Ⅱ203.私欲少女は向かい、
「良かったわ、ファーナムお姉様もとても元気そうで」
昼休み終了後、ファーナムお姉様とパウエルと別れた私達は教室に戻った。
学食もゆっくりだけど綺麗に全て食べきったお姉様の姿を思い出しながら投げかければ、ステイルもアーサーも一言で返してくれた。二人も元気そうなお姉様の姿に安心したようだ。
教室でいつも通り自分達の席に戻った私達は今日はいつもより余裕の帰還になった。
「ネイトの方はどうかしら。無事に進んでいれば良いのだけれど」
「大丈夫っすよ。カラム隊長が付いてくれていますし」
「俺もそう思います。何かあればすぐに連絡して貰えるようにもお願いしていますから」
アーサーとステイルもカラム隊長への信頼は厚い。
そうね、と笑みを返しながら私もほっと息を吐く。お昼休みもカラム隊長は騎士の授業とその後の生徒さん達の為の延長が終われば、そのままネイトを見に行ってくれている。
今頃はもう三限の選択授業に向かっているだろうけれど、今日城に帰った後にでもきっと進捗は聞けるだろう。
「三限後には三年の教室も見に行ってみましょうか。まだ、特別教室以外は見ていませんから」
「そうね。また付き合って貰ってもいいかしら」
紛らわせるように言ってくれるステイルの言葉に頷く。直後には二人で「勿論です」と返ってきた。
二年のクラスでファーナム兄弟を見つけ、中等部全学年合同の特別教室で一人見つけ、一年のクラスでネイトを見つけた。なら、残すは三年のクラスだ。
あと一人、あと一人さえ見つければそれで攻略対象者も全員思い出せる。当初の目的は達成される。そう思えば、大分状況にも光が見えてきたような気がする。
まだ二週間は残っているし、一日一クラスの確認でも余裕で見つけられる。今までだって一回で複数のクラスを確認できたし、たった五クラスなんてあっという間だ。ぱっと教室を覗いて探ってしまえば時間は掛からない。
「ただし……」
ぼそり、とステイルが突然声を低めた。
どうしたのかしらと顔を上げれば、眼鏡の黒縁を指で押さえたまま僅かに眉間に皺が寄っていた。私とアーサーで顔を見合わせ、もう一度ステイルへ視線を投げれば問い掛けるよりも先に彼は重い口を開いた。
「……三年には、〝彼女〟がいますから。それだけは気をつけなければなりません」
……ああ、と。
私とアーサーは一緒に声を合わせる。ステイルの差している人物が誰かはすぐに察せた。確かに、そこだけは注意しないといけない。
学校に潜入視察する時からわかっていたことだけれど、まさか彼女が第二作目の攻略対象者と同じ中等部になるなんて最初は思ってもみなかった。口端が半分だけ笑うように引き攣ったまま、考えれば冷や汗だけが一筋伝った。
ある意味、特別教室を覗きに行った時よりも高等部にお邪魔した時よりも侵入という意味では最難関と言えるかもしれない。だって、中等部三年生と言えば
「セフェクは俺達のことを知りません。学校にいることは知っていても、直接会ってしまえば大変なことになりますから」
セフェク。
そう、今年で十五才になる彼女もまた中等部三年だ。初等部にいるケメトとは違い、がっつりと三年の階に行けば彼女に出逢う可能性は免れない。
私達の潜入視察のことはヴァルを通して知っている彼女だけれど、私達の姿は知らない。……というか、知られると色々とまずいことになる。ステイルも私もジルベール宰相の特殊能力で子どもの姿にされたのを二人は確認しているのだから。
アーサーはまだ元の姿だったし、ステイルも気を失っているところをちらっとセフェクに見られた程度だろうけど、私はがっつりと彼女とケメトに関わってしまっている。名前も仮名の〝ジャンヌ〟のままだし、直接会ったら確実に当時の〝ジャンヌ〟と私が同一人物だとバレてしまう。
当時のことは騎士団にも暗黙の了解状態なのに、ここで彼女達にまで第一王女の私が色々とやらかしていることを知られたくはない。そして何よりも私の正体がバレて一番困るのは私ではなく、ジルベール宰相だ。
今回こそ極秘に私とステイル、アーサー、そしてヴァルにだけは特殊能力を特別に使ってくれているジルベール宰相だけれど、元はといえばあの人の能力は極秘中の極秘事項だ。
知っている人でも表向きは〝自身の年齢操作ができる不老人間〟ということになっている。これが、まさかの他者の年齢も操れるなんてことが知られたら大変なことになる。他者は寿命までは操作できないらしいけれど、死ぬまで永遠の若さなんて欲しがる人はいくらでもいるし、下手をすればジルベール宰相の能力欲しさにまた他国と戦争が起きかねない。
私の奪還戦で既に一度大変なことを起こしているのに、ここでまた私の所為で余計な火種を撒くわけにはいかない。セフェクやケメトが言いふらすとは思わないけれど、やっぱりジルベール宰相の特殊能力は最高機密にしておくべきだ。……そして、私のこの姿がバレたら一緒に居た〝ジル〟がジルベール宰相であることもセフェク達にバレるのは時間の問題だ。そして万が一にも下手にその情報が流出しただけでも騎士達にもバレてしまう。子どもの姿のジルベール宰相が私に触れて年齢操作してくれたのを何人かの騎士には目撃されちゃっているもの。
「……そうね。そこだけは気をつけないといけないわね……」
セフェクには直接会うことがないように。
もう四年も前のことだし、忘れていてくれれば良いのだけれどもそうもいかないだろう。パウエルだってしっかりステイルのことを覚えていたのだから。
そう考えると、三年の教室捜索は今までで一番慎重を期さないといけない。可能性によってはそれこそ本当に一回に一クラスみたいなこともあり得る。ネイトのこともアンカーソン家のこともあるし、やっぱりまだ気を抜けないと考えを改める。
溜息と一緒に軽く額に手を当てたところで、本鈴と一緒に選択授業の講師が入って来た。これから男女合同で行うマナーの授業です、と言われ、全員で移動教室へと促される。
全員で移動教室は初めてだなと思いながら、私は二人と一緒にホールへと向かった。
……
「……セフェク。さっきの子達、確かずっと後ろにいたよね?」




