そして取り組む。
「そこ。僕の背後でいちゃつかないで。なんで僕だけが教えてるわけ??」
ぴしゃりと鞭のようなクロイの言葉に、頭へ乗せていた手も繋いでいた手も両方気を付けの状態で身体の横に下ろしてしまう。
ディオスが名誉棄損だと言わんばかりに「いちゃついてない‼︎」と声を上げたけれど、クロイはまたアムレットに視線を戻して無視してしまった。いちゃつく、というよりも実際はヘラヘラするなの意味合いだったのだろう。
絵になるからといって、クロイにアムレットの先生役を任してしまったことに気が付く。
「ごめんなさい」「ごめんクロイ!」とディオスと声が合わさりながら、早足で私達は席に着いた。私がそのままアムレットの向かいでクロイの隣。そしてディオスが机を回ってアムレットの隣に腰を降ろす。
私達がごめんなさいを言い合っている間に、クロイはもう中等部の問題を解説し始めていた。
二人のやりとりを聞きながら、アムレットのわからない部分を把握した私も名誉挽回をすべく積極的に解説に仲間入りする。
アムレットの理解力もあって、早々と問いを解き終えた。彼女が「ありがとう」と言いながら中等部の問題を捲り最後の一枚を開く。高等部の問題だ。
「……ディオスとクロイは、男子寮には住んでいないんだね。私は女子寮だから、男子寮ってどうなっているのかちょっと気になるな」
勉強で有耶無耶にされただけの微妙な空気をほぐすようにアムレットが話題を投げてくれる。
明るい声で言ってくれるその言葉に、自然と呼吸が深くなる。そうね、私も気になるわと合わせるように言葉を返せばディオスもすぐ口を開いてくれた。
「僕らは姉さんもいるから三人で暮らしてるよ!男子寮はまだ使ったことないけど、一度クロイと見に行ったよ。クロイは確か入学手続きの後学校案内でも見に行ったよね?」
「…………まぁね。建物自体は流石に新しいから綺麗だった。でも、部屋は最低限かな。ベッドと机があって、棚があってそれだけ。僕らは特待生だからって個室だったけど、他は相部屋もあるらしいよ。二人部屋とか、多いと四人とか六人部屋とか」
値段が違うらしいけど、と続けるクロイに私は頭の中だけで胸を撫でおろす。
良かった、もしかしたらここでまた「勉強して」と怒られるかと思ったけれど、すんなり話に乗ってくれた。クロイが話に加わってくれたことにディオスやアムレットも嬉しそうだ。
そうなんだ、とアムレットが相槌を打ちながら明るい声で続ける。
「女子寮も同じ。個室で嬉しかったなぁ、勉強にも集中できるし。部屋数はまだ余っているらしいけれど、結構男子寮とも似てるんだね」
「似てるっていうか、殆ど一緒。開校日に姉さんと見学に行った時に女子寮も見学したから知ってる。……そっちは寮母さんだっけ」
「ええ、とっても良い人よ。男子寮にはいないの?」
「男子寮は代わりに管理人さんが二人いるよ!片方が寮母さんとやってることは殆ど一緒だって」
「流石に女性禁制だしね。成人男性も住めるところに女性一人は流石に危険でしょ。実際、高等部はあまり治安が良くないらしいし」
すごい、ちゃんと和気あいあいと会話が成り立っている。
なんだか三人が仲良く会話しているだけで凄く嬉しくなってしまう。ゲームだとアムレットが双子二人と学校でこんな風に和気あいあいと会話する場面なんてなかったから余計に。二人が揃って学校に来れるようになるのはクリアした後だもの。
ゲームでは、こんな和気あいあいというよりも恋仲になった二人をからかうようにクロイが「アムレット、今度は僕が教えてあげようか?」「ディオスに飽きたらいつでも僕のところにおいでよ」と誘っている場面だった。しかも、二人とも性格が全く違うミステリアスなクール系のままだ。今は無邪気なディオスとクールなクロイだけど、比較同じくクールなクロイも全くゲームとは違う。
「そうだジャンヌ、今度私の部屋に遊びに来ない?ジャンヌともゆっくりお話したいし」
へっ。
突然三人の世界からアムレットが私に話題を振ってくれた。しかもお部屋へのお誘いだ。
正直すっごく行きたい。女子寮だったらステイルをアムレットに巻き込む心配はないし、アムレットとじっくり話すことができる。……代わりに私が単独になっちゃうけれど。
でも正直、ご家庭の事情とかも少し心配だしそういう意味でも話を聞きたい。それにこんな良い子にお家へお呼ばれしたら行く以外の選択肢が思いつかない。
今世で親しくはあっても女友達としっかり呼べるような子はいないし魅力的この上ない。騎士団長かジルベール宰相達にお願いしたら何とかならないかしら。
ええ、いつかと。気が付けば社交辞令この上ない返事しか返せなかった私だけれど、それでもアムレットは嬉しそうに「やった!」と笑ってくれた。どうしよう、もうノーといえる自信がない。
隣でディオスが「良いなー!」とアムレットのお部屋訪問ができるのが女子だけだからからこその羨みの声を上げた。うん、女性に生まれてよかった。
「…………ほら。次の問題始めるよ。ディオス、さっきのは僕がやったから次はディオスがアムレットに教えて」
話題に飽きたのか、クロイがまたわりと冷ややかな口調で勉強再開を促した。
でもさっきまで会話に入ってくれていたのを考えると、大分多めに見てもらった方だ。クロイディオスも「あ、うん!」とアムレットにどこからわからないのかすぐ尋ねてくれる。
私も机へのめりこみ、彼女が指す一問を目で追う。すると
「……ねぇ」
カン、と。
不意に椅子から振動が来た。隣に座るクロイが私の椅子を蹴ったのだとすぐに気付く。見れば、小声を投げたクロイもじっと目だけを私に向けていた。さっきと違い、睨んでいるとも思えないちょっと丸みを帯びた眼差しだ。
「お礼。……してくれるんでしょ。じゃあ僕らの家にも遊びに来て。姉さんとディオスも招きたがってたし。ジャ、…………ジャック、とフィリップとの三人だけで」
ぼそぼそ呟くクロイは声を潜めているように小声だった。
ディオスとヘレネさんの為、というのを目の前にディオスに聞かれるのが照れ臭いのと、アムレットは誘っていないからの気遣いだろうか。姉兄のことを考えて招いてくれるなんて優しい子だ。
最後に照れ臭そうに目まで逸らしながらアーサーとステイルを入れている辺り、もしかして二人とももっと仲良くなりたいと思ってくれているのかもしれない。二人は私と違って今も移動教室でいないし、話す機会も少ない。
照れ臭そうに顔を逸らしたその横顔がなんだか可愛くて、返事よりも先にクスクス笑ってしまった。その途端、すぐに気付いたクロイに「なに」と今度は真正面から睨まれてしまう。
ごめんなさい、とすぐに返しながらまだ緩んだ顔を治すことができず彼へ言葉を返す。
「クロイも本当に優しいなって思って嬉しくて。わかったわ、今度いつか。今日のお昼休みにはお姉様にもお礼を言いにいくつもりよ。学食に行けば会えるかしら」
「会えるんじゃない?姉さんいつもゆっくりだから、結構待つかもしれないけど」
今度は普通の声で返してくれたクロイは、ちょっと意外そうな眼差しで私を見返した。
柔らかい返事に、こうしている大人なとクロイもとても話しやすいと思う。ええ待てるわと返しながら、こちらもこちらでパウエルと合流してからの学食だからちょうど良いと伝える。
言いながら一瞬またパウエルとお姉様を近づけるのを嫌がられるかなと思ったけれど、今度は平気そうだった。ふぅん、くらいの表情で小さく頷くと独り言のような大きさの声を放つ。
「僕らは先にセドリック様を待っての食堂前だけど。……姉さんによろしく」
直接は話せないから。続けるクロイに、本当にお姉様想いだなと思う。
一言と同時に笑みで返せば、一瞬目を合わせてくれた後にまたプイッと逸らされてしまった。そのまま前のめりの体勢でアムレットのプリントに集中するディオスへ「これも使えば」と持参してきた紙の束を前に置いた。
昨日も持って来てくれた、特待生の受験勉強で私達とやったノート兼解説書だ。
ちょうどアムレットへの解説に苦戦しているところだったのか、「そうだった!」と声を上げるディオスがパラパラと束を捲り出した。
私と話しながらもちゃんとディオスの様子も把握してくれているところ、流石しっかりしている。興味津々にディオスの紙束を食い入るように見つめるアムレットと、もっと後ろのページだと教えるクロイの姿は本当に微笑ましかった。
私もそこに加わって、解説部分を指しながらアムレットにここの背景について説明していく。
……本当にいつの間にか、クロイともディオスともアムレットとも本当に自然に話せるようになったなと思う。あくまで三人が友達になってくれたのは〝ジャンヌ〟だけれど、それでもこうして机を囲っての勉強会なんて初日は想像もできなかった。
いつかネイトともこういう風に仲良く話せたり、……私達でなくても友人と笑顔で机を囲ってくれる日がくれば良いなと思う。
逃げる為ではなく、授業の為に学校に来てくれる日が。




