Ⅱ195.騎士は対面し、
「お疲れ様でした。失礼します」
演習後、いつものように挨拶をしてから部屋に戻る。
今日は学校でネイトの発明とかプライド様の予知の話とかもあって結構張り詰めていた所為か、いつもより少しだけ疲れた気がする。
午後過ぎにはジルベール宰相自ら騎士団長の父上のところに訪れたし、カラム隊長の講師時間について報告に来たんだろう。一度騎士団長室へ戻った父上がジルベール宰相と一緒に出てきた時は、いつも通り眉間に皺は刻まれてたけどそこまで怒ってもいなさそうだったし大丈夫だと思うけど。
真っ暗な部屋の中で先に後ろ手に扉を閉じたら気が抜けて欠伸が零れた。ふわっ、と音に出ながら噛み締めた俺はそれからゆっくり口を開く。
「ステイル。……灯りぐらい点けろよ」
「生憎俺も今来たところだ。ついでだからお前が点けてくれ」
ガタ、といつもの椅子を軽く傾ける音を立てながら言うステイルに気配だけで目を向ける。
第一王子がいるのに扉を安易に開けるわけにもいかず、仕方なく暗い中で荷物だけ降ろして手近な明かりを灯した。ポワリと光り、もう一度目を向ければやっぱりいつもの上等な椅子の上で寛いでいやがった。家主よか先に寛ぐなつってンのに、足も腕も組んでふんぞり返る姿は完全に俺よりも座り慣れた様子だ。……っつーか、俺は落ち着かな過ぎて未だにそれに殆ど座っていない。
以前にステイルがくれた椅子だけど、安物に慣れている俺には上等な物は傷一つ付けちまうんじゃと考えちまう。ステイルに「お前に贈った物なんだから好きにしろ」と何度言われても元々ステイルが座る時に使えば良いと思ったもんだから余計に。
今こうして部屋の明かりをもう一つ点け終えた後にも、結局俺はいつも通り支給品の椅子に腰を下ろしている。
「そういや結局、あの後ヴァルは城に来たのか?」
「いや来なかった。昨日は姿を変える為も含めて朝と放課後で二度も城に訪れさせたからな、まぁ明日か明後日には情報を纏めて持ってくるだろう」
取り敢えず適当な話題から投げれば、すぐに返ってきた。
プライド様とジルベール宰相の打ち合わせ後ぐらいには来るヴァルが今日は来なかった。アイツもアイツでセフェクとケメトと一緒に配達もしてるし、毎回城に来るわけでもない。学校がある間は丸一日は国を離れられないから細切れに配達を済ませているらしい。
そういやぁここ最近は色々あってわりと頻繁に顔付き合わせることが増えてたなと思う。……今日来たら来たで、プライド様達にすっっげー怒られたんだろうけど。
まさか生徒を捕まえるにしても単にふん縛らねぇで落とし穴に放置するとは思わなかった。昔っから本気でそういうところは変わらねぇ。
首の後ろを掻きながら気がつけば溜息が出る。プライド様とかセフェクとケメトの為に動いてくれてんのは正直助かるけど、一般人相手にありゃあねぇだろ。
「あの男がああまでやったのは、……ある程度俺もジルベールも予想はできている。安心しろ、どちらにせよお前が気を負うことはない」
俺に釣られるように長く息を吐ききるステイルは、ゆったりとそのまま背もたれに身体を預けた。
予想ってことはと考えると、そういやぁその話を聞いた時にステイルとジルベール宰相はわりと落ち着いてたなと思う。プライド様は頭抱えてたし、もっと腹立てても良いはずだったってのに。
もしかして未だ何か隠してることがあるのかとは思うけど、まぁ俺が知って良いことかもわかんねぇよなと思い直す。プライド様やティアラも知らねぇとしたら余計にだ。
一生隠すつもりもねぇだろうし、そっちの方はコイツが言ってくれる時になるまでは待とう。それよりも今コイツに吐かせるべきことは
「それよりも、だ」
先にステイルが言葉を切った。
ちょうど頭に過ぎった言葉と重なって、自分の目が少し丸くなっていくのを感じながら正面を向く。いつの間にか組んでいた手足を解いて自分の膝に両肘を付いたステイルは、合わせた手の指先を口元に添えながら前のめりに俺を覗き上げた。
なんか色々見通してるなと思って反射的に顎を僅かに反らせば、僅かに黒縁眼鏡の奥が光って見える。俺は何も悪いことはしてねぇぞと思いながらこっちからも睨み返した。
「……お前は、ネイトの方が気になるんじゃないのか。姉君の予知を聞いてから」
抑えた声で慎重に言われた言葉に思わず口の中を飲み込んだ。
それか、と思えば知らねぇうちにコイツにも心配かけちまったんだなと理解する。首の後ろから頭を掻いて「まァな」と言葉を濁せばすぐ「だろうと思った」と言葉が返ってきた。
ネイト。プライド様がファーナム姉弟の次に予知をした生徒で、ジルベール宰相の予想だと元々の予知にも関係してる可能性もあるらしい。
口悪いし、プライド様やカラム隊長にも失礼なこと言うしでムカつくヤツだけどあの能力は本物だと思う。発明の特殊能力は詳しいことはわかんねぇけど、騎士団に所属してる発明の特殊能力者とも違った才能とか技術があるんだなってことだけはわかる。
先行部隊の二輪車は未だしも、騎士団に配給されるような特殊能力物の特注品は殆ど外部への発注だ。どれも貴重だし、定期的な特別演習の時以外は本番でしか使わない。自分の発明使う騎士もいるけど、それでも発注した武器やネイトの発明みたいなヤバいやつは滅多に見ない。
今日見せて貰った発明を見てもアイツがすげぇ特殊能力者なのはわかる。けどまだ十三で、背も小せぇし性格もガキなのに、……そういうヤツがああいうことになっているかもと知ればどうにも落ち着かない。
考えれば考えるほど腹に泥でも溜まったみてぇに気分も悪くなる。プライド様が予知したアイツの状況はそれだけ俺には色々と引っかかった。しかもステイルの予想じゃ輪をかけて反吐が出る。
「お前のことだ。本当は今すぐにでも動きたいと思っているだろう。……そういう人間だ」
確信を込めた低い声に口を結ぶ。
やっぱ付き合いが長いと色々バレてる。確かにステイルの言った通りだ。我慢できねぇ性分、と思われると嫌だけど実際エリック副隊長ん家のだって本当は初っ端から今もずっと考えてるし決めている。
誤魔化すようにまた頭を掻けばバラりと結っていた髪から数本解れた。あとで結い直そうと思いながら一度ステイルから目を伏せた。
「だが本人が望んでいる以上は仕方が無い。姉君も本来は一つ目の案を通したかったのだろうが、それでもネイトの希望に添った結果だ。残念だが俺達はまだネイトの協力は得られても信頼は得ていない」
「わァってる。別に勝手に動くつもりもねぇし、プライド様達が決めたことに異議唱えるつもりもねぇ。先輩達だって皆同じだ」
そうだ。ネイトの事情はもうハリソンさん以外近衛騎士の全員があの場で憶測も含めて聞いている。
それでも全員がプライド様からの指示に従ってる。ネイトを助けたいと自分から言い出したプライド様がネイトの意見を尊重するなら俺達もする。ンで、動いて良いと言われた時には速効で動く。流石に感情だけで動くほどもうガキでもない。ただ、……
「ただ、……十三でそォいうのはやっぱ辛ぇだろ。俺だって同じ立場なら死んでも言えねぇし、正直誰も巻き込みたくねぇ。ネイトが一つ目選ばなかったのだって、単に俺らを信じられねぇだけじゃねぇだろ」
「十三以下でもあり得ることだ。ネイトの場合は特殊能力に恵まれた結果もあるだろうが。それこそお前が気に病むことじゃない。……まぁ、どうせ無理な話だろうがな」
「?なんでだよ」
「お前が善人だからだ」
テメェも一緒だろ、と勝手に断言された言葉に投げ返す。
さっきまで真剣に向けていたツラが、突然悪く笑んだ。馬鹿にされてるような気分にもなるけど、多分コイツなりに褒めてくれているつもりなんだろうと思う。むしろ今の状況だと慰められているに近い。
俺の言葉に「俺はお前ほどじゃない」と自慢にならねぇことを自慢げに言うステイルは、そこでやっと前のめりになっていた身体を起こした。俺も合わせるように一度椅子を逆向きにして座り直す。「いいやテメェもだ」と言い返しながらドッカリ座って椅子の背もたれに腕を掛ける。
「テメェは俺より冷静なだけだろォが。本当はそれなりに腹も立ってンだろ」
「さぁな。否定はしないが俺はそれよりも」
「ぶわっか。騙されねぇぞ」
「………………」
初めてここでステイルが押し黙る。
プライド様の予知を聞いた時にティアラは正直に表情に出てたけど、ステイルは結構取り繕ってたなと思う。冷静に見せてたけど、多分それなりにキレてたのも知ってる。
いっそジルベール宰相の方が黙って聞いてたわりに目が怖かった。あの人の場合は役職のこともあるンだろうけど。
むっと口を閉じたまま俺を睨むステイルに肩の力が抜ける。背もたれの上に顎も乗せながら、自分のことより俺のことを心配してくれてたんだなと思う。……まぁ俺が一番煮詰めそうだと思われただけかもしれねぇけど。
それでも別に信頼されてないわけじゃないと思えるのは相手がコイツだからだろう。
もう少し黙ってたら次は文句を言ってきそうなステイルに、そこでふとさっき考えたことを思い出す。「それよか」と話を切って、俺からも本題を当てつけた。
「テメェこそアムレットとフィリップのことはどォなんだよ。それこそ気にしてねぇわけねぇだろ」
その途端、明らかに力が入ったのがわかるようにステイルの両肩が僅かに上がった。




