Ⅱ208.騎士達は共有し、
「……結果、それでも下校時間内には無事にネイトも寮を出た。少なくとも私の見る限り問題はなかった」
そう最後に締めくくったカラムの言葉に、エリックは大きく頷いた。
演習を終えた後、深夜に彼らはまたアランの部屋に集まっていた。学校からプライド達が城に戻ってきた後、いつものようにジルベールと共に打ち合わせを行った中である程度は把握していたアランとカラムだったが、エリックはこの演習後に初めて聞かせて貰うことも多い。
特に今日の下校中はネイトのことよりもプライドのやらかしの方での話が大半を占めていた為、他の共有事項もじっくりと話を聞かせて貰う為にアランの部屋に訪れていた。今はネイトの詳細を最も知るカラムが、下校後にプライド達に報告したことも含めて現状を細かく説明し終えた後だった。
うんうん、と横でジョッキを傾けながら頭の中で反復するように話を聞くアランは今日の打ち合わせを思い返す。今のところは予定通りに進み、またジルベールからの報告でも上層部を動かすところまで進んでいる。このまま何事もなく行けば良いんだけどな、と思いながらも安易に口には出さずに酒で飲み込んだ。
「お疲れ様でした……。カラム隊長も、大変でしたね」
「いや、私は大したことはしていない。ただ……部屋を散らかしたまま去ろうとしたのだけは頭を抱えたが」
ハァ……、とカラムにしては珍しい溜息がエリックの労いの後に零される。
男子寮にあるクロイの部屋で発明作業を続けていたネイト。カラムの目では彼がどの発明を作っているのかその行程も理解の範疇を超えていたが、順調に作業が進んでいたことだけは確認できた。ただし、作業に集中するあまり鐘の音にも気付かずに下校時間にも切り上げようとしないネイトを呼びかけ、慌てて去ろうとする彼にしっかり後片付けをするようにと止めるまでの作業が一番難航したとカラムは思う。
文句を言ってきたところまでは良いが、その後にまた「俺は忙しいんだよ!」「どうせ明日も散らかすし良いだろ!」と窓から逃走を図ったのだから。しかし、掃除は部屋を借りるに当たっての条件であることと、条件を守れないのであれば明日からは部屋を貸せなくなる旨を根気よくカラムが伝えて何とか最後まで自力で片付けさせるに至った。部屋を去っていくネイトを扉の前で見送り、戸締まりの確認を全て終え寮の管理人への挨拶を終えてからカラムも帰参した。
「明日からは早めに切り上げを呼びかけようと思う。自己責任ではあるが、時間が近づいているにも関わらず見過ごすべきではなかった」
十五分前に声を掛ければ、ネイトがあそこまで文句を言いながら慌てることもなかったとカラムは思う。
だが、話を聞いたエリックやアランからすれば、既に充分過ぎるほど彼はネイトの世話を焼いていた。半分以下になったジョッキを一口分飲み込み、また前髪を払うカラムは新兵数十人を相手に指導した時よりも疲れていると二人は考える。
十三の相手は大変だよな、と言いながら苦笑するアランはカラムのジョッキが空になる前にと更に酒を注ぎ、背中を叩いた。そのまま話を変えようと、下校直後の打ち合わせで決まったことを口に出す。
「あとはー、配達人か?なんでも例の高等部生徒が校舎内に標的を移したらしくてさぁ」
「今日だけで四人、高等部生徒が気を失っているところを発見された。また、別に高等部の生徒三人が血相を変えて校門を飛び出していったのを守衛の騎士が確認している」
「あー、今日は確か九番隊のガイだったよな。今日でプラデストの守衛を任されるのも二回目だっけ」
すぐに話の軌道に乗ってきたカラムにアランも軽く返す。
騎士団でも学校の守衛を任される為に派遣される騎士はごく僅か。全員がジルベールと騎士団長の計らいにより温度感知の特殊能力者の為、回ってくる人間は限られていた。
プライドの創設した学校で、開校一ヶ月間の守衛任務に嫌な顔をする騎士はいない。だが、実はプライド達がお忍びでいるなどど知られたら一気に競争率が増すのだろうなとアランは思う。今まで守衛を任された騎士は全員、なるべく四年前の殲滅戦に直接関与していない者にしているが、〝ジャンヌ〟という言葉に聞き覚えがある騎士はいる。
ネタバラシを聞き、自分の知らないうちにプライドが十四才の姿で横を通り過ぎていたなどと誰が想像できるだろうか。
アランとカラムの配達人の話を聞きながら、エリックは〝そういうことか〟と頭の中だけで納得した。
校門前で自分に集まってきた生徒達の証言で、ジャックが高等部二人を医務室に運んだだの、実は倒したのもジャックじゃないかだのの推測もそこから来たのだろうと考える。アーサーが高等部生徒を運んだのは事実だろうが、彼らを戦闘不能にしたのは間違いなくヴァルだと理解した。
「詳しいことを今日にでも、という話にもなったがプライド様が止められた。配達人の本業を邪魔したくないというのもあるが、どちらにせよ三日後には配達で城に訪れる予定だと。……レオン王子への書状もその時に頼むつもりだと仰られていた」
「まぁ今週は周辺国への配達で毎日往復してるらしいしなぁ。ジルベール宰相も来週に本腰入れて叩くって話だったし丁度良いんじゃねぇ?」
「なるほど……。ではその高等部生徒の詳細がわかるのは、その時にということですね」
「僕は即刻、瞬間移動で連れてくると進言したのですが。……全く、あの男は加減を知らないから始末が悪い」
突如、先ほどまで何も言わなかった一つの影から低めた声が放たれた。
その途端、近衛騎士達は同時に肩を揺らして振り返る。先ほどまで〝話しかけるな〟と言わんばかりに黒い覇気を放っていた青年が、机の一番端でグラスを傾けている。
むすっ、と人前用でもない不機嫌そのままの表情にアラン達は揃って苦笑いをする。彼が座っているのに気付かなかったわけでも無視していたわけでもない。ただ、訪れてからずっと不機嫌でしかし帰ろうともしなかった彼が無言で飲み始めた為、アラン達はそのままいつも通りに互いの情報共有に勤しんでいた。そして今、やっと少しだけ機嫌が紛れた訪問者に彼らは首から身体ごと向き直る。
「お陰でカラム隊長や教師にも要らぬ気苦労を掛けてしまい、申し訳ないと思っています。追い払われた高等部生徒の実状さえ判明すれば気負う必要もなくなるのですが……」
申しわけありません、と。教師代表としてカラムへ謝罪する第一王子のステイルは、若干目が据わっていた。
いえとんでもありません、ステイル様の謝られることでは、と落ち着いた動作で断るカラムだが、ステイルが視線をグラスに戻した一瞬の隙に、アランへ目配せを投げた。
アーサーはまだ来ないのか、と。
しかしアランも、そして視線の意図に気付いたエリックも首を横に振ってしまう。
今、アーサーはこの場にいない。
決してステイルと喧嘩中なのでもなければ、アランが敢えて誘わなかったわけでもない。演習が終わった後、アランからも打ち合わせの話をする為にアーサーを部屋に誘おうとした。いつもなら大概は頷き、そして特に最近はプライドへの協力の為の情報共有も含まれている。間違いなくアーサーも来るだろうと思ったアランだが、今回だけは違った。場合によっては遠慮するアーサーを引き摺り込んででも飲みに誘える彼が、今回は声を掛ける前に諦めざるを得なくなった。
その前にアーサーが演習後すぐハリソンの元へ飛び込んでいってしまったのだから。
「今から手合わせして貰えますか⁈」と真剣な眼差しで頼み込んでくるアーサーに、ハリソンが断るわけもなかった。
元々定期的にハリソンと手合わせをしているアーサーだが、演習後の深夜に誘うことは決して多くない。しかし「殺す気でお願いします……‼︎」と声高にせがまれれば、ハリソンも隠しきれない上機嫌でそれに従った。
新兵が演習の片付けに勤しんでいる間に、高速の足を自力で追いかけるようにして手合わせ場に駆け抜けていくアーサーを止められる人間は何処にもいなかった。仲良く走り去る二人の背中に、アランも「うわー……」と半笑いで見届けてしまった。
アーサーはステイルやプライドと学校内でも一緒の為、一番情報共有がしやすい立場にある。だからこそカラムやエリックも「アーサーがハリソンと一緒に風になった」というアランの笑い混じりの証言に、無理して呼ぼうとは思わなかった。
一応アーサーの部屋の扉へ書き置きのメモだけは貼り付けたから早めに切り上げれば合流するだろうという程度だった。……まさか、今日に限って彼の友人であるステイルが訪れるとは思わず。
アーサーをいつものように部屋で待っていても訪れず、更にはアランの部屋に瞬間移動しても彼がいない。しかもハリソンと手合わせ中だと言われれば、「では、暫くはこのまま待ちます」しかなかった。……そして当のアーサーは何も知らず今もハリソンと死闘を元気よく繰り広げている。
アーサー不在を言われる前から若干機嫌が傾いていたステイルは、最初はアラン達との会話にも混ざろうとせずに出されたグラスの酒だけを楽しんでいた。彼らの知る限り、プライドの護衛中は全く機嫌が悪くなかったステイルが何故今はむくれているのかと近衛騎士達には疑問しかない。
お互いに信頼関係こそ構築された近衛騎士とステイルだが、彼に対して気軽に踏み込めるほどの関係ではない。しかしアーサーがいなくても不機嫌なのを包み隠さずに見せてくれる分、自分達に大分気を許してくれているのだろうとも彼らは理解する。
「…………アラン隊長」
はい⁈と、思わずの緊張状態に勢いよく返事をしてしまう。
アランは、何故ここで自分が指名されたのかわからないままに心臓だけを構えた。
アーサーといる時こそ無礼講も快く許してくれるステイルだが、あくまで彼が第一王子であることは変わらない。




