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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
私欲少女とさぼり魔

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Ⅱ199.私欲少女は待つ。


「なら、同じ教室だし俺が連れてくれば良かったな」


二限終了後。

いつも通りパウエルと渡り廊下で合流した私達は、ファーナムお姉様へ会う為に学食へと向かった。

学食での食事は一言で承諾してくれたパウエルに、道すがらファーナムお姉様にお礼がしたい旨を伝えたらそう言ってくれた。私達がファーナムお姉様に用があると話したのもついさっきだし、寧ろ私達がパウエルの教室に早々に会いに行くべきだった。

パウエルとファーナムお姉様は幸いにも同じクラスで、男女別の選択授業や昼休み以外は一緒で、今は結構仲も良いらしい。前はか細い声ばかり出すから自分ばかりが一方的に話していたというパウエルだけど、最近はお姉様からも雑談をしてくれることが増えたらしい。

昨日のアラン隊長達からの話を聞いてもそうだけど、本当に順調に体調が良くなっているんだなと思う。余計に今日会うのが楽しみだ。


「そういえば昨日のネイトってやつはもう良いのか?また探しに行くのなら」

「彼なら一週間の停学処分らしい。今までずっと授業をさぼっていたからな。今後同じような生徒が出ない為にもの厳罰だろう」

パウエルの疑問にさらりと答えるステイルの言葉に、思わず苦笑いする。

全くの怪しさなく言い切ってしまった。パウエルも僅かに開けた口から一音を漏らしながらも最後は何度も頷いていた。前回も授業をさぼっていたネイトのことを怒っていた彼だし、ある意味彼にとっても納得のいく処分が届いたというところだろうか。

そう考えると、これからファーナムお姉様にお礼を言うのもどう話すべきか悩んでしまう。下手に言ったらパウエルがまた怒ってしまわないだろうか。

アーサーも同じことを思ったのか、歩速を私に合わせて並ぶとそっと顔を近付けて「大丈夫すかね」と尋ねてくれた。私も何とも言えずに首を傾けて小さく唸ると、前方を歩いていたパウエルに隣のステイルが「ああ、それで」と言葉を続ける。


「彼が停学中にも校舎内に忍び込まないようにと手を打つのに、ファーナム姉弟に協力して貰ったんだ。特待生特典の空き部屋を学校時間だけ借りた。例の作業をできる場所がないと無理矢理にでもまた侵入してしまうかもしれないからな」

流石ステイル。流れるように言葉の順番を選んで告げてくれた。

あくまでネイトが悪さしないように対処したまでと聞こえる言葉に、ほっと私もアーサーも息を吐く。パウエルも背中から見ても戸惑いもなくステイルへ相づちを打っている様子に、どうやら穏便に受け入れて貰えたようだと思う。

アーサーが潜めた声で「良かったっすね」と言ってくれ、同意を示すべく私からも思い切り頷いた。


「でも、なんでフィリップ達があいつにそこまでするんだ?あのネイトに、何かあるのか?」

「まぁそんなところだ。俺もジャンヌもジャックもネイトが最終的にはちゃんと授業に出て欲しいと思っている」

「そうか。……すまねぇ、もしかして俺があんなことした所為で余計に面倒なことになったんじゃねぇか?」

「それはない。それに、お前があの時ネイトに言ったことは間違っていないと俺達も思う」

前回、ちょっとネイトに厳しめに怒ったことをパウエルはまだ気にしてくれているらしい。

ステイルの言葉に全面同意しながら、私達からも「そうよ、気にしないで」「腹立つのは当然だと思います」と応戦する。

突然声を掛けたことでこちらに振り返ってくれたパウエルだけど、凜々しい眉がしょげていて一目でまだ落ち込んでいるのがわかった。それでも「ありがとな」とそこから笑顔を返してくれる。落ち込んでいても笑っても柔らかな表情をするなと思うと、またうっかり目が釘付けになる。


「パウエルは、……授業とか楽しい?選択授業とかやりたい仕事とか見つかりそう?」

話を変えるように投げてみる。

ゲームのパウエルでは絶対に聞かなかった問い掛けをしている自分になんだか不思議な気分になってしまう。もうゲームとは別人のパウエルだけど、だからこそ余計に現実の彼のことを知りたいと思ってしまう。

私の投げかけに一度瞬きを大きく返した彼は「そうだなぁ……」と軽く視線を浮かせた。

彼とステイルの背中越しの先では、学食へ集う人だかりが広がっていた。


「授業は楽しい。けどやりたい仕事ってなるとまだだなぁ。今も食い繋ぐ為の仕事だし、正直に言えば就きたいのもどんなっていうより今より稼げる仕事だな。一人や二人養えるくらいはちゃんと稼ぎたい」

それも充分に良い理由だと思う。

実際、そうできるように学校を作ったのだから。稼ぎの良い仕事を目指すことは学校の主旨としても合っている。

ちゃんとこうして未来をパウエルが見据えて話してくれるのは何度聞いても嬉しい。アムレットも城で働いて稼ぎたいと話していたし、二人ともちゃんと将来を考えている。アムレットもパウエルもすごく真面目だし、お互いが仲良くなれたのも頷ける。

応援してるわ、と私からも笑みを返すと、今度はパウエルから「ジャンヌは?」と振り返ったまま目を合わせられた。


「ジャンヌはどんな仕事が良いんだ?頭も良いし、良い仕事に就けるだろ?もしかしてアムレットと一緒の夢か?」


……どうしよう、恋人捜しなんて言えない。

思わず笑顔のまま顔が引き攣ってしまう。ネイトにも怒っていたパウエルにそんなことを言ったら本当に軽蔑されそうで困る。

すると私の焦りが伝わったのか、ステイルが一瞬だけ視線を泳がした後振り返った。


「ジャンヌは故郷に帰って山を守りたいのですよね。俺も頭が良いのだから王都で働けば良いのにと思いますよ」

ありがとうステイル!!

二度ならず三度までも助けられてしまう。

ジャンヌの恋人捜しを上手く言い回ししてくれた。これなら後で誰からか恋人捜しだと聞いても矛盾しない。山に帰って結婚して山を守る!全く間違いのない人生設計だ。……ただ、どんどん私の設定が野生児かしている気がする。このままだとその内狼に育てられたとかペットの子ヤギとか設定がつくんじゃないだろうか。

そんなことを考えながら、そっかー寂しくなるなと返してくれるパウエルに言葉を返す。


とうとう人混みを越えて学食まで辿り着いた。

もう学食前にディオスもクロイもいないところを見ると、セドリックと合流したのかなと思う。扉から学食を覗いたけれど、相変わらずのごった返しでちょっと目だけでは探しきれない。ファーナムお姉様は全く見えないけれど、セドリック達がいるであろう場所は人混みの塊が移動する様子ですぐにわかった。


「どうしましょうか、一回学食ン中探しますか?」

「いえ、クロイがお姉様は学食に着くのが遅いと言っていたから。ちょっとこのまま待ってみても良いかしら」

首を曲げるようにして学食を覗き込むアーサーに両手を合わせてお願いする。

まだパウエルと合流する為に寄り道したとはいえ、そこまで長く時間は掛かっていない。なら、これからファーナムお姉様が来ることの可能性が高い。クロイからの確かな情報にアーサーも「わかりました」と一言で応じてくれた。

覗き込む首を戻して、扉を抜けようとする人混みから私を守るように立ち位置を変えてくれる。ステイルも続くように並ぶ中、パウエルが「あっ、じゃあ」と声を上げた。


「俺が今の内に席取っておく。フィリップ達はファーナムと一緒にきてくれ」

俺ならでかいからすぐわかるだろ、と言ってくれたパウエルはそのまま足早に学食へ突入してくれた。ありがたい。

確かに一人席ならなんとかなるかもしれないけれど、五人纏めての席だと競争率は高い。お礼を言って見送る私達に、軽く手を振って答えてくれた。

向かっていった先では、人混みの塊が食事席へと移動するところだった。おそらくアレがセドリック達だなと思いながら、私は視線を学食内から外す。セドリックともファーナム兄弟の話以降は直接話していないなと思う。……そういえば。


「……ところで、フィリップはもうこの前の馬車のお礼はしたの?」


三人になった途端ふいに思い出す。

この前、ステイルがアムレットとその兄であるエフロンお兄様と邂逅しそうになった時セドリックが馬車に避難させてくれた時のことだ。

お礼を言わないととあの時は話していたけれど、あれから私が知る限りは一度もセドリックとステイルは会っていない。もちろん、摂政業務の合間とか私が知らない間に会っている可能性もある。

けれど、ステイルは私の疑問に「ああ……」と頭を痛そうに片手で抱えてしまった。低い擦れたその声を聞くだけで、もう返事は予想がついてしまう。

言いにくそうに言葉を濁すステイルより先に、アーサーが溜息を吐く音の方が先だった。


「どォせまだなンだろ」

「……。ここ最近忙しくて会う機会もなかった。同じ敷地内でも大分離れている」

アーサーの言葉にゆっくりと頷いたステイルは、白状するように言葉を絞り出した。

重々しそうな口が、忘れていたのではないという意思だけ伝わってきた。そして実際に本当に忙しかったのだから仕方がない。セドリックは私達と同じ城内で王居に済んでいても、宮殿が違うのだから。

しかもただ彼に用事があるのなら従者や衛兵に命じて足を運んで貰うのも一つの方法だけれど、今回はステイルがお礼を言う側だ。なのに本人を呼びつけるなんてできるわけもない。

そしてセドリックもお礼を催促するような子ではない。むしろステイルからお礼を言われるとも考えていない可能性の方がある。私から「彼なら気にしてはいないわよ」と言ってみれば、頭を抱えたままステイルが頷いた。

それでも「それでは僕の気が済まないので」と断るところ、本当にセドリックに感謝はしているんだなと思う。私の所為で結構な危機だったもの。……なら、私からもお礼しなくちゃ。


「遅くても来月には相応の礼をします」

「私も一緒にいいかしら……。ファーナム兄弟の時のお礼をまだちゃんとしていないから……」

断言するステイルに私も肩を落としながら便乗をお願いする。

今回のネイトの件では巻き込まずに済んだけれど、双子については特にお世話になってもらった。姉弟揃って借りを作りまくってしまっているなと自覚する。

わかりましたと承諾してくれるステイルに感謝しながらも、私は溜息が出そうなのを肺までで堪えた。私がお礼をすべきは現在進行形でセドリックだけではなくなっているのだと改めて思い返す。


十分後に背筋を伸ばしたアーサーが人混みの向こうからファーナムお姉様を見つけてくれるまで、私も頭を抱えたい気持ちをぐっと抑えた。


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