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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
私欲少女とさぼり魔

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そして知る。


私の隣に片膝をついてしゃがむアーサーも同じらしく、ネイトが次々とネジを絞めたり細かい部品をくっつけたり、設計図もなく駆使する姿にじっと瞼のない目で感心するように見つめ続けていた。今度はアーサーの方が口をぽかりと開いている。……うん、男の子もやっぱりこういうの好きよね。


「すげぇ。……こんな細かくて難しいこと毎日やってるンすか」

「!ま、まぁな⁇でかいもんは時間掛かるし疲れるし届かねぇし、小さい方がうっかり怪我することも少ないし手の中に収まる方が作ってて楽しいし」

真っ直ぐなアーサーからの尊敬の言葉に、ネイトが一度手を止める。

今度は正直に自慢げに笑い、最後は自然に顔が綻んだ。楽しい、という言葉を彼の口から聞けるのが何よりの救いだ。

アーサーが首だけ前のめりに今はどんな物を作っているのか尋ねたけれど、それは「秘密」と却下された。ちょっと悪戯っぽい顔で言うから、勿体付けたいところもあるかもしれない。アーサーの方が名実共に年上なのに、今はネイトの方がちょっぴり上になったような言い方だ。それでも全く悪い気もせず純粋にネイトへ尊敬や感心を注ぐアーサーは本当に素敵だなと思う。悪口さえ言わなければ、アーサーとネイトもわりと相性が良いのかもしれない。


「見てろよ。絶対あっちも完成させてやるから。それで今より稼げれば俺も好きにできるし、今よりもっと良い道具とか材料買って使ってまた作って、んで大金持ちになってさ」

「?お金持ちになりたいの?」

「そうすりゃあ母ちゃん達も楽できるだろ?」

さらり、と言い放った言葉は……ネイトの本質のように思えた。

ゲームではお金にはむしろ無頓着というか、発明しながら今の生活を維持できれば良いくらいのスタンスだったネイトだから思わず尋ねてしまったけれど。……うん、そうよね。〝今〟のネイトはそうに決まっている。

彼に取って本当に大事な物は今も昔もその芯だけはきっと変わらない。だからこそラスボスに陥れられ、そして真実を知った時は心が壊れそうになるほど傷ついてしまった。いっそ主人公のアムレットが別の攻略対象者ルートにいってラスボスから解放されるだけの運命の方が幸せだったんじゃないかと思えるほどの─……


コンコン。


「ジャンヌ、そろそろいかがでしょうか」

ノックの直後ステイルの声が掛けられる。

はっとして時計を見れば、確かに丁度良い時間だった。私もうっかりネイトの発明見学に時間を忘れてしまっていたらしい。

「ええ、行くわ」とその場で扉に向けて返し、先に音もなく立ち上がったアーサーに続き、私も足に力を込める。ちょっと長く正座をしてしまった所為で少し痺れていると、アーサーが「立てますか」と手を貸してくれた。


「じゃあね、ネイト。元気そうで良かったわ。素敵な発明を見せてくれてありがとう」

完成を楽しみにしているわね、と顔を向けてくれるネイトの狐色の瞳と目を合わせ、アーサーの手で持ち上げられるようにして立ち上がる。

すると急に退場準備し始めたのがネイトにも意外だったのか、「えっ」と声を漏らし手が止まった。立ち上がった私達を見上げ、丸い目を向ける。


「もう行くのかよ?」

「ええ、まだお昼もあるし。ネイトもちゃんと食事してね」

足下の道具をまた踏まないようにアーサーの手を借りながら、つま先歩きで魔方陣状態の足下を渡る。

けれど、僅かに声を漏らしたネイトは手の中の発明途中の作品以外は気にしないように、ガチャンと自分の膝をつく拍子に道具を蹴飛ばした。

なにか言いたげに前のめりになる彼に、足を止めかけたけれど取り敢えず魔法陣の外に出るまではとまたアーサーに向き直って先に渡りきることにする。

「そこ刃物です」「もっと体預けて良いっすよ」と注意してもらいながら、正座のせいでよろけた足を何とか動かした。幸いにも痺れるまではいかなかったけれど、ちょっとその手前にはなっていたらしい。足裏や指の感覚が微妙になくて力が入りにくい。

それでもアーサーの手と声を頼りになんとか何も踏まず渡れた私は、最後のひと跳ねでは着地と同時にまたふらついた。ネイトの大事な私物を踏まずに済んで良かったと思った途端、そのまま足から力が抜けて崩れそうなのをアーサーに正面から受け止められる。

握った手で持ち上げるだけでなく、反対の腕で膝から崩れそうな私を支えるような形で抱き留めてくれ、完全にアーサーに乗りかかる形で持ち直した。同い年でも軽々私を支えてくれたアーサーは流石だなと思う。


「ごめんなさいジャック、ありがとう」

「……ぃ、いえ……~っ」

アーサーの胸板に片手をついて、自分の足で立ち直してから見上げる。

いきなり私が崩れかかったのが怪我でもしたかと心臓に悪かったのか、間近でみるアーサーの顔が僅かに赤い。私から顎を反らしながらもしっかりと目は私に向けてくれている彼は、握った手も僅かにさっきより熱がある。足下には刃物とか危ないものもあるし、心配させてしまったのだなと反省しながら私はそっと一歩離れるようにして自分の足で綺麗に立った。

私が自分の足で無傷で立ったことに明らかに安心したかのように、大きく息を吐くアーサーは自由になった腕で口元を隠すとそのまま目を私から背けた。何も言わないアーサーに、私は改めて心配かけてごめんなさいと謝るべく声を




「おい俺もっ……ッあ゛ッ‼︎」




突然。

声を荒げたネイトから、怒号と全く違う声が響いた。

あまりに尋常ではない声に息を止めて振り返れば、ネイトが曲げた片膝を抱えたままその場に蹲っている。まるで脱臼や肉離れでも起こしたかのような姿に、思わず私も彼の名を響かせるほど叫ぶ。

ネイト⁈と呼んでも、彼からは返事がない。床に散らばった道具の中心で片膝を抱え込んだ体勢で固まっている彼は顔も深く俯けたままだ。もう一度渡って彼に駆け寄ろうと身体ごと向き直った時には、しゃがみ込んだままのネイトの軸がグラリと横に揺れたところだった。

まずい、彼の目の前には使っていた工具が剥き出しのままだと思った瞬間。それ以上考える間もなく私はその場で地面を蹴った。

「ジャンッ……‼︎」とアーサーが叫ぶのも聞こえたけれど、先に跳び上がった私は一気に転がった道具を飛び越えてネイトのいる中心部へ着地する。ラスボスの戦闘力でこれくらいの距離をひとっ飛びすることは訳もない。

代わりに空中に上がった瞬間ぶわりとスカート部分が大きく広がってしまったけれど、片手で押さえる以外は気を配る余裕もなかった。それよりもと手を伸ばし、倒れそうなネイトに手を伸ばす。

パシッと手の平から腕に掛けてネイトを受け止められたと思った瞬間人間一人分の全体重がのしかかってきて、着地した私までネイトと一緒にバランスを崩


「……ッから、そォいうンは俺ですって……」


……す、前に。

私を追うようにひと跳ねで乗り越えてくれたアーサーが、受け止めようとした私ごとネイトを両腕で掴まえてくれた。

ハァ……と、深い息を吐くアーサーに一度ならず二度までも心配をかけてしまった。

アーサーが私ごと纏めて抱き留めてくれた拍子に、私もネイトを両手で抱き留める形になる。ごめんなさいを言う前に、今はネイトの安否が気になってしまう。アーサーへ振り返る余裕もなく、彼へと呼びかける。ネイト⁈大丈夫⁈と繰り返し呼べば、異常を聞きつけて部屋の扉が外から勢いよく開かれた。

「どうかなさいましたか‼︎」とステイルを始め、カラム隊長やパウエルが部屋に入ってくる中で私は俯けたままのネイトの顔を覗き込む。

膝を抱えてからずっと何も発しないネイトは、息だけが異常に荒い。この短い時間で汗もパタパタと滴り落ちているし、抱き締めた彼の身体が微弱に震えているのがわかった。もしかして熱でもあるんじゃないかと思ったけれど、アーサーが触れているしそれはない。何より、足を抱きかかえる両腕が原因を明白に物語っている。


「足⁈ネイト、足を怪我したの⁈捻った⁈」

見せて!と、抱える彼の腕を緩めるようにと手を重ねる。

それでもあまりの痛みにまだ声もでないのか、歯を食い縛ったまま首だけを横に振るネイトはどうみても大丈夫ではなかった。明らかなネイトの異常に、カラム隊長が丈夫な靴と身軽な足で駆け寄ってきてくれる。

最初にネイトを軽々と左腕だけで抱き上げたと思えば右腕で私も一緒に抱え上げられる。騎士の中では細い腕に人間二人抱えたまま工具もなにも転がっていない部屋の端まで運んでくれた。アーサーが追うようにひとっ飛びで工具の山を渡る中、私と一緒に丁寧に降ろされたネイトはずっと蹲ったままだった。

「見せるんだ!」と声を上げ、カラム隊長が足を抱えるネイトの手を掴んでゆっくり降ろさせる。そのまま近くの道具もぶつからないようにと手で払った後、丁寧にネイトの足を伸ばさせた。ぎこちない動きでピクピクと伸ばすネイトは、そこでやっと荒い息の中で声を絞り出した。


「な、んでもねぇよ……っ。……べつに、ちょっと攣っただけで」

「痛みがあるのは事実だろう」

言い訳めいて声を漏らすネイトに、カラム隊長がはっきりと言葉で切る。

患部を確認しようとするカラム隊長に、「なんでもねぇって」「ちょっと大げさに見せただけだ」と途切れ途切れに言うネイトだけど明らかになんでもないとは思えない。けど、確かにネイトの抱えていた足を見れば私もアーサー達も首を捻った。

短パンを履いている彼は抱えていた膝はおろか、太ももからふくらはぎまで捲るまでもなく露出している。そしてその何所を見ても全く怪我らしきものは見当たらなかった。腫れた後すらない綺麗な足に、本当に攣っただけなのかとも思えてくる。

それでも入念に確認するカラム隊長は「外傷がないなら、病気による影響の可能性もある」と一人呟いた。それを聞いた途端ネイトが慌てるように「病気でもねぇって‼︎」と叫んだ。

実際、アーサーはそっと肩を支えるような形で私が抱き留めるネイトに触れている。それでもまだネイトの息は荒いままだ。

カラム隊長が念のため医者にと提案した途端、いやだと声を荒げる拍子に暴れようとした足がまた痛んだのか再び両手で押さえだした。その途端、カラム隊長が伸ばした足からネイトが押さえた部分に手を添える。

「ここか。確かに傷はないが、……熱が高い。腫れていない方がおかしい。やはり一度医務室へ行こう」

「い、や、だ‼︎放っとけば治るんだから触んな‼︎俺は死んでも動かねぇからな!!」

「放っとけば、ということは痛みの原因に覚えがあるということか?」

「うるせぇえええ‼︎‼︎」


……腫れてない方がおかしい……?


カラム隊長と猛抗議するネイトの会話を聞きながら、ふと頭に記憶が駆ける。

最初にネイトと出逢った時に感じた、背筋を走り抜ける冷たさが全身を震わした。私の身体を抱き留めてくれたアーサーにも伝わって「ジャンヌ……?」と尋ねられたけれど、それどころじゃない。

痛みを訴えるネイトと、隠そうとするネイト。その理由を考えれば、前世のゲームでの彼の設定が嫌でも沸き上がる。まさか、やっぱり、なら、と心臓が気持ち悪くバクバクと粘り気を持って激しく鳴る中で頭に浮かんだのは、彼に出会った後にも思い出したゲームの中でネイトがアムレットに掛けた言葉だ。


『これ使えよ。目立たなくなるから』


彼が、自分の発明をアムレットに使わせる場面。

今まで自分の発明を見せびらかすばかりだったネイトからの始めてのプレゼントでもある。アムレットが目を輝かせて「すごい!」と声を上げ、ネイトとの心の距離を更に近付けたイベントでもある。……そして現実で始めて彼が私達に自分の発明を見せようとしてくれた時、ネイトが鍵や傘以外にどんな発明を持っていると話していたか。

『えーと、今見せれるのは閃光弾と煙幕弾と』




「絆創膏……」




思考がそのまま口から出てしまった言葉は、隔てるものもなくネイトの耳に届いた。

ビクリと肩を震わせるネイトが、さっきより血色の悪くなった顔で私に振り返る。今にもネイトを医務室まで抱えていこうと手を伸ばした出していたカラム隊長の手がネイトの反応と〝聞いたことのない単語に〟ぴたりと止まった。

ステイルやパウエルも窺うように私と振り返ったネイトを見比べ、私は思いつくままにネイトの足へと手を伸ばした。ネイトも私の考えを読んだのか「やめっ……‼︎」と慌てて私の腕を掴もうとしたけれど、アーサーに腕だけで掴まる押さえられる。背後から伸ばされた腕にネイトが封じられている間、私はそっと〝傷に触れないように〟注意しながら指先で彼の足表面を引っ掻いた。

すると触れるだけではわからない、〝人の肌ではない〟感触に気付く。

やっぱり‼︎と思いながら探るようにして軽く爪を立ててなぞれば、すぐに端に引っかかった。ペリペリ、とまるでテープを剥がすような感覚で摘んでめくればビニールのような物体の下から本当の姿が露わになる。



赤黒く充血し皮膚までめくれ、腫れ上がった傷が。



なっ……⁈とカラム隊長が声を上げるのと、アーサーが息を引く音が同時に聞こえた。

驚くのも無理はない。透明な物体を剥がした下にこんな酷い怪我が隠れていたのだから。

ネイトがどうしてバレたのかと言いたげに目を剥いて私に振り返る中、カラム隊長が「見せるんだ!」と今度こそ正しく患部の状態を確認する。折れていないか、骨はどんな状態なのかと確認してくれる中、私も私でまだ手が落ち着かない。アーサーに押さえられ、茫然とする彼に背後から手を伸ばして剥き出しの反対足や腕、手袋の下まで触診で他に隠されている部分はないかと念入りに確認する。見かけではなんともなくても、触ってみないとわからない。


「フィリップ!他に〝絆創膏〟が貼られていないか探すの手伝って!」

「絆創膏……⁈」

手が空いているステイルに助けを求めれば、目を白黒させながらも駆け寄ってくれた。

流石に女性の私がこの状態のネイトを脱がすわけにもいかない。周囲に転がっている道具を更に足で払いのけ、ネイトの傍にしゃがんだステイルに服の下で皮膚ではない感触があったらそれだと説明する。その途端、思い出したようにネイトが「なんでお前が知ってるんだよ!」と叫び出した。全部特殊能力の所為にすることにして、今はそれより彼の怪我を確認することが先決だ。


「折れてはいないが、……何故こんな状態で放置していたんだ。悪化して痛みが増すのも当然だろう」

「薬なんか塗っちまったら絆創膏張れねぇからに決まってんだろ‼︎どうせ放っておけば治るから良いんだよ!!」

〝絆創膏〟……怪我を見えないように隠す、ネイトの発明だ。

猫に引っかかれたアムレットに傷を隠す為提供したものだけれど、あくまで無いように隠すだけで治癒力を早めるものではない。ゲームで彼が出した絆創膏は大型絆創膏程度の大きさだったけれど、こっちは湿布くらいの大きさがあった。まさかこんな大きな傷を放置していたなんて!


「カラム隊長、彼の腹部もあとで看てあげて下さい。背中と違い、何かが貼られた形跡があります。」

二枚目だ。

早々に見つけてくれたステイルの言葉に目眩がした。

最初から予見していたことだけれども、もう確定だ。「ンでそんなボロボロなんだよ⁈」とアーサーまで戸惑いの声を上げる中、ネイトが「いい加減に離せって‼︎」と怒鳴りだした。確かに数人でよってたかって押さえ付けている状況は少しまずい。私からも一度離れましょうと声を掛け、カラム隊長以外全員一度ネイトからパウエルの位置まで離れた。

もう隠せないと諦めたのか、それともカラム隊長相手には勝てないとわかっているからか。大人しくカラム隊長からの診断を受けるネイトを私達は固唾を飲んで見守った。


この場の誰よりも小さな身体に隠された大きな傷に、暫くは言葉も出なかった。


Ⅱ166.188

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