Ⅱ197.私欲少女は挨拶し、
「ジャンヌ!今日も宜しくね」
一限終了後。
ステイルとアーサーがいつものように選択授業で教室を去ると殆ど同時にアムレットがプリントを両手に笑いかけてくれた。
ええ、宜しくと言葉を返しながら机越しに向き合う。真夏の太陽のような眩しい笑顔に照らされて私まで釣られる。あと解説もどれくらいかしら、とファーナム兄弟が来る前に確認すればとうとう残すは中等部の問題一問とあとは高等部の範囲のみだった。
「ここからはもう全然」と肩を竦める彼女に、そこはもう学年外だからできなくていいのよと言いたくなる。けれどファーナム姉弟にも教えたし、実際特待生試験でも似たような問題は出たらしいし全く不要とも言い難い。
そうねと目でざらっと高等部の問題を眺める。昨日もクロイのお陰でぐんぐん進んだし、あの調子でいけば今日で終わるかもしれない。そしたら次は授業の復習と勉強会かなと考えた時、とうとう「ジャンヌ!」とディオスの声が扉から飛び込んできた。
「ディオス、クロイ。おはよう、昨日は直接お願いに行けなくてごめんなさい。鍵本当にありがとう、すごく助かったわ」
二人の姿を確認してすぐ席から立った私は姿勢を正し、正面から彼らを迎えた。
お腹の前に両手を重ねながら頭を下げる。昨日直接行けなかった上に人伝になってしまったことのお詫びも兼ねて長めに深々下げれば視線が床に落ちた。二人分の足音が近づいてくるのを耳で確認すれば、影が視界に入ったところで音も止んだ。
合わせるようにしてゆっくりまた頭を上げれば、きょとんと目を丸くしたディオスとなかなかに冷ややかな眼差しのクロイが居た。
特にクロイの「うわ~」とでも言いそうな眼差しに、何か間違ったかしらと僅かに口端が引き攣ってしまう。
「大袈裟すぎ。……そこまで改められても困るんだけど」
「ジャンヌなんでそんな頭さげてるの??」
クロイ、ディオスの予想外の言葉にすぐ返せない。
見事に逆効果だった。しまった、いつもの感覚で礼をしちゃったけれどよく考えたら同年齢同士でこんな風に深々頭下げるってちょっとおかしかったかもしれない。前世の学校だったら確実に浮くレベルだ。
まさかこれだけで王族とバレるとは思わないけれど、うっかり変な子だと思われてしまったかと冷や汗が伝う。もしくはふざけてると思われたかとまで考えれば、片足が半歩後ろに下がってしまった。合わせるようにクロイがずいっと前のめりに顔を私に近付けてくる。じっと若葉色の目がしっかり私を睨んだ。
「言っておくけど、あの家は僕らの家だから。ジャンヌ達にならともかく信用できない人には貸さないよ。あの部屋も一週間だけだから。それ以上過ぎたら賃貸料貰うからね」
はい、仰る通りです。
僅かに背を反らしてしまいながら頭の中で整えてしまった言葉を飲み込む。淡々と落ち着いた口調で言うクロイだけどやっぱり怒っている。当然だ、いきなり騎士を寄越して家貸せなんて横暴極まりない。
本当に申し訳ないことしたなという自覚もある。一週間だけという言葉に何度も頷きながら、本当に賃貸料が発生したらそれぐらいは私がちゃんと払おうと思う。確かにあの部屋は特待生だから無料提供なだけで、本来であれば初等部以上の年代は有料だもの。
本当にごめんなさいともう一度言葉にして謝ろうとしたその時。
「クロイ!そんな怒ることないだろ!もう貸してあげたんだからそれで良いじゃんか!」
ぐいっとクロイの腕に両腕で巻き付くように掴んだディオスが助太刀してくれた。本当ならディオスもクロイに並んで苦情を言って良い方なのに。
ぐいぐいと後方に引っ張られ、前のめりになっていたクロイの背中が反って引いていく。むっと唇を尖らせた彼はちょっと不機嫌そうな表情になった後、顔を私から逸らした。
席の方に視線を向けると、昨日と同じように私の隣の椅子を引く。彼が腰を降ろし始めれば、するりとディオスも掴んでいた彼の腕を放した。弟が取り敢えず刃を引いてくれたことにほっとしたのか、ディオスも短く息を吐く。そしてくるりと私の方へと向き直った。
「ごめん、ジャンヌ。クロイも本当は怒ってない……というか怒ってはいるんだけど部屋貸したことは怒ってないから!あと、本当に家を貸せなかったのはごめんなさい。でもジャンヌの友達を信用していないとかじゃなくて、姉さんもクロイもちゃんと信頼できる人なら貸しても良いって言ってて……。だから、ジャンヌとかフィリップとかジャックとか騎士様とかアムレットとかにならまたいつでも言って。それともしクロイが駄目だったら、僕の寮部屋も貸せるから」
「ディオス何気に横入りしないで。もうジャンヌ達に貸したのは僕だから。ていうか隣同士で部屋も一緒だから変わらないし」
「だ、だってクロイが一週間だけってー……」
「え、ええ本当にありがとう⁈気持ちはありがたく受け取っておくわ!本当に本当に迷惑かけてごめんなさい。このお礼はいつかちゃんとお姉様も含めて三人に返すから」
なんだか私の所為で双子喧嘩勃発しそうだと、慌てて大きめの声で横槍を入れる。
失礼だとはおもったけれど、ここで喧嘩させてしまうことの方が申し訳ない。悪いのは全面的に私なのにディオスが責められるのも辛い。
とにかくここは穏便に、できれば責めるのは私だけでお願いしますという意味も込めて二人の間に割って入る。右と左と席についたクロイとディオスへ順々に目を合わせれば、二人とも少しだけ肩の力を抜いてくれた。
更には空気を読めるアムレットが抜群の間で「あの、クロイ。ここなんだけど……」と目の前にいるクロイにわからない部分を尋ねてくれる。
本当にこういうお気遣いができるところとか流石アムレットだし天使過ぎる。本当ならここまでご機嫌斜めのクロイ相手じゃ話しかけるのも躊躇ってしまう筈なのに。
クロイも天使のアムレットに尋ねられたからか、短く溜息を吐いた後には問いに答えてくれた。
「なに」と、短く尋ねる言い方も少なからず柔らかい。こうやって一歩引いてみると、ゲームで見たクロイの攻略ルートで見た勉強を教える場面にそっくりだと呑気なことを考える。そして今からそこにお邪魔虫の私と、双子のお兄ちゃんも参戦するわけなのだけれども。
クロイに怒られたからか、ちょっと落ち込んだように視線を落としてしまったディオスの手を今度は私から引く。彼の右手を両手で包んでから、少し手前に引けばすぐに顔を上げてくれた。
眉をまだ垂らした表情に、私も同じような顔で笑いかける。
「気を遣ってくれてありがとう。ディオスが謝ることはないわ。知らない人に貸すのが怖いのは当たり前だし、断られるのも当然だわ。私こそ無理言ってごめんなさい。〝三人から〟あの部屋を貸して貰えただけで充分助かったわ」
部屋の持ち主こそクロイだけど、ディオスとお姉様が反対したらそれも難しかった筈だ。
結局は三人が許可してくれたからこそ、ネイトの作業部屋を確保できたのだと思えば本当に感謝こそしかない。むしろ、あんな無茶を言ったのにそこで怒らないどころか家を貸せなくてごめんと言ってくれるディオスは本当に優しい。
私から感謝を込めてそう告げれば、ディオスの方も私が逆ギレしていないことにほっとしたのか次第に表情が緩んでいった。
ほわりと柔らかくなる目元が笑んで、中世的な顔立ちが余計に可愛いと思えてしまう。「うん」の一言を受けた途端、思わずそのまま白髪の頭を撫でる。その途端、ティアラにも似た無邪気な笑顔が返ってきて私まで顔が綻んだ。
うっすらと頬に赤みもかかって見えて、白い肌の血色がよく見える。最初に会った時よりも本当に彼もクロイも顔色が良くなったなと思う。
やっぱり同い年に頭を撫でられるなんて恥ずかしかったかなとは思ったけれど、それ以上に嬉しそうに笑んでくれると止めようとする手も止めれなくなってしまう。
はにかむように笑いながら、途中からはきゅっと指先で摘まむようにして反対の私の手を握ってくれた。私よりも温度の高いディオスの指に力が込められて、嬉しいの気持ちを無言で伝えてくれているようだった。甘えられるような感覚に、このままずっと頭を撫でていたくなってしま
「そこ。二人だけでイチャつかないで。なんで僕だけが教えてるわけ??」
……すみません。




