Ⅱ191.私欲少女は総合する。
「なるほど……。現状は理解致しました」
学校後、城に戻ってきた私達は身支度を整えてすぐにジルベール宰相との打ち合わせに入った。
迎えてくれたティアラ、私達をご実家に送った後に自分の足で王居に戻ってきてくれたエリック副隊長、近衛騎士の交代の為に訪れてくれたアラン隊長とカラム隊長、そしてアーサーとステイルと私の部屋はなかなかの大所帯になった。
今まではアーサーやエリック副隊長は学校を終えたらそのまま演習場に戻っていたのに、今日は二人とも休息時間を調整して集まってくれた。……流石は隊長格。ハリソン副隊長は後から必要要項だけ聞ければと演習場にいつも通り戻ったけれど、やっぱりこういう時に休息時間を調整する権限があるのは強いなと思う。
集まって貰ったのは色々と立て込んでしまった学校の状況整理を纏めて行う為、全員が一秒でも早い情報共有をしたかった。
今日ネイトと無事接触できて、事情を色々把握と確定できたことでとうとう私からも〝予知〟という形で彼のことを改めて話す必要が出てきた。その重大報告を前に全員が集まってくれた。
レオンにも一部話したけれど彼が特殊能力を施した発明を作れることと、作る理由を簡単にだけだ。
そして今、現状報告と共に彼ら全員にネイトの事情を整理し終えた。
発明を作る理由だけでなく、彼が学校に来ては授業をさぼって発明をする理由。調査の結果恐らくと、推理の形でゲームの設定も更に語ることができた。
最初こそ、ネイトの事情には真剣に話を聞いてくれた上で「ですが、それなら騎士団か衛兵で対処を」と話が進みそうだったけれど、中途半端に介入しても危険が増すだけだ。何より、騎士団や衛兵だけでは解決できにくい理由を話せば全員が口を噤んだ。
実際はその理由があっても正式に衛兵を動かせる可能性もあるのだけれど、……こればかりはまだ未確認だしゲームでも恐らくそうだろう程度だしで安易に言えない。
それに可能性としては既に高くても、まだ決定的な事態は起こってなくて未然に解決できるという可能性もある。……と思いたいけれど、正直自信は無い。少なくとも〝そういう〟きっかけさえあれば起こりうる事態には変わりない。
「確かに、その状況であれば手早いのは最初にご提案された方法ですが、二番目でも充分期待できるでしょう。お話を聞いた限り、発明の特殊能力者の中でもかなり優秀な青年のようですから」
一番最初に現状把握してくれたジルべール宰相が話を進めてくれる。
私がネイトに提案した方法の話だ。結局二番目で落ち着いたことを話した時は「無理もありませんね」と肩をすくめたジルベール宰相だったけれど、彼の発明が既になかなか凄まじいことを知ればそちらの方に驚いていた。
特にどんな扉でも開ける鍵については「その危険物は今どこに……?!」とステイルが没収したことを話すまでなかなか動揺した様子だった。ネイトの事情を聞けば特にそうだろう。
アラン隊長やティアラは傘の方が興味深そうだったけれど、カラム隊長は思い当たることがあったように片手で頭を抱えていた。既に数回ネイトを確保している身としては色々と覚えがあるのかもしれない。少なくとも煙幕弾は経験済みだ、
「まぁ……憂いがあるとすれば、その方法で素直に引き下がるか否かでしょうか」
最後に低めたジルベール宰相の言葉に私もステイルも同時に頷く。
それは私も、そしてこの場にいる全員がわかっている。だからこそ私は一個目の方法でいきたかった。けれどネイト本人が協力する気がないならどうしようもない。二番目に関しては寧ろ前のめりに乗り気だし、今はそっちでやってみるべきだと思う。
ステイルからも「取り敢えずはそちらで経過を見ましょう」と促され、今はネイトを全面協力することで決まった。そこでまた恐れた事態になったら、その時は一番目の方法へ強行するかもしくは
「問題ないでしょう。その場合は我が国の宰相が〝どんな手を使っても〟介入すれば良いだけの話ですから」
さらりと恐ろしいことを断言するステイルにジルベール宰相が苦笑する。
ジルベール宰相へ目も向けずに、目の前の紅茶を一口味わうステイルの言いたいことはよくわかる。
まぁ確かにその時はジルベール宰相に頼って介入さえできてしまえば解決できるのだろう。ただその介入が一番不自然……と思ったけれど、ハナズオ連合王国の元上層部スパイにすら口を割らせる役割を任された彼に不可能はないのだろうなと思い直す。
今もステイルからの無茶振りに「頼って頂けて光栄です」と一言だけで済ませてしまった。
できないと言わない辺り、本当に自信があるのだろう。それすらも返答を予想できていたと言わんばかりにステイルはカップを置くと、ジルベール宰相に一瞬すら目も向けずに私へと顔ごと向け覗きこんできた。
「ところでプライド。一応の確認なのですが、最初に予知した生徒に関してはまだ確認できていないということで宜しいでしょうか」
最初、つまりは私が本来学校に潜入した理由となった〝予知〟の生徒についてだ。
ええ、とステイルの疑問に一言で答えながら嘘では無いと思う。私の本来の目的で考えれば、攻略対象者の内まだ一人が見つかっていないのは事実だ。ネイトを助けられたとして、あと一人見つけられなければ意味がない。
私の言葉にステイルも「そうですか……」と難しそうに眉を寄せて俯く。ティアラが「でも、中等部で絞られてますし!」と両拳を握って元気付けてくれる。
「ならば、余計にネイトという青年に関しては早期に片付けたいですねぇ。プライド様達の潜入視察もあと二週間あまりしかありませんから」
その通りだ。
ジルベール宰相の言葉にぐっと口の中を飲み込んだ。
あと一人、それだけは絶対に思い出しておきたい。既にゲームの大筋は思い出せている。けど、どうしてもあと一人の攻略対象者が思い出せない。このままネイトや他のことに集中して最後の一人を思い出せないまま終わるのだけは避けたい。
手のひらを緊張で湿らせながら頷き返す私に、今度はティアラが「ジルベール宰相はあれから調査の方はいかがですか?」と首を捻った。
ジルベール宰相にもまたネイトとは別件を任せている最中だ。そうですねぇ、と顎に指関節を添えるジルベール宰相が今度は近況を語るべく口を開く。
「こちらの方はまぁまぁといったところでしょうか。貴族からはある程度裏は取れましたし、……一部の情報のみ王配殿下にそれとなくお伝えしてみたところ、なかなかのお怒りでしたから。恐らくもう長くはもたないでしょうね」
ッ既に父上にまで手が回ってる!?
流れるように告げられた父上のお怒り宣告に思わず私の背筋が伸びる。まるで私がこれから怒られるような気持ちになれば、ティアラとステイルまで唇を結んでいた。
常に自他ともに厳しいヴェスト叔父様に怒られるのも怖いけれど、私達には厳しくも優しいことの方が多い父上のお怒りなんて想像するだけで冷や汗が出る。
そんな私達の反応が面白かったのか、ほのかに笑んだジルベール宰相は「勿論プライド様達にではありませんよ」と続けてくれた。……うん、それはわかっているのだけれども。
「……ジルベール。まさかとは思うが、変に父上を煽るような発言はしていないだろうな?」
「とんでもない。ただ事実の一片をお伝えしただけですとも」
ステイルの低めた声に、優雅に手を左右に振って否定する。
にこやかに言われた上に「お怒りとはいえ、荒ぶってはおられませんよ」と続けられたけれど、何とも父上のお怒りにも慣れている様子のジルベール宰相がまた恐ろしい。そういえば六年前も父上が部屋でジルベール宰相に怒鳴っていた時も平然としていたような。……今までどれだけ怒らせてきたのだろうか。
「情報も纏まりましたし、カラム隊長からお聞きした件につきましては正式に追求しようとすればいつでも準備は整えております。まぁ、後は……学内の方でしょうか。そちらの方は配達人から近々報告を受けられると思いますが。……カラム隊長、因みに教師間ではいかがでしょうか」
「それが、……」
ジルベール宰相の投げかけにカラム隊長が一度言葉を詰まらせた。
既にヴァルの話題という時点で不吉な予感はしているけれども、カラム隊長の反応から察するにやっぱり何かあったらしい。
珍しくすぐに口にできない様子のカラム隊長にアラン隊長達も気になるように顔を向けた。「また別の問題児でも見つけたか?」「また配達人が問題でも」「まァたなんかやったンすかアイツ?!」とアラン隊長とエリック副隊長、そしてアーサーが言葉を掛ける中、カラム隊長は頭を痛そうに眉に皺を刻んだ。
一度頭を整理するように黙すると前髪を指で整え、再び口を開いた。
「恐らく、……配達人に収穫はあったことでしょう。今日、三限終了後私が職員室を去った時点では中等部から初等部の生徒が不明の早退をしたという報告はありませんでした」
良かった!
先ずは良い報告からしてくれるカラム隊長の言葉にほっと胸をなで下ろす。なにはともあれ、生徒に被害を防げたことは幸いだ。しかも収穫もあったということは、ヴァルが何かしら生徒間の情報を得てくれたということなのだから。
ティアラも「それは良かったですねっ!」と声を弾ませる中、カラム隊長はまた低い声で「しかし」と言葉を切った。
「逆に、高等部の生徒が三限終了の時点で五名。……足早に学校を早退しております」
高等部。
その言葉に、私は既に顔が強張っていくのを感じた。
今までの被害を受けていたのは推定する限り高等部より下級生の方が圧倒的に多い。単純に下級層の生徒の割合が下級生の方が多いからもあるのだろうけれども、今の言い方だと下級生……〝中等部から初等部の生徒は〟早退しなかったということからも、それ以外の高等部生徒が去ったと考えるのが普通だ。つまり……
「まさか」とステイルが最初に言葉を零した。それにカラム隊長は深々と頷くと、一つ一つ丁寧に説明してくれた。
高等部の生徒が合計三件。昼休みから立て続けに落とし穴に落とされているのを発見されたと。
二人組は穴の底で土を被って気を失っているところを発見され、もう一人は穴の中で元気に怒鳴っているのを発見され、もう二人組は普段の姿とは想像できないくらい小さくなって号泣しているのを発見されたと。
保護した高等部生徒には教師が事情を聞いたけれど、全員が「ただ歩いていたら落とし穴に嵌められた」としか証言しなかったらしい。彼らを狙ったにしては、落とし穴はどれも数メートルはある深い穴で、事前に掘っていないと不可能な深さで教師達も埋め直すのに苦労したらしい。
そして助けられた生徒は全員、最終的にはその後の授業も受けずに学校から風のように去ったと。……うん、間違いなくヴァルしかいない。
「教師達はまた悪質な悪戯が増えたと頭を抱えていました。中には先日までの下級層生徒が不登校になる件と合わせ、その生徒達も同じような目に遭ったのではないかと懸念されています」
門を抜けるところを目撃されていなければ人身売買や誘拐も疑われていました、と続けるカラム隊長の言葉に私まで頭が痛くなる。
確かに!確かにちゃんと言われた通り生徒を守ってはくれているようだけれども!!余計に何も知らない教師達の心労と仕事増やしてどうするの?!
まだ落とし穴に落とすだけなら平和的だ。けれどその後に教師に発見されるまで放置するなんて!!しかも気を失っていたり泣かされたことから考えてもただ落として放置したとは思えない。
カラム隊長から「逆に配達人の学級所属の担任教師は、今日は平和な日だったと溢していましたが」と言われれば、その担任にも謝りたくなる。凶悪顔の彼は教室にいるだけで脅威らしい。……まぁ既にやらかし済みなこともあるだろうけども。
「ごめんなさい……私がヴァルに許可なんて下ろしたから……」
「いえ、動くように促したのは俺とジルベールです。プライドが責任を負う必要はありません」
気がつけば口から謝罪が絞り出る。
元々は学内に潜入してくれるヴァルに私が許可を与えたのが原因だ。その結果、彼は校内で一定の条件下で他者への戒めも許される。けど、……あれ?落とし穴に落としたのはまだ分かるけれど、その後に生徒全員が校内から逃げるほどのことができたのって
「ステイル様の仰る通りです。それに、彼らを捕らえるか再起不能にするのであればと事前に配達人に区域の指定と、そこへ教師の見回りが入るように学校側にも手を回しておりますから。少なくとも生き埋めの心配はありません」
実際生徒は全員無傷なようですし、とジルベール宰相が穏やかな声で宥めてくれる。
確かに、ヴァルにはもし不良生徒を見つけて捕らえた場合はと指示はしていた。ジルベール宰相とステイルが考えた、最もそういう生徒を連れ込まれる可能性の高い場所だ。そこに教師の見回りを強化させればヴァル以外にも問題を事前に防げるし、気絶させた生徒を必ず見つけられる。……まさか穴底に放置するとは思わなかったけれども。
とにかく、ヴァルに関しては次に彼が城に訪れた時に詳しく聞こう。ジルベール宰相も順調に動いてくれているし、ヴァルが手がかりを見つけてくれたならきっと真実に辿り着くのももう少しだ。
ジルベール宰相の優しい言葉に一言返す。下級生生徒の安全は保証された今、残すところの一番最優先事項へと私は話を戻す。
「残すところは、……ネイトの発明についてなのですが」
ネイトの特殊能力と発明。
そして彼が選んだ打開策。彼から協力の意思を得られた時点でもう下準備は完成している。不発に終わってもその流れならジルベール宰相が協力してくれるとも言ってくれたし、彼の境遇についても全員が把握してくれた。もし万が一のことがあっても、すぐに対応できる。あとは彼の発明案と完成を後押しすれば良い。その為に私は
「取引はアネモネ王国のレオンにお願いしてあります」
レオンにまで色々と協力をお願いしたのだから。
Ⅰ66.69




