表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
私欲少女とさぼり魔

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

278/1000

そして息を吐く。


「プライド様からの感謝だけで充分喜ばれると思いますよ」


ファーナム兄弟も恐らくはそれ以上の期待はしていないだろう。

既にプライド様とステイル様の手によって安定した暮らしと家を与えられたにも関わらず、それ以上を強請るような人間にも思えない。

私の言葉にティアラ様や背後の近衛騎士も頷く中、プライド様だけがまだ申し訳なさそうな表情のまま両手でしっかりと寮の鍵を握っておられた。


時間も頃合いとなり、ステイル様に準じる形で私も席を立つ。

プライド様との打ち合わせで時間を割いて頂いている私だが、そろそろ本来在るべき場所へ戻らないとならない。ティアラ様はまだ休息時間でおられるが、ステイル様は摂政補佐もある。ティアラ様が王配の業務を担うことが決まってから以前にも増して摂政業務に集中できて居られるステイル様は、ヴェスト摂政からの評価も高い。

騎士団演習場に戻られるアーサー殿とエリック副隊長も続き、私達は挨拶の後にプライド様の部屋を後にした。

明日のプライド様の方針も決まった今、私も宰相として与えられた課題を片付けなければならない。


『ジルベール宰相にはそちらの調査と合わせてできる限りの防止に努めて頂きたいのです』


あの御方が、折角任せて下さった大任でもある。

近頃では特にプライド様は周囲にも協力を仰いで下さるようになった。ここであの御方の期待を裏切るわけにはいかない。しかも今回任されたのは長年心待ちにしていた新機関だ。

そこに綻びを生じさせる者は何者であろうとも排除する必要がある。……そう。たとえ何者であろうとも。


「戻ったのかジルベール。ティアラはまだプライドの部屋か?」

ノックを通し、王配の執務室に入ればそこにはいつものようにアルバートが机に向かっていた。

書類に目を通し続ける彼は、恐らく私が席を外している間も休まずに公務を続けていたのだろうと眉間の皺の数から推察する。ええ、と言葉を返しながら扉が閉まる前に振り返った私は、部屋の前で控えている侍女に茶の用意を命じた。

扉が閉まり、音も仕切られた後に未だひと目もくれない彼に私からいつもの調子で笑みを返す。


「プライド様は、まだ予知に関しては具体的なものは掴めておられない。しかし、未だ生徒や教師には気付かれず滞りなく過ごして居られる」

「なら良かった。予知に早くあの子が具体的な確信や手掛かりを持てれば良いのだが。特にプライドもティアラも歴代の予知能力者とは違うからローザにもどうしようもない」

プライド様の話題に自然と彼が机から顔を上げる。

ふぅ、と一息ついて頬杖を突く姿にやはりずっと集中していたのだなと思う。最近はティアラ様が彼に付くようになった為、気を抜けない時間も長い。本来であればプライド様の婚約者に手解きする筈だった彼が、実の娘が相手になれば少なからず気も張り続けるだろう。ティアラ様が休息時間で部屋から去った直後こそが最も彼が集中力を発揮する時だった。


「あと、ジルベール。件のお前から聞いたアンカーソン卿についてだが、調査が終わり次第上層部で協議会を行うことに決めた。早ければ今週末にでも行えるよう資料を揃えて置いてくれ」

「それは良かった。私もレオン第一王子の為にも早々に片付けたかったからね」

流石はアルバート。相も変わらず早く的確だ。

私から伝えた情報は本当に極一部のものだったが、それでも充分に協議する場を作るまで決断してくれた。ならば上層部招集の為に従者達へ伝達の指示をしなければと私もまた少し忙しくなる。

侍女がノックを鳴らす迄にと一度自分の机に戻った私は、上層部への指令内容を用意する。一枚書けば残りは従者達に複製と配布を任せれば良い。

引き出しを開け、必要な物を一つ一つ選別したところでついでに以前ベイルから受け取った資料を机に出す。こちらはアルバートに見せていないものだが、ステイル様は既に一度目を通されている。

一束目は最初に私が依頼した際、わかるだけの情報のみを提示した資料。こちらの束はヴァル達頼りの部分も多かったが、その後に追加で届けられた方の束は見事に私が欲しい情報を多方面から収集してくれていた。


〝アンカーソン卿〟の動向から城下での噂と評判。そしてプラデストに対する裏稼業の調査。


根も葉もない噂も混じってはいるが、やはり社交界では通らない情報も含まれていた。

当時、城でもそれなりに身辺調査は行った筈だが、こういう焦臭いものは社交界でも滅多に口にされない。特にそれがアンカーソン家であれば尚更だ。中途半端な噂を口ずさめばどうなるかは、貴族社会では本人達が誰よりもよくわかっている。

身辺調査だけでみればこの程度の綻びや噂は他の貴族でも叩けば出ておかしくない情報でもある。別にアンカーソンだけが染まっているというわけでもない。

それにベイルに依頼したこの情報は二件それぞれ別の目的で調べさせたが、どうにも引っかかる。全く関係ないことにも思えるが、何かこの二件を繋いでいる存在がいる気がしてならない。特に



アンカーソン家の妻死亡と〝側室〟の影。そして何らかの〝御披露目〟予定という噂の根源に裏稼業の動向が繋がっていることが果たして偶然なのか。



側室制度こそ我が国にはないが、富裕層では公言しないだけでそういう役割の女性を囲っている者はいる。

側室が公的には認められていない為、逆に〝どこからどこまでの関係が側室に値するか〟も明確ではない。ただ目をかけている女性が全て側室と呼ばれるのか、専用の侍女がそれに値するのか、妻がいながら一夜でも過ごせばその相手は側室と呼ばれるのか。〝側室〟という名の役職自体が認められていない我が国では、その隔たりは難しい。……妻以外を愛するという時点で私にはどうにも理解したくない考えだが。

しかし側室と一言で言っても、それがどれほどの関係かの探りまでは流石のベイルでも情報は数日では辿りきれなかったらしい。いくらか情報は載っているが、大概こういう噂はおもしろおかしく興味の傾く方向にねじ曲げられている場合が大きい。

側室の情報に関しても貴族か使用人か行きずりの女か、店の女かすら不明瞭だ。復讐をしたという噂もあれば、自ら命を絶った、殺された、病死した、城下から追いやられた、田舎で隠居していると。やはりどれも散らかり過ぎている。


「……叩いて埃が出るのは決して彼だけではないだろうが」

気がつけば、小さく口から零れた。

わかっている。この程度ならば、アンカーソン家だけではなくある程度の力を持った貴族ならば根も葉もなく噂されることだ。

しかしベイルの情報と照らし合わせるとやはり、ただの噂とは思えない。〝御披露目〟予定というのも比較穏やかな噂の分逆に気になる。更には今現在プラデストで起こっていることと重ねれば、面倒なことに既になっている可能性もある。

これは早々に片付けなければと、そう思ったところでノックの音が舞い込んだ。

紅茶の用意ができた侍女を部屋に通し、淹れるのを眺めながら私はそっと再びベイルの資料を引き出しへ戻した。


「では一息つきましょうか、殿下。紅茶が冷めないうちに」

一式だけ残し、去っていく侍女へ礼を返しながらアルバートを促す。

扉が閉まってから小さく溜息を吐いた彼にカップを受け皿ごと差し出せば、睨んでいるとも思える鋭い眼差しを私に向けた。ありがとう、と穏やかな声で返されたところで私からも笑みを返す。


「ティアラが戻ったら、ローザの元へ報告と確認に行く。先に従者にローザへ報告だけさせておいてくれ」

「ああ、勿論だとも。先ずは君がカップの中身を半分減らしたらね」

課された仕事に頭の中で優先順位をつけながら、机の前に座した彼の隣に立つ。

まだ湯気を放つ紅茶を嗜みながら、今は彼に肩の力も抜かせるようにだけ言葉を掛けた。


……ステイル様も、恐らく気付かれるのは時間の問題だろう。

今こそネイトという青年のことに思考が向いているが、それさえ解決すればすぐに一度目を通した資料の繋がりと違和感にも気付かれる筈。それまでにあわよくばできる限りの手は打っておきたいものだ。

プラデストはプライド様が創設された新機関。だからこそアルバートも早々に手を打ってくれた。


「……?珍しい香りだな」

「君は甘い香りも嫌いではないから。先日アネモネ王国から取り寄せた紅茶だ。リラックス効果もあって女性にも評判らしい」

「……ローザにも今度出してみるか」

「私は今夜、マリアに淹れるつもりだ」


学校制度を邪魔する者は早々に排除しなければ。



Ⅱ174

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ