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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
私欲少女とさぼり魔

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そして解説される。


「こっちは……傘、よね??折りたたみ式の……」


折りたたみ傘。前世ではかなり有名な便利道具だけど、この世界には無い物だ。

私の言葉にアーサーが納得したように「あ、折りたたみ式っすか!」と金具部分をガチャガチャし出した。

ちょっとそれじゃあ傘の骨が折れる!!と慌てて私がその手を止める。私が使い方を知っていたらおかしいし言えないけれど、パッと見の仕組みも前世の折りたたみ傘とそっくりだ。

戸惑っている私達を見かね、ネイトがアーサーに折りたたみ傘の開き方を一個一個説明してくれる内に今度はステイルの受け取った方に目を向ける。ステイルもまだ完全に持てあましている様子だ。

アーサーの方は鞄に入るサイズに伸縮する折りたたみ傘だとわかったけれど、ステイルの方はもっとわからない。どっからどう見てもこっちは普通に王都どころか市場でも手に入る……というか、これだけ貰っても使い道があまりないものだ。


「……鍵、ですね。どこからどう見ても何の変哲もありません。……これはどこの?」

「扉」

「貴方の家のですか」

「扉」

「……………」

……まさか。

ふと、ステイルの言葉に一言だけ応えるネイトに、口の中だけで声に出ない。口端が片方だけぶきっちょに引き攣ってしまう。

今回は私の方が気付くのは早かったらしく、未だに戸惑いが隠せないステイルは眉を寄せるばかりだった。ぶっきらぼうに返すネイトの言葉に説明不足と言わんばかりに視線をぶつける。

その視線にも気付かないままネイトはアーサーにやっと折りたたみ傘の開き方をレクチャーし終えた。ガチャッとシンプルな茶色の傘が綺麗に開いた途端、アーサーが「おー‼︎」と感嘆の声を上げた。こっちは結構大好評だ。持ち歩きできる傘なんて確かに画期的だろう。

けど、ステイルはそれよりも今は説明をと言わんばかりに鍵を摘まみながら彼へと突きつける。


「扉、ということは理解しました。何処の扉の鍵なのか教えて下さい。そうでなければ使いようがありません」

「扉ならなんでも」

「何でも良いわけがー……っ!?まさか……!!」

ステイルの言葉に応えにならないような返事しか返さないネイトに、途中でステイルもハッと気がついたように息を飲む。どうやらわかったらしい。

自分の手の中にある鍵とネイトを信じられないという顔で見比べた後、今度は周囲に聞かれてないか確認するように視線を配った。運良く今は上級生三人を気にしていた生徒もみんな、アーサーの持つ折りたたみ傘に夢中だ。

それを確認したステイルは、さっきまで荒げそうだった声を極限まで絞ってからネイトに顔を近付けた。


「……まさか、今までも施錠された教室にこの鍵で……?!」

「そりゃ鍵がねぇと開かねぇから入れねぇし」

潜めたステイルの声にネイトが平然と普通の声量で言い放つ。

直後には私とステイルで慌ててネイトの口を手で塞ぐことになった。モガッ?!と目を丸くするネイトが私とステイルを交互に見るけど、絶対私達の方がすごい顔をしている。なんて恐ろしい物作っちゃっているのこの子!!



「つまり!!これは、〝扉であれば何でも〟開けるという代物なのですね……?!」



声を潜めて怒鳴るステイルの言葉に、ネイトは丸い目のままコクリと頷いた。

まさかの本人が一番とんでもないものを作ったという自覚がない。頷かれた途端、私とステイルで顔を見合わせたけれど、お互いに冷や汗が頬まで伝っていた。アーサーだけが今は聞いていなかったらしく不思議そうに目をぱちくりして私達を見ている。けど、この場でどう言えばいいか分からず私達は唇をぎゅっと結んでしまう。本人に教えるべきか、それとも知らないまま誤魔化すか。まさかネイトがこんな恐ろしい物を既に開発していたなんて。当然、簡単な構造の鍵だけど発明の特殊能力者誰もがその効果を付与できるわけがない。できても扉一枚が精々だ。


この子、想定以上に特殊能力も恐ろしい威力持ちだ。


ゲームでも、ネイトは施錠した空き教室に忍び込んで頻繁に発明を繰り返していた。

アムレットが最初に見かけたのも、ネイトが開けたまま内側から閉め忘れた部屋を覗いたのが始まりだ。どうやってここに入ったのか尋ねるアムレットにネイトは「そりゃあ鍵持ってるからな」とポケットから教室の鍵を見せる場面がある。

盗んだのかと驚くアムレットに「いや作った」と言うネイトの発言から、てっきり教室の合い鍵でも発明で作ったのかなとゲーム時は思った。基本的にネイトが潜んでいるのは内側から鍵を閉められる教室で、アムレットが声を掛けたりノックをすると自分から開けてくれるのが仲良くなってからの毎回の流れだった。だから今回もネイトを探すなら、きっと彼ならどこかの施錠付きの教室で合い鍵の一つや二つ作っちゃているかなと思ったのだけれど……!!



全世界の扉対応のマスターキーを作っちゃっていたなんて!!



恐ろしい。しかもさらっと出しちゃったことが余計に。

せめて学校内限定のマスターキーならまだ良かったけれど、本人が〝扉〟と言うからには本当に扉ならなんでも開けられるのだろう。そんな恐ろしい物をただの教室への忍び込み道具に使っちゃっているところが、確実にこの価値をわかっていない。世界中の泥棒が喉から手が出るほど欲しい盗み神器だ。

ステイルが「これは僕が預かっておきます」と言うと、手の中に鍵を握って服の中にしまう動作をした。多分実際は服の中じゃなくて自分の部屋にでも瞬間移動してくれたのだろうと思う。英断だ。ネイトには悪いけど、この危険物はいっそ拳銃よりもタチが悪い。

ステイルに没収されてから私もネイトの口を塞ぐ手を緩める。その途端「なにすんだよ!」と不満の声が上がったけれど、次の瞬間にはステイルが彼の口からその両肩を掴んで止めた。ギラッと漆黒の眼光を光らせるステイルがネイトへと顔を近付け声を低める。


「良いですか?貴方の今後の平穏と立場と信用を守りたいのであれば、二度と今の物を作ってはなりません。作れることを他言してもいけません。今回は大目に見ますがあれは凶器に等しい犯罪道具です」


十四歳とは思えない声色と、凄まじい覇気を直撃してネイトの背筋がビキッと伸びて固まった。

明らかに一般人には向けてはいけない覇気の色にアーサーも「お、おい……」とステイルを止めようと手を伸ばすけれど、私が止める。そっとアーサーの手を降ろさせるように手を乗せ、そのまま耳打ちしようと彼の腕を軽く引き寄せてつま先を立てれば、すぐに耳を近付けてくれた。

コソコソと彼の耳に、ステイルが今没収したのがどういう代物なのかを説明すればアーサーの目がみるみる内に獣の目のように瞼を失っていった。騎士団で自己防衛の大事さも武器庫を含む施錠が命の施設や扉をよく知っているアーサーの顔から血の気が引いた。その手にある折りたたみ傘とは比べものにならないトンデモ道具だ。彼が今日までガラクタだと思ってくれていたことが不幸中の幸いだった。

ステイルの言い方は色々と厳しいとは思うけれど、でもそれくらい言い聞かせておく必要はある。彼の現状と今後を考えても禁忌の道具と言っても過言じゃない。

今までとは比べものにならない気迫でステイルに怒られて、今度は流石のネイトもぎこちなく頷いた。彼が了承してくれた後も、ステイルはまだ言い足りないように「そもそも!施錠をされているということはその先には第三者が入ってはならないということが大前提であり、勝手に鍵を作ることどころか鍵を拝借することすらも犯罪で……!!」と彼の倫理を一からたたき直そうとし始めていた。気持ちはわかるけど、このままだとまたネイトが怯えてしまう。


「す、……フィリップ。取り敢えずその話は追々しましょう?もうわかってくれたようだし……。けどネイト、こっちの傘は便利ね!鞄の中に仕舞える傘なんて画期的だと思うわ!」

ネイトの肩を鷲掴むステイルに、私が今度は背後から肩へ手を添える。

大分力が入っているように強張って上がっていたステイルの肩をそっと摩り、落ち着かせる。アーサーもそこで今度こそ「わかっけど」とステイルの気持ちを察しながら反対の肩に手を置いて止めてくれた。

やっぱりこういう規則にキチッとしているところとかヴェスト叔父様に前より似たなと思いながら、話を変える。視線でアーサーの持つ折りたたみ傘を示しながら、明るい声で呼びかけるとネイトも蝋人形のように固まっていた顔が少しずつ溶けた。

ピクッピククッと肩が揺れたと思えば、ぱちりと思い出したように丸くステイルに釘付けになっていた目が瞼を思い出し、アーサーの方に向けられる。


「こっちの折りたたみ傘も、小さくできるのは本人以外は三回とか決まっているのかしら?」

「えっ、あ、いや小さくなるのは……特殊能力関係なくて何回でもできる、けど……」

ぽつり、ぽつりと少し話すペースがゆっくりだ。

まだステイルの剣幕の余韻が残っているらしい。でも、折りたたみ機能自体は特殊能力関係ないと聞いてびっくりする。やはり彼の腕前だけでも充分に器用だということだ。

しかもこの折りたたみ部分はネイトじゃなくても設計図さえあればネイト以外にも作れちゃうことだと思うともう既にわくわくしてくる。これはもう今世でも設計図をお願いすれば、大量生産からの大ヒット商品待った無しなんじゃないかと思ったところで



「三回飛び降りられる」



…………えっ。

今、飛び降りるって言った?この子。

まさかのワードに耳を疑って表情筋が固まったままネイトを見る。ステイルとアーサーも意味がわからないように首だけをネイトへ動かす中、彼はまた大したことないように「俺以外なら三回だけだけど」と言いながら傘の説明をしてくれた。彼にとっては授業をサボっているのを見つかった時に窓から緊急脱出する為の非常用道具であることを。


どんな高さからでもゆっくり降下し続ける傘。


取り敢えずガラクタと話す彼のおもしろグッズが既に大変な代物であることに目眩を覚える。

「もうそれで充分と思うわ」と言ったけれど、ネイトは「何言ってんだよ!こんなガラクタ他に使い道ねぇだろ!!」と断った。緊急脱出グッズとしたら恐ろしいものなのだけれども。

四限開始の予鈴が鳴っても頭がグラグラ揺れて、ちょっぴり、あの傘で試しに降下してみたいなと頭の隅で脳天気に思った。子どもの頃に一度は試したい実験だ。



……流石はゲームでも片手で自分の義手まで作っちゃう天才発明家。



やっぱり、一刻も早く何とかしないと別の意味でも本気で大変なことになるかもしれない。

彼の事情については最大限言葉を選ぶ必要があるなと思いながら、私達は一度教室を去った。


Ⅱ127-1.184

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