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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
私欲少女とさぼり魔

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Ⅱ180.私欲少女は探す。


「やっぱり‼︎やっぱりアレはそうだったんだ‼︎‼︎俺の所為でっ……!!俺っ……俺っ、が!俺があの時!バレなかったらッ」


……誰?


「そんなことないっ!!ネイトは何も悪いことしてないでしょ⁉︎……⁈だって全部利用されていてっ……」

「ッそうだ騙されてたんだ‼︎‼︎あんな悪魔に‼︎悪魔にずっと‼︎‼︎ずっと俺ッ感謝、までしてっあんなクソ女の為にずっと‼︎‼︎……でも、で、でも‼︎あいつが、あいつがあいつが俺から全部奪ったんだ‼︎‼︎」


……ネイトに……アムレット?

涙に溺れて、歯を食い縛る少年が頭を抱えている。指先部分がピキピキと軋むほど頭皮に立てて、アムレットの言葉すら今は受け入れたくないように激しく首を振り、喉が痛むような声をあげている。

震える彼にアムレットが優しくその手をとって言葉を重ねても、まだ届かない。これ以上傷つかないように、これ以上自分を責めないように伸ばした手を今だけは拒絶される。

もう終わってしまったことなのだと、今悔いても何も変わらないのだとその事実をアムレットが告げている。これはそう確か二作目の、……最終局面前に真実を知ってしまったネイトをアムレットが慰める……。……嗚呼。



あんなこと、知らずにいられた方が良かったのに。



「ネイト、自分を責めないで。貴方はずっと利用されて騙されていただけ。絶対に悪くないわ」

「う゛っ……あ゛あ゛、ああ゛ああああああああああああああああっっ!!」

嘆き叫ぶネイトをアムレットが包むように抱き締めた。

さっきまで息を殺して耐えていたのが嘘のように嘆き吼える彼は、とうとう床に崩れ落ちてしまった。誰もいない空き教室で、陽の落ち始めた夕焼けだけが彼らを照らしている。

零れた涙が床に落ちて湿らせ、吸われきれずに水たまりを作った。共につくアムレットの膝も濡れ、それも構わず彼女は必死に彼へ言葉を尽くす。自分よりも小さな少年の手と身体から、信じられないような叫びが憎悪まで混じり出していた。

閉ざされ切った窓が風で揺れ、カタカタと鳴るその音がまるで彼の咆哮に共鳴しているようだった。

ネイトの悲しみを、苦しみを少しでも分けて貰おうと細い腕に力を込めるアムレットの目にも涙が滲む。自分より小さな身体のネイトの激情を全て受け止めた。

お互い失ったものを補い合うように一つの影になる二人の姿は優しくて、哀しい。


……駄目。


こんなの、絶対に駄目。許さない。

ネイトは悪くなんてない。彼はずっと、いつだってただ大事な人の力になりたかっただけなのに。

助けになる為に、取り戻す為に、恩返しの為に、いつまでもずっと頑張ってきた彼がこれ以上苦しんで良いわけなんかない。彼の、一番辛かった彼の過去をこれ以上




踏み荒らさせは、しない。






……







「では、ジャンヌ。教室に着いたら早速ネイトを探しに行きましょう」


休み明けの登校日。

ステイルの言葉に私は笑顔で返した。

いつものようにエリック副隊長に付き添われて登校した私達は校門まで辿り着いた。


「じゃあまた放課後に。ジャック、ジャンヌに何かあったら絶対に無理はさせるんじゃないぞ」

「はい!!」

校門を境に手を振ってくれるエリック副隊長とアーサーの言葉に苦笑してしまう。

今日はギルクリスト家から学校まで歩いている間、いつもより口数が少なくなってしまった所為で三人に心配をかけてしまった。

この二日間で一応ネイトへの対応は二策も決まったし、カラム隊長から聞いた件についてもアンカーソンへの対応策と不良生徒への対策もできた。主にネイトのことで不安要素は尽きないけれど、それでもちゃんとできることはやったし今日こそやっと彼と直接話せる。彼の状況を把握して、後はそれに応じて方法をどちらか決めれば良い。……のに。今朝の夢見がまだ頭に引っかかっている。

どんな夢かは覚えていないけど、お陰で朝から妙に頭が重い。ロッテ達に起こされて目を開けた時なんて若干潤んでいた。

二日前のティアラの話がまだ頭に残っている所為か、ネイトに会う前から嫌な予感までする。登校中に延々と思い出そうと記憶を巡らせてみても無理だった。ここ最近ずっと第二作目の記憶を寝る前に脳内で漁っていた所為で、寝ている間も頭が休まらなかったらしい。……もう、むしろ今日からがまた忙しいのに。

今夜は何も考えずに寝よう、と溜息代わりに深呼吸をしながら私はアーサー達と一緒に校舎へと進んだ。


「確か、カラム隊長が二限前からは探してくれンすよね」

中等部校舎の昇降口を抜け、階段を登るところでアーサーの確認に私は頷く。

二限と三限に騎士の選択授業講師として入ってくれているカラム隊長は、話によると既に四回校内に隠れたネイトを確保している実績があるらしい。流石は三番隊騎士隊長。

だから今日からはもしネイトを発見したらそれとなく私達に引き合わせてくれるとも打ち合わせ済みだ。

実際はネイトをというよりも、学内で生徒が潜んだり悪さをしていないかの見回りを自主的に行っていた結果、彼を発見しまくったらしいけれど。

つまりは授業中に悪さ、というかサボりをしているのはネイトだけの可能性がある。そうじゃなかったらカラム隊長の目を免れるほどに玄人か、もしくは毎回その前に捕まっちゃう彼の運が壮絶に悪いのかどちらかだ。……まぁ、今日からはもう一名確実に授業ボイコットの問題児が増えることになるのだけれども。教師陣営の皆さんごめんなさい。


今日一日、というかこれからの教師の苦労を考えると、その内胃が痛くなりそうだと今からお腹を押さえてしまう。その途端、アーサーが「大丈夫すか?」としっかり気付いて声を掛けてくれたから、慌てて手を身体の横に下ろした。


二年の教室に辿り着き、おはようの挨拶以外は話しかけられる前に荷物だけ置き早足で私達は廊下に出た。この前みたいに連続ゲスト出演で足止めを受けるわけにはいかない。今日という今日こそはネイトに直接会わないと!!

駆け足で教室を出る間際「ジャンヌ」と呼ばれた気がしたけれど、これ以上は聞こえなかったことにさせてもらう。

ステイルとアーサーと急ぎ、私は一年のクラスへと階段を駆け下りた。いつも私達はちょっと早めに余裕をもって登校しているし、ネイトがまだ登校しているとも限らない。


クラスの教室を覗いてみれば、やっぱりいなかった。

この前のファーナム兄弟ではないけれど、今度は私達が教室の前でネイトを待ち伏せすることになる。

教室に入ってちょっと抜けるくらいならそこまで気にとめられないけれど、廊下にずっと佇んでいると結構人の目につくんだなと実感した。しかも同学年ならまだしも今いるのは一個下の学年だ。

そういえば前世でも中学って一年、二年、三年で身体の造りの違いって結構はっきりしていた気がする。特に申しわけないことに同学年の中でも背が大きいアーサーは、すっごく目立っていた。一年の子が通り過ぎ間際にアーサーを見上げる度、本人は口を一文字に結んだまま斜め上へ視線を逸らしていた。中にはあの休み時間の校庭でアーサーの大立ち回りを目にしていた子もいたらしく、けっこう女の子だけでなく男の子にも一歩引いたところからキャーキャー言われていた。ここでもアーサーは男女関係なくモテモテらしい。

流石に上級生……というか、明らかに自分より背が高くて強い相手に話しかける子はいなかったけれど、それでもこちらに何度も振り返る男の子や女の子は限りが無かった。居心地悪そうに視線を逸らし続けるアーサーに、早くネイト来て!と心の中で念じながら待ち続けて暫くすると、とうとう





…………鐘が、鳴った。






授業開始前の、予鈴が。

教室に戻らないといけない鐘の呼び出し音に、ちょっと待ってと周囲を見回した。

確か、カラム隊長の話だとネイトは朝の授業出席には毎回顔を出している筈だ。それなのにこんなぎりぎりの時間になっても登校してこない。まさか三日の内に彼の身に何かと、教室に戻るか否かよりもそっちのことが心配になって気持ち悪く心臓が脈打った。意識的に唇を閉じ、口の中を飲み込んだその時。


「……ジャンヌ、フィリップ。あいつ、教室に居ます」


えっ。

さっき確認した筈の教室をもう一度覗き込んだアーサーの言葉に耳を疑った。

確か最初来た時は教室の中をしっかり確認したし、その後は教室の扉の前に張り付いてずっと見張っていて見逃す筈なんてないのに。

けれど、教室の扉へ顔を覗かせてみれば確かにそこにはネイトの後ろ姿があった。窓際後方の不人気席。私だけでなくステイルも目を丸くして唖然としてしまう。

アーサーが「すんません、俺がちゃんと見てなかったから……!」と謝ってくれるけど、寧ろちゃんと見ていた筈なのに見逃した私達の方が問題だ。


「確かに先ほど確認した時は居なかった筈ですが……!」

おかしい、とステイルも自分の目が信じられないようだった。眼鏡の黒縁を指で押さえつけながら眉間に皺を寄せる彼に、私もそう思ったと答える。

同学年の子達の中でも小柄なネイトだけど、だからといって見逃すとは思えない。三人も居て標的一人を素通りさせるのもおかしいし、しかもこうして見てみれば彼は今日も大きく膨らんだリュックを持ってきている。

いくら身長が低くてもあのリュックを含めて彼の容姿なら絶対に目立つ筈だ。

今すぐにでもネイトに突撃したかったけれど、もうこっちも授業開始まで時間がない。


「ジャンヌ、残念なのはわかりますがこちらも授業が始まります」

「次、次は絶対捕まえましょう!」

ステイルとアーサーの言葉を受け、唇を強く絞る。今だけは本気で授業を遅刻しても良いと思ってしまうけれど、そうもいかない。ただでさえ、教室で私は目立つという意味では教師や生徒からイエローカード状態なのだから。

うぐぐ、とネイトへ声を上げたい気持ちをぐっと抑えて私達は一度自分の教室へトンボ帰りすることになった。今度こそ、今度こそ一限目が終わったらネイトに突撃すると心に誓う。

そして、ふと考える。


……どうして、今までカラム隊長以外ネイトを教師は確保できなかったんだろう。


もちろん教師が忙しかったとか、クラスの入れ替えや移動教室の都合もある。けれど、朝の出席では必ずいるネイトに担任が目を全くつけないとは思えない。

出席を取った後にちょっと呼び出してお説教するとか、そうでなくてもあんな目立つ子なら教師同士で情報共有されていれば通りがかりの教師が「何処行くつもりだ?」と誰かしらが確保してもおかしくない。なのにカラム隊長の話しだと全く他の教師には捕まえられなかったらしい。


「やはり、ジャンヌが話していたアレでしょうか……?」

「いやでも、どんなのでも流石に俺らの前通れば気配で気付くだろ」

早足で教室へ戻りながら声を潜めるステイルとアーサーに私も思考を巡らす。

一応ネイトのこととかについては、休息日を取っていたアーサーも含めて近衛騎士で共有はしてくれている。アーサーも私が話したネイトの設定について把握してくれているから、ステイルの言わんとしていることもわかる。

確かにその可能性が濃厚だけど、少なくともそれ系はゲームでは語られていないし……いやでも、それ以外で彼が私達に気付かれず教室に戻る方法なんてない。

結局考えが纏まらないまま私達は自分達の教室に滑り込んだ。既に先生が教卓前に立っていた為、ぺこぺこ頭を下げながら急いで席に座った。

次の一限後はステイルとアーサーは男子の選択授業で移動教室だからネイトに会いにはいけない。なら次の機会は昼休みだろうか。……全校生徒が校内中に入り乱れる、昼休みに。


「では、出席を取ります」


教師の言葉を聞きながら、私はがっくしと肩を落とした。

今日こそは絶対にネイトを見つけなきゃという使命感と、……また接触すらできなかったらどうしようという不安感に苛まれる。


そしてこの日、カラム隊長以外の教師が今まで一度も彼を捕まえられなかった理由を私達は嫌でも理解することになった。


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