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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
私欲少女とさぼり魔

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Ⅱ213.私欲少女は見学訪問し、


「エイルマーさん、こちらが今日お邪魔する生徒達です。ビリーさんは見回り中でしょうか」


「!おぉ、カラム隊長殿。わかりました、では手続きを。ビリーのやつは今頃裏で掃除ですね」

男子寮。

寮前で待っていてくれたカラム隊長の付き添いの元、私達は見学兼来客として訪れた。

寮に済む生徒以外は、一回の管理人室前で手続きを踏まないといけない。アーサーやステイル、パウエルは名前を言うか書くかだけで済んだけれど、女子である私は講師であるカラム隊長からの紹介と付き添いの元に手続きと許可を得てからだ。

まだ寮に訪れて二日目のカラム隊長だけど、既に管理人さん達とも打ち解けている様子だった。自分が見張っていない間にネイトがご迷惑をかけていませんか、と尋ねるカラム隊長はまるで保護者のようだ。それに対して管理人さんも手を振りながら「騎士様ともあろう御方が御苦労様です」と苦笑交じりに返していた。三十代後半くらいの、管理人というよりも焼き鳥屋の店主みたいな印象のおじさんだ。

そうして管理人さんとの手続きを終えた後、カラム隊長引率の元私達はネイトの部屋へと足を運ぶ。扉の前でステイルとカラム隊長はパウエルと一緒に待ってくれる為、私とアーサーだけでネイトの様子を見に行く。私達の分のお昼が入った鞄をパウエルが預かってくれて、少し身軽になったアーサーと一緒に扉の前に立った。


トントンッ。


「ネイト。約束通り着来たわよ、扉開けるわね?」

ノックを鳴らした私は、カラム隊長が預かってくれていた鍵でクロイの部屋改めネイトの一時作業部屋の扉を開く。

ガチャガチャ、カチャカチャと扉の向こうで最初に聞こえたのはその音だった。代わりにネイトからの返事はなかったけれど、部屋を覗けば思った通り床に座り込む形で作業をしている。

部屋を明るくする為に窓のカーテンが全開開されていた。お陰で部屋の明かりを灯さなくても充分明るい。カラム隊長曰く、昨日も今日も朝から下校時間までずっとこの調子だったらしい。

床にはこれでもかというくらいに器具や備品になるのであろう金属やネジがいくつも広がっていて、その中心にネイトがいる。〝発明〟の特殊能力は私もこの目で見るのは始めてだけれど、ただ特殊能力を込めるだけではなくて最低限は金具とか色々仕組みも自分の手で作っているのを目で確認する。

以前見せてくれた折りたたみ傘もそうだけれど、こういうのを作れちゃう時点で本当に凄まじい才能だと思う。年齢のわりに低い背に見合った小さな手と細い指が余計にこういう機械発明に向いている。


「お邪魔するわね、ネイト。どう?進捗状況は」

「……………………」

アーサーが扉を一度閉じてくれてから、もう一度ネイトに呼びかけるけれど返事がない。

手だけは継続的に動いているから寝てはいないようだけれど、視線すら一度も私達の方ではなく手元を凝視したままだ。もしかして今朝のことで怒っているのかしらとも思ったけれど、最後にまた昼休みでと本人から言ってくれたのにここで完全無視ってありえるのだろうか。

いつもは額に乗せているゴーグルを目に嵌めている所為で表情すらわからない。

返事のないネイトに首を捻り、アーサーと顔を見合わせる。アーサーもアーサーでわからないように眉を寄せて首を傾けたままだ。

ネイト?と三度目の呼びかけを試みたけれど、やっぱり無視される。ここは歩み寄ろうかなと足を一歩一歩踏み入れれば、床に広げられた道具で近付くのも難しい。まるで魔法陣の中にでもいるようなネイトに、ちょんっとつま先立ちで道具を避けながら接近を試みることにする。

アーサーもその意図を理解すると、私へそっと手を差し伸べてくれた。私よりも遥かに危なげなく物と物の間を渡るアーサーの手を借り、魔法陣の中心へと歩み寄る。その間もネイトは変わらずガチャガチャと手を動かしているだけだ。


「ネイト?ちょっと、作業中にごめんなさい⁇」

なんとかネイトの隣まで辿り着き、座り込んだ彼を軽く屈んで覗き込む体勢になる。それからもう一度声を掛け、今度は指先で軽くネイトの肩を突いてみた。

つんつん、と数回爪で服越しに彼を突くと、そこでやっと彼から反応が返ってきた。軽く突いただけなのに、明らかに肩を大きく上下させて「おわあっ⁈」とこっちがびっくりしてしまうくらいの声を上げたネイトが手を止める。俯けた顔からバッ!と風を切るように私へ振り向いた。ゴーグルの向こうの目がまん丸くなるのがはっきりとわかった。


「ジャンヌ⁈ジャック⁈えっ!おわ!なんでお前らいつの間に‼︎⁈ていうかノックしろよ馬鹿‼︎」

ガッシャーンッ!と、背中から崩れるような形で倒れ込めば彼を囲っていた道具がいくつも四散しひっくり返って転がった。……どうやら無視していたわけではないらしい。

後ろの床に両手をついて、さっきまでガチャガチャやっていた本体は彼の足の上に転がった。彼の大声に私も驚いて半歩下がるようによろけてしまったけれど、背後からアーサーが肩を受け止める形で支えてくれた。

あまりの大声と物音に扉の向こうからステイルの「ジャンヌ!大丈夫ですか⁈」と呼び声が聞こえてくる。ネイトの反応に茫然としてしまう私に代わってアーサーが「大丈夫だ!」と跳ね返すようにすぐ返してくれる。その間ネイトもネイトで両手をついて崩れたまま口をあんぐり開けている。肩で息までしているし、相当びっくりしたらしい。


「ご……ごめんなさい?だけどもうノックも鳴らしたし、声だって何度も掛けたのだけれども返事がなくて……。たいぶ集中していたみたいね……?」

「え……あれ……また…………?」

開いたままの口で、ネイトがまるで今目が覚めたかのように周囲を見回す。

最後に部屋に掛けられている時計を見たところで、今が何時か理解したように瞬きを繰り返した。正確には何時、というよりも何時間経ったか、かもしれない。本人もこんなに集中したことは珍しいようだった。

よくよく考えれば学校でもこっそり隠れて作業しては逃亡ルートと手段も確保していたみたいだし、ここまで何も気にせずにというのは滅多にないのかもしれない。口が閉じきらないまま、小さな声で「昼休み……」と呟く声に、やっと現状を把握しきれたらしい。崩した足ごとゆっくりと私に正面を向けて向き直り、ゴーグルを額の上にまで上げた。


「なんかここすげぇ静かだし邪魔入らねぇし、昨日も脳……カラム、に話しかけられるまで全然気付かなかった」

一瞬だけまた悪口が出そうなところで、言い直した。

〝隊長〟まではつけなかったけれど、アーサーも少し安心したらしく背後から静かに息を吐く音だけが聞こえてきた。

首の横を掻きながら凝ったようにぐるぐる回すネイトは、そこで大きく欠伸をした。それだけ集中していたんだなと思うと、思わず笑みが零れてしまう。「お疲れ様」と一声労ってから、私は改めて彼を覗き込む。


「すごい材料や道具の数ね。これ全部を使いこなしてるのだからすごいわ。やっぱりネイトは天才ね」

「べっ‼︎べっつにこんぐらいは普通だし⁈材料とか道具とかは俺が買ったんじゃねぇし!廃材とか拾ったのもあるけど、まぁ俺の手にかかれば余裕だけど‼︎」

「それで作れンのがすげぇンだと思いますけど」

「ばっ‼︎お、煽てたって何もでねぇんだからな⁈‼︎」

目の前にいる相手へとは思えないくらい喉を張り上げるネイトは、言葉の勢いとは反比例して口がまた緩んでいる。あんぐり開いていた口が今は、左右に広がって嬉しそうだ。

正直な感想を言っただけなのだけれど、ちょっと謙遜にも取れる言い方が混ざっていて可愛らしい。褒められたことが嬉しいのも勿論だけど、アーサーに関してはまた怒られずに普通に話してくれるのが嬉しいのもあるかもしれない。基本的にアーサーはよっぽどのことでもない限り根に持つ人じゃないけれど。

フフンッと鼻歌でも歌いそうなくらい顎を高くして腕を組むネイトは凄く誇らしげだ。自慢げな彼に、さっきの集中力も凄かったわと話すとそこに関しては「だよな‼︎」と食い気味に返ってきた。興奮するように鼻息荒く本当に時間が一瞬だったことを話してくれる彼は、この上なく生き生きとしていた。


「絶対あっちの発明もこの調子で完成させてやるから‼︎来週一番……いや!もう今週末にも終わらす‼︎」

「そ、……そう。それは頼もしいわ。だけどごめんなさい?学校のない日は私もジャックもフィリップも家の予定があるの。だから来週の頭ということでどうかしら……?」

よっしゃあ!と、返事代わりに意気が返ってきた。

どうやら一週間どころか来週の学校初日には仕上げるつもりらしい。作業平行しながら一般最短期間の一週間すら切るつもりってどういうことだろう。でもネイトが本気なら、一応は私もそれに合わせて調整しておかないと。

無理しないでね……?とあまりにも熱が上がりそうなほどやる気満々の彼に念を押すと、考える間もなく「無理じゃねーし!」と強気な言葉が返された。また思い出したように手の中の発明途中作品をガチャガチャと弄り出す彼の様子に、まるで新しい玩具を前にしているようだと思う。

「お前らも座れよ」と一声掛けられ、物でごちゃごちゃの魔方陣中心を見回す。ネイト自身の手で散らばった部分もあるけど、本人は全く気にしていない様子だった。座りやすいようにアーサーが周囲の物を手で避けさせて場所を確保してくれ、私は一緒に床へ腰を下ろした。スカートがめくれないように考えた結果、最小範囲で済む正座になる。視線ごと低い位置になれば、ネイトの手の中にある製作途中品も更に近くで見ることができた。

私がお願いした方の発明ではないみたいだけれど、こうやって一から少しずつ物が作り上がっていくのを見るのは結構楽しい。

パウエル達とのお昼の約束がなければ何時間でも眺めていられる気がする。


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