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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
私欲少女とさぼり魔

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280/1000

そしてかえす。


「テメェこそアムレットとフィリップのことはどォなんだよ。それこそ気にしてねぇわけねぇだろ」


その途端、明らかに力が入ったのがわかるようにステイルの両肩が僅かに上がった。

俺からそういう反撃は予想してなかったのか、正直に顔ごと真横に反らしやがった。結ばれたままの口がムキになっているとわかる。

運悪くプライド様にアムレットとフィリップさん、そして自分との関係を知られてから、一度もコイツは話題に出さなかった。今日もアムレットとプライド様との関係は黙って見てたけど、自分は距離を取ったままだ。

このまま押し通していくつもりでも俺は構わねぇし、協力もしたいと思う。ただ、アムレットや兄のフィリップさんに正体を気付かれねぇようにするだけじゃどうにもならない問題も今はある。


『どうして応援してくれないの?!』


まさか、エフロン兄妹の関係にステイルが関わってるとまでは思わなかった。

ンでそれはステイルも同じだろう。まさか十年も経っているのに自分の話題が出てくるなんて流石に想像もしなかった筈だ。王族の規則も細かいことまでは知らねぇけど、簡単に破れねぇことだけはわかる。

今はステイルじゃなくてアムレットの同級生の〝フィリップ〟としてなら兄妹とも関われるかもしれねぇけど、どっちにしろバレたら終わりだ。


けど、コイツがだからって全部が全部〝もう関係ない〟と突き放せるわけでもないことも知ってる。

最初から本格的に突き放したかったなら、プライド様にも頼んでアムレットと完全に関わらないで貰えば良かった話だ。アムレットとプライド様の関係も、それにフィリップさんと知り合いになってるって入学初日からわかっちまったパウエルとも。

それができなかったのも結局はステイル自身がアムレットもパウエルも傷つけたくなかった証拠だ。アムレットはダチの妹だし、パウエルなんて四年ぶりの再会であんなに自分に会いたがってくれていた。

捻くれたことを口では言っても、全部を切り離すようなヤツじゃない。


「……俺が気にしたところで、どうしようもないだろう」

「けど、どうも思わねぇわけでもねぇだろ」

小声で呟くように言ったステイルは眼鏡の黒縁を押さえつけながらまだ目を合わせない。

ステイルは、この二週間ちょっとでも特にパウエルのことはすげぇ素直に大事にしてるなと思う。

四年も自分のことを想っていてくれたヤツにだってああなのに、フィリップさんなんて十年以上自分のことを忘れず今も心配してくれている人だ。しかもステイルの秘密を守るだけじゃなく、口ですら悪く言いたがらない。

妹のアムレットを大事にしてンのに、ステイルに迷惑もかけたがらない。アムレットは恥ずかしがってたけど、俺からみればすげぇ良いお兄さんでダチとしても良い人だ。


俺からの投げかけに、ステイルは長い沈黙だけで返してきた。

どうにも結論まで行き着かないって顔だ。プライド様の極秘視察が最重要な今、正体を知られない為にも下手に動きたくなのはわかってる。けど、何とかしたいのに動けないのは結構しんどいもんがあるなと思う。特にコイツは頭が良いから余計にだ。

暫くするととうとう諦めがついたみてぇにステイルは肩を落として溜息を吐いた。ハァ……と力なく頭も落とした後は、また膝に両肘を乗せて手を合わせる。


「……俺の所為で、まさか未だにフィリップを苦しめることになっていたとは思わなかった。結果的にパウエルの面倒を見てくれたことだけでも直接礼を言いたいし、謝罪もしたい。パウエルがあれだけ見違えるように笑って生活できているのもきっとフィリップやアムレットの存在が大きいだろう。ああいうところは昔から尊敬もできる男だったし、だからこそアムレットもあんなに良い子に育ったのだろうと思う」

急に堰を切ったように言葉が連なり流れてきた。

言い方こそ本を読むみてぇに落ち着いてるけど、整えきった顔が完全に平静を作った顔になってる。けど、今は本音を言うのにそっちの方が落ち着くんだろうと今は黙って聞くことにする。


「そして正直少なからずフィリップと、そしてアムレットにも腹が立っている。俺のことなんかいくらでも悪く言えばいいのに何故そういうとこだけアムレットを優先しないんだ。別れも告げずに去った俺に掛ける迷惑など考えずに妹のことのみ素直に応援すれば良いだろう。全部俺の所為にしてくれればこんな面倒なことにならずに済んだ。それにアムレットもアムレットだ。彼女の言い分はわかるし正しいが、フィリップが長年うだうだと人を恨むような人間でないことも第一に妹である自分のことを優先していることだって賢い彼女なら誰よりわかっている筈だろう。もし俺が〝ステイル〟として発言権があの場にあったら確実にフィリップには「馬鹿か!!」と怒鳴って頭を二発は叩いているしアムレットに関しては「俺に迷惑などいくらでも掛けて良いから夢を優先しろ後押しはしないが邪魔など絶対にしない。俺のことが原因で夢を邪魔しようとする人間は全て叩き潰してやるから安心しろ」と言ってやりたい。ついでに欲を言えばフィリップを今まで誤解していた部分に関しては反省しろとは言わずとも心の底からしっかりと謝れと説教してやりたい。大体あの兄妹は全く関係ない筈の姉君を巻き込んでなにを喧嘩しているんだとそこから一時間は説教したい。その所為で結局要らぬ情報まで姉君に知られてしまったし、それであの人が余計に気負ったらどうするんだ。俺が姉君にそれ関係で気を負わせないようにする為に何年かけたと思っているんだむしろ俺のことなんかで喧嘩されたことが最大級の迷惑だ。何故アムレットは折角あんなに良い子に育ったのに一方的に話を止めないところだけはフィリップに似てしまったんだ喧嘩なら家でやれ家でッッ!!」


ダンッ!!‼︎と、最後は怒りにタガが外れたらしく思い切り床を踏み鳴らした。

やっぱ相当苛立ちも堪っていたらしい。話している内に段々と早口になって、落ち着かせていた目の奥も怒りに焦げていた。全部言い終わった途端、火が消えたみてぇに頭ごと床に垂れて俯く。肩が上下して息も結構上がっている。

椅子から立ち上がり、俺から手を伸ばして机の水差しとグラスを手に取った。そのまま注いでステイルの方まで近付けば、音を殺してただけで思ったより息がゼェハェ続いていた。

酒はねぇぞ、と断ってからグラスを顔の横に当ててやれば無言ですぐに受け取った。グビッと一度だけ喉を鳴らした後は一息で飲みきる姿にもう一杯飲むかと尋ねる。無言のまま手で断ってくるから机にまた置いた後、また椅子へ腰を下ろしなが俺からも口を動かした。


「取り敢えずお前の所為で全部が全部苦しめてるってわけでもねぇだろ。フィリップさんはまだお前のことダチだって思ってるし、アムレットなんかお前のこと尊敬までしてンだからよ」

少なくても恨んじゃいない。

それだけは間違いねぇし、ステイルも絶対それはわかってる。……まぁ、まさかダチの妹が自分を尊敬してるなんてのは気恥ずかしい部分もあるだろうけど。

俺もあれは結構驚いた。でも、庶民の出で国の為に働いて能力が認められているステイルを尊敬する気持ちも、そうなりたいって思う気持ちもわかる。何より妹にそれだけ尊敬されるような人間にステイルがなってくれたこと自体はフィリップさんも嬉しかったんじゃねぇかと思う。相棒の俺が自慢なんだから、多分外れてはいない。


「…………だが、その所為であの兄妹が苦しんでいるのは嫌だ。俺のことなど記憶から消去して欲しい」

喉が通ったにも関わらず、さっきより声は弱い。

やっぱまたそういうことをずっと思い詰めてたのかと、背もたれの上に腕と顎を乗せて考える。結局突き詰めればそこなんだなと思えば、やっぱりステイルらしいことだった。

俺のこと〝など〟ってとこに一発入れたい気分にもなったけど、今は拳を握って抑える。今は一番自分を殴りてぇのはコイツだ。


「……いっそ──」

落ち込むステイルに軽く、言ってみる。

実際それが良いのか悪いのか俺にはわかンねぇし、その確認も含めて「駄目なのか?」で締め括る。

ステイルが決めることだとわかっちゃいるけど、無責任に思いつきで言える立場の俺だからこそと思って言ってみればピクリとステイルの肩が揺れた。もしかしたら既に一度か二度は考えたことがあるのかもしれない。大概俺が思いつくようなことならステイルが思いついていて当然だ。


「…………駄目だ。俺もそれは考えた。だが、それは一歩間違えれば姉君にも……」

「別に思っただけだからマジで駄目なら止めとけ」

「……………………」

「どっちにしろまだ視察も終わってねぇし、プライド様のこと全部終わってから考えりゃァ良いだろ。その間に良い方法思い付くかもしンねぇし」

「……そうだな」

顔を上げたステイルは深く息を吸い上げながらやっと俺に目を合わせた。

萎れた声に反して、まだ文句があるみてぇに顰めた顔を向けてきた。どうした、と軽く言って見たら少しずれた眼鏡の黒縁を指先で直しながら声を低めてくる。


「……お前には一生勝てないとまた思っただけだ」

ンだそれ、と返したけど返事がこなかった。

代わりに長い溜息を吐いたステイルは、椅子から立ち上がると服の皺を手で軽く整え始めた。どうやらそろそろ帰るらしい。


「お前はちゃんと胸に決めていたのに結局俺の方がうだうだと溜めてばかりだ」

「だァから溜める前に言いに来いっつってンだろォが」

むしろ今日は最初からそっちかと思ったのに違った。

そこまで考えてからふと、元はといえばどうして今日俺の部屋に来たのかを考える。

整え終わり、じゃあなと去ろうとするところを「ステイル」と一度呼び止める。止められるとは思わなかったのか、僅かに目が開いたまま正面に顔を向けてきた。俺は俺で椅子に座って背もたれに顎を預けたまま、見送る姿勢もなく立ち上がった相棒を軽く見上げる。


「ありがとな。ネイトについてはプライド様とお前を信用してっから」


そう言って笑い掛けた途端、ステイルの目が大きく見開かれた。

いきなり礼を言ったのが変な間になったからか、見開かれた目が戻ったと思えば、ふはっと今度はステイルの方がおかしそうに笑った。

「なんでお前が礼を言うんだ」と言いながら眼鏡の黒縁を押さえつけてプルプルと肩を震わせる姿に、大分ツボにきてると理解する。一瞬堪えようと全身を震わせたけど、直後には本当に声に出して笑いやがった。ンな笑うことかよ。

腹を抱えて笑うステイルがひとしきり落ち着いた後、今度こそ「じゃあな」と掛けられた言葉に返す。そのまま消える瞬間まで見送った。



『お前はちゃんと胸に決めていたのに結局俺の方がうだうだと溜めてばかりだ』



「……そォいうとこが良い奴だってのは自覚ねぇンだろうな、アイツ」

自分の方がしんどいのにそうやって気に掛けてくれたところは、やっぱプライド様に似てる。


あの三姉弟はいっつもそうだと思いながら俺は一人着替えを始めた。


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