Ⅱ194.宰相は策謀し、
「ということで、こちらが預かった鍵です」
「あと、クロイからジャンヌに「明日、必ず、直接、僕らに、ちゃんと」……お礼を言いに来るようにとのことでした。一応〝同級生のジャンヌ〟への伝言ですが」
ステイル様の特殊能力により帰還されたアラン隊長とエリック副隊長の話に、部屋中が何とも言えぬ空気に満ちた。
戻られた時から曖昧な笑みを浮かべておられたお二人の話では、家を貸すこと自体は拒絶したクロイが特待生としての特典である寮の一室を提供してくれたという。家を拒まれたと聞いた時は、少なからず落胆もしたがまさかこう来るとは。
ディオスとクロイ。そして姉のヘレネ。私も二度ほど姿を偽って関わったことがある三人だが、なかなか面白い結果になったと思う。拒まれるか否かしか想定していなかったが、確かに彼らには空き部屋が三つも学内にあった。しかもプライド様が予知されたネイトの事情から鑑みれば寧ろファーナム家よりも寮の方が都合も良い。初等部までの年代であれば全員に無償提供している寮だが、それ以外はまだ空き部屋が残っている。
現全校生徒が寮に暮らしても問題ない規模を確保している為、寮部屋不使用の特待生へ保留にしたままでも現時点では問題ない。貸借についても金銭のやり取りさえなければ規定での縛りはない。
「わかり、ました……。アラン隊長もエリック副隊長も御苦労様でした」
戻られた時の近衛騎士と同じような表情をして鍵を受け取られたプライド様の言葉に、お二人も「いえ」と頭を下げた。
隣でティアラ様も「良かったですね!」と声を弾ませる中、ステイル様が「寮なら学内ですしネイトにも都合が良いでしょう」と満足げに笑まれた。
想定とは違ったとはいえ、結果として部屋を借りることは叶った。家庭教師をした時から、ディオスよりも大人びて若干捻た印象もあったクロイだが、そこで彼を頷かせられたのは流石プライド様といったところだろうか。まだ知り合ってひと月も経たないにも関わらず、ディオスやヘレネ嬢だけでなく、クロイからも信頼を得てしまった。
それでも申し訳なさが勝っているのか、未だ笑みから苦さが抜けきれていない様子のプライド様へ私からも動く。気持ちを切り替えて頂くべくパチン、と軽く両手で話を区切る。
「それでは、ネイトは寮で作業をして頂きましょう。寮の場所も知らないでしょうから、案内が必要になります。男子寮は女子禁制なので、カラム隊長に案内と、そして以後の見回りをお願いできますでしょうか」
男子寮は女子寮と設立方向こそ一緒だが建物ははっきりと別れている。男女間の問題を防ぐ為、建物ごと別の物にした。
教師の監視下や、寮母、管理人に報告と許可の上で特別に異性を入れるとこも許されるが、それも基本的には寮内見学や引っ越し作業、荷物の出し入れ程度の為だ。身内であろうとも客人として招かれることはできない。
当然、女性であるプライド様だけでは寮に入ることは許されない。そしてプライド様の補佐であるステイル様も、そして護衛のアーサー殿もプライド様から離れての行動は難しいだろう。既に男女別の選択授業で一時離れるだけでも落ち着かないらしいお二人だ。しかもステイル様は立場としてはプライド様の補佐とはいえ、王子でもある。アーサー殿をプライド様に付け、ステイル様がネイトを見張るのも無理がある。王族に長時間護衛を付けないままでいるのは些か問題になる。……まぁ、実際はステイル様であれば一人で行動されようとも技術、判断力、特殊能力ともに大概の危機は回避できるのだろうが。元の年齢であれば、裏家業の人間どころか本隊騎士相手であろうとも勝てる実力を持つ御方だ。
私からの提案にカラム隊長も一言で承諾して下さる。ステイル様も「俺もそれには賛成だ」と腕を組みながら私を見据えられた。
「ネイトが部屋でわざわざ悪さをするとは思いませんが。……やはり心配はあります。定期的にカラム隊長が〝教師〟としてネイトの様子を見て下さればこれ以上に安心なことはありません。教師であるカラム隊長の監視下でしたら僕とアーサーだけでなく姉君もネイトに直接会いに行けますから」
そう言いながら途中で途中で眉を寄せ、目を逸らされたステイル様に思わず笑みが零れてしまう。
私の考えを補足する形になっていることに恐らくご自身も気付いておられるのだろう。プライド様やアーサー殿も納得するように頷く中、カラム隊長が控えめに顔の横で挙手をされた。私から「どうぞ」と促せば、ステイル様やプライド様からも視線が背後に投げられる。
「私からも異議はありません。ただ、ご存じの通りこちらは現時点でエリックとの兼ね合いで二限と三限でしか教師として校内には居りません。なので、一限と四限にもネイトを監視する為には恐れながら対策を頂きたいのですが」
「勿論ですとも。ネイトの見立てでは発明の完成までたった一週間でしたね。その程度ならば〝学校都合〟ということで騎士団長にも口裏を合わせて頂きましょう」
一週間程度など容易い。
学校内に問題が出ていることも事実の今、騎士隊長であるカラム隊長に〝学校側〟から警備と生徒指導の為に一限から四限までの間の出動を依頼したことにすれば良い。その程度の融通は初めから想定済みだ。今後もまた必要になったところで、このひと月間の特別講師の為であれば騎士団長も対応して下さるだろう。
その間、護衛されている筈のプライド様はご自分の部屋で勉強されているということに。厳重な警備を敷かれた宮殿の部屋、そして近衛騎士のアーサー殿と近衛兵ジャック殿がいるとなれば、そこまで強く疑問を持たれる者もいない。あくまで表向き近衛騎士が一人になるのは、エリック副隊長がアラン隊長のご親戚を迎えに行かれている往復間だけなのだから。……その間だけでもプライド様の護衛に付きたいと、騎士の希望は殺到するかもしれないが。今までも近衛騎士の代理護衛の競争率については私も小耳に挟んでいる。
あくまで考えるべきは、万が一にもプライド様への近衛任務中の時間帯に当番の近衛騎士が他の場所で目撃される場合のみ。
学校の校門には守衛としてまだ騎士が派遣もされている。もしくは城下で見回りをする騎士に偶然遭遇した時程度。彼らにカラム隊長を目撃された際、本人や騎士団長の口から説明できる建前を作れば問題ない。
その旨を簡単にプライド様達へと提案すれば、またプライド様から強張った笑みが返された。
恐らくは騎士団長を巻き込むことに少し恐縮されたのもあるだろう。以前からプライド様は騎士団長とは懇意であると同時に、頭が上がらないところもあると見受けられる。父親であるアルバート同様にプライド様にとっては怒らせたくない相手なのだろう。
ステイル様も眉の間を寄せてはおられたが最終的には「良いだろう」と許可を下ろされた。
「では、ネイトはカラム隊長が見回りをお願いします。もし彼に関して気付くことやわかったことがありましたら逐一僕らに報告を」
ステイル様の指示に畏まりましたと頭を下げられたカラム隊長に私からも頭を下げる。
本来の目的とは大きく離れたが、やはり教師側にこちらの人間を入れておくことは正解だった。しかもカラム隊長は誠実な性格が幸いして既に教師からの信頼も厚いと見える。流石は最優秀騎士に選ばれておられるだけのことはある。……いや、それだけでもない。
そう思った途端、速やかに私の思考が目の前のこととは別の事実へと回っていく。
ネイトという少年のことだけではない。プライド様から光栄にもお任せ頂いたアンカーソン家や下級層生徒の蒸発についてもそうだが、学校での不測の事態にも今はこの上なく都合が良い。
騎士であるカラム隊長から教師側の情報、配達人のヴァルによる裏側の情報収集と暗躍、プライド様達から頂く生徒側の現状とこの上なく正確な情報。お陰で今も事実、開校してから滞りなく問題解決に進ませることができている。本来であればどの問題や情報も私の元へどころか、城まで無事届いたかも怪しい。
本来の目的はプライド様が予知された生徒の救出というものだが、しかし、これは上手くいけばー……
「……では、明日はまずネイトを掴まえるところから始めましょう。彼が寮のことを知る前に停学処分を知り何処かに行かれてしまっては大変ですから」
「ええ、あとはファーナム姉弟にもお礼を言わないと。何かお礼、……というかお詫びにできることがあれば良いのだけれども」
ステイル様の言葉に、断ち切られるように思考が現実へと戻ってきた。
続けるプライド様の眉を垂らしたお顔に、私からも「プライド様からの感謝だけで充分喜ばれると思いますよ」と助言をした。




