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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
崩壊少女と学校

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Ⅱ19.崩壊少女は傾げる。


「すまねぇ!こっちから誘ったのに待たせちまって……!」


パウエルが慌しい様子で戻ってきてくれたのは、打ち拉がれたステイルが何とか持ち直した頃だった。

具体的にどうしたのか言おうとしないステイルに私もアーサーも困惑する中、食事どころではなかった。殆ど口をつけてない私達を見てパウエルも待たせたと思ってしまったらしい。

自分の頬を数度パチンパチンと叩いたステイルは「いや大丈夫だ」と返して、パウエルに座ったまま迎えた。こうやって人前で気丈に振る舞おうとするあたり、ステイルらしいなぁと思う。……そういえば。

「ところでパウエル、さっき校門に来ていた人って」


「ッパウエル!それよりもあれからどうしていたのか聞かせてくれ」


私の言葉を覆い隠すようにステイルが珍しく声を重ねた。……本当にどうしたのだろう。

私も人のことは言えないけれど、学校に来てからステイルの挙動が不審だ。聞いても全て言葉を濁してしまうのもステイルにしては珍しかった。いつもなら私やアーサー、ティアラには話してくれるのに。アムレットも、さっきのおじ様についても全然話してくれようとしない。ちょっと寂しい。……けど、私も人のこと言えないんだろうなぁ。

アーサーも不審を感じたのか、私と目を合わすと首をはっきりと傾げた。俺もわかりません、と言葉がなくてもわかる。ステイルの過去の事なら無理に深掘りしちゃいけないとはわかっているけれど、それにしてもやっぱり気になる。

パウエルもパウエルで、私が尋ねようとした時には目を大きく見開き始めていたけれど、ステイルが話題を変えた途端に「あ、ああ!」と合わせるように頷いた。彼も彼で初対面でまだ慣れない私達よりも当然ながら恩人であるステイルが最優先だ。

気を取り直すように元の場所に腰を下ろしながら、パウエルは先に食べるべきとステイルから貰ったサンドイッチを数口で食べきった。「美味い」と一言感想をくれたパウエルにステイルも交換したパンがとても美味しかったことを伝えると、残りのサンドイッチも口に運び出した。

二人に何となく促されるように私とアーサーもそれぞれ自分の分の食事を一口ずつ食べながらパウエルの話を聞く。

パウエルによると、ステイルに助けられてからすぐに行く宛てが見つかったらしい。偶然居合わせた子に住んでいる街まで案内して貰い、面倒をみて貰う人もわりとすぐ見つかったそうだ。特殊能力も当時は不安定で大変だったらしいけれど、友達のお陰で街の人からも煙たがられずに済んだと。


「なら、もう特殊能力は扱いきれているのか?」

今も全く問題ないな、とパウエルを上から下まで確認しながらステイルが尋ねた。

私もすごく気になって気がつけば前のめりになる。ゲームでは結構な割合で周囲をバチバチと放電していたパウエルだけど、今のところ一度も彼は私達に特殊能力を見せていない。つまりはそれだけ制御できているということだ。

ステイルの問いにパウエルは少しだけ頬を緩ませてから頷いた。人差し指を軽く立たせて見せるとパチパチッとと指先が丸く火花のように光る。やっぱり光ではなくて電気だ。

特殊能力は本人の年齢でも安定するし、それに……パウエルの場合は過去のこともあって精神的な理由もあったんだろうなと思う。ステイルの当時の話から聞いても感情が高ぶれば高ぶるほど酷くなっていたらしいし。


「とはいっても、制御だけだけどな。腹が立つとどうしようもねぇ時もまだあるけど……今は、普通に生活できてる」

電気を放つ人差し指をしまい、ぐっと拳を握って視線を落とすパウエルの金色の短髪を風が揺らした。

彼の表情と同じくらい穏やかな風が私達を撫でる。「そうか……」と零すステイルもその言葉に嬉しそうに笑みを零した。普通に生活できている、という言葉が何よりも嬉しそうだった。


「本当に、フィリップのお陰だ。あんなことをした見ず知らずの俺を助けてくれて、……あの時の言葉があったから、今までもやってこれた」

一つ一つ噛み締めるような言葉と共に、パウエルの空色の瞳が揺れた。

思い出したように潤みかけるパウエルに、ステイルが少し気まずそうに目を逸らしたまま指先で頬を掻いた。それが照れだとすぐにわかったらしいアーサーが、手を伸ばして私の背後からステイルの背中へバンッと手のひらを叩き込む。

不意打ちに仰け反って息を詰まらせたステイルは、次の瞬間に無言でアーサーを睨んだ。けど、アーサーからニッと嬉しそうな笑みが返ってきた途端、悔しそうに眼鏡の黒縁を押さえつけた。そのまま耐えきれないように頬がとうとう火照る。私達の前で褒められて流石のステイルも照れているらしい。

〝あの時の言葉〟というのが具体的に何なのかは私達も知らないけれど、きっとステイルの事だから素敵な言葉を送ってくれたんだろうなと思う。昔からステイルは本当に優しい子だったから。

思わず私まで微笑んでしまうと、ステイルが気がついたように目を見開いた後、顔を私から思いっきり背けてしまった。「そんな顔で見ないで下さいっ……」とさっきより更に耳まで赤い。親友どころか身内にまで聞かれるのは恥ずかしいらしい。


「だから、公布を聞いてすぐに俺もプラデストに行くって決めた。ここなら無料で勉強以外にも色々教えてくれるだろ?それにちょうど良かったし、……何よりフィリップの言葉を思い出したら絶対に行きたいって思えた」

「フィリップの、っすか……?」

パウエルの言葉に首を傾けたアーサーが聞き返す。

アーサーの疑問が私も同じく気になり、頷いて同調する。パウエルはそれに「ああ」と嬉しそうに笑むと、私達にその笑顔を真っ直ぐ向けてくれた。

「四年前、フィリップが言ったんだ。この国はもっと良くなるって。それに、この学校を創設したプライ」



「パウエル。……頼む、それ以上は」



言わないでくれ。と、話途中でまたステイルが言葉を遮った。

え、ちょっと待って学校創設って今間違いなく私のことを言おうとしていた気がするのだけれど。

ステイルは待ったの状態で左手をパウエルに伸ばしてその平を示しながら、右手で口元を覆っていた。眼鏡が曇りそうなほど真っ赤に火照っているステイルにパウエルの目が丸くなる。

わかった、とすぐにうなづくパウエルだけど、何故ステイルが照れているのかわからない。まさかパウエル相手に怒っているとは思わないけれど、何故そんな真っ赤なのか。


「すまねぇ、なんか俺まずいこと言ったか……?」

「いや、お前は悪くない……覚えていてくれてありがとう」

パウエル相手だといつも以上にステイルの棘が丸い。

何というかパウエルに対してそれはもう優しく優しく扱ってくれているのが見てわかる。これが実の妹のティアラだったら無言で口を塞がれていただろう。私だったら怒られていたかもしれない。

ぷすぷす……と湯気が出ているようなステイルは、顔が赤いまま俯いてしまった。何か私の恥ずかしい話でもしたのだろうか。いやでもパウエルはステイルが王子ってことも知らないだろうし、ステイルが私の悪口を話すとも思えない。なら、何か褒めてくれたとかだろうか。もし元々はパウエルもヴァルみたいに王族をよく思っていなかったとか。……だとすれば今はどう思ってくれているだろう。


「パウエルは王族のことどう思う?」


バッ‼︎とパウエルよりも先にステイルが私に顔を向けた。カッと見開いた目が「何を言っているんですか‼︎」と叫んでいる。

アーサーもハラハラするように皿のような目で私とステイルを見比べていた。でもやっぱり民から見て王族がどう映っているかは気になってしまう。それに、パウエルは未遂で終わったとはいえ人身売買の被害者だ。彼をちゃんと守りきれなかったのは我が国の責任でもある。

パウエルは私の質問に目をぱちくりさせると、二個目のパンを一口かじり、飲み込んだ。「王族……」と呟いてから考えるように視線を浮かせ、それから再び口を開いた。


「取り敢えずプライド第一王女は好きだな。学校作ってくれたし、お陰で勉強も仕事も助かってる」


……すっっっっごいすんなりと「好き」発言に、うっかり顔が熱くなる。

私の目を見て言ってくるから変な錯覚まで感じる。そのままぱくりと二口目のパンを味わうパウエルはもぐもぐと口を動かした。憧れの映画俳優にファンサービスを頂いたような気分で、表情が追いつかない。

まさかの私ピンポイント。やっぱりステイルが何かしら四年前に私のフォローをいれてくれたのだろうか、と頭の隅で考えた。

パウエルは全く私の赤面には気にしないように三口目を噛り付き、食べながら指折り数え出す。


「あとはー、女王と王配と……最近話題のティアラ第二王女とステイル王子だったか。少なくとも今は誰も悪い噂は聞かねぇな。十年くらい昔まではどっちかの王女は我儘とか聞いた気がするけど」

それ私です。

そして最後に言った王子様が貴方の恩人です、と言いたいところをぐっと押さえる。一先ず今は王族が誰も悪く言われていないことに安心する。

あはは……と枯れた笑いを漏らしてしまうと、パウエルは少し私にも慣れてくれたのか、数ヶ月前にあった奪還戦の話も投げてくれた。彼が知っているのは民に公布している内容だけだったけれど、まさか当事者三名が目の前にいるとは夢にも思っていない。

私達も焦りを誤魔化すようにパウエルの話を聞きながら無言でモグモグとサンドイッチを食べ続ける。彼の口から「プライド様」「ステイル様が総指揮を」「聖騎士が」と聞くたびに私達は視線の行き場に惑うことになった。

もうこっちは食べるか相槌かしか道はない。まさかここまでパウエルが自分からたくさん話してくれるとは思わなかった。返ってくるとして「普通だけど」の一言くらいかと思ったのに!

というか普通の民よりも王族の噂に詳しい気までする。何がどうしてそんなに王族へ興味を持つようになったのか‼︎

ステイルだけでなくアーサーまで自分の話題を聞いた途端、顔が赤くなっていた。


「開校式で初めて見たのも遠目だったけど、……王族も騎士もみんな格好良かったよなぁ」


……もう勘弁してくださいパウエルさん。

顔を覆って真っ赤になる私に、最後のデザートを齧ったパウエルはそこでやっとこちらの撃沈に気付いて私達を呼んだ。恥を誤魔化すようにサンドイッチを平らげてしまった私達は噛み締めるものを失い、昼休み終了の鐘が鳴るまで「満腹」を理由に項垂れた。

予鈴に合わせ、途中まで一緒に校舎へ戻った私達は明日もまた一緒にお昼を食べようと約束した。結局突然の乱入おじ様と、私のうっかり暴投の所為で結局満足にじっくりステイルとパウエルは話せなかったのだから。別れ際、最後に思い出した私からの問いにパウエルはすんなりと答えてくれた。


「俺は高等部二年だ。これからよろしくなフィリップ、ジャンヌ、ジャック」


今年で十七歳になるパウエルはそう言って最後は振り返りざまに歯を見せて笑ってくれた。


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