Ⅱ198.騎士隊長は検討する。
どうしたものか………。
珍しく眉間に力を入れたカラムは、前髪を指で払いながら校庭へと向かう。
自分が一週間だけ校内の治安維持のために一限から出勤することは今朝の時点で全教師にも伝えられた。しかし、次の二限目の授業準備はもう一人の担当教諭に任せたままだった。
本来であれば、早めにいる分今まで通り騎士の授業の為の用具などは自分も手伝いたかったが、今は表向きの任務は校内の見回り。そして実際はネイトの監視も兼ねている。
一限後に停学処分を教師に言い渡されたネイトと昇降口で合流し、男子寮の部屋まで引率した後も一限の時間は全てネイトに代わって管理人への説明と挨拶、そしてネイトの監視に費やした。
ベッドは使って良いが、その際は一応靴を脱ぐように。授業中で生徒がいないからとはいえ大きすぎる声を上げたり壁に傷をつけないように、鍵は預かるから自分が出て行ったらしっかりと戸締りをするようにと一つひとつ指示をした。
本来であれば管理人かもしくは貸した本人であるクロイがすべき説明だったが、カラムが代わりに全て請け負った。
最初は煩そうに聞いていたネイトだったが、それでも自分の作業部屋が与えられた喜びが勝った。一週間借り続けるための条件だと思えば、授業よりも遥かに真面目に聞く気にもなれた。扉の前でじっとカラムに見つめられるのは最初こそ気になったが、気配すら消して何も言わずに眺めるに徹されればすぐに集中力も研ぎ澄まされた。
ガチャガチャガチャと、空き教室で作業をしていたように激しい音は出さず進める彼は手の動きに全くの惑いはなかった。リュックの中から次々と工具やガラクタに見える材料を組み合わせる姿にカラムも監視とは別で見入る場面もあった。騎士団でも発明の特殊能力者はいるが、彼らの作業を一からずっと眺める機会などそうそうない。
そうしてそろそろ一限が終わるころの時間に近付き、問題なくネイトが部屋を汚す心配もなく作業を進めたのを見届けた。
次の二限に向け、そろそろ部屋を出るかと扉のノブに手を掛けた時だった。
『ネイト。私はそろそろ授業に戻る。一応鍵は閉めておくが、しっかりと用心は』
『なあ!これすごくねぇ?!』
まるでうわ塗るかのようにネイトが自分から投げかけてきた。
タイミングとしては最悪だが、それも構わず今まで無言で作業に没頭していた彼が今している作業とは全く別の発明品をリュックから引っ張り出した。しかもそれは、以前初めて自分が会った時に逃走道具として掲げていた傘だ。初めて自分に向けるきらきらとしたその目と自慢するように掲げたそれに、今は忙しいと一蹴できるカラムでもなかった。
結果、プライドから彼の発明については聞いたが、本人からはまだ解説を受けていない彼は最初からネイトの発明解説を聞くことになってしまった。どこからも飛び降りれるんだぞという説明と、ついでのように折り畳み機能について説明する彼に心の中で「その機能だけでも充分に価値が高いが」と思いながらも、黙って最後まで聞き届けた。
何故突然自分に発明の披露なんてしてくれる気になったのかと思いながらも「観点が面白い」「緊急時の脱出時は役に立つだろう」と告げればネイトも目の輝きが金色に見間違うほどに輝いた。しかし
『ただし、もう安易にその発明は見せない方が良い。君の才能が凄まじいからこそだ』
そう、あくまで厳しく聞こえないように柔らかく言い聞かせたが、その途端またネイトの機嫌が傾いた。
うるせぇばーか!脳筋!と叫ばれ、さっさと出ていけと舌を出され追い出された時には、彼の暴言よりも何か気に障ることを言ってしまったのかの方が強かった。
プライドの予知で彼の事情も聞かされている今、その背景も察した上で重々に配慮した言葉だったからこそ余計に驚いた。
まだ自分は未熟だなと、校庭へ向かいながらカラムは思う。彼がどういった理由かはわからないが、自分に少し心を開こうとしてくれたにも拘わらず、無碍にしてしまった。騎士団で大勢の新兵を含む後輩に気を配ってきていたカラムにしては珍しい反省の種類だった。
最終的にはネイトの言葉に追い出されるようにして男子寮を離れたカラムは、また三限が終わったらどうするかと少し思考を巡らせる。
あくまで自分が任されたのはネイトの監視と、できることなら彼から話を聞いて欲しい程度のものだ。しかし、ついこの間まで問題児だった彼にはむしろ自分は教師の中で一番顔を覚えられていると同時に嫌われている。親しくなるならば、まずは会話を糸口にするのが普通だが、せっかく作業に没頭している彼の集中力を途切らせるのも躊躇われた。
親しくなる機会もなく、このままではただ彼の集中力を欠かせないように扉の前で監視するしかない。それでも決して最善としては間違っていないが、できることならば話を聞いてやりたいとも思う。事情を知れば尚更だ。
「性格上で考えればアランの方が気が合うかもしれないが……」
自分の前髪を指で払いながら呟く。
彼ならば自分よりもネイトと波長が合いそうだとカラムは思う。しかし、アランはセドリックとプライドの傍からは離れられない。何より自分がこの任務を任された以上は責任を持つべきだと思う。性格など些細な問題だ。
今は彼のことを知っている自分が力になるべきだとすぐに考え直す。ネイト自体にも問題はあるが、口が悪い以外悪ではない。
それに、彼の発明する様子を部屋で初めてじっくりと眺めていたカラムは、本当に彼が楽しそうに発明をするものだと思った。
もっと疲労を見せるようならば休息をと声を掛けようとも思ったが、ひたすら手を動かしている彼を見ればその気も削げた。今の今まで作っていた彼の発明がプライドから依頼された物か、それとも別物かはわからない。しかし、これならば問題なく彼は作業を続行できるだろうとだけ考える。
扉の閉め切られた部屋だからか、監視している自分がもう彼の特殊能力を知っているからか、殆ど躊躇いなくネイトが広げたリュックの中身は予想以上の質量だった。
仕込んでいた材料は木材から金属まで多種にわたり、ガラクタと言えるような廃材も含まれていた。更には工具まで様々な物が詰め込まれ、何も知らずに持ち物検査をすれば確実に引っかかる内容の物も多かった。彼がリュックを没収をされて取り乱したのもこれが原因の一つだろうかとカラムは思う。一つ一つは高級品でなくとも、商売道具一式を奪われてしまえばひとたまりもない。
最初は机で作業をしようとしたネイトも、リュックの中身を広げきれないと判断すればいつものように床での作業を行った。
リュックの中を存分に広げ、途中で片付けて撤退する心配もない空間での作業はこの上なくのびのびと捗っていることは背中からも見てとれた。
一限が終わりそうになるまでの時間、カラムはただ棒立ちで眺めていたわけではない。ネイトが手元に没頭し過ぎて丸めた背中を時々伸ばす仕草から、足を組み直す動きや雑に首や腕を回すところまでしっかりと観察もしていた。彼がまた自分に閃光弾や煙幕を投げつけてくるとは思わないが、注意深く対象を観察するのは監視を任されている身として当然だった。
「敢えて気になるといえば……くらいのものか」
一人言葉にして確認しながらカラムは小さく息を吐く。
あくまで自分の主観と判断であり、確信はない。そして今の信頼を得ていない自分がそれを言ったところできっとまた怒らせるだけだろうと思う。
それに今の彼の状況がどうであれ、プライドの〝予知〟で知った情報を安易に漏らすわけにはいかない。ジャンヌが別の能力としてネイトに提示していることはカラムも報告で聞いているが、自分達にとっては間違いなく〝予知〟なのだから。
本来ならば自分達が聞くことすらできない特別な力で知った情報に変わりない。
あくまで仮定でしかないこれもプライドが二番目の選択肢を選んだ以上、彼女やその周囲の不安を煽るだけだ。既にそれを危惧しているのは自分だけでもない。
「!ジェリコ先生、準備ありがとうございます」
本日も宜しくお願い致します、と。校庭に辿り着いたカラムは既に授業の用具を揃えてくれていた教師を労った。
いえこのくらいと笑みで返した教師は、来月からカラムに変わって騎士の授業を本格的に担当することになる。一時的な特別講師であるカラムが学校を去った後も、定期的に新兵か騎士を一名派遣する案も出ている。だが一貫して生徒達を教えていくのは彼だ。
若い時は騎士を目指したこともあると少し気恥ずかしそうにカラムに語ったこともある教師だが、その経験も今こうして学校で役立っているのであれば決して無駄なものではないとカラムは思う。
この教師だけではない。通常授業と講師を兼任する者もいるが、選択授業を担当する講師は特に殆どが元々はその道を極めるべく努めた人材だ。
実際にそれで名を上げた者から関連の仕事に就いていた者や道半ばの者など経過こそ様々だが、彼らの経験やそれまでの努力がここで生徒達に紡がれていくと考えれば、学校制度は生徒だけでなく講師の働き口としても民の為になっている。
「それよりいかがでしたか、カラム隊長。校内の様子は。昨日のようにまた落とし穴で悪戯する生徒がいなければ良いのですが」
教師の手痛い言葉に、カラムは表情に出ないようにと意識する。
そうですね、少なくとも見回って来た場所では。と言葉を返しながら今日も落とし穴騒ぎはあるかもしれないと心の中だけで思う。
生徒の為にも、教師の為にも、彼らの心労を早々に取り除きたいとカラムは心から望んだ。




