そして動く。
「俺も良いと思います。そんな物が作られれば城で定期的に発注も検討できるかもしれません」
「流石はプライド様です。レオン王子もきっとお喜びになられるでしょう」
楽しみですねぇ、とジルベール宰相がステイルに続いて優雅に笑う。
抑揚のある声はもしかするとジルベール宰相も取引したいと思ってくれているのかもしれない。……うん、きっと確実に欲しいだろう。
更にはティアラが「皆さんはどう思われますかっ⁈」と明るい声で私の背後に控えるアーサー達に投げかけた。ティアラの視線を追うように振り返れば、突然自分達に話題が振られたことに目をぱちくりさせた近衛騎士達も、すぐに「良いと思います」と口々に同意してくれた。
「絶対誰でも欲しがると思いますよ!流石に特殊能力者の発明じゃ自分達でも気軽には手が出ませんが」
「そうですね。ですが、評判が広まれば城下でも憧れの品になるかもしれません」
「俺も!レオン王子、なら絶ッッ対買ってくれると思います」
「作れるかはさておき、提案する価値はあるかと。……少なくとも、空飛ぶ傘よりは常識的で〝扉の鍵〟よりは安全なことに間違いありません」
アラン隊長、エリック副隊長、アーサー、カラム隊長の後押しに嬉しくなる。
四人の方が私達より城下の暮らしや感覚は馴染んでいる筈だし、その上で良いと思ってくれるなら間違いない。ステイルもアーサー達からの言葉に満足したように「決まりですね」と言い切った。
先ずはそれを提案して、それから後はネイトの発想と能力と腕に任せよう。全く同じ物を作れるとは思わないけれど、似たような物を作れれば間違いなく彼の手で素敵な発明になる筈だ。
「あと残す心配はネイトの作業時間でしょうか。カラム隊長からの窘めからは授業に出ているようですが、結果として彼の作業時間も削られてはいます。ですが、だからといってこちら側としても授業の放棄を黙認するわけにもいきません。…………問題生徒は一人で充分です」
最後に一気に声をうんざりと低めたステイルの言葉は、完全にヴァルを指しているなと理解する。
今までは授業に一応出席していたヴァルだけれど、今回の暗躍に伴って授業をサボることも許可している。まぁ彼の場合はその後の学校としての形式上退学処分も決まっている。
けど、ネイトは正真正銘の一般生徒だ。今は仕方なく授業を受けているけれど、問題さえ解消できればきっと彼も授業を真面目に受けてくれる筈だ。……多分。
今現在は、その授業の所為で今までサボってこっそり進めていた発明作業ができなくなった彼にとって、更に別の発明を一週間で作るというのはなかなか負担が大きい。いっそ学校を休めれば良いのだけれど、それもできない。
ステイルの言葉に「ああ、それでしたら」とジルベール宰相が落ち着いた声で返した。既にもう思いついていたような口調に期待を込めて視線を注ぐと、私達の眼差しにすぐ気付いたジルベール宰相はにっこりと笑った。
「長期間に渡り授業を受けず他教室を私物化し、施錠区域にも入ったわけですから。ちょうど良いことですし、彼は明日から一週間の〝停学処分〟に処しましょう」
パチンッと手を叩く動作と共に、……さらっと重罪決定がされてしまった。
にこやかな笑顔で言われてしまい、開いた口が塞がらない。腕を組んだステイルが「なるほど」と言うけれど私には何とも言えない。ティアラまで「そうですねっ!」と声を弾ませるからびっくりする。
いや確かにこっちの世界では学校なんて最近できたばかりの新機関だし、別段珍しいとも言えない。全てが初めての試みになるのだもの。
電話も住所録もないから保護者に連絡なんていう罰ゲームもないし、また〝停学〟イコール〝不良生徒〟もイメージもない。既に退学者も出ている中で、停学者程度を他生徒もそこまで気にしない。
学校に一週間来れなくなったとしても、ネイトのクラスメイトは彼が授業に参加していることの方が珍しいし、気にもしないだろう。
何より、授業をサボった生徒が停学処分というのはそれだけで……。……悪い言い方だけれど他生徒への見せしめにもなる。ちゃんと授業を受けに来ない生徒は学校からも弾かれますよと伝われば、ネイトを真似するような生徒も防止できる。
ただ、正直前世の記憶が抜けてない上に学生になったことで寧ろ戻りがちになっている私には色々心臓に悪い響きだった。
前世の私は学校生活も小学校から高校まで退学者は疎か停学処分なんて生徒出てこなかったし、実際そんな処分を受けたら周囲の目だけでなく、成績や進路的にも響く大事件だった。……そう思うと受験戦争がないこの世界はある意味すごく平和だなと思う。代わりに皆若くして労働しているわけなのだけれど。
この世界ではまだ学校の停学処分なんて、親から外出禁止言い渡されるくらいの感覚なのだろうなと思う。
「……!あ、でもネイトはその間どこで発明をすれば良いかしら?流石にまた空き教室に入られても問題だし……」
「確かに。ですが彼は学校内から離れるのは拒む筈です。……ジルベール、お前の屋敷でも借りるか?」
「いえ、それはお勧めしません。仮にも私の屋敷では〝ジャンヌ〟の紹介ということに疑問を抱かれることでしょう」
プライド様のご友人であれば大歓迎なのですが、と肩を竦めるジルベール宰相にステイルも「だろうな」とすぐに折れた。どうやら試しに言ってみただけのようだ。
一瞬、またエリック副隊長のご実家、というのも考えたけれど流石にご迷惑過ぎる。ステイルも多分最初にそれを思ったから、別にジルベール宰相へ投げたのだろう。ネイトは人の家で悪さをするような子じゃないし、そう意味では信用はできるのだけれども……。いっそネイトに頼れる友達が居れば良いのに。いや、そんな子がいないから元はといえばネイトは学校にー……、…………はっ‼︎
「…………プライド。……一つ、提案が」
ゆっくりと抑えた声で放たれたステイルの声に、私の肩が揺れる。
どうやらステイルも同じことを思いついたらしい。ジルベール宰相が少し驚いたように「おや」と切れ長な目を開いた。
ティアラが頭を傾ける中、私は自分の口端が少し引き攣っていくのを感じる。目だけを動かしてステイルの方を見れば、眼鏡の黒縁を押さえつけたステイルの口元が笑いかけてきた。
「ちょうど、居ましたね。部屋も余っており、家主で、更には俺達の正体を知らない〝同級生〟が」
きゃあああああああぁぁぁ……
やっぱり流石天才策士ステイル。私が気付いたことに気付かないわけがない。
にっこりと笑むその表情に、背後に立っていたアーサーが「まさか」と微かな声で呟くのが聞こえた。……うん、そのまさかだ。
殆ど同時にエリック副隊長やアラン隊長、カラム隊長もそしてジルベール宰相も気付いたように声を漏らし、ティアラだけが残される中もう既に私の肩身が狭くなる。
いやでもそれは流石に、と喉まで出るけれど確かに宛はそれしかない。意識的に唇を結んで私はステイルの続きが放たれるのを黙して待つ。そして
「言ってみるだけは損になりません。ファーナム姉弟に協力を依頼してみましょう。彼らならば現在空き部屋はいくつもありますし、一週間程度なら問題はないかと。心配ならば衛兵や騎士の巡回を」
ファーナム姉弟。……つい最近ご実家をリフォームしたばかりの彼らしかいない。
ステイルの提案を聞き終えた後も、そうねの一言を言うのに時間がかかった。もの凄く申しわけないし居たたまれない。
ジルベール宰相もなだらかに同意するけれど、私達にとってはともかくファーナム姉弟にとっては他人中の他人に部屋なんて貸してくれるだろうか。
「ジャンヌの頼みと言えば少なくともディオスとヘレネさんは協力してくれるかと」
クロイは⁈と黙したまま心の中でステイルに叫ぶ。
もう今からすっっごい嫌そうな顔で溜息を吐くクロイしか浮かばない。というか、頼むなら頼むで私の頼みよりも主に先生役だったステイルやジルベール宰相や、いっそ必殺最強カードのセドリックにお願いした方がとも思ってしまう。……今回セドリックはそれこそ無関係だから頼めないけれども。
そんなことを思っていると、不意に背後から「あっ、じゃあ」とアラン隊長が声を上げた。
「自分が今から頼みに行って来ましょうか。流石に当日に頼むのは気が引けるでしょうし、聞くだけでしたらすぐですから」
「!それなら自分が行きますよ。自分もファーナム姉弟とは一応顔見知りではありますから」
流石アラン隊長、行動が早い。
更に上官に行かせまいと思ってかエリック副隊長まで手を上げてくれる。
正直、すごく助かる。私達だとまた子どもの姿にならないといけないし、護衛も一緒で大がかりになってしまう。騎士であれば一般的にも見回りという形で歩いていても信用があるし、近衛騎士はハリソン副隊長以外皆ファーナム姉弟と一度は会っている。……いや、ハリソン 副隊長もチラッとは会ってるだろうか。
ありがたい二人からの提案に、ステイルは「ありがとうございます」と笑顔が返すとゆっくりソファーから立ち上がった。
「では折角ですからお二人でお願いしましょうか。今の時間帯ならファーナム姉弟も家に居るでしょうし、瞬間移動を使えば一瞬で終わります」
まさかの強行突破。
騎士一人でも断りにくいのに二人で行かせちゃうとか!しかも後でではなく今からと言うのがステイルらしい。
確かに二人も近衛任務や休息時間もあるし、無駄な時間は取らせられない。ファーナム家の場所を知っているステイルの手によれば往復も一瞬だ。
逆に進み出てくれたアラン隊長達の方から「良いんですか」とステイルからの送迎に返してくれたけれど、それもにこやかな笑顔で返される。
「こちらがお願いすることですから」と言うステイルは、交渉が終わったら合図をと伝えてそのまま二人を瞬間移動させてしまった。……もう、私の有無すら言う間もなく。
「す、ステイル……本当に良いのかしら?ファーナム姉弟も流石に騎士相手には断りにくいんじゃ……」
きっと私に確認したら戸惑うから躊躇うのが目に見えていたからなのだろうけれども。
声を細めながら恐る恐る前のめりにステイルを覗くと、にっこりと黒い笑みが返されてしまった。
「大丈夫ですよ。了承して貰えるならそれに限ります。それにクロイは本気で嫌だったらはっきり断れる人間です」
……それはそうなのだけれども。
んぐ、と言葉を飲み込んでしまう中、視線を感じて振り向けばアーサーが呆れたような眼差しをステイルに注いでいた。場所が場所だから控えているけれど「お前なぁ」と言いたいのが目だけでわかる。
「私も今度の学校見学ではそのファーナム姉弟さんにも会ってみたいですっ」
「なかなか面白い子達ですよ。姉の方はティアラ様とも気が合うのではないかと」
腹黒な兄にも全く気にせず楽しそうに声を弾ませるティアラとのんびり紅茶を口に運ぶジルベール宰相に苦笑してしまう。
そうね、と返しながら、見学どころかあとひと月もしないうちに双子の方は定期的にセドリックに会いに来るのだけれどと思う。……まぁセドリックを未だ避けているティアラでは、会える可能性は結構低いかもしれないけれども。
それから、アラン隊長の合図に気付いたステイルが二人を迎えに行くまで時間はかからなかった。
ステイルと一緒に瞬間移動で戻ってきた二人は、…………若干半笑いに近い表情で私達に鍵を差し出しだしてくれた。
明らかにファーナム家のものではない、鍵を。
……流石クロイ。




