II2.我儘王女は依頼する。
「失礼致します!アラン隊長!エリック副隊長‼︎」
騎士団演習場。
そろそろ近衛交代の時間だと、王居へ向かうべく一番隊へ指示を飛ばし始めたアランとエリックに新兵が駆け込んでくる。どうした、と振り返る二人に新兵は姿勢を正し、声を張った。
「騎士団長がお呼びです!直ちに作戦会議室まで来るようにと。そして」
騎士団長であるロデリックからの指名に早くも気を引き締める二人だが、急ごうとする足をすぐに止めた。
濁す新兵の言葉に首を捻り、言葉を待つ。何か演習中に問題でもあったのか、それとも自分達が呼ばれたということはプライドの身に何かあったのか、と数秒の間にいくつもの憶測を過ぎらせる二人に、新兵は声を顰めた。
「先ほど、騎士団演習場に王族の馬車が見えていたそうです。……迎えに本隊の方々が集まってもおられたので、恐らくは」
「よっし行くぞエリック!ありがとなケント!」
話を遮ってしまった直後に礼を告げ、アランは一気に走り出した。
はい‼︎とエリックも隊長の背中に続き、引き離され過ぎないように全力で追いかけた。
一瞬で小さくなってしまった隊長とその背を止めることなく追いかけた副隊長に新兵は目を皿にする。プライドが騎士に慕われているのは周知の事実。そして新兵自身も慕ってる。しかし、プライドの存在を仄めかしただけで駆け出す隊長格二人には驚いた。
彼らは二人ともプライドの近衛騎士だ。自分達と違い、殆ど毎日会える立場であるというのに。
「一秒でも早く会いたいのか……」
あまりにも正直過ぎる二人の反応に、新兵は少しだけ呆けてから背中を向けた。
その直後、今度は彼の横を黒い影が突風だけ残して過ぎ去った。人だった気はしたが、振り返っても既に高速の影は消えていた。
方向からして八番隊の演習所からだろうかと考えながら、新兵は駆け足で持ち場へと戻った。
……
「失礼致します。近衛騎士達三名、到着致しました」
扉の前で彼らを待っていた副団長と共にアラン隊長達が来てくれたのは、作戦会議室で騎士団長への説明を終えて間もなくのことだった。
母上との話し合い後、今度は騎士団長と近衛騎士への依頼が必要になった私達はその足で騎士団演習場へと訪れた。本来なら、王族であるこちらから呼び出すことができたのだけれど、……また別に話したいこともあった。
私から出向くことを母上に伝えて、ジルベール宰相も「こちらから出向いた方が話も早いでしょう」と付き添う形で一緒に付いてきてくれ、決定事項を後でジルベール宰相とステイルが父上とヴェスト叔父様達に報告してくれる形になった。
騎士団演習場に着いた時は、騎士団長も突然のことに驚いた様子だったけれど、「ご相談したいことが」と伝えたらすぐに受けてくれた。近衛騎士も呼ぶとなると、大人数になるからと作戦会議室集めてくれた。
副団長は近衛騎士達を待つ為に扉の外に出て、先にジルベール宰相とステイルが主となって騎士団長に事情を説明してくれた。
「ああ、入って良い」
騎士団長の返事に合わせ、扉が開かれる。
近衛騎士のアラン隊長、エリック副隊長、ハリソン副隊長が一人一人頭を下げてから、騎士団長に向かい合う私達の横に並んでくれた。騎士団長が「私から説明をしても?」と眉間に皺を刻みながら確認をしてくれ、私からもお願いする。
「アラン、エリック、ハリソン。お前達にはカラムとアーサーと共に来月から極秘任務に付いてもらう。」
最初に本題を告げた騎士団長の言葉に、彼らは目を見開いた。
にこやかに笑うジルベール宰相と、眉を寄せて真剣な眼差しで彼らを見返すステイルの視線と共に私も頷いた。ティアラだけが少しだけ不満そうに頬を膨らませている。
「プライド様、そして補佐であるステイル様の護衛だ。来月、開校される教育機関〝プラデスト〟学校に極秘視察で通われる王族二名を、民に気付かれることなく護衛をしてもらう。期間は約一ヶ月。騎士団内でも極秘とする」
ゴクッと事情を問う代わりのように口の中を飲み込む音がいくつか聞こえた。
そう、ここに来たのは私とステイルの護衛依頼の為だ。
玉座の間で母上達に願い出た私は、ジルベール宰相の説得のお陰で何とか許可を取ることができた。ただし、騎士団と相談の上で完璧な私とステイルの護衛体制が取るという条件付きで。まぁ当然なのだけれど。
「プライド様が予知をされた。時期は不明、しかし学内でプラデストの根幹を揺るがす事態が起こると」
嘘ではない。実際に第二作目の展開でもある。それを止めるのが主人公や攻略対象者。ただし、恐らくは今から数年後のことだ。何年先かは、一人でも登場人物に会えれば年齢差でわかる筈だ。
そして今回の視察一番の目的はゲームの登場人物全員を思い出すこと。つまりは捜索だ。
それさえできれば、視察が終わった後でもアーサーや騎士団、もしくはヴァル達にお願いして直接関われずとも解決できる。……思い出せなければ、何もできない。
「プライド様も予知をされてわかったのはそこまでらしい。人物もいくらかは見たらしいが、はっきりとは輪郭が掴めないと。だからこそ学校に直接潜入し、直接その目で実際に予知でみた人物から原因と、どれほど先の未来かも含めて確認したいとのことだ。」
これも嘘ではない。
本当にゲームの記憶が薄いから、登場人物が思い出せない。主人公や悪役はふんわりどんなキャラだったかは大筋ルートから覚えているけど、……もう名前がどれかもわからない。主人公とラスボスは何作目がどの名前だったか混ざる。
前世を思い出してもう十年だもの。顔さえ見れば思い出せると思うのだけれど。第一作目と同様に第二作目も私は一回しかプレイしていない。繰り返しやったゲーム全体の大筋ストーリーしか思い出せないし、攻略対象者に至ってはもう誰がいたかすら思い出せない。
今までみたいに直接会うか、学校内散策してイベントを思い出すしか方法はない。最悪まだ攻略対象者が入学していなくても、人物さえ思い出せればゲームの設定から探しようもある。
「といってもプラデストの規模は大きく、更には生徒の入れ替わりも暫くは激しくなる。その為の潜入だ。表向きは、あくまで創設者であるプライド様による〝極秘視察〟……学校制度が正しく構築、運営されているかと改善点のご確認だ。実際、その意図も含んで民に紛れ込まれる。…………と、陛下には説明されているらしい」
ここまでが、ジルベール宰相の案だった。
そこで一度言葉を切った騎士団長は、確認するように私に目を向ける。「言って良いのですね?」という意味を含んだ眼差しに私からも頷く。直後には、長く深い溜息の後に騎士団長は再び口を開いた。
「……が、ここで実際とは多少事情が異なる」
重重しくも僅かにぐったりとした声で言う騎士団長にアラン隊長達が瞬きを返した。
それは一体……?と誰ともなく疑問が溢れると、それを受けた騎士団長は軽く頭を抱えた。
「プライド様より実際に予知されたのは、……学校の未来だけではなくプラデストのとある〝生徒〟だ。誰とも未だ不明なその生徒をプライド様は……、……あとは、言わずともわかるだろう」
……そう。私はジルベール宰相達に白状していた。
学校だけではなく救いたい生徒の存在。その生徒を助けたいから学校に潜入したいと。
第一王女が民一人の為に学校に忍び込むなんてあり得ない。だけど、私が自分の目で見ないと思い出せるものも思い出せない。王族としての見学程度で気付ける自信もない。やるなら徹底的にと決めたからには舞台に踏み込まないと。そして……私を守ってくれる彼らにも、なるべく近い真実を言わないとと思った。
一人だけの為ではなく、学校そのものの為ならばという目論見通り母上達からも許可は降りた。被害が大きくならない分は盛っても問題はない。
ステイル達とも相談して、アーサーだけでなく近衛騎士と、そして騎士団長にもちゃんと話そうということに決めた。特にもうこれ以上騎士団長には、護衛関連で隠し事はしたくなかった。……だから、この後も。
「陛下方には極秘に、お前達もプライド様の護衛並びに協力もして差し上げろ。あくまで表向きは〝学校〟の為に、だ。」
母上達にも提案した通り、創設者である私が学校運営の視察で潜むならおかしくない。
本当は母上達には予知ではなく、いっそ最初から視察したいだけで伝えて誤魔化したかったのだけれど……今日までの私の挙動不審からそれは不可能だった。
むしろ、隠したままそんなことを言ったら即刻怪しまれて許可も降りないとジルベール宰相とステイルの総意だった。全くぐうの音も出ない。ただでさえ、二ヶ月前にあんなことをして大勢の人に被害と心配をかけた私を長期で城から出してもらうにはそれしかなかった。
「その為、民には王族であると気付かれぬように第一王女殿下とステイル第一王子殿下を御守りする。これから話すのはその護衛と警護隊形についてだ。……質問はあるか」
早速がっつりご迷惑ごめんなさい。
心の中で謝罪しながら、私は膝に下ろした手で拳を握る。肩が上がりながら、現在進行形の事態とこの後に起こり得る展開に胃が痛くなる。いやでも、これはちゃんと皆には話しておきたい。
「……一つ、これは確認なんだが。」
数秒の沈黙後、最初に口を開いたのは副団長だった。
エリック副隊長達と同じく、いま始めて話を聞いた副団長は騎士団長と隣から目を合わせ、それから私達へ視線をずらした。
緊張の色も見える副団長は頬に汗が一筋伝っている。やはりいつも落ち着いている副団長でも、王族二人の極秘潜入は緊張するらしい。そして副団長の問いは〝確認〟という言葉の通り、的確に痛いところをついた。
「プライド様並びにステイル様の護衛。……身分を隠しての潜入となると、どのような立場で潜入されるおつもりでしょうか。」
ぐぅ。
心の中でそう呟きながら、私は唇を結んで黙した。
うん、その疑問は正しい。ステイルは未だしも私はもう十九歳だ。潜入としたら正当にいけば教師や講師とか職員しかない。
言わなければならない問いに私もステイルも答えない。これを答えるべき人は私達ではない。そして、恐らく副団長も騎士団長も…………本音はわかってるのだろうなぁと思う。
「……それに関しても含め、護衛体制についてお話させて頂きます。」
落ち着いたジルベール宰相の声に、私は申し訳なさで肩がこれ以上強張るのを必死に堪える。
穏やかな声で順立てながら母上達へ提案してくれたのと殆ど同じ説明がを始まった。
今回、当然ながら身分を隠しての潜入に関して母上達も同じ疑問を提示した。私もステイルも城下には視察でよく降りているし、顔も知られている。学校開校で中級層以下だけでなく上級層の家の子は入れ替わりで体験入学もするし、成人以上の令嬢令息なら身分によっては直接会っている可能性もある。いくら変装してもそれだけで隠すのは難しい。
ただでさえ私は人からの印象が強くなりやすいラスボス顔で、ステイルは女性の誰もが忘れられないほどの美男子なのだから。そして……その議題の際、事前の打ち合わせ通りにジルベール宰相は自ら母上へ提案してくれた。
『女王陛下と王配殿下の御許可さえ頂ければ、私が計らいましょう』と。
本当に本当に申し訳ないけど、感謝しかない。
あの場にカラム隊長も居たから、打ち合わせの時と同じで含みを持って話されたけれど、全てはジルベール宰相頼みと言っても過言ではなかった。
私もステイルも誰もジルベール宰相の特殊能力を知らないことになっている。けれど、提案された母上達も極一部の人間のみで秘密を厳守するならという条件付きで首を縦に振ってくれた。王族の正体がバレて危険に晒されることの方が問題なのと、ジルベール宰相自らが進言してくれたことが大きい。
ジルベール宰相の特殊能力は、年齢操作。
国を巻き込んでの奪い合いになりかねないから、表向きは操作できるのは自分の年だけということにされているけれど、実際は他者の年齢操作もできてしまう優秀な特殊能力者だ。
彼の力さえ借りれば身分も立場も隠すことができる。見かけ年齢まで変われば、安易に同一人物と結びつける人もいない。そして今回、ジルベール宰相の本当の特殊能力を特別に知らされ、子どもの姿になって潜入するのは
「プライド様、ステイル様、そしてアーサー殿は私が〝紹介させて頂く〟〝見目の若返り〟の特殊能力者によって生徒に紛れ込まさせて頂きます。〝その者〟の力であれば見かけの年齢も三十年迄は遡れますので」
ジルベール宰相の嘘九割に私達は大人しく同意する。
実際はジルベール宰相こそがその人だし、三十年若返りどころかジルベール宰相なら自由自在に0歳から老人まで年齢操作可能なのだけれど。それが広がると確実に大変なことになる。
あくまでジルベール宰相の紹介。そして、その特殊能力者も身の安全の為に正体をなるべく知られたくないという旨で、特殊能力を受けられるのは一部の人間のみということにした。つまりは、元々ジルベール宰相の特殊能力を知る私達だけだ。
「本来であれば、王族であるプライド様とステイル様のみなのですが……アーサー殿は特別に国からプライド様と〝離れない権利〟を得ている身ですので。陛下も〝聖騎士〟であればと、特別に許可を降ろして下さりました。」
ジルベール宰相のテンポの良い説明を聞きながら、気になって背後を振り返る。
見れば、アーサーが俯いたままに若干顔が火照っていた。唇を結んで目まで泳いで、顔に力が入っているのがひと目でわかる。ここに来てまさかの尊敬する先輩達の前で特別扱いされれば、緊張するのも当然だろう。
ステイルは〝王族〟の立場よりも私の〝補佐〟として絶対に同行すると母上達に進言してくれたけれど、アーサーは近衛騎士というだけだ。本来であれば、ジルベール宰相の秘密を知らされてまで私の護衛は許されない。
ただ、やはり王族に常に傍で動ける護衛は必要だということと、何より以前の表彰式でアーサーは聖騎士の称号と別に褒美として私の傍に控える優先権、己が意思で傍につくことができる権利を与えられているのが強みになって特別に許可を下ろされた。……本人の意思とは別にジルベール宰相とステイル、そして私の強い希望があったことも大きいだろう。
「なので、アーサー殿がプライド様を補佐のステイル様と共に生徒として常時護衛。そして他の近衛騎士の方々も〝別の形で〟それぞれ校内から送迎までの護衛をお願いしたいと考えております。……また、その為に協力者も一人検討もしております」
まだ、同意は得ていませんが。と繋げるジルベール宰相に私の頭と肩が更に重くなる。
そう。まだ協力を頼んではいないけれど、確実に協力してくれるであろう人物が私達とジルベール宰相との打ち合わせの時点で一人上がっていた。私の協力者、という意味以外にも色々あるけれど、この場で言えば単純に近衛騎士を学内に潜入させる為の理由付けを担ってくれる存在だ。
協力者……?と、詳細を求めるように騎士団長が聞き返す。
まだ騎士団長にもそこまでは話していない。気がつけば私も大きく頷き、ステイルはジルベール宰相と同じにこやかな笑みを浮かべ始めていた。「ええ」と一言で返したジルベール宰相は、一度は敢えて隠した存在を軽やかに紹介した。
「ハナズオ連合王国、王弟のセドリック第二王子殿下です。我が国の民となられるセドリック王弟に、敢えて〝王族〟として学内に生徒として体験入学をして頂こうかと」
ごめんなさい、セドリック。
彼に未だ相談していない内に、ジルベール宰相とステイルの中では確定された人選に、私は罪悪感で頭が凹み亀になる。実際の依頼は彼が我が国に移住してから相談させて貰うつもりだけれど、……私も彼なら目を輝かせて頷いてくれるんだろうなと確信してしまう。
上級層の為の入学枠。そこにセドリックは堂々と王族として入学して貰う。本来なら十八歳までの年齢枠にギリギリ規定外なのだけれど、王弟という立場と今年で私と同じ十九歳になるまで少し期間があることを利用して一ヶ月特別にねじ込まさせてもらうことにした。
ハナズオ連合王国の王弟とはいえ、移住すれば我が国の民。更には国際郵便機関の最高取締でもある郵便統括役だ。我が城の王居に住む彼には勿論護衛をつける必要がある。そして
「その護衛として隊長格でもある近衛騎士を二名、派遣させて頂きます」
話が進むごとに、雪玉のように巻き込み事故が発表される。
それでももう止まれない。これから出会う第二作目の彼らを救う為だけじゃない、私自身をちゃんと守り通す為に。
……頼らないといけないと、知ってしまったから。
その為にはちゃんと可能な限り話して、彼らに助けて貰わないと全てはきっと叶わない。
……そう、全てを話さないと。