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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
私欲少女とさぼり魔

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Ⅱ181.私欲少女は進める。


「ジャンヌ!ジャック!バーナーズ!この前は本当に本当にごめんなさい!!」


一限終了後、ステイルとアーサーが移動教室に立つよりも先にアムレットは最前席から飛び込んできた。

ロバート先生が授業終了を告げた直後、教室に響くくらいの大声でアムレットにしては珍しくクラス中の注目を浴びてしまった。いつものプリントや筆記用具すら持たず、駆け寄ってくるアムレットは私達の前に来た途端に深々と頭を下げてまた謝った。


「家族の問題に巻き込んじゃって、本当に恥ずかしくて……。あんなにお迎えの騎士様まで待たせて、しかもバーナーズなんて体調悪いのに時間を取らせちゃったし……」

「きっ、気にしないでアムレット。エリック副隊長も気にしてないし、フィリップも休んだら治ったから大丈夫よ」

ごめんなさいごめんなさい、と一つ一つ丁寧に謝ってくれるアムレットに私からも必死で言葉を重ねる。

両手のひらを見せながら笑みで返し続ければやっとアムレットも頭を少しずつ上げてくれた。見れば、いつの間にか白い肌が真っ赤に染まっている。耳の先まではっきりと色づいているそれに、彼女がどれだけこの二日間いたたまれない気持ちでいたのかがよくわかった。

もしかしたら一限前に言いたかったのに、私達がぎりぎりまでいなかったから余計に気を揉ませてしまった可能性もある。私達がネイトを待ちわびていた間にこっちではジャンヌを待たせてしまっていたなんて。

顔を上げてもまだ赤い顔を隠すように俯いたままのアムレットを前に、ゆっくりとアーサーが立ち上がった。続くようにステイルも立ち、僅かにアーサーの背後に隠れるように位置を変える。ぽっぽっ、と頭から湯気が出そうなアムレットは、顔を上げても前に重ねた手が微弱に震えちゃっているくらいだった。彼女を前に、アーサーが「あの」と軽く手を上げる。


「自分らも大丈夫です。パウエルに良いダチがいるって知れて良かったですし。俺らは移動教室あるンでジャンヌは気にせずまたアムレットに勉強教えてあげてください」

礼儀正しく今度はアーサーの方から頭を下げると、背後に引いたステイルの肩に腕を回した。

行くぞ、と声を掛ければステイルもこっちに頭を下げた後は歩みを合わせる。さらりと流されてしまったことに驚いたのか、アムレットが「えっ、その」と慌てたように顔を上げてアーサーとステイルを追いかけた。細い足で駆け寄ろうとするアムレットに身体を捻って振り返ってくれたのはやっぱりアーサーだ。


「これからもジャンヌと仲良くして下さい。俺らも俺らでパウエルとはこれからも飯食うンで、宜しくお願いします」

はっきりした口調で言い切り、もう一度深々とアムレットに頭を下げる。

最後に「こいつも同じ意見です」と示すように回した腕でステイルを軽く叩いた。それに応じるようにステイルもアムレットにわかるように頷くと、今度こそアーサーは早足でステイルを連れて移動教室に去って行った。対アムレットになると、いつもよりさらにアーサーが頼もしい。

今は姿こそ同い年だけど、こういうのを見るとやっぱり私達の中で一番お兄さんなんだなと実感する。ステイルにアーサーが付いていてくれて本当に良かった。今までもアムレットとステイルの間には必ずアーサーが入ってくれたし、ステイルも頼れる相手がいて良かったなと思う。……まぁ、つまりはそれだけ姉である私はなかなか頼りにくいということなのだけれども。


「あの……、本当にフィリップも怒ってない……?体調悪いのに待たせて、あんなに煩くしちゃって、しかもあんな兄さんと同じ名前なんてっ……」

アーサー達が扉から完全に姿を消した後、あわあわとまだ不安そうな表情でアムレットが私に顔を向けた。

真っ赤な顔が少しは落ち着いたけど、やっぱりステイルが何も話してくれなかったのを気にしているらしい。エフロンお兄様のことを〝あんな〟なんてとちょっと苦笑してしまうけれど、きっと兄妹だからこその感覚なんだろうなと思う。

何より、ステイルとエフロンお兄様はタイプが全くの正反対だし、だからこそアムレットもステイルも恥ずかしかった部分があったのかもしれない。けどお兄様自体はとても良い人だったし、二人が恥じるような人とは思えない。


「大丈夫よ。フィリップも本当に全然怒ってなかったわ。お兄様と同じ名前だったことにちょっと驚いていただけ。気にしないであげて」

顔を不安そうに強張らせるアムレットへ笑ってみせる。

実際ステイルはアムレットには全く怒っていない。城に着いてからは気持ちを切り替えたように学校やネイトのことに集中してくれているし、きっと彼もこのままアムレットと距離をとり続けて乗り過ごすつもりなのだろう。

名前だって被っちゃっているどころか、実際はステイルが真似しちゃっているといった方が正しい。そんなことよりも、と私から彼女に気を取り直すべく口を改めて開いた時。


「ジャンヌ!アムレットおはよう‼︎」


弾むように元気な男の子の声が飛び込んできた。

アムレットと一緒に振り返れば、思った通りの同じ顔が紙の束を片手に教室へ入ってきたところだった。ファーナム兄弟だ。

兄のディオスが軽い足取りでこっちに駆け寄って、背後からクロイがゆっくりとした歩みでついてくる。「転ぶよ」と言いながらも若干諦めているように声を掛ける彼の手にも分厚い紙の束が握られていた。

この前言っていた試験対策のプリントを持ってきてくれたらしい。そう判断している間にも、駆け寄ってくるディオスが次の瞬間には両手を広げて私に抱きついてきた。

がばっ!!と抱きつかれ、少しもう慣れたとはいえ勢いのあまり背中が反れる。受け止めるようにディオスの背中に腕を回して掴まってなんとか堪えるけど、残念ながら私はファーナムお姉様ともセドリックとも違うからいつか倒れて床に頭を打つことになるんじゃないかと思ってしまう。


「約束通りコレ持ってきたよ!あと、休みの日に姉さんとクロイとノート買ったんだ。それで、早速先週の授業内容を書いてみたんだけどジャンヌにも見て欲しくて……」

「ディオス。ジャンヌに抱きつくのやめなって何回言わせるの。ほら、アムレットも呆れてるし」

ごめん、と。クロイからの叱責にディオスも素直に両手を話してくれた。

クロイの言葉に気になって私もアムレットの方に目を向ければ、呆れているというよりも半笑いといった様子だった。大きな目をぱちくりさせながら私とディオスを見ている。「おはよう」と思い出したように小さな言葉でディオスに返せば、彼からはまた何事もなかったかのように「おはよう!」と満面の笑みが返ってきた。

次の瞬間にはその笑顔のままアムレットにまで両手を広げて抱き着こうとするから、背後まで追いついたクロイが後ろ首を掴んで止めた。「他の女の子にも駄目」と一言切れば、アムレットがほっとしたように一瞬で上がった両肩を呼吸と一緒に降ろした。

男の子に抱きつかれたなんて、それこそエフロンお兄様が知ったら本人連れてきなさいくらいの案件になりそうだなと思う。


「時間ないしさっさと始めるよ。アムレットも早く試験用紙とか持ってきて」

近くの空いている椅子に腰を下ろしながら指示するクロイに、アムレットも気がついたように「あっ、うん!」と駆け足で自分の席へ取りに戻っていった。彼女がプリントをバッグの中から取り出す。その間にクロイが私の隣に、ディオスが私の向かいの席に腰を降ろした。

席から棒立ちになったままだった私に「ジャンヌも座らないの?」とディオスが声をかけてくれる。せめてアムレットが戻るまではこのまま立って待とうかと思ったけれど、続いてクロイに「なに、僕らを見下ろしたいの」と言われて渋々と先に腰を下ろすことにする。確かに今の私より背が高い二人を見下ろした今の態勢しかないだろうけれども。

実力試験の紙束を手に戻ってきたアムレットが私の斜め向かいの席に座り、とうとう勉強会が始まる。

アムレットも二人の前ではまだお兄様のことは言い出しにくいのか、いつもの調子でわからない問題について尋ねてくれた。


「ここの計算問題なんだけど、……ここはどうやってジャンヌ達は解いた?私、すごく時間が掛かっちゃうから後回しにしちゃって」

「ええ、この計算はね。全部纏めて一緒に計算するのではなくてここを……」

「あ、クロイがジルに怒られたやつだ」

「どうでもいいでしょ。それは」

主には、アムレットへ私が解説してそれをファーナム兄弟が観察している形だ。

時々私が言い切る前にディオスが「あ、それはね」と襷を受け取ってくれるから私も時々頭の中を整理して教えられてちょっぴり助かる。こういうのって自分で教えると、考えながらの解説になって自分でもよく言うところの「何がわからないのかわからない」現象になってしまうから、一歩引いて勉強を教えている様子を見るとすごく捗りやすい。

ついこの前までは殆どゼロから勉強を教えられていた筈のディオスが、積極的にアムレットに勉強を教えてあげているのを見るとなんだかすごい感慨深かった。なんというか教え子が巣から飛び立っていく感覚とでもいうのだろうか。

しかもクロイが「ここからは僕らで教えられるからジャンヌはこれ確認してくれる?」と渡してくれたノートを見れば、先週のうちに彼らのクラスで勉強したのであろう授業内容がすごく詳しく書き記されてあった。ところどころにちょっと筆記体の違う文字が頻繁に登場して、多分クロイの字だろうなと思う。つまりは二人の合作だ。

二人とも文字は似てこそいるものの、ちょっとだけ癖が違うのは特待生の勉強会の時に私もステイルも気付いたから覚えている。書き癖はまだ似ているんだけど、ディオスはわりと字体が大きくなりやすいし、クロイと比べるとちょっと丸文字に近い。そしてクロイは字が斜めになりやすいというか、意外にディオスよりも書き殴りに近い筆記体だ。多分文字自体はファーナムお姉様が教えてくれたのだろうけれど、……お姉様の文字はもう一目でわかるくらい細くてきめ細やかな字だったからきっと基本を教わった後は自分達で字は練習したんだろうなと思う。


「じゃあ、こっちの問題は……答えは〝アネモネ王国〟で合ってると思ったんだけど……」

「あっ、それ引っかけだよ。隣国は隣国でも〝関係の古い同盟国〟で、アネモネ王国と同盟を結んだの自体は結構最近だから」

「?でも関係は一番古いんじゃなかった?この前の歴史の授業でもアネモネと関係が古いって先生が」

「この場合は同盟を結んでからの歴史が古いっていう意味なんだって!」

アムレットの質問にもすごく気さくに答えてくれるディオスは、もう私抜きでも平気なんじゃないかと思うくらい教え上手だ。

流石は中等部二年トップ。多分すごい素直な性格だからこそ覚えたことも綺麗に吸収して自分の力でできちゃうんだろうなと思う。将来は国際郵便機関でセドリックの補佐についてくれるつもりらしいけれど、こうやって見ると良い家庭教師にもなれそうだ。教え上手でコミュ力も高くて優しい先生なんて、生徒の理想だと思う。それこそ将来的にこの学校の先生も全然良い。


本当に、やっぱりディオスとそしてクロイにも言えると思うけれど、肉体労働よりずっと向いている仕事はあったなぁと思う。荷運びしている時より、こうやって誰かの隣で話して力になってくれているディオスの方がずっと生き生きしているもの。プラデストでもこうやってディオス達みたいに少しずつ自分に合ったやりたい仕事を生徒達が見つけて伸ばしていってくれれば良いなと思う。

ディオスも、本人が今セドリックの補佐につくのを望んでくれるならそれが一番嬉しい。城の仕事ならお給料も高いし安定しているし、人の補佐とか手伝いとかも気が回るディオスならきっとセドリックの力にもなってくれる。今や我が城に大分馴染んでいるとはいえ、ハナズオ連合王国から移住したセドリックにこういう身近な存在が一人でも二人でも増えてくれるという意味でも大きい。……それに。


「僕らまだ国の外って出たことないんだ。アムレットは?」

「私も。アネモネ王国とかなら行ってみたいけど、まだちょっと国外は怖いかな。この前もラジヤ帝国からあんなことがあったし」

「だけど今はフリージアには同盟国もたくさんあるって!ラジヤもフリージアに負けてからはもう襲わないって約束したんだろ?ねっジャンヌ!」

「え、ええ。……けれど、まだ子どものうちは国外に出るのは考えちゃうわよね。せめて成人してからなら」




「ディオス、アムレット、ジャンヌ。脱線し過ぎ。今は何をする時間?わかってるよね⁇」




「「「………………」」」

黙殺。

ふと、脱線し欠けた軌道をクロイに一撃で立て直される。あまりにも容赦ない低めた声に、私達三人揃って唇を結んでしまう。アムレットに至ってはペンを握ったままの態勢で固まってしまった。


「時間ないんだからさっさと解説だけ進めて。そんなんだから今まで殆ど進まなかったんじゃないの?」

クロイの正論にぐうの音も出ない。

私の隣で頬杖を尽きながら眉間に皺を寄せているクロイは、私達が押し黙ると目の前のプリントを指でコンコンと突いて鳴らした。

「ほら、進めて」と言われ、私達は再びアムレットへの試験用紙解説を進めた。ディオスが小さい声で「ちょっとくらい良いじゃん」と呟いたけれど、次の瞬間に耳ざといクロイから「僕らの時はそんな余裕あった?」と強い言い方で返された途端、下唇を噛んで完全に沈黙してしまった。……まぁ、実際はいま何の時間かと言われれば休憩時間の筈なのだけれども。


……うん。こういう〝怒ってくれる人〟がセドリックやディオスの傍に居てくれることも良いことだと思う。


改めてそう思いながら私は再び解説に戻った。

鬼教官が隣にいる感覚にちょっとだけいつもより背筋が伸びたけれど、お陰で今までになくアムレットのプリント解説を進めることができた。


ステイルといい、ジルベール宰相といい、ヴェスト叔父様とい、クロイといい、やっぱり補佐にはこういう人が一番適任なのかもしれない。


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