表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
私欲少女とさぼり魔

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

312/1000

Ⅱ212.私欲少女は回避する。


「では、ここで授業を終了します。続きが気になる生徒はぜひ選択授業に選んで下さい」


講師が鐘の音と共に授業をピタリと止めた。

授業によっては切りの良いところまで編成する講師もいるけれど、今回の講師はきっちり時間制限までの授業のみだった。続きが気になるなら、という締め括りがなんだか前世のネットマンガの広告みたいだなと思ってしまう。

講師が教室を出て行く時には女子生徒もゆっくりと身体を伸ばし、昼休みだと各々が席から立ち上がった。数人の生徒はまた私に話を聞こうとチラチラと目線をくれている。

彼女らからの視線から逃げるように、私はいつも誰より早く教室へ帰還してくれるステイルとアーサーの影を探待つ。顔ごと扉へ向けたけれど、今日は二人ともすぐには飛び込んでこなかった。男子は移動教室だから、授業も早めに終わることが多いはずなのに。

もしかしてまた騎士の授業直後みたいに男子生徒に掴まっちゃっているのかしらと思う。すると、じわじわと女子生徒がいつものグループで一度一箇所に集まってから、廊下ではなく私の方に距離を詰めてきた。さっきはアムレットに勉強を教えていたから控えてくれていたけれど、まだまだ質問攻めにしたいに決まっている。

私はそっと彼女らの視線に気付かないふりをして、二人が戻ってくるまで窓の外へ視線を逃がした。早々に教室から逃げたいところだけれど、二人が戻ってきてくれるまでは教室から出られない。アムレットも昼休みはお友達との約束があるし、ここでまた頼るわけにもいかない。今も「また字の練習見てくれる?」「アムレットが一番字が上手いもんね」と仲良く挟まれながら教室を去っていく。

私は私で多方向から視線と気配が近付いてくるのを感じながら、表情だけは出さないように気を引き締める。すると彼女達に話しかけられるよりも先にドタドタという慌ただしい足音と同時にいくつもの叫び声が廊下から飛び込んできた。


「待てえぇえジャック‼︎次は俺と勝負しろ‼︎‼︎親父にだって勝ったことあるんだぞ⁈」

「ていうか足まで速いの反則だろ‼︎ッフィリップ‼︎お前なんてひょろっちいクセに!!」

「もう一回!昼休み前にもう一回だジャック‼︎‼︎」

複数の足音と騒ぎで、直後には「そこ‼︎廊下で走らない!」とさっきの講師の叫び声が聞こえてきた。鋭い声に一瞬複数の足音が止んだ気がしたけれど、それからすぐに扉からステイルとアーサーが突入の勢いで教室に戻ってきた。

扉へ振り返ってみれば、それだけならいつも通りの帰還だ。この前みたいにアーサーが男子達にもみくちゃにされてお団子状態でもないし、二人仲良く一緒のゴールだ。

おかえりなさい、と二人に小さく手を振って呼びかけようとしたけれど、それより前に「逃がさねぇぞ!」という血眼になっていそうな男子の叫び声がいくつも聞こえてきた。

ステイルとアーサーも教室へ飛び込んできた後に一息つく間もなく、私の方に駆け寄ってくる。足音が聞こえてきてから私への足を止めていた女子生徒との間へ滑り込むようにして「お待たせしました」と声を合わせてくれる。


「すみません、俺の所為でフィリップまで遅くなっちまって……」

「もう少々だけお待ち頂けますか?すぐに済ませますから」

ジャックが、と。そうにこやかな笑顔でステイルが言い切った直後、教室からなだれ込むように男子達が帰還してきた。

全く状況が読めないまま「いたぞ!」「ジャック!勝負だ!」「いや俺が先だ‼︎」と目の色を変えている彼らに女子も若干引き気味だ。なんだかさっきの質問責めの延長戦にしても雰囲気が違う気がするのだけれども。

今日の選択授業で何かあったのかしら、とまで考えが回った時には彼らが私達の机を再び囲い出した後だった。女の子達も一体何だと興味深そうに顎をあげてこちらに目を向けている。

ステイルとアーサーも二人で私を背中で守るように彼らへ正面に向き直った。まさかここから力尽くで押し通るとかいうつもりではないだろうか。そんなことを思っていると詰め寄られているアーサーより先にステイルが涼しい声で彼らに語りかけた。


「また、七人だけジャックが受けて立つそうです。代わりに次は四限が終わるまでは質問も挑戦不要でお願いしますね。勝敗後の条件もしっかり守って下さい」

ステイルの言葉に「おう!」と彼らがそれぞれ腕をまくって頷く中、アーサーは深い息を吐きながら隣の窓際の席に腰を下ろした。

アーサーが受ける、という筈なのにその本人が椅子に座って一息つくような様子に私が頭を傾けてしまう。どういうこと?と小声で尋ねてみると、アーサーはぐったりとした声で一度だけ肩を落とした。


「教室移動した後も、いつまで経っても質問が絶えなかったンで……。フィリップの案で〝ねじ伏せる〟方向になりました」

……なんだか、また物騒なワードが出てきた。

口が笑ったまま片方だけヒクついてしまう中、彼らへの話を終えたステイルが自分の席に腰を下ろした。私の隣から軽く身体を傾けて覗き込むような形でアーサーの方に笑みを向けるステイルは、にこやかな黒い笑みでそのままアーサーへ向かい側に立つ男子を見守った。「一人目」とカウントするのが余計に不吉感があって怖い。けれど、次の彼らの動きを見た途端にやっと私でも状況が正しく理解できた。

アーサーが片手で肘をつき、相手の男子も同じようにして互いに手を組むその光景は、私も前世で平和的に見たことのあるものだ。周囲の男子が固唾を飲んでそれを見守る中、ステイルがのんびり「用意、始め」と口を開いた瞬間。



─ ダンッ‼︎



……即殺だった。

ステイルの合図を聞き終えた直後、アーサーと組み合っていた相手の腕が机に沈んだ。完全なる腕相撲だ。

あまりにも一瞬過ぎて、感嘆の声や「次は俺‼︎」と叫ぶ声が湧き出すまでに二拍くらいの沈黙があった。けろりとした顔のアーサーに対し、負けた子は凄く悔しそうだ。「くっそ‼︎」と言いながらも大人しく引いて次に推された子へと順番を明け渡していく。


「では、あと六人です。ジャックとの力比べに負けた方は約束通り〝今後その噂に関しては二度と誰にも口にしないこと〟をお願いします。代わりにジャックに勝ったら、僕もジャックもどんな質問にでも正直にお答えしますよ」

「この方法以外では自分にもフィリップにもジャンヌにも質問は絶ッ対無しで頼みます」

本っ当に力技で責めてきた‼︎‼︎

ステイルのにこやかな告知に、アーサーがはっきりとした声で言い切る。確かにこれなら文字通り噂をねじ伏せることができるけれども‼︎

目の前でまた一人、また一人と合図から一秒も掛けずに沈めていくアーサーは全く溜めもない。コップを置くくらいの気軽さで同い年の男子生徒を沈めていってしまう様子は、まるで裏があるのかと疑いたくなってしまうくらいの圧倒だ。そして正真正銘アーサーの実力でもある。

十四才の姿のアーサーは腕力も当時と同じ筈だけれども、やっぱり騎士になる為に鍛え抜かれた腕っ節は同年の子に負けはしない。ステイルも、そしてアーサーもその自信があるからこそこんな案を提示したのだろう。

当時既に新兵だったアーサーを相手にこの条件はちょっとずるいかしらと思ったけれど、お陰で二限前までは取材の嵐がストリートファイトに変わってくれている。知りたいことがあれば腕尽くでもぎ取ってみろ方式は、血気盛んな彼らには有効だったようだ。

確かに、「ジャックに勝てば答えて貰える」もそうだけど普通に考えてこんなに腕っ節が強いアーサー相手に力比べをしたいと思うのもわかる。学校に入学した直後にも男子から力比べしようと提案されていたし、飛びつかないわけがなかった。

四人目をアーサーが沈めた後から、残りの貴重な三人を誰にするかで内部抗争が始まった。その様子を見ていた女の子達がちらりと男子の間から顔を覗かせているのが見える。その彼女らへ、ステイルはお茶でも誘うような口ぶりで「どうぞ?」と笑い掛けた。


「女性の場合は僕がお受けしますよ。腕比べは少々野蛮ですし、平和的に暗算勝負でいかがでしょうか?」

にこっ、と社交的な笑顔を浮かべるステイルに私は心の中で策士と叫ぶ。

言うまでも無く、身体は十四才でも頭脳はばっちり元のままな彼に暗算で勝てる人間なんて学校中どころか国中探してもそういない。

それでも、愛想の良いステイルの笑顔と彼と勝負という形でも話したいと思った女子がちょこちょこと小刻みな歩みでステイルの方まで歩み寄って来た。

ジャックが勝負を終えるまでの間ですが、と断りながら彼女らに向かいの席を勧める。優しい口調で彼女達にルールと勝敗後の条件を巧みに頷かせるステイルが、今だけは凄腕詐欺師のように見えてしまう。言葉の端々に「僕はジャンヌのように頭は良くないですし自信はありませんが」とか「数字は得意ではなくて」とか「緊張しますね」と肩を竦めて笑うあたり、完全に腹黒策士モードになっている。

そういえばステイルは、やらかした私と違って頭が良いことはバレていない。

……それから、二人が挑戦者をバッタバッタとなぎ払っていく中、私だけが肩を狭めて小さくなり続けた。


「さぁ、カラム隊長との約束もありますし急ぎましょう」

「男子寮前で待ち合わせだったよな?」


昼休みに入ってものの十五分もしない内に終えた二人の沈黙術に助けられ、私達はやっと足早にパウエルへと会いに向かうことができた。



……



「へぇ~、力比べ勝負か。それでジャックは一度も負けなかったのか?」

「鍛えてンで」


合流して男子寮へ向かう中、ステイルから「ジャックが力比べ勝利で教室の男子に掴まっていた」と嘘ではない言い訳を聞いたパウエルは感心したようにアーサーを見た。

口が僅かに開けたまま凝視する眼差しに、アーサーもちょっとだけ照れたように腰を低くして頷いた。「パウエルに勝てるかはわかりませんけど」と小さく呟きながら、その視線はしっかりと彼の太く鍛え抜かれた腕を示していた。確かに、パウエルもかなり体格が良いから勝負してみたらわからないかもしれない。……元の姿だったら確実にアーサーに軍配が上がるだろうけれども。

ステイルが遊ぶように「あとでジャックと勝負してみるか?」と尋ねたけれど、パウエルの方が断った。本当にゲームとは全然違うと、もう飽きるほどに思ったことをまた考える。

パウエルは今回もネイトに会いに行くという私に付き合う形で、男子寮へ向かうのも快諾してくれた。いつもこっちの都合にばかり合わせてくれるし、待たせても怒らないし本当に良い子だ。

ネイト、とい単語が出た途端に少しだけ顔を顰めたけれど、それも「俺が行ったら嫌がられねぇか……?」だけだった。ネイトに怒っているというよりも、ネイトに嫌われていることを心配してくれる彼にあくまで用事があるのは私とジャックだけで、フィリップと講師と一緒に部屋の前で待っていてくれれば良いと伝えれば、ほっとしたように表情筋を緩めて頷いてくれた。


「パウエルは男子寮を見に行ったことは?」

「一応な。開校の時に女子寮の、あー……アムレットと兄貴のフィリップと見に来た時に一度。使う気はなくても折角だし見とけって言うもんだから」

パウエルからエフロン兄妹の名前が出たことに背中がヒヤリとする。

ステイルもピクリと肩を揺らして口を閉じた。もう私達がアムレットと友達だと知っているからこそパウエルの口から出た名前ではあるけれど、それでも心臓には悪いだろう。特にフィリップという名前はステイルにとっては二重で苦しい。

パウエルもエフロン兄妹の話はあまり自分からは話したがらないし、ステイルもその話題は避けたいからお互いに話すことは全くない。私とアーサーも事情がわかった状況で、少しでもステイルに不利な状況は避けたい。

うっかり墓穴を踏み開けてしまったことに反省しつつ、私はパウエルからの返答に一言返す。


「今日は初日みたいな見学会はないから、私が入っても良いように講師の先生が同行してくれるの。この前のカラム隊長よ」

「ああ、あの人か。良い人だったよな。守衛してくれている騎士様とか校門前によくいる騎士とか、あとセドリック王弟の騎士とか学校来てから結構見たけど、騎士って皆格好良い人ばかりだよな」

「!そうっすよね⁈」

そう言って笑うパウエルに、アーサーの顔が輝いた。

なんだか今日一番の笑顔な気がする。今朝はネイトにカラム隊長のことを悪く言われてしまったし、その後は非のない噂で集中砲火されたり大変だったから余計にパウエルからの騎士の褒め言葉が響いたのかもしれない。

食い気味に声を上げるアーサーにパウエルも「ジャックが憧れる気持ちもわかる」と楽しそうに返してくれた。拳を握って目を輝かせるアーサーとパウエルに、ステイルもちょっと嬉しそうだ。


「折角だし、ジャンヌとジャックがネイトと話している間はカラム隊長に話を聞かせて貰おうかな。騎士の授業では直接話せなかったし、こんな機会滅多にねぇもんな」

良いと思います!と、力一杯同意するアーサーに私も一緒に頷く。

私とアーサーがネイトと話している間に、パウエルもカラム隊長とステイルと盛り上がってくれていたら嬉しい。カラム隊長なら騎士についても丁寧にきっと話してくれる。騎士の話題にあまりにも食いつきの良いアーサーにパウエルの方が「ジャックは話さなくていいのか?」と聞いたけれど、そこはきっちりと「自分はアラン隊長やエリック副隊長と話せるンで‼︎」とちゃんとジャックとして答えていた。

あわよくばパウエルにも騎士を好きになってくれれば良いなと思っているのだろう。


「ゆっくり話していてね。勿論、お昼を食べるくらいの時間のゆとりは持って用事も終わらせるから」

その後に皆でお昼にしましょう、と笑い掛ければすぐにパウエルも返してくれた。

男子寮に着いてもパウエルにとって楽しい時間になってくれそうだと胸をなで下ろした時、ちょうど男子寮が見えてくる。校内とはいえ、滅多にここまで昼休みに戻ってくる生徒はいないからその前に小さくぽつんと佇む影がカラム隊長だとすぐにわかった。


「お待たせして申しわけありませんでした、カラム隊長。今日は宜しくお願い致します」


ネイトのお部屋訪問。

ものの十五分程度で終わらせる予定だったそれに、まさかの事態が待っていることをこの時の私は想像もしなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ