そして決定する。
「と、りあえずはアンカーソン卿と……罪のない生徒が狙われずに済めば良いわ。急を要するのはその二点かしら……?」
少なくともネイトに取りかかる間にその二つだけ解決してくれていれば問題ない。残す問題は私が潜入視察を終えた後にでも解決することはできる。ネイトの現状把握と必要あれば救出して、それから最後の攻略対象者捜しに取りかかればもう誰も─……。………………誰も。
「…………」
もう思った途端、一人の人物が頭を過ぎった。
ステイル達が「そうですね」と頷いてくれる中、自分でも笑顔が固まってしまうのを感じる。身体は動かないのに思考だけが凄まじい勢いで高速再生されている感覚に瞬きの暇もない。急に笑ったまま一時停止してしまったことにティアラ達も気付いて数秒後に呼びかけてくれた。
しまった、ちょっと考え込み過ぎたと首を振り「何でも無いわ」と笑い返す。とにかく、ジルベール宰相達がここまで協力して動いてくれている以上そっちの方は問題ない。攻略対象者探しすら一時停止させている今、一番に私が考えるべきなのはネイトよと自分に言い聞かす。ただでさえ第一作目より時間がないのにここで優先順位を間違えたらそれこそ目もあてられない事になる。
果物を食べ終えた私は、今度は我が国では珍しいお菓子を一つ皿に取ろうと手を伸ばす。補佐であるステイルが気がついてまた代わりに皿へ装ってくれた。
ありがとう、と一声返してから私は正面からレオンを見据えた。まだ私の用件は残っている。
「それとレオン。実は私から個人的にお願いがあるのだけれど……」
学校から帰ってから今日になるまでの三日間、悪知恵働く頭を精一杯働かせて巡らせた結果だった。
こればかりは私よりも適任者がいる。
お菓子を置かれた皿を前に私が姿勢を正すと、レオンもすぐに応じるようにソファーの上から背筋を伸ばしてくれた。なにかな、と気さくな口調でありながら眼差しは真剣そのものだ。翡翠色の瞳が真っ直ぐと、顔に力が入る私の顔を映してくれた。
こちらの方はまだ話していなかったステイルとティアラも小さく私を呼んだ。小首を傾げて私を覗き込むティアラと前のめりに私へ顔ごと視線を向けるステイルが同時に視界の隅に入る。
「また、学校見学という名目と……あと私への定期訪問という名目で、我が国へ何度か訪れて欲しいの。勿論、例の件が落ち着いてから」
「?それは勿論さ。もともと学校訪問の方はその為にステイル王子がこの時期に謀ってくれたのだからね」
「ええ、それで……その、もう一つ…………一国の第一王子であるレオンに、こんなことをお願いするのは、本当に、本ッッ当に申しわけないとわかってはいるのだけれど……!!!!」
言いながら本当に申しわけなさが勝ってしまい、膝の上に両手を重ねたまま思いっきり肩に力が入ってしまう。
最初に先日の〝予知〟したネイトのことからレオンに話す。ゲームの設定全てはまだ言えないからあくまでネイトという少年について予知をしたとしか言えないけれど、既に〝予知〟の単語だけで充分にレオンの目つきが変わった。
セドリックに続き、レオンにも更になかなかの突然過ぎる無茶ぶりというか……しかも次期国王をそんなことに巻き込むなんてレベルをふっかけていると誰よりも自覚している。特に本題である依頼については、レオンの目が丸く水晶のように見開かれていくのがわかった。
その様子に堪らず私から顔を俯けてしまう。それでもお願いごとは最後まで言い切らなければと、口だけを何度か意識的に動かして舌を回す。気持ち的には「この通りです!」と前世でもなかなかやったことのない土下座をしてもいいくらいの気持ちで訴えた。
「……勿論、断ってくれても大丈夫です。特に後者はいくらなんでもアネモネ王国の王族であるレオンにお願いするにはあまりに無礼で、難し過ぎる注文だともわかっていますから」
最後には盟友というより頼む側として真摯に訴えるべく気がつけば敬語まで出てしまった。
顔を俯かせたまま、暫くは呆気を取られたのか無言のまま返事をしないレオンに流石に引いたか怒ったかなと思う。左右からはステイルが「それだけならばレオン王子に頼まずとも」と提案したり、ティアラが「何か理由があるのですか?」と心配してくれている。まだ具体的には言えない。本当にネイトがそこまでの状態かわからないし、もしかしたら不発の可能性もある。
何より、最悪の場合は我が国の問題……というか、王族規模で考えたらこんなに小さな問題に第一王子を巻き込むことになる。若干ダシに使っている感もあるから余計申しわけない部分もある。だけどネイトの場合、どうしても両方を効率良く解決してくれるのはセドリックではなくレオンだ。彼の今後を考えてもやっぱりレオンに引き合わせたい。
せめてもと昨日話したネイトの〝予知〟でみた内容以外にも背景がぼやかして伝えれば、ステイルが「つまり」と名推理を告げ、それにティアラも口を覆い察してくれた。
「……因みに、そのネイトという子はどんな子なのかな。……プライドがそんなことを頼むということは、何かあるんだろう……?」
当然の要望だ。
頷き、顔を上げればソファーに掛けたままのレオンがテーブル越しに前のめりに私へ視線を注いでくれていた。一度口の中を飲み込んだ私は「まだこれから調査しますが」と断った上でネイトの〝予知〟について少しだけ説明した。あくまで、ステイル達へ説明したのと同じ彼の設定で絶対に普遍的な部分のみの抜粋だ。
状況によっては勿論、本人の意見を聞いてからレオンにお願いすることも考えている。でも、……やっぱり彼のあの様子から考えてもどうしてもその可能性は希薄としか思えない。
私の話に背後でカラム隊長から息を飲む音が聞こえた。何か覚えがあるのかしらと首の角度を変えて振り返れば、王族の手前唇は結んだままであるものの、その目が〝納得〟の二文字を表していた。やっぱり何か覚えがあるらしい。ちょっと聞いてみたくもなったけれど、今はレオンとの話に集中する。
「レオンに危険はないように私が全責任を持ちます。ただ、私にもいつになるかは読めませんし、その時が来たら待つこともできないと思いますからっ……」
お願いします、のその言葉だけはずるいと思い飲み込んだ。
お願いする立場とはいえ、そんなことを言ったら優しいレオンが断れないのは私がよくわかっている。後はレオンの意思に任せるしかないと思いながらここで口を閉ざす。目で訴えるのも悪い気がして、目を閉じ審判の時を待つ気分で沈黙する。ステイルもティアラも口を閉ざす中、呼吸の音すら聞こえそうな沈黙を破ったのは
「………………ふっ!!……フフッ……ははっ!」
「……レオン?」
レオンの。まさかの楽しそうな笑い声だった。
ステイルに続き、まさかこんな場面でレオンの笑い声を聞くことになるとは思わず瞬きを繰り返してしまう。ポカリと口を開けたまま開いた目でレオンを見つめれば、さっきのステイルと似たように身体ごと捻るように正面にいる私から逸らした彼は片手で口を覆っていた。クスクスという笑い声が、震える肩が怒りではないことを教えてくれる。サラリとした蒼い髪に栄えるように顔色が少し紅潮しているのがわかる。この笑い声が聞こえなければ怒らせたと思ったくらいだ。
一体何がツボに嵌まったのかもわからないまま、何度も頭を左右に傾けてしまう。尋ねるようにティアラとステイルに視線を投げれば、ティアラにはにっこりとした笑顔、ステイルからは肩をすくめる動作で返されてしまった。二人はわかっているらしい。
今回は頼んでいる側にも関わらず気安く突くわけにもいかず、レオンが笑いが収まるのを待っていると暫くしてから「ごめんごめん」と肩で息をしたレオンが振り返ってくれた。若干涙目にも見えるレオンは、あれでも大分笑いを堪えたところらしい。指先で目尻の水滴を払った後、「ちょっとびっくりしちゃって」と笑うレオンは中性的な顔立ちが際立って可愛く見えてしまう。
「プライドにそんなお願いされちゃうとは思わなかったから。……嬉しくて」
フフッ、とまた機嫌良さそうに頬を綻ばすレオンに私は余計に頭が傾いてしまう。
まだ「可笑しくて」なら分かるけれど、どうして「嬉しい」のだろう。でも、これはつまり了承してくれたということなのだろうか。そう思考を巡らせている間にもレオンは「因みにその時はステイル王子が?」「プライド第一王女のお望みの為ならば喜んで」と依頼者も置いて話を進めてしまう。
「父上には僕から頼んでおくよ。確かプライドの視察が終わるまであと二週間くらいだったかな?一応その間は念の為国内にいるようにすれば平気かな」
「ええ、その時は僕からも責任もって対処させて頂きますので」
「何度でも学校見学にいらっしゃってくださいねっ。その時は私も絶対第二王女としてご一緒しますから!」
しかもティアラまで!
まさかの予想を斜め上に突き上がる和やかさに私が言葉も出なくなる。今、私第一王子に結構な無茶ぶりをしたのだけれども!!
なのに目の前では検討や熟考とは縁の遠く、にこやかにお茶会を再開する三人の姿があった。この焼き菓子が女性に人気らしいよ、本当ですか、姉君もよそいましょうか、と寧ろ完全に空気が巻き戻っている。ステイルが私とティアラの皿に焼き菓子をよそってくれる中私は顎が外れたまま何も言えなかった。カチャッと小さく皿がテーブルに着地した音を聞き届けてからなんとか絞り出せた言葉は「良いの……?」の一言だった。
それにレオンは、上目からゆっくりと真っ直ぐ私を見据えるように角度を変えた後、にっこりと微笑んだ。「プライド」と穏やかな声で一言呼ばれ、はいっと私も背筋に力が入る。次に何を言われるか全く想像も付かないまま、緊張感だけが身体の内側から張り詰めると
「なんだか、王子様〝みたい〟だね?」
ぶわり、と。
凄まじい色香と共にレオンから妖艶な笑みが放たれた。
昼間だというのにまるで月明かりでも浴びたような妖しく強い光に息が止まる。人差し指の先をそっと自分の口元に添える動作が余計心臓に悪い。一気に血の巡りが早くなって目まで回ってきた。
食器を持っていたら確実に落としてしまったと思うくらいの強い色気に当てられクラクラする。その証拠に焼き菓子を頬張ろうとしていたティアラからフォークを落とした音がした。例に余らずティアラも色香の余波に当てられたらしい。
なんで、ここで、そんな色っぽい微笑を浮かべるの?!
息が出来ない代わりに頭の中でそう叫ぶ。ステイルやカラム隊長が心配して声をかけてくれるけど、もう顔が熱くて熱中症にでもなってしまったかのようだった。今だけは温かい紅茶よりも冷たい水が欲しい。
〝みたい〟も何も、レオンは正真正銘の完璧王子様なのだけれど!
そうは言いたいものの舌まで痺れたようになって言葉が作れない。ちょっとこの至近距離でその妖艶な笑みは刃物よりも凶暴過ぎる。心臓がばっくんばっくん煩い。
「盟友の頼みを僕が断るわけないじゃないか。むしろ、今後のことを考えたら是非とでも言いたいくらいだよ。プライドの紹介なら信頼もできるしね」
フフッ、と私とティアラの重症も気にせずに話を続けるレオンに返す言葉もない。
くたりと力の抜けたティアラとお互い寄りかかりながら心音を整え、何とか「ありがとうございます……」と感謝を伝える。こちらこそ、という明るい声が返されたけれどちょっと顔を見れる余裕はなかった。
「楽しみだなぁ。もうちょっとで、プライドに会える日も増えるんだから」
鼻歌でも歌いそうな楽しそうな声でそう言ったレオンは、それから部屋の外にいる侍女へ呼びかけて冷たい水を用意させてくれた。
ジルベール宰相やカラム隊長、ヴァルに加わり更なる協力者参入がここに決定した。




