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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
私欲少女とさぼり魔

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Ⅱ205.私欲少女は疑問に思う。


「ヒャハハハハハハッ………」


その笑い声がした途端、もう嫌な予感しかしなかった。今は昼休みですらない、授業の合間時間。こんな中途半端な休み時間に校舎裏にいる人なんて限られている。

ジャンヌ、と私に確認をとるステイルの言葉に目を閉じて頷く。この声はもう間違いない。

進行方向へもう覚悟を決め開けた目でアーサーに振り返れば、やっぱり思った通りの表情をしていた。お互いに頷き、それから改めて前へと踏み出した。この先を行った角がこの高笑いの発信源だ。

念のため気配を消して歩み寄り、角の寸前で顔だけ覗かせて確認すれば思った通りの人物の背中がそこにあった。しかも彼一人じゃない。足下に一人、更に今まさに胸ぐらを掴んで無理矢理立たせている相手が一人。状況は察せないこともないけれど、どこの番長だと言いたくなる。


「どうしたぁ?最初の威勢はどこにいった?アァ??」

「そこの不良生徒。……そのくらいにしてあげて下さい」

生き生きとした声でもう意識も薄弱であろう相手を嬲るヴァルに、もう理由を聞く前から片手で頭を抱えて投げかける。

アァ?と振り返りざまに声を漏らした彼だけれど、私達の姿を確認した途端驚いたように目を強く開いた。発言したのが私だと認識した瞬間、契約通りパッと手を開くようにして相手の胸ぐらから手を離した。やはりもう意識を手放す寸前だったのか、掠れた音で呻いた相手は地面に崩れ落ちた。どれだけボコボコにされたのだろうか。


「いよぉ、……。……〝一般生徒〟サマが、こんなところに何の御用だ?」

私達に目撃されたことを鼻で笑い飛ばした後、一度投げた言葉が止まってから言い直した。

多分、いつものように「主」呼びしようとしたところで時間が掛かったのだろう。やっぱりあの時に主呼び禁止だけでもしておいて良かった。

ニヤニヤと私の反応を待つように不快に見える笑みを浮かべてくるヴァルに頭を抱えたまま溜息を吐く。売り言葉に買い言葉で「それはこちらの台詞です」と言いたいけれど、彼が今何をしていたのかは私達もよく分かっている。そしてわかっている上で敢えて問い正すとするならば。


「貴方、わざと意識を奪わないように痛めつけていたでしょう。一方的にも関わらずここまでできるような〝許可〟を認可した覚えはありません」

「いいや、ちゃあんと貰ったぜぇ?アンタにな」

ヒャハハッと短く笑いながら、人差し指で指し示される。

直後にはステイルとアーサーが「どこが最低限だ!」「一般人をどんだけボッコボコにしてンだ!!」と猛抗議を受けていたけれど、彼のニヤニヤは変わらない。むしろ二人が声を荒げた途端、反応を楽しむように余計ニヤつきが広がった。

彼の言葉に私も私で思い当たることがなく、眉を顰めてしまう。彼は王族に嘘はつけない。そして私も彼に与えた許可は確かに覚えている。

本来、他者に対して暴力を振るえない筈のヴァルがこうしていることは全部私の許可が原因だ。けれど、あの時私は彼に許可したのはちゃんと……


「大体!顔を見られてどうする!?報復やお前が動いているのがバレたら面倒なことになるだろう⁈」

「あー?バレねぇようにする為にこうして思い知らせてやってんだろ」

「落とし穴どうした!!っつーかそれも教師の人達がすっっげぇ迷惑してンだからな⁈」

「校舎に穴あけても良いなら喜んでやってやるぜ。教師共なんざ知ったこっちゃねぇな」

猛抗議する二人に相も変わらずヴァルは聞く耳を持たない。

校内?と尋ねてみると、軽くこちらに一瞥をくれたヴァルは面倒そうに口を動かした。

どうやら話によると、昨日まで校舎裏でやらかしていたのが今日の昼休み頃から急に現れなくなったらしい。多分、ヴァルの落とし穴作戦で早々に校舎裏が危険区域にされたのだろう。

そして今度は校内の人目のつかない場所で不良が生徒を引き摺り込んでいるのをヴァルが見つけ、逆に校舎裏へと引き摺り込んだと。……校内の何階だったかはわからないけれど、どちらにせよステイルみたいに瞬間移動が使えない彼がどうやって不良達をここまで引き摺り降ろしたかは嫌でも察しが付く。

また何か私が間違った許可でも与えてしまったのだろうかと頭を捻らせると、考えたことを悟られたのかヴァルが悪い笑みを私に向けてきた。


「許可と例の依頼のお陰で今はそれなりに楽しめているぜ。学校も悪くねぇなあ?」

「許可も学校も、徒に喧嘩をさせる為のものではありません」

入学早々に許可を与えた理由と学校の存在意義を間違っているヴァルへ強めに鞭を振るう。

眉を釣り上げて睨んだけれど、ヴァルはケラケラと笑ったままだ。本当にこの人は。

そのまま、注意したばかりだというのに敢えて見せびらかすように足下に転がった一人の背中に足を乗せようとするものだから「いけません」とはっきり断る。その途端に乗せようとしていた足が背中の数センチ上で命令通りにピタリと止まった。

舌打ちを零しながら仕方なくヴァルがまた地面に足を降ろすと、アーサーが早足で不良達へと駆け寄った。意識はないにしても怪我などは酷くないかと確認してくれる。


「ジャンヌ。確か以前の話ではこの男へ与えた許可は三つの縛りも加えた上で最低限の攻撃と脅迫行為だった筈ですが……」

確かめるように声を低めるステイルに私も頷く。

私が許可をしたのは間違いなくそれだ。契約上、誰にも暴力も脅迫行為もできない彼へ今回の任務においてのみ許した極限定的な許可だ。

初日から屋上に侵入するという不良デビューをしたヴァルに対して、最低限自己防衛できるようにと降ろした許可だった。違反行為と特殊能力の使用禁止。それに伴って万が一にも容姿が色々な意味で目立つヴァルが不良に狙われたりでもした時に身を守るための手段として許可を降ろした。

今回の依頼をするにあたって、特殊能力も相手に気付かれないようにであればと許可を下ろしたけれど。今、こうしてヴァルが殴れているということは、彼らもステイル達の依頼にあった他生徒に危害を加えようとした現行犯か、ヴァル自身へ暴力を振るおうとした相手、もしくはその両方ということになる。だからこうしてヴァルに返り討ちに遭っているのもある程度は自業自得ではあるのだけれども……。

それでも相手をここまでギタギタのボコボコにして良いなんて許可は下ろしていない。あとの可能性としてはこれが彼の中の匙加減である〝最低限〟ということなのか。どうみても手加減してるようには見えないのだけれども。

彼らの状態を確認してくれたアーサーも「骨とかは折れてません」「気を失ってるだけみたいです」と教えてくれる。とはいえ、いくら報復を防ぐ為とはいえ、気を失わせないギリギリまで嬲るのはどうかと思う。……ちゃっかり服の上からはわからないように痛めつけたのが、流石は手慣れている。


「お前の最低限がこれか。素手でもここまでやれるのならばやはり特殊能力の許可は不要だったな?」

「生憎、バレねぇように使わせては貰ってるぜ。テメェらバケモンと違って何でも素手で渡り合おうとするほど馬鹿でもねぇ」

ステイルからの暗に「ここまでやり過ぎるなら許可を撤回するぞ」という警告にも、ヴァルは全く反省の色を見せない。寧ろ鼻で笑う彼に、ステイルの眉間の皺が深く刻まれていく。

彼の言い方から判断して、恐らくこっそり地面を動かして足を引っかけるとか転ばせるとか、そういう小細工をしたのだろうなと考える。ナイフ投げは相当な腕の彼だけれども、少なくとも私の記憶では腕節自体はステイルやアーサーほど凄まじくはない。……といっても、もう八年近く昔の記憶だけれども。でもその後に契約で暴力関連は禁じられていたし、こうして物理的に喧嘩するのも数年ぶりの筈だ。


それでも早速ここまでやらかしてしまうヴァルに、許可を一部訂正すべきかとも考える。

けれど、現実的に考えて校内で不良生徒を見つけたら脅して口封じする以外に方法はない。あくまで彼らがやっていることは悪事としては恐喝程度の小さなものだし、衛兵に突き出すには証拠不十分で難しい。「他に方法はなかったのですか……」と私からも額を手で押さえながら尋ねたけれど、「ねぇな」と一蹴されてしまう。

なんだか本当に依頼を受けた時の宣言通り学校の不良ライフを満喫している気がする。このまま番長にでも成り上がってしまったらそれこそ色々と面倒なことになるのに。

「ヴァル。……口封じをするにしても、ここまでは最低限を超えています。貴方の役目は生徒を守ることと、情報を集めることでしょう。成人しているとはいえ仮にも一般生徒相手に大人げないことをしては」


「ああ、〝一般生徒〟ならな」


不意に私の窘めを上塗るようにヴァルが断言する。

何か含めたような言い方に私を口を閉じて、彼を見返した。どういう意味かと尋ねるように注視すれば、ニヤァと口角を上げるようにして笑みが返ってきた。

ステイルも眼鏡の黒縁を押さえつけながら訝しむようにヴァルを睨む。地面に倒れる彼らを看てくれていたアーサーも首だけを動かして片膝をついた状態からヴァルを睨んだ。まだ、私達はヴァルが依頼を受けてからの進捗状況や報告を受けていない。

明らかに視線を注いでも敢えて口にしてくれようとしないヴァルにステイルがしびれを切らす。「どういうことだ」と強めの口調で尋ね、……ようとしたところで鐘の音が遮った。

軽やかに響き渡すその音に、思わず全員が一度口を閉ざす。


「残念。優等生サマは時間切れだ」

授業開始の予鈴だ。小馬鹿にするように言い放つヴァルの言葉に、そういえば急いで教室に戻らないといけないんだったと思い出す。

もうこの場で予鈴が鳴ってしまったら遅刻確定は免れない。ステイルもはっとするように両眉を上げてから、直後に顔の中心に力を込めた。ヴァルを問い詰めたいけれど、授業を遅刻し過ぎるわけにはいかない。

アーサーも鐘の音に慌てるように両肩に一人ずつ不良生徒を担ぐと「すんません!この人ら医務室に運んでも良いっすか?!」と声を上げた。筋力は十四才のままの筈なのに軽々と二人を担ぎ上げるアーサーにヴァルが少しだけ顔をげっと歪めた。言葉にはしないまでも目つきの悪い眼を絞った眼差しが「やっぱりバケモンじゃねぇか」という言葉を飲み込んでいるのがわかる。


アーサーの言葉に、確かにどういう理由があってもこのまま気を失った彼らを置いておくわけにもいかないと私からも頷く。

ステイルがすかさず「遅刻の良い言い訳になる」と彼らしい発言を放った。まさかの不良まで建前に使ってしまうところは流石ステイルだ。そのまま「行きましょう!」と促され、先ずは医務室へと急ぐことにする。

ステイルとアーサーの方へ駆けながら、一人全く慌てる様子もないヴァルへと振り返れば愉快そうに悪い笑みを浮かべたままヒラヒラと手を振られた。もう彼は少なくとも依頼を完遂するまで授業に出る気はさらさらなさそうだ。

もう完全にアーサーが抱えている彼らとどっちが不良生徒かわからないヴァルに目を思い切り釣り上げながら「絶対に目立つのだけは避けて下さいね!!」とだけ叫び、私はまた正面へと顔を向き直した。本当にお願いだから前世の昭和ヤンキーみたいに不良百人に囲まれるという展開だけは避けて欲しい。


フン!と鼻から息を吐き出しながら、私はアーサーと併走してくれるステイルと一緒に地面を蹴る足を強めた。


Ⅱ39

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