Ⅱ193.双子は受ける。
「嫌です」
きっぱりと。二人の騎士相手にそう言い放ったクロイに、訪れたアランとエリックもそれ以上詰め寄れなかった。
そっかぁ。仕方がありませんね。と軽く肩を落としながらも笑う二人に反し、寧ろ抗言したのは双子の兄であるディオスの方だ。
「なんでだよ!!良いじゃんか部屋の一つくらい‼︎ジャンヌが困ってるのに!」
「話ちゃんと聞いてた?頼んでるのはジャンヌだけど使うのは別のヤツ。せっかくの大事な家で盗みとかされたらどうするの」
「でもクロイちゃん、ジャンヌちゃんのお友達ならきっと良い子じゃないかしら……?」
二対一にも関わらず、クロイは全く曲がらなかった。
話をしに騎士二人が白の団服姿で訪れた時こそ驚き、ディオスやヘレネと同様に畏まったクロイだが、見回りがてらにジャンヌから頼み事を受けたと聞けば調子もいくらか戻った。自分達に用があるのが目の前にいる騎士ではなく、ジャンヌであれば緊張のしようもない。
騎士二人から説明された、中等部の一生徒に一週間だけ部屋を貸して欲しいという用件に姉のヘレネと長男のディオスは快諾だった。ジャンヌからの頼み、更には信用できる騎士二人からの紹介となれば問題もない。
既にジャンヌと共に勉強会に付き添ってくれたエリックと、セドリックの護衛や家のペンキ塗りを手伝ってくれたアランに対しては三人も普通の騎士以上に信頼することができた。
しかし、二人から「ジャンヌの頼みなら」「本当にただの空き部屋だけど良いのかしら」と話す二人の言葉を強くクロイが切った。
アランもエリックも、クロイの拒絶はまた仕方が無いと思う。
彼の言う通り、学校の時間だけ貸すということはネイトが部屋にいる間は家に誰もいない。せめて家に誰かいる間であればここまで警戒されずに済んだかもしれないが、他人に部屋を貸すというのはそれほど大変なことだ。誰もいない家を他人に占拠されるほど落ち着かないことはない。
秘密裏にジルベールが見回り強化も提案していたが、それをこの場で言えるわけもない。
「ジャンヌが使うなら別に貸してもなんでも良いけど。なんでそんな見ず知らずの他人を信用できるの。せめて教師とか騎士とかなら良いけど」
「そりゃっ……でも僕達は知らないけどジャンヌは知ってるヤツだろ⁈」
「ジャンヌが信用できるヤツが全員まともかなんてわからないでしょ。今までジャンヌに紹介された人に普通の人何人いた?王族に騎士様とあと全員おかしな奴ばっか」
「クロイちゃん!」
怒るヘレネに対し、寧ろ部屋を貸すに当たってプライドであれば良いと言うクロイへ騎士二人は揃って笑ってしまった。つまりはプライドにはそれだけの信頼を預けているということなのだから。
クロイの〝普通じゃない〟人に自分達が加えられていることに関してはあまり気にならない。元々フリージア王国騎士団は他国からも戦闘に関してはそういう扱いをされやすい。特殊能力は使えない二人も、その能力は充分に常軌を逸している。
それでも「騎士様に失礼でしょう」と怒ろうとするヘレネを逆にエリックが「大丈夫です」と宥めた。初めて会った時とは比べものにならないほど血色も良く、声にも張りがある彼女にほっと息を吐く余裕もあった。
「でも良い人ばっかだっただろ!」
「今度もそうとは限らないでしょ。もし実はジャンヌ達のことも騙してるようなヤツだったらどうするの?この家全部奪われちゃうかもしれないよ?父さんと母さんとの思い出の品とか盗まれたらどうするの?」
ディオスの猛攻もやはりクロイには柳に風だった。
ヘレネもクロイの言っていることが正論だとわかるからこそ何も言えない。ジャンヌの力になりたいとは思うが、確かに最悪の場合は代償が大きすぎる。自分達にとってこの家は両親が残してくれた一番の財産だ。
むぐぐ、と口を絞って自分と同じ顔を睨み付けるディオスだが、クロイには全く効かない。顔に力が入りすぎて僅かに紅潮までしていくディオスに、今度はアランが「まぁそりゃあそうだよな」と宥めるように軽く笑って見せた。
「俺らも聞いてきて欲しいって頼まれて寄っただけだから。ジャンヌ達には俺達から言っておくよ」
「どうもすみませんでした。お勉強中に勝手に訪問してしまって。急な用事だったもので……」
アランに続いてエリックが最年長のヘレネに頭を軽く下げる。
騎士二人も無理強いするつもりはない。むしろ返事が貰えただけ良かったと思う。今からファーナム家が駄目だったのならばすぐに次の案が考えられる。
……その結果、最終手段としてまた自分の実家を貸すことになるかもしれないとも心の中で覚悟しながらエリックは苦笑した。
出来れば避けたい手段ではあるが、既にプライド達がそれを想定していないとは思えない。その上で自分ではなく他者へと提案してくれているのは、既に自分への負担を考えてくれてのことだろうと思う。
「急⁇……またジャンヌ達が何か首突っ込んでるんですか」
「えっ!それって明日の学校で話すんじゃ間に合わないくらいの急ぎってことですか⁈だからジャンヌも直接来れなかったとか‼︎」
「ま~ぁ?そんなもんかなぁ。怪我するようなことじゃねぇから大丈夫大丈夫」
「間に合わないというよりも、明日までに宛が見つかれば良いだけの話だから。他にも宛が無いわけではないから心配しなくて良いよ」
クロイとディオスの言葉を、アランとエリックがそれぞれ宥めていく。
だが、クロイの発言に関してはなかなか的を得ていることに胸の奥だけがギクリと鳴った。しかもそれを真に受けてディオスとヘレネが深刻そうな表情をするから余計に焦る。騎士二人もなるべく彼らが気に病まないようにと言葉を選んだ。
するとクロイは「他……」と小さくまた繰り返す。その途端少しだけムッと唇を結んだのをエリックは気付いた。そして同時に自分が言った台詞に〝しまった〟と気付く。年頃の少年の心の機微は彼もそれなりにわかっている。
「……その部屋を貸して欲しい生徒って、男子ですか女子ですか」
突然別の質問を投げるクロイの声は明らかに平坦だった。
その敢えての冷ややかさにまずいなと思いながら、エリックは正直に言うか悩む。いっそここは女子生徒と方便を付いた方が丸く収まるのではないかと思う。
ここに来て自分達の所為でプライドの学生生活に波風を立たせたくない。しかし、自分の判断よりもアランの即答が早かった。
男子生徒だと。部屋を貸して欲しいと言った時点で、それくらいの情報提示は任意範囲だろうとアランは判断した。
その答えに「じゃあアムレットじゃないんだ」「パウエルとか⁇」と声を出すディオスと、「パウエルはお家があるらしいし……ディオスちゃんとクロイちゃんはジャンヌちゃんのお友達で覚えはない?」と尋ねるヘレネと違い、クロイだけが無言で家の中へと踵を返す。
「!どこ行くんだよクロイ‼︎まだ話の途中だろ!」
「ちょっとだけ。すぐだから待ってて」
背中に向けて叫ぶディオスにクロイも少しだけ声を荒げた。
てっきりもう話したくないと去ってしまったのかと思ったエリックとアランだが、何故ここでクロイが家の中に戻るのかわからない。取り敢えず待っててということは自分達も待っていた方が良いのだろうかと考えながら足を止めた。
申しわけありませんとひたすら謝る姉と、ジャンヌに何かあったのかと執拗に聞きたがるディオスに言葉を返しながらその場で待った。そうしてクロイが戻ってくるのもまた本当に〝すぐ〟だった。
むっとした不機嫌にも見える表情のまま戻ってきたクロイは右手を固く握りしめていた。そして再びディオスの隣に並ぶと、拳をゆっくり突きつけるようにエリックへ向けた。
「……これ。ジャンヌに渡して貰えますか」
その言葉と拳の向きから、何かが握られているのだろうと判断したエリックは小首を傾げながらその下に手のひらを開く。
気になるようにアランとディオスが覗き込む中、クロイの手から渡されたのは小さな鍵だった。ひと目見ただけで彼らの一戸建ての家に使われるものとは大きさからして違うとわかる。瞬きを二度繰り返してから「これは?」とエリックが尋ねると、クロイは敢えて落ち着かせた声でそれに答えた。
「僕の〝寮〟の鍵です。どうせ使わないんで、部屋を壊さないで最後に掃除してくれれば勝手にして良いです。特待生になった特典で貰ったまま一回も使ってないので」
特待生特典。
奨学金と共に与えられる様々な特典。その一つが、無料での寮暮らしだった。しかし、自分達の家と家族との暮らしが最優先の彼らは誰一人その部屋を使っていない。鍵こそ受け取ったが、それからはずっと保管したままだった。
寮が未だ定員が大きく空いている為、不使用のまま所持を許されている現状でその部屋はずっとクロイが家主のままだ。
納得したように口を開けたまま大きく頷くエリックに、アランも「へー、そんな特典まで」と初めて知ったように呟く。二人とも特待生や奨学金のことは知っているが、生徒ではない為その詳細までは把握していない。エリックは門前まで、アランは特待生枠とは無縁の特別教室での護衛が主だったのだから。
ありがとうございます、と二人が言葉も改めて感謝を伝えたが、クロイはそれも「いえ、騎士様からは結構です」と片手を胸の位置に上げて断った。
「礼なら騎士様からよりもジャンヌに、明日、必ず、直接、僕らに、ちゃんと。……言いに来るように伝えて貰えれば結構です。騎士様もこんなことにわざわざご足労して本当にお疲れ様でした。ジャンヌにはくれぐれも宜しくお願いします」
そう言って頭を下げたクロイは、更にアラン一人に向けても改めて「明日も宜しくお願いします」ともう一度深々と頭を下げた。セドリックの護衛であるアランとファーナム兄弟は殆ど毎日顔を合わせている。
クロイからの礼に「お、おう」と返しながらアランの顔は若干引き攣った。彼に他意がないのはわかっているが、一言ひとこと切るクロイの言葉からは「明日絶対に直接お礼に来てよね?」というジャンヌもといプライドへの圧が確かに感じられた。
仮にも騎士ではなく第一王女自ら礼に来いと言っているようなクロイに、彼が真実を知る日が来て大丈夫だろうかと本気で思う。
クロイからの鍵の提供に「ずるい!男子寮の鍵なら僕もあったのに!」と両肩を上げて怒るディオスと、「思いつかないディオスが遅すぎるんでしょ」と返す弟の姿にこれはまた第二戦が起こりそうだなとエリックは思う。
ヘレネもそれを察してか「どうぞ、行かれて下さい」と控えめな声で促した。
このまま二人の喧嘩を待っていると余計に時間を消耗させてしまう。プライドの元へ戻らないといけない二人も言葉に甘えることにした。改めて三人に感謝を告げながら、ステイルを呼べる物陰まで足早にその場を去った。
「……なんかさ、クロイの方絶対別の理由でアレ怒ってたよな?」
「まだ十代ですから。ジャンヌが自分達以外を頼ることの方がよっぽど嫌だったんでしょうねぇ」
若いなー、若いですねぇ、と重ね二人は半笑いのままステイルを呼ぶこととなった。
直接ジャンヌが頼みに来ない事も、また自分達やパウエルとアムレット以外に親しい相手を作っているらしいことも、そして自分達以外にもこの城下で頼れる相手が居るというエリックの発言も全てに小さな針で突かれるような苛立ちを溜めたクロイにとって
最大限の譲歩と協力の塊を手に握り締めながら。




