Ⅱ192.私欲少女は提案し、
「ほぉ、レオン第一王子にですか。確かに彼ならば信用もできますね」
ジルベール宰相の関心したような声に私は奥歯だけを噛み締める。
そう、今回ネイトの為レオンにも事前に協力をお願いしている。私が知る中で最も適役で信用できるのが、レオンだったからだ。
そしてネイトが選んだ手段のどちらにもレオンの協力が居る。むしろ不可欠と言っても良い。
「ええ、レオンも喜んで引き受けてくれました。ネイトの発明を相応な額で〝引き取って〟くれるそうです」
「それは何よりです。レオン王子ならば間違いなく正規での取り扱いになりますから、私としても安心してお任せすることが出来ます」
レオンなら間違いないルートでネイトの商品を買い取ってくれる。
それが今回ネイトへ提案した対処法だった。それを言うのも、……彼は今現在進行中で自分の発明を売っているからだ。
特殊能力が施された発明商品。
それが王都だけでなくアネモネ王国などの国外へ流出すること自体は別に問題ではない。
問題は手続きと審査だ。特殊能力というのは我が国独自の存在で、国外への扱いも厳重にされている。少し昔までは特殊能力を施した物全てが国外流出禁止とされていたくらいだ。
今は手続きと許可を取った品ならば国外流出もできる。けれど例えば無許可に特殊能力の込められた武器を流出なんてしようものなら死罪があり得るほどの重罪だ。
今も無許可での国外への販売や流出は我が国では固く禁じられている。国内の市場に出せるのも、武器や危険物以外の安全な品のみ。国外と取引したいなら正式に許可を得た商品だけだ。
しかも発明の特殊能力は、ただでさえ一つ作るのにも期間がかかる。そして新製品を発明して国外と取引したければその度に毎回城からの手続きと許可を得ないといけない。そして武器系統であれば絶対に国外流出どころか国内でも城以外への販売許可は降りない。
許可を得るのにも時間が掛かる為、国外に商品を高額に売ってがっつり稼ぎたい発明の特殊能力者達は城下に住まないと先ず手続き自体ができなくなり商売にならない。……正直、一般人には難しい条件が多い。小学生に特許の手続きと確定申告の書類を書けと言っているようなものだ。
結果、特殊能力が込められた製品が国外と取引されること自体は今も滅多にない。我が国の王都ですら店で手に入れるのが難しいけれど、国外なら同盟国でも取り扱うことは難しい一品だ。だから城下に住み、面倒な手続きを毎回踏んで、城からの許可を待って、それでやっと国外へ輸出することができた特殊能力者の発明品は一つ一つがそれはもう高額で取引される。
物にもよるけれど、国外の人からすれば〝特殊能力が施されている〟〝擬似的に特殊能力を味わえる〟というだけで充分な価値になる。
王都の数倍の値段で取引されることになるから、未だにこの面倒な手続きと地方から城下に移住が必要になるというデメリットがあっても城に毎回許可と手続きを踏む発明の特殊能力者も一応いる。
勿論、王都だけでも価値は高いし絶対に売れるから富裕層が多い王都や城下に移住するだけして、そこで安心安全な商品と店を構える人もいるけれども。
だからネイトが発明の特殊能力を自覚している以上、売ること自体は問題ない。彼が売っているのは間違いなく本物の特殊能力が施された品だし偽物でも劣化物でもない。問題なのは売り方だ。
正直、今のジルベール宰相の言葉もゲームの設定を知る私にはちょっとだけ心臓に悪い。
ネイトの事情を話した今、きっとジルベール宰相も敢えてそう含んでいるのだろう。
だからその為にも、ネイトに〝そんなこと〟しなくても正規ルートで今以上に高い額で取引してくれる相手を紹介するというのが私からの提案だった。
彼にとって売り方はそれしかなかっただけの話だし、もっと良い取引先さえあればきっと選んでくれると思った。そして、予想以上に彼は前のめりに乗ってくれた。
まだ取引相手がレオンとまでは流石に話せていないけれど、彼なら取引先としても申し分ないと思う。額は勿論だけど、第一王子のレオンなら信用も間違いないし、面倒な手続きも彼なら上手く取りはからってくれる。発明の利益から考えても代理手続きをしても見返りは余るほど大きい。そしてネイトの発明家としての腕や特殊能力と相まって自信を持ってお勧めできる本物だ。
その為にも今はネイトがレオンに気に入って貰える……というよりも、輸出基準を満たす上で市場価値が出そうな発明を提案したい。
「なので、是非ジルベール宰相からの意見もお聞きしたくて。どのような品だったらネイトにもなるべく負担なく、それでいて安全で効率的な物をお願いできるかしら」
ネイトは今も発明を作っては売っている。
その手を止めることはできない今では、なるべく彼の負担も軽くしたい。両方並行での発明なんて、二足の草鞋どころか2乗の疲労だ。本人は余裕なんて言っていたけれど、それで本来取りかかっている方の発明の納期が遅れてしまったら大変なことになる。ダブルワークでも負担にならない品を提案したい。
私からの相談にジルベール宰相は「効率的……ですか」と少しだけ顎に指を添えて考える仕草をした。
ぼんやりと浮かせた視線はきっと、今まで許可を下ろしてきた特殊能力者の商品を思い返してくれているのだろう。貿易最大手のアネモネ王国すら滅多に取引できない品だけれど、城で父上の補佐をしているジルベール宰相ならきっと目を通している筈だ。
まずはジルベール宰相よりも先にステイルが「ならば」と口を開いた。
「国外に輸出となると、やはり娯楽や生活関連の品が良いと思います。更にネイト自身があっと言わせる物を作りたいという意思が強かったので、それなりに彼が納得できる品にすべきかと。そこで意思の食い違いが起これば、後々問題も起こりかねません。特殊能力による品は作った能力者の意思や意欲が反映されますし、最高三回利用できる発明であればそれ以下に回数を落としたくはありません」
確かに。
ステイルの言うことは尤もだ。最初は傘でも良いと言ったけれど、それも本人の意思で却下されてしまった。
これで実際がどうであれ、本人にとって乗り気でないまま作られたら発明にも影響しかねない。仮にもアネモネ王国の王族と取引するものだし、こちらとしても中途半端な品を出すわけにはいかない。
ステイルの言葉にジルベール宰相も「同意致します」と頷くと、お陰でいくつか絞られたのか次々と今までの城から輸出許可を下ろされた発明を上げてくれた。
主にステイルが上げた娯楽や生活用品系統を上げてくれたけれど、それだけでも結構種類はあるものだなと思う。まぁ同じ物を他の発明の特殊能力者が必ずしも作れるかと言われるとそれも別の話なのだ。
城にも特殊能力者による発明品はいくつか高級品として置かれているけれど、まだ私が知らない物も色々あるんだなと思う。
ティアラとその隣で話を聞いているステイルもうんうんと頷いているのを見ると、既に父上の補佐として携わったことがあるのかもしれない。流石は次期王妹と、ジルベール宰相に付いて勉強していた次期摂政なだけある。……次期女王の私が一番疎いのが少し情けない。国内で生産される発明輸出商品については母上も担当である父上には知識で負けるのだろうけれども。
「なら、〝紐を引くだけで火の灯るランプ〟はいかがでしょう?私もとても好きです」
「確かに定番ではあるが、……発明の輸出率としては平均だ。貿易大手国でもあるアネモネ王と取引するならばある程度の目新しさは必要だろう」
「そうですねぇ。まぁあまり指定したところで本人の腕前と特殊能力によっては彼が作れるとも限りません。ここは具体例というよりも〝どのようなことができる品か〟をこちらで指定するのが宜しいのではないでしょうか」
ティアラ、ステイル、ジルベール宰相と心強い面面がどんどん話を進めていってくれる。
流石は三人とも父上に携わっている上層部だ。私も三人の意見を聞きながら、前世での機械系統とかで良い発明はないかなと考える。
パウエルのことを思い出せば電化製品が一番最初に思い浮かんだけれど、ティアラがもうランプは案で出しちゃっている。使用用途としては火か電気なだけであまり変わらないし、なら携帯電話とか?いやでもネイトの場合三回しか使えない電話ってちょっと……。私の前世では子ども用の玩具電話だってもっと遊べたのに。
他に何かネイトの得意な大きさでステイルやジルベール宰相の案にも適合するような─……
「あっ」
閃く。
そうだ、アレならまだ少なくとも第一作目と二作目では存在していない。しかも絶対にレオンにも気に入って貰えるし、寧ろ私も欲しい。
思いついたままに声を漏らしてしまう私に、全員が振り向いた。何か思いついたのですか、と声を掛けてくれる中で私は指先で頬を掻く。
実際は私の思いつきではなくて、前世の偉人の功績なのだけれども。でも他のシリーズにはあったし、この世界に存在していても良い物だと思う。それにネイトの特殊能力ならもっと素敵なものを作ってくれるかもしれない。
「ネイトが作れるかはわからないのだけれど……こんなのがあったら良いなと思って」
言葉を一音一音選びながら、興味津々のティアラ達にできるだけ詳しく説明する。
最初は吟味するように難しい顔をしていたけれど、この世界にも伝わるように言葉を重ねれば次第に「ああ」「なるほど」と何とか伝えることができた。
ティアラが両手を合わせて「素敵ですっ!!」と目を輝かせれば、ステイルとジルベール宰相も深く頷いて同意してくれた。




