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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
私欲少女とさぼり魔

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Ⅱ187.私欲少女は提案する。


「ネイト。約束通り来たわよ。待っていてくれてありがとう」


三限終わり、早速彼の教室に訪れてみれば窓際の一番後ろの席にネイトが座っていた。

また何処かにいなくなっちゃっていたらどうしようと思ったけれど、無事に待っていてくれたことにほっとする。身の丈に合わない大きなリュックを膝の上に置いて、むしろそこを机代わりにするような状態で顎を乗せ待っていた。私達にすぐ気付くと、手を振るまではせずとも顔の中心に表情筋を寄せたまま顔をこちらに向けてくれた。怒鳴らないだけまださっきよりは冷静になってくれたかなと思う。……今は怒ったパウエルがいないのもあるかもしれないけれども。


「ぶーす」

うん、ご機嫌斜めは変わらない。

まぁ今世に生まれてからは立場的に言われたことがなかったとはいえ、自分の顔が可愛いとはほど遠いラスボス顔なのはわかっているので否定はしない。今までは王女だから皆が心の中にしまってくれているだけで、今の私はあくまで一般庶民だもの。

またどこからか冷たいものが背中をなぞる感覚がして、もしかするとまたハリソン副隊長が怒ってくれているのかなと思う。

あはは……と笑って誤魔化しながら、椅子にかける彼の前に立つ。じっと顔をリュックに潰したままくりんくりんの狐色の瞳で睨む彼に私からも目を合わす。


「授業、受けたのね。偉いじゃない。授業はどうだった?」

「つまんねー。一限もつまんねーし、文字も読むくらいはできるし、二限もつまんねーし歴史なんて興味ねーし、三限の計算とか皆あんな式?つくんねぇでも数えれば良いだろほんと馬鹿ばっか」

ふわぁ……と欠伸を零しながら言う彼に、苦笑いしか出てこない。

ちゃんと授業自体は聞いていたんだなぁとは思うけど、多分単純にやることがなかったから聞いていただけだろう。この項垂れようだと寝ていた可能性も充分にあるけれども。

なんとも掴むところのない彼に、この場にパウエルがいなくて良かったと本当に思う。また彼を怒らせたら私の心臓の方が持たない。

そんなことを考えていると、ネイトが無言で自分の隣の椅子を引いてみせた。てっきり休み時間だから空いているのかなと思ったけれど、この様子だと最初から空席なのかもしれない。座れよという意味だと判断して、私も促されるまま彼の隣に腰を下ろす。隣のネイトに向けて横向きに椅子に腰掛ける私を挟むようにステイルとアーサーが並んでくれた。


「で……さっきの。どうして知ってたんだよ」

ぐっと、膝のリュックを手で押すようにして顔を上げたネイトが今度は声を抑えた。

ちゃんと話す為にかしっかり顔を上げて私を見る彼に、こちらも自然と背筋が伸びる。

〝さっき〟……彼が私達を待っていてくれた理由だ。昼休みの最後に彼へ告げた言葉を頭の中で思い出した私は「そうだったわね」と笑みを返しながら、同じように声を潜めた。


「私の特殊能力よ。人の弱みを知る能力なの。だから貴方に会った時にいくらかわかっちゃったの。お陰で他にも色々知れたわ」

「…………すげー……嫌な能力だな」

うわぁーと、本当に気味の悪いものを見る目を向けられちょっと落ち込む。

当然の反応だ。けれど、低めた声に反して僅かに顔ごと身体を私から距離をとるように引き、リュックをぐっと自分側で抱き寄せる彼は明らかに警戒が強まっていた。額から先ほどまでなかった汗が一筋伝うのも見ると、それなりに動揺はしているらしい。ええそうね、と軽く返しながら私は決めていた言葉を彼に続ける。


「この能力のことは秘密にして欲しいの。代わりに私も貴方の秘密を学校で言いふらしたりはしないわ。あと、どれだけ知ったかというとなのだけれど……」

唇を一文字に結びながらじっと私を睨む彼にそれを了承と受け取ることにする。

椅子から前のめりになるように顔を近付けると、口の横に手をあててみせる。折角距離を取ったのに近付かれ、背中をぐっと彼は反らした。私から「人に聞かれたら貴方が困るでしょう?」と言うと、肩を揺らす。ぎこちない動きで少しずつ私に耳を向けて近付けてくれる彼にそっと囁く。前世のゲーム設定と、彼から聞いた話とアーサーの話で確信付いた今のネイトの現状を。


彼の様子を窺いながら解き明かしていく私に、彼から息を飲む音が何度も聞こえた。

一つ言い当てられるごとにビクリと肩が小刻みに上下する彼は、じっとしていられないように何度も抱えるリュックを抱え直しては手袋を嵌めた指を曲げて伸ばすを繰り返していた。

全て言い終わり、耳から顔を離してから直接彼の顔を覗き込む。そのまま「どれか間違っている?」と軽く首を傾けてみれば、顎にまで汗が伝っていた。さっきまでの気味の悪いものを見る目から、今度はこぼれ落ちそうなほどに開かれて口が僅かに開いたままだ。どうやら無事どれも間違っていなかったらしい。

彼の反応を促すように敢えて「嫌な能力よね」と同意を求めてみたけれど、返事はない。このままだと彼が話し出す前に休み時間が終わってしまうと、仕方なく私から話を進ませてもらうことにする。


「単刀直入に言うわ。それについて相談があって来たの。もし貴方さえ良ければ、その問題をもっと早く解決させてあげることができるわ」

「早く……?!」

固まっていた彼が急激に動く。

私に耳を貸したまま前のめりに横を向いていた彼が真正面から私の顔を捉えた。思っていた以上にすぐ、しかも大きな反応をみせてくれたことに私の方が少し驚いてしまう。

もしかすると話が早く済むかもしれないと希望を抱きながら「ええ」と言葉を続ける。……逆を言えば、それだけ彼が既に追い詰められているという証拠にもなって怖くもあるけれど。


「方法は二つ。一つはすぐにでも解決できる方法よ。けど、代わりに貴方にも協力して欲しいの。貴方の家に私達を一度連れて行くことと、そして来る日を教えて」

〝来る〟という言葉に、ネイトは聞かずとも理解したように唇を絞った。

本音を言えば、こちらの方を選んで貰いたい。勝率の高さは私が一番わかっている。けど、今彼の現状を大体は把握できても、どれくらい深刻な状況かはわからない。ただ間違いなく一分一秒でも早い方が良いに決まっている。

勿論、その分彼に酷なことを条件付けていることもわかる。まだ私達のことを信頼どころか不信感も抜けていないであろう彼が、自分だけでなく大事な人が住んでいる家の場所を教えるのは嫌だと思う。

けど、前世の学校と違ってプラデストの生徒に住所録なんてものは登録されていない。中級層の子ならともかく、下級層の子どもに住所なんてあってないようなものだ。そして住所というのは悪用しようとすれば何でもできる最重要個人情報でもある。

それを、私達に教えるなんて簡単にはできない。よほど信用した相手じゃなければ難しい情報だ。だけど彼には友達もいないようだしどの辺に住んでいるのかさえ私達にはわからない。

まだたった十三歳の男の子に突きつけたもう一つの条件は更に無理難題だと私も思う。前世の十三歳の私が同じ立場だったら泣いて首を横に振る自信しかない。

そのまま早口で簡単に段取りは説明したけれど、ネイトの顔色は青くなったままだった。絞った唇も余計力が入るだけで開かれない。……きっと、こっちが本当の彼の姿なのだろうなと胸が絞られた。


「……それで、もう一つの方法よ。こちらはきっと今の貴方の状況からすぐには難しいと思うわ。それに、……根本的な解決に繋がるかはわからない」

けどやってみる価値はある。少なくともバレなければ、彼にも危険はない。

そう思いながら、同じように私は段取りを説明する。すると……みるみるうちにネイトの血色が戻ってきた。

白くなりかけていた顔が心なしが色つやまで良くなった気配までする。狐色の目が一瞬、髪と同じ金色に見えるくらい光り輝いて見えた。絞られた口が開いて、口角から満面に広がっていく。どちらも利点と不利益点を均等に並べながら伝えたつもりだけど、明らかに彼はこちらの方が好ましいようだった。

最後まで言い切った私が、パッと顔全体を輝かせる彼と目がピシャリと合った瞬間初めて聞く弾けた声で「それ!!」と叫んだ。

怒鳴るのではなく、完全に浮き立った彼の大声に思わず背中から仰け反ってしまう。遊園地に行こうと言われた直後のような明るい声だった。


「本当にそんなことできんのか?!嘘じゃねぇよな⁈冗談なら今の内だぞ?!」

「え、ええ……それは保証するわ。まだ細かい数字まではわからないけれど……」

細かく頷く私に、ネイトが抱えていたリュックを初めて手放した。

机によいしょと乗せ、椅子から立ち上がって私に詰め寄ってくる。あまりの反応の大きさに、いやでも絶対に簡単なことじゃないのよと伝えるべく私は急いで注意点を重ねた。


「けど、けどね?!お互いの都合がつくかもわからないし、貴方も大変でしょう?都合によっては凄く時間がかかるかもしれないし……」

「余っ裕!!今までだって何度かやってる!ちょっとずつ進めりゃあ一週間でいける!!」

一週間?!と思わず聞き返した自分の声がひっくり返る。

想定よりも遥かに短期間で済ませるつもりという彼に耳を疑ってしまう。一体今までどんな修羅場をくぐり抜けてきたのこの子。

けれど、ネイトの言いっぷりは強がっているわけでもその場しのぎでもなく本気で言っている。そのまま椅子に掛けたままの私へぐいぐいと前のめりに顔を近付けてきた。立場逆転したかのように私の方が今度は背中を反らす。輝く力一杯の笑顔のまま鼻がぶつかるくらい顔を近付けてくる彼に、流石にアーサーとステイルが腕で阻んでくれた。アーサーが間へと差し伸ばした腕でそれ以上進めなくなっても構わずネイトは私に視線を釘づける。


「マジのマジのマジで!!約束してくれるよな⁈お前も間に入ってくれるんだろ?!一週間後に約束だかんな?!お前が言ったんだから一週間後で良いよな⁈俺できるまで寝ねぇから!!」

「!?そこはちゃんと睡眠取って下さい!!」

光線銃のような視線が眩しい。

思わず引き摺られるように私まで大きな声でつっこんでしまう。まさか睡眠時間全部削るつもりだからの大見得だったのかと、その前に過労死したらどうするのと思う。

一週間後というのは彼さえ本当に平気なら約束できるけれど、本当に大丈夫なのか不安はある。「やっぱり余裕をもって二週間後に……」と早期解決したかった私の方が提案してしまう。けど、「一週間‼︎」と爆弾のように声をまた上げるネイトは首を横に振って全く折れない。


「一体どんなっ……いやそれより先に約束!!一週間後!絶対に間に合わせるからお前も守れよ!!」

興奮が冷めないままにネイトが乱暴に右手の手袋に手を掛ける。

その途端、ゲームの設定を思い返して私は口の中を飲み込んだ。まさか、と一瞬だけ思ったけれど、ネイトは手袋を半分だけ捲り上げると残りは中指部分を噛んで引き、抜ききった。手袋の下に現れたまだ小さめな手と予想より細い指が露わになった。

いつも手袋がしているからか、顔よりも手の方が肌が白い。それを見た途端、ネイトに気付かれないように私は胸をなで下ろした。腕を見た時から思ってはいたけれど良かった、やっぱりそうよねと思いながら表情に出ないように気を配る。半袖短パン、右手だけでなく他もちゃんと〝生身〟だ。

すると、ネイトはアーサーに阻まれたまま手袋の外した手だけをぐっと私に伸ばしてきた。今の今まで握手に応じてくれようとすらしなかった彼が自分から伸ばしてくれたことに虚を突かれてしまう。しかも、その手の形はどう見ても


「約束」


……強い声でそう言って、私に小指を立てて見せる彼の目は真剣そのものだった。

指切りのその手に、アーサーもやんわりと抑える手を緩める。ネイトもこれ以上前に出ようとしないように足を止め、ただただ私からの返しを待った。

小さな身体から信じられないくらいの意思の強さに私も自分の小指を絡めた。私の指をきゅっと掴まえるように強く掴む彼の指の力に少し肩が上下する。流石、指の力は強い。


「……約束よ」


彼との契約を、指だけでなく言葉でもしっかり示す。

こうやって指切りをするなんて、レオンとして以来だなと懐かしく思うと自然と口元が緩んだ。国の子ども達が教えてくれたというそれを、自分からネイトが求めてくれたことに嬉しさと、……ちょっぴり子どもらしいなという微笑ましさだ。まさかこんなにすぐ、話に乗って約束まで自分から交わしてくれるなんて思わなかった。

にぃ~、と嬉しそうに八重歯を見せて笑ってくれる彼に全身の力がほつれていく。一つ目は選んで貰えなかったけれど、二つ目を前向きに選んでくれた彼に私も全力で協力しようと心に決める。

城に戻ったら、改めてステイル達にも相談して万全の体制で迎えよう。きっと乗り越えられる。彼らと、そしてネイトの



〝発明〟の特殊能力さえあれば、きっと。


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