Ⅱ189.私欲少女は考える。
「ネイトのアレ……かなり危険ですね」
教室へ到着した後、三人で席に着いた途端にステイルがすぐにそう呟いた。
特殊能力、という言葉こそ伏せているけれど、何を言いたいのかはすぐにわかる。アーサーも同意するようにステイルへ強く頷いた。
眼鏡の黒縁を指で押さえて溜息を吐いているステイルは大分頭が働き回っている様子だった。無理もない、ゲームの設定を知っている私と違ってステイルはまだ疑問もあるだろう。すぐにでも教えてあげたいけれど、やっぱり念のためにも城に帰ってから話すべきだ。ネイトの個人的なことだし、あくまで〝予知〟とする以上簡単には話せない。
早く城に戻りたいと、次の四限授業を前に少し急く気持ちになってしまえばまたステイルが口を開いた。
「なにより、彼がそれを自覚していなかったことが恐ろしいです。ジャンヌから聞いてはいましたがまさかあそこまでとは……」
本当にその通りだ。
私も全面的に同意して顔が苦い表情になってしまったまま深々と頷いた。しかもあの様子では他にもとんでもないミラクルグッズを当然のように装備している可能性もある。
教室で誰にも気付かれずサボる為に世界マスターキーを使って、教師から見つかった時に逃げる為に空中ダイブ用の傘を使う子なんてなかなかいない。特にあのマスターキーについては、本当にステイルが没収と窘めに入ってくれて良かった。あれを今のネイトが持つのはあまりに危険過ぎる。
ネイトが〝発明〟の特殊能力者であることはステイル達にも話していた。授業をサボったり抜け出すのも、彼が自分で発明した特殊能力の施された発明を使っていることも予想できていた。……ちょっとした合い鍵とかピッキンググッズとかくらいだと思った私が甘かった。
ゲームでもアムレットに色々と自分の発明を見せたり、使ってあげる場面はあった。何かあった時に警報を鳴らすとか、暗い中で光るとか、ちょっとした傷が見えないように隠すとか、分厚い壁でも盗み聞きできるとか。
どれもちょっとした物だったけれどそれがきっかけで二人の心が近付いたり、乗り越えられる場面もあった。ゲームのネイトは基本的に自分の発明品を自分が使う時は本当にささいなことでしか使っていない。それでもアムレットは見る度にネイトの発明を「すごい」「本当に天才ね」「もっと見せて」と喜んだし、純粋と自分と同じ目線で喜んでくれるアムレットにネイトも心を癒やされていた。
ただ、ネイトが真実を知って闇落ちしかけた時は産まれて初めて凶器を作ってしまっていた。武器を作らないが信条の彼が、初めて。……お陰でバッドエンドだとネイトを止めようとしたアムレットがその武器で死んでしまう。……うん、取り敢えずそのルートも絶対回避決定だ。
「ネイトは間違いなく天才です。確かに彼なら、ジャンヌが仰った二番目の案も可能でしょう。本当に彼が一週間で〝あの域〟の品を作れれば間違いありません」
静かな声で告げるステイルは、机に両肘を付いて手を結んだ。
祈るような形で前のめりに机へ体重をかけるステイルは、未だに瞬き一つしない。きっとネイトのあの発明を見て寧ろ〝作らせて良いのか〟自体を思案しているのだろう。するとアーサーもテーブル越しに私を挟んで座るステイルを覗き込んだ。
「確かにすげぇやばいもんばっかだったけどよ、少なくとも次作ってきてくれンのはこっちの意見に合わせてくれるんだから平気だろ」
声だけでステイルの不安を感じ取ったアーサーの言葉に、私も少しだけ肩の強ばりが溶ける。
ステイルの少しだけ「それはそうだが……」と小さく頷いた形のまま顔を俯かせる。
そう、いくらネイトの特殊能力センスがとんでもなくても、今回は希望に添ってくれる。次に会った時にそこでもっと安全安心で申し分ない発明を依頼すれば良い。ネイトの発明した物は回数制限タイプだし、そこまで野に放ってはいけない物にはならない筈だ。……そう、私達が依頼する分には。
そこまで考えてふと、一番の問題であるネイトの現状を思い出す。恐れていた通りの事態らしい彼に、今はもうすぐにでもアーサー達に相談したいと思う。カラム隊長やジルベール宰相にも相談すれば、きっと万全の体制になるように協力してくれる筈だ。
ネイトが一週間と言ったのだから間に合わせるつもりなのだろうけれど、本当なら一週間も掛けずに解決したい。ただでさえ私達がここに居るのは一ヶ月もないのだから。
アーサーからの励ましに、数秒の沈黙後やっと顔を上げたステイルが「ジャンヌ」と私に真正面を向けた。
「…………先ほどの貴方との彼との会話も含めて、俺にはどうしても彼に良からぬ影しか感じられないのですが……」
流石ステイル。
やっぱり天才策士の目は誤魔化せないなと思いながら今は言えずに顔が苦くなる。
後で話すわね……と、言いながら肩をすくめて見せると、眼鏡の黒縁を押さえたステイルから長い溜息が零された。もうこの場で言えないという時点である程度が確信づけられたのだろう。
ネイトへ直接耳打ちした内容こそ聞こえていなくても、彼のあの特殊能力とアーサーの証言、そして私からの提案を聞けばステイルなら余裕で大体の想像も付いちゃうのも当然だ。
「?どういうことだ?」
「お前が読み取った通り、反吐が出るような事実がありそうだということだ」
首を捻るアーサーにステイルが珍しい言葉を選んで告げる。それだけステイルにとっても不快で、……つまりはそれだけ事実を見通せちゃっているのだなと理解する。どちらにせよ城に着いたら話すけれど、改めて言えばそれはそれでステイルとジルベール宰相が真っ黒の覇気を出すことが想像できて今から寒気がする。
アーサーも全部とは言わずとも、状況の肌触りだけはステイルの声色と眼差しで察せたらしくゴクリと喉を鳴らす音が私の耳にまで届いた。
そのまま喉の音に合わせるようにステイルから「今日、即刻家に帰ったらジャックが仕事の交代になる前に話して頂けますよね?」と念押しをされ、私も唇を絞って頷いた。それはもちろんだ。これ以上ネイトを追い詰めさせない為にも。
「彼のアレに関しては……本当に末恐ろしいですが。施錠も扉の厚さも関係なく部屋に侵入できてしまうなど」
「それ言ったらあの傘も充分やべぇだろ。どんな高さでも、って大概の警備なら逃げまくれるじゃねぇか」
また大きな溜息を吐くステイルと、顔に力を入れながら前のめりにこちらへ顔を向けるアーサーに私一人が何とも言えない気持ちになる。
ネイトの能力の危険性は正直ゲームを知っている私にも予想以上だったし、彼の事情に察しがつけば余計に心配になるのは一緒だ。彼が子どもらしい授業サボりにしか使用用途を見いださなかったことに安堵する気持ちも、逆に悪用された時の事を心配する気持ちもわかる。けど、今ものすごく思うのは
……一度入った場所にならいつでも瞬間移動できちゃう王子と城一番の高さからでも単身なら無傷で飛び降りられちゃう騎士が何を言うのかしら。
ラスボスチートの私もアーサーに関しては人のことを言えないけれども。
少なくともあの秘密道具に頼らなくても既にそれを越えている筈の二人の発言に、今は水を差さないで置こうと決めた。
それから教師が扉から現れるまでじっと私は肩幅を狭くして黙し続けた。
城に帰ってからの作戦会議に今から覚悟を決めながら。




