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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
私欲少女とさぼり魔

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Ⅱ218.騎士は絡む。


「おっ。お疲れさん、聖騎士」

「お疲れ様です。……あとその呼び名止めて下さいって」


演習後、暗くなった騎士団演習場内を歩く。

擦れ違う先輩からのからかいにも大分慣れた。俺が頭を下げながら言葉を返すと、あっちもあっちで慣れたように笑っていた。

未だにからかいで、聖騎士と呼んでくる人はいる。しかもそォいう人に限って騎士の先輩だから困る。逆に後輩とかだと一度止めてくれと頼んだらもう普通に呼んでくれンのに。

今夜はアラン隊長に飲みに誘われたけど、今回は普通に騎士団での飲みだけらしいし断った。流石にステイルも連日来るとは思えねぇし一度部屋に戻らなくても平気だろう。

演習後は各自部屋で休んだり勝手に飲んだり食堂で食ったり自主練するから、こうして演習場内を歩いているとそれだけで結構な騎士と擦れ違う。

プライド様と一緒に城に帰った後、ステイルは早速ジルベール宰相に生徒名簿を用意させていた。それにプライド様はレオン王子に書状をと言って使者を出してたし、いつもの服に着替えた後は二人とも打ち合わせ前から忙しそうだった。


「!お疲れ様です、アーサー隊長」


再び擦れ違う騎士と挨拶を交わす。

お疲れ様です、と返しながらも俺はその相手に腹ン中だけが痙攣する。ノーマンさんだ。

俺の八番隊に所属しているノーマンさんが片腕に抱えている書類束に、これから何をしにいくつもりなのかわかって思わず足を止める。俺が立ち止まったからか、ノーマンさんも一応足は止めてくれるけど目だけがこっちを刺したまま訝しんだ。


「また、イジドアさんの報告書整理手伝ってくれてンすか」

イジドアさんは、俺とハリソンさんの前に八番隊の副隊長をやってくれてた人だ。プライド様の護衛形態が一時的に俺が変わったのと、ハリソン副隊長もセドリック王弟の護衛で俺と同じく一日の半分は演習にいない。その代わりにイジドアさんが八番隊の指揮やその分の報告書をまとめてくれていた。

指揮はクラークも手伝ってくれているらしいけど、八番隊は一番隊と二番隊みたいに類似した隊がないからこういう時は結構大変だ。アラン隊長とエリック副隊長のいる一番隊やカラム隊長のいる三番隊はそれぞれ二番隊、四番隊が賄ってくれてるけど、八番隊の俺らはそういうのがない。

お陰で午後までの演習はイジドアさんの負担が増してて本当に頭が上がらない。ンで、その書類仕事に関してはノーマンさんもイジドアさんの手伝いをしてくれている。


「二人でやった方が早く済むので。アーサー隊長とハリソン副隊長がご不在の間はイジドアさんが一人で二人分賄って下さっています。部下として手伝うのは当然です。それに自分は他の騎士と違って一時的に演習を抜けさせて頂いていますからこれくらいの負担を自ら担うのも至極当然です」

「いや、……ですから通学する身内の送迎は手続き踏めば別に悪いことでもねぇンですし、ノーマンさんがそこまで担わなくても」

「お言葉ですが、自分が自己満足でやっているだけです。アーサー隊長とは関係ないことですのでどうぞお気になさらず」

言葉の途中でぶった切られる。

「やって下さるのはありがたいんですが」と言う前に断られて、腹に一発食らったような気分になる。

ノーマンさんは妹さんの学校送迎……っつーか実際は様子見に行く為に午後に一度だけ途中退席許可を取ってる。別に騎士団で認められた制度だし、誰も責めたりもしてねぇのにノーマンさんはその穴埋めって形でイジドアさんの仕事を演習後も手伝ってくれている。本来は俺とハリソン副隊長の仕事だから、すっげぇ申し訳なくなる。今もノーマンさんに断られて重くなった首と一緒に「すんません」の一言が零れた。口から出た直後にやべっと思ったけどもう遅い。


「ですから何故アーサー隊長が謝罪するのですか?部下である自分が先輩方や直属の上官のお手伝いをするのは当然ですし、隊長の補佐も任務内に含まれています。それとも僕の能力ではこの程度のことも負担だとでも思われているのでしょうか。アーサー隊長がここで言うべきなのは謝罪よりも労いの言葉が適当だと思います。因みに以前のように「ありがとうございます」と言われるのも心外です。自分は一部下として当然の義務を為しているだけですから」

「はい……」

ンなこと言われても、そこで「ご苦労様です」なんて言うのは他人事みてぇでどうにも気が引ける。

イジドアさんももしかしてこんな風に怒られながらも書類整理を手伝ってもらってンのかなと思ったら、余計に悪い気がしてきた。

ノーマンさんに怒られて腰が低くなると、丸淵眼鏡の奥の目が僅かに吊り上がるのが見えた。やべぇまた怒らせた。こうなるとノーマンさんからの説教は結構長い。「ですから僕の上司で隊長格として上官の貴方が」とまた怒られる。基本的に直接絡んでくれないノーマンさんだけど、一回ぶつかると結構がっつり言葉で叩かれる。八番隊の騎士には珍しくないけど、ノーマンさんは特に言葉での攻撃力が高いと思う。言っていることは全部正論だし、俺も正直返す言葉が見つからない。

長々と怒られた後、最後は「なので、自分はこちらの書類で忙しいので失礼いたします」と切り上げられる。


「先月提出させて頂いた休日申請、問題ないとは思いますが再度確認のほど宜しくお願い致します。流石にアーサー隊長でしたら「忘れた」「知らん」「好きにしろ」で済まされないとは思いますが」

まだハリソンさんが隊長だった時に休日希望を出したの忘れられてたの根に持ってるんだな、と思いながら一言だけ言葉を返す。

ここでそれを言ったら確実にまたキレる。足早に去っていくノーマンさんの背中を暫く見届けてから俺も再び足を動かした。演習よかまたすっっげぇ疲れたけど、取り敢えずまだ学校に潜入してることがバレてねぇだけ良かったと思おう。

気持ちだけで言えば、妹さんのライラのこととかでも話せたらもっとノーマンさんと会話らしい会話ができンのかなと思うけど、取り敢えずそれも極秘視察を終えてからだ。

そんなことを考えながら若干ふらつく足で歩くと、やっと目的の扉が見えてくる。気が付いたら背中が伸びたのを感じ、口の中を飲み込んだ。するとちょうど目先の扉が先に開いて、そこから見知った騎士が現れた。



「!カラム隊長」

お疲れ様です、と声を掛ければすぐに一言返してくれた。

報告を済ませたところだと話すカラム隊長にきちんと頭を下げる。そのまま帰城した時にも言ってくれた礼をまた言われた。とんでもないですと返しながら両手を前に背中を反らしたら肩をポンと叩かれた。……やっぱこの人には未だに頭が上がらないなと自覚する。

俺もノーマンさんや他の八番隊の騎士の人らにこんな風になれりゃあ良いのにとないものねだりに考える。思わず視線を落とせば、次には何も言ってねぇのに「お前は良い上司だ」と諭された。

ありがとうございます、と礼をしたところでカラム隊長は騎士館の方へ向かっていった。


「騎士団長も今はちょうど空いておられる筈だ。明日もあるから無理だけはしないように」


昨日もハリソンと打ち合ったばかりだろう、と。

もう完全にバレてるなと理解しながら、投げかけられた図星に言葉を返した。

去っていくカラム隊長の背中を頭を下げて見届けた後、とうとう騎士団長室前で一度両足と並べて止める。ノックを鳴らし、許可を貰ってから扉を開ければ部屋に一人でいた父上が僅かに開かれた目で俺を見返した。


「お忙しい中すみません、騎士団長」

「アーサー、どうした。」

カラム隊長と殆ど入れ違いに来た俺に、書類を開いていた手が止まる。

今夜はもうクラークはいねぇンだなと思う。副団長にも自分の部屋があるけど、クラークはなんだかんだで父上ンとこにいることが多い。書類手伝ったり雑談してるのが殆どだけど。


「……副団長は」

「クラークは一度帰ってる」

明日は非番だからな、と続ける父上に最近はそういうンが多いなと思う。

でもクラークがいるとこういう頼みする時にからかわれてムカつくから助かる。

一度だけ目を逸らし、それから正面に向く。首の背後を摩りながら口を結べば父上もわかったらしく、言う前から書類が机に降りた。言われる前にちゃんと言葉にすべく俺から口を開く。


「……手合わせ。久々にお願いしたいンすけど」


少し待て。その言葉の後に、すぐ父上が書類を片付け出してくれた。

俺も重要書類は見ないようにそれ以上出ず待つ。顔を背けてるのも、片付けさせてるのも悪い気がして居心地を誤魔化すように口だけ動かした。


「カラム隊長は、いつもの報告ですか」

「ああ。ネイト、だったか。レオン王子殿下からの件も聞いた。適宜状況に応じて対応するようにと伝えたところだ。今のところ私から異議はない」

今回の極秘視察、ジルベール宰相との打ち合わせは勿論だけど、事情をしっている父上にもカラム隊長やアラン隊長が定期的に現状を報告をしている。今さっきカラム隊長が騎士団長室から出てきたのもやっぱそれだった。

そのまま父上から念を押すようにアダムとティペットや最初に予知した生徒については今のところ状況に変わりなしと確認され即答する。

予知した生徒については未だ見つからないのは落ち着かねぇけど、アダムとティペットについてはこのままわかんねぇまま一生終わって欲しいとも思う。プライド様の安全を確保されるのが一番だけど、少なくとも二度とあの人の周りで奴らの影も気配も出て欲しくない。プライド様だけじゃない、ステイルにもだ。今はプライド様のことを心配してるだけだけど、アイツのアダムへの殺意も尋常じゃない。それだけのことをされたンだから当然だ。

父上が準備を終えて腰を上げてくれる。場所は、と聞かれていつものようになるべく人目につかないように騎士館からも離れた演習所を頼んだ。

騎士団長室を出れば、またプライド様と学校関連の会話はお互いしなくなる。


「八番隊はどうだ」

「なんとか。イジドアさんとノーマンさんに助けられてます」

「副隊長のハリソンも今はセドリック王弟の護衛で抜けているからな」

「はい、ですが俺の忙しさなんてアラン隊長ほどじゃないです。あの人はセドリック王弟の護衛とプライド様の近衛任務で殆ど演習場に来れていませんし」

「それでも尚一日の鍛錬量は他の騎士達より僅かに上回っている。もともと自主鍛錬の量が違うからな。お陰で剣と素手での戦闘の実力は抜き出ている」

「はい、見習います」

「しかし体調管理は疎かにするな。明後日にはお前も休息日だろう。英気も養え」

「大丈夫です。今日も手合わせ七本終えたら寝ます」

「五本だ」

嵩増ししたら止められた。

まぁ父上も仕事あるしそうだよなと諦めながら、わかりましたと言葉を返す。他愛もない会話を往来しながら進み、演習所の一つになる手合わせ場に入れば互いに一度口を閉じた。剣を構え、睨み合い、沈黙一枚だけの空間を俺が切る。


ダンッ!と地面を蹴る感触が足の裏に残り、次の瞬間には父上が片手の剣で先制を弾いた。

体勢が崩れたのを手で着地しすぐに宙返りで立て直す。立ち直った時には身構えるより先に父上の刃が眼前に振り下ろされたところだった。

金属音が空気を砕くように響き、刃で受けた俺は歯を食い縛る。ギリギリと父上と剣で鬩ぎ合いながら、後ろ脚に力を込めると不意に「それで」と父上の口が動いた。硬くした歯で続きを待てば、すぐに静かな声がかけられた。


「どうした、アーサー。私に用でもあったか」

「……いえ、そォいんンじゃないっす。……ただ」

腕に力を込めて弾き返し、前脚で父上の顎を狙う。

別に悩みとか言いたいことがなくても、今までも普通に父上と手合わせはしてきた。ただ、最近は色々あってその手合わせも今夜が久々になっただけだ。

本当に今回は父上に聞いて欲しいこととか言いたいことがあったわけじゃない。昨日みたいに頭ン中晴らす為にハリソンさんに付き合って貰ったのとも違う。…………ただ。

隙をついた蹴りも、背中を反らすように避けられた。そこでまた俺は口を動かす。




「久々に、父上とこうしたくなっただけです」




冗談抜きの答えを告げれば、僅かに父上の目が見開かれた。

誤魔化すように剣を横に振った後、じわじわ自分で言って少し恥ずかしくなって口を内側から噛んだ。

返事をしない父上に、俺もそれ以上言わず手合わせに集中した。


気が付けば互いに本数を数えるのも忘れてたのに気付くのは、俺がやっと父上から一本取れた後だった。


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