そして自己紹介する。
「アムレット・エフロンです」
そのひと言だけでも透明感があるとわかる声がすっと耳に届いた。
胡桃色の綺麗な茶髪。短くて少しはねた髪先が、顔の小ささを強調していた。真っ直ぐと教室の向こうまで見据えた眼差しは、オレンジと赤が綺麗に混ざり切った朱色の瞳だ。白い肌にはティアラと同じ艶もある。気の強そうな表情と話し方は少しセフェクにも似ているなと思う。
やっぱり見覚えがある。彼女の真剣な表情に記憶がチラリとひっかかれたけれど、今はそれよりも本人からの情報に全神経を集中させる。
真っ直ぐな姿勢で彼女は人の視線に怖気ることなく言葉を続ける。
「いつか王都の城で働く為に入学を望みました。興味がある授業は座学全般です。ひと言は、……」
我が城に!
まさかアムレットが城で働きたいと思ってくれているなんて。他の子はみんな今のところ「いい仕事に就きたい」とか「文字が読めるようになりたい」とか「家業の役に立ちたい」とかだったのに!しかも座学全般ってすごい真面目……あれ。
なんか、今すごい思い出しそう。でも今は最後の一言も聞かないと!
一つひとつ頭で整理して話した様子の彼女は、最後の一言だけ今から考える様子だ。伸ばした人指し指を首筋に添え、少し考えたように俯いてから再び顔を上げる。
「……勉強だけでなく学校生活もちゃんと、……楽しめたら良いなと、思います。宜しくお願いします」
ぽそっ、とさっきの堂々とした様子が嘘のように弱い声でつぶやくアムレットは、照れたように薄く頬を染めた。途中からまた視線を落とす彼女は、そのまま指の先で首筋を掻く。
可愛い‼‼‼
ゲームでは第二作目に大した感想はなかった気がするし、寧ろ物足りない気もしたけれど、やっぱりすごくすごくアムレットは可愛い‼
パチパチと拍手された後も顔を上げられず、再び背中を向けて席に着くアムレットはまだ恥ずかしがっているように首まで丸くなっていた。ティアラとは別のタイプで愛らしい。流石はキミヒカヒロイン!やっぱり天使に違いない。
発言から考えて優等生タイプだなぁと思いながら私も手を叩く。アーサーも「いい子ですね……」と拍手しながらしみじみと呟いていた。
ステイルのことがあるから少し気になっているのかもしれない。アーサーと反対隣に座るステイルに顔を向ければ、雑踏に全力で混ざるように表情を殺して俯いていた。眼鏡の黒淵を指で押さえているし、やっぱり色々考えているのかなぁと思う。
そのまま他の生徒の自己紹介も聞きながら、私は今度こそ本腰をいれて思い出す。やっぱり彼女は間違いなく第二作目の主人公だ。
一作目のお淑やかなお姫様のティアラとは対照的に庶民で活発系だけど勉強にも熱心な女の子。……実際は今のティアラも大分活発だけど。
私は二作目をやってから一作目をやったから、反対にティアラのゆるふわ天使が際立ったけれど、きっとメインキャラが総入れ替えになるにあたって主人公の印象も反対のキャラにしたのだろう。
ティアラが誰にでも愛される系の特別な女の子だとしたら、アムレットはプレイヤーに親近感を持たれやすい普通の真面目な女の子。男勝りというほどじゃないけれど、自分の意見をはっきりと言う子だ。それでも乙女ゲームの主人公だし、どう見ても可愛いけれど。
そういえばゲームでも途中入学したアムレットが初日に皆の前で自己紹介する場面があったなぁと思い出す。確かにその時もー……
『ずっと学校生活に憧れていました。興味がある授業は全部です。宜しくお願いします!』
……あれ?
なんかちょっと違うような。
いやでもこれぐらいの誤差は普通だし、別に気にすることはないだろう。そもそもどうしてアムレットは学校に途中入学だったのか。
確か頭は良い方だった筈だし、彼女ならジルベール宰相の基準も達せるだろう。何か、わりとゲームスタートの語り設定の時からオープンだった彼女の事情があったはずなのだけれど……思い出せない。
やっぱり第二作目は記憶に薄い。第一作目はまだティアラとプライドの展開を覚えていられたのに。もう少し判断材料あればと思ってしまう。
取りあえずアムレットがその真面目さと活発さで攻略対象者に自分から関わったり、学校の為に立ち上がり奔走するような流れは思い出した。「そんなこと絶対にさせない!」と叫んで攻略対象者の手を引いたり、「思い通りにはさせないわ!」とラスボスに強く立ち向かうシーンとか格好良くてスカッとした気がする。……あとは、攻略対象者だけ見つかれば。
彼らを見つける為の貴重な情報源の一つはクラスの噂なのだけれど。ゲームでもお決まりの「○○のクラスにこんな人が!」「ねぇ知ってる?あいつって……」みたいな情報源!乙女ゲームだし高確率で女子の注目を浴びる系のポジションに立っている人もいると思うのだけれど。……もう、学校初日でそのポジションはセドリックが掻っ攫ってしまった。
女子にとって同い年の男子よりも王子様で年上な人の方が憧れを抱きやすい。第一作目の攻略対象者であるステイルとアーサーまで成長前の姿ではセドリックに注目で負けているのがいい例だ。そして間違いなく第二作目には攻略対象者に王族はいない。だって基本的にこの学校はフリージア王国民の為の学校だもの。どうして王女のティアラはゲームで学校に忍び込んだのだろう。
そうこう考えていると、とうとう後列にいる私達の番になった。順番になり、重々しく椅子から腰を上げたアーサーが口を開く。
「ジャック・バーナーズ、です。……ゆ、友人の薦めで、ここに。騎士の選択授業が……楽しみです。……身体だけは鍛えてます……」
よろしくお願いします……と最後は消え入りそうな声で言うアーサーは目が泳いだまま殆ど俯いていた。
本当に子ども相手に嘘をつくのが心苦しいんだなぁと思う。腰を下ろした後、両肘を机についたまま慣れない眼鏡ごと片手で目を覆うアーサーは「こんなんで良いでしょうか……」とため息交じりに呟いた。うん、充分ちゃんとできていると思う。
むしろもう大人のアーサーに子どもに混ざって自己紹介とか、ここまで嘘をつかせて申し訳ない。後半からは必死に嘘にならない言葉を選ぶあたり真っ直ぐなアーサーらしいなぁと思う。そして次に私の番になって立ち上がる。色々考えていた所為で一瞬だけ頭が真っ白になったけど、深呼吸をすればすぐに思い出せた。
「ジャンヌ・バーナーズです。勉強が好きなのでもっと学びたくて入学しました。興味があるのは……ざ、座学全般です。ジャックとフィリップの従妹です。宜しくお願いします」
危ない‼興味ある授業考えるの忘れてた!
むしろ全力で逃げたい授業しか頭に過らず、結果としてアムレットの言葉を真似してしまった。他にも座学全般や授業全てと答える子は居たし、目立たないとは思うけれど!
焦った所為でついクセのままにワンピースのスカート部分を小さく上げて正面に立つロバート先生に向けて笑掛ける。最前列のアムレットも自己紹介をする私の方を振り返ってくれていて、無意識にそのままアムレットにも目が行き、笑いかけた。
自意識過剰だろうけれど、何か凄い熱い視線がいくつも刺さっている気がして、まさかもう王女とバレたか感づかれたのではないかと肩が強張る。拍手をもらってすぐに席に腰を下ろせば、私への拍手が止む前にステイルは腰を上げて拍手に紛れ指すようにすぐ口を開いた。
「フィリップ・バーナーズです。いい仕事に就く為に入学を決めました。興味ある授業は全てです。とても緊張していますが宜しくお願いします」
ギリギリ先生に届くくらいの音量で、自分の名前は早口で言ったステイルは、言い終えたらすぐに拍手をされる前に腰を下ろした。後から追うように拍手が鳴らされたけれど、ステイルは憮然とした表情でまた顔をわずかに俯ける。
話している時は全く緊張しているようには見えなかったけれど、ロバート先生にもう一回を指示されずに次の生徒が挨拶に立ち上がった時は、ほっと大きく息を吐いていた。
前世でも自己紹介苦手な子とか愛想良くしたくない系の子がやっていた技を、まさかステイルで見るとは思わなかった。やっぱりアムレットに気付かれたくないのかなと思う。
今のだとたぶん名前は半分拍手に消されただろうし、〝城で働く為〟と敬語の理由にしていたそれもほんのりアムレットと被らないようにか変えていた。そんなに気づかれたくない相手なのだろうか。
本当は私は個人的にアムレットと関わりたいのだけれど、もしかしてステイルは困るのかなと思うと考えてしまう。そんなに頑張らなくても会ったことがあるのは十一年も前だし、眼鏡をかけているし気づかないと思うのだけれど。
それともまさか昔の知り合いではなく、パウエルと同じで殲滅戦で出会った捕まった我が民とか。いや、でもそれならパウエルみたいにすぐ気づくだろうし……、……ん?十一年??
今、物凄く根本的な大事なことに気が付いたような。
頭がパウエル、アムレット、そしてステイルとぐるぐる回る中、最後にロバート先生の自己紹介が終わったところで三限目終了の鐘が鳴った。
学校初日、第二作目の子達について進展があったようでなかったまま私達は教師の合図で帰り支度を進めた。
この後、更にひと騒動あることを予想もせずに。




