外を口に入れることは滅多にないもの。けれど私はこういう手作りクッキーとか前世では作るのも食べるのも大好きだったし、何よりエリック副隊長のお母様から心のこもった手作り品‼︎私達の為に作ってくれたのに食べないなんて選択肢はもっとあり得ない!
王族じゃないアーサーは未だしも、ステイルと私はこのままだとエリック副隊長に没収されてしまう。今も「自分が処分しておきますので」と返還を求めている。アーサーも私を守ってくれながらエリック副隊長に押され気味に背中を反らした。流石のアーサーも子どもの姿で大人のエリック副隊長には勝てる気がしない。
アーサーの背中にしがみ付いたまま、「ステイル〜……」と身体の小ささに精神年齢が引っ張られるように助けを求めてしまう。すると私の情けない声にステイルは半笑いのまま肩を落とし、呆れるように溜息を吐いた。
「……エリック副隊長。御家族のお気持ちも、そしてエリック副隊長のお気遣いも嬉しく思います。ですが」
自分の分の包みを片手にステイルがこちらに歩み寄ってくる。
エリック副隊長もアーサーと私への前のめりから、一度身体を引いてくれた。一歩一歩ゆっくり歩み寄ってくるステイルは私の隣に並ぶと、無言で包みを私の分と自分の分と両方のリボンを解いた。包みの口が開いたことで、焼きたての甘い香りがふわりと広がる。もしかしてこの場で食べちゃえということなのだろうか。
ステイルは二つの包みから一個ずつクッキーを摘み出した。そして二個のクッキーを手にアーサーに並ぶと、無言で彼の口に持っていく。それにアーサーも意図を汲んだように、パカリとくるみ割り人形のように大きく口を開いた。そこへクッキー二個が一度に放り込まれる。
一口で二個クッキーを頬張ったアーサーはサクサクモグモグと美味しい音を立てた。ごっくん、と飲み込んだことを確認した後、ステイルは視線をアーサーからエリック副隊長に移す。
「あくまで〝庶民の子ども〟として頂いたものですから。それに、こうして毒味も済ませました」
そう言って示すように軽くアーサーの肩を叩いて見せた。
にっこりと笑うステイルに、クッキーを完食しても当然ながら無事でいるアーサーは「すげぇ美味いです」と合わせるように答える。エリック副隊長の御家族が毒を入れるなんて思わないけれど、これで安全性も保証された。
それにエリック副隊長もさっきまでの勢いを削がれるように肩を落として額に手を当てた。「本当に……」と溜息まじりに呟いたけれど、そこからは諦めるように身を引いてくれた。食い意地の張った王女だと呆れられたのかもしれない。まぁ仕方がないけれど。
「それではプライド。……着替えが終わったら、ゆっっっくり話をしましょう。」
ジルベールが来る前に、と。話を切るように言ってくれるステイルに、アーサーが一度だけ何か言いたげに彼を睨んだ。その後にボソッと何かステイルに一言囁いたようだけど、私には聞こえない。
ステイルが眉間に皺を寄せたけど、その後は大人しくアーサーに頷いていた。もしかしたらステイルの隠し事を話せよとか言ったのかもしれない。近くにいたエリック副隊長にも聞こえなかったらしく、彼も肩と背中を丸くしたままふらふらと部屋の外へ向かって行った。
ステイルは自室に、アーサーは用意された別部屋で着替えるから、部屋には私とマリー達だけになる。ジルベール宰相が年齢操作を解いてくれる為だ。
私達が帰ってきたという報告は父上と一緒にジルベール宰相にも後から届くけれど、彼の特殊能力がバレない為にも年齢操作を解く時間を決めていた。ちょっぴり前世のシンデレラとか時間制限付きヒーローみたいだけれど、一応時間延長の伝達方法もステイルと確保している。万が一にも年齢操作が解けるのを見られたら本当に服も身体も大変なので、時間制限も余裕を持った時間でお願いしている。
身体が戻って着替えが終わった頃にはアラン隊長とハリソン副隊長もセドリックと一緒に戻っているだろう。一応、表向きはアーサーと近衛兵のジャック。そしてカラム隊長とエリック副隊長が別任務と用事とそれぞれの合間を縫って私に付いていてくれることになっている。エリック副隊長が送迎で城を出ている時はカラム隊長が、カラム隊長が選択授業で講師を務める二限と三限の時間帯はエリック副隊長が付いていることで、一応表向きも近衛騎士二人体制はあまり崩れていないということになっている。
私は安全な宮殿の自室に篭って学校制度と国際郵便機関の本稼働に集中ということと、近衛騎士達が〝偶然〟殆ど別任務で出払っていることでこういう形になった。エリック副隊長が送迎で不在中はカラム隊長が近衛として交代していると形式で騎士団にも言い訳は通った。……近衛兵のジャックがずっとお留守番なのが申し訳ないけれど。
表向きは近衛騎士がバラバラと殆ど別任務で出払っているから、いっそ騎士団の中からまた代理の騎士を複数付けるべきだという意見や名乗り出てくれる騎士もいたらしいけれど、騎士団長と副団長が上手く止めてくれたらしい。
アーサーは付いているし、宮殿から出る訳じゃない。元々近衛騎士の制度は私の代からだし、殆どが近衛騎士も同席出来ない内密の会議や打ち合わせだとしてくれた。やっぱり騎士団長達が事情を知ってくれていて良かった。
「ではプライド様。身体が戻られる前に脱衣をお手伝いさせて頂きます」
子どもの身体に合った服が脱ぎにくくなる前に脱がないと。
専属侍女のマリーとロッテの手を借り、先に服を脱ぐ。時計を確認しつつ、袖を通しながら私は考える。
…………ファーナム姉弟。
彼らについて、ステイル達にどこまで話すか。
彼らの情報は予知としてしか言えない。つまり既に起こっていることや、今後現実では起こらないようなことを予知としてそのまま話してしまったら大変なことになる。しっかり厳選して、予知内容もそれらしく考えないと。
家族構成、ルートの流れ、ゲームスタートまでに彼らが辿る悲劇。予知にならない内容は絶対伏せる。これだけは私が一生隠すべき事実なのだから。
あくまで全ては予知。そうならない事実は話せない。そしてそれ以外はちゃんと話そう。
私一人で抱えては、きっと全ては叶わない。




