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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
私欲少女とさぼり魔

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Ⅱ177.義弟は惑わない。


「それでは王配殿下、報告は以上になります。〝商品リスト〟を探る輩の調査、そして〝アンカーソン〟についても頃合いを見てまた私から報告させて頂ければ幸いなのですが」

「ああ。商品リストについては衛兵の見回りを強化させてくれ。アンカーソンについては、……まさかこうなるとはな」


王配の執務室。

父上の仕事部屋でもあるそこでたった今、ジルベールが報告を終えた。息をつく暇もなく父上に次の許可を求めるこいつの手並みの速さは流石だ。

そして父上もたった今受けたばかりの報告にも関わらず間違いない対応を考えてくれている。ジルベールの元で王配業務の手解きを受ける傍ら、こうして父上とのやりとりを聞くのも慣れたが何度聞いても無駄がない。そして今この部屋に居るのはジルベールと父上、俺だけではない。


「これもカラム隊長が講師として潜入して下さったお陰ですねっ」

「ならばローザにもその旨を伝えて置こう。ステイル、お前もプライドと共に話を聞いたのだったな。報告書は任せられるか?」

「今書き終えたところです。ジルベール宰相の報告内容に添って記載させて頂きました」

王配補佐のティアラ、そしてヴェスト叔父様に続き俺も纏め終えた報告書を広げて見せる。

ジルベールの話を聞かずとも現状は頭に入ってはいるが、やはり父上に報告された内容を正確に記載した方が報告の行き違いも防げる。俺の報告書を手に取り、確認して下さったヴェスト叔父様は「よくできている」と頷いて下さった。

学校から帰り、プライドとの休息時間を兼ねた打ち合わせを終えた俺とティアラはいつものように補佐へ戻っていた。一度は持ち場も分かれた俺とティアラだが、父上の元へ戻ったジルベールがプラデストついての報告があると告げたことで母上の補佐であるヴェスト叔父様が呼び出された。

国内の学校であるプラデストは管轄でいえば父上、そして任されたのはジルベールとプライドだが、今回商品リストという国外の人身売買組織が関わっている可能性とアンカーソンが関わっていることで、ヴェスト叔父様から母上にも報告させるべきと判断された。


「ティアラ、例の資料は見つけ終えたか」

「あっ!その、まだ……」

「父上、アンカーソン家の資料でしたら僕が纏めますが」

「兄様っ、これは私のお仕事!」

すまない。うっかり口を出してしまったことを、素直に妹へ謝罪する。……またやってしまった。

父上の元で仕事を覚え始めたばかりのティアラは、まだこの部屋の資料を把握しきれてはいない。俺も最初は手間取ったから仕方ない。

ただ、その所為で今までジルベールの元で王配業務も教わっていた俺はティアラの仕事に要らぬ手出しをしてしまうことが時々あった。父上の補佐であるジルベールから教わっている俺と違い、正式な王配業継承者として父上から手解きを受けているティアラだがやはり経験の差で今は俺の方が把握している仕事が多い。

それがティアラには少し悔しいらしく、今も頬を膨らませ水晶の目で俺を睨んだ。当時、プライドの為によかれと思って学んだ王配業務だがまさかティアラに叱られることになるとは思ってもみなかった。


もう十数回目になるティアラからの叱責に、ジルベールだけでなく父上やヴェスト叔父様までも口元が笑んだ。

俺がティアラに怒られている姿は何度見ても珍しいらしい。今まで殆ど兄妹喧嘩もしてこなかったから当然といえば当然だが。

ティアラの仕事を取るつもりも、仕事を覚える邪魔をしたいわけでも、俺の方が把握できていると見せつけたいわけでもない。ただ、どうしても特に父上が仰る仕事だと自分から前に出てしまう癖がある。今まではティアラではなくジルベールが競合相手だったせいだ。

ぷんぷんと怒りながら一生懸命記憶と照らし合わせて資料を手に取っていくティアラの背中に申しわけない気持ちになる。俺だって一人で任された仕事をジルベールに横槍されたら良い気分にはならない。

頭が重くなってくるのを感じながら、音に出ないように息を吐けばジルベールが「ティアラ様」と優しくその口を開いた。


「焦る必要はありませんよ。プライド様の王位継承まではまだ時間がありますし……私も、そして何より優秀な次期摂政の兄君も貴方様には居られるのですから」

ジルベールのなだらかな言葉に、ティアラは眉を寄せながら小さく口を結んだ。

それから一度だけ頷いたティアラは、深呼吸をしてから再び資料を探し始めた。その様子に頭の中では「その二段上の三冊目だ」と言いたい気持ちをぐっと抑える。……こうしてみると、もしかしたら俺も結構ティアラに過保護な方なのかもしれないと感じてくる。今までティアラにはそれなりに兄らしく振る舞ってきたつもりだが。


『俺は、兄ちゃんだからな!!!!』


パシッ。

思わず自分の額を叩き、頭に鮮明に蘇ってきた声を打ち消した。

どうした、とヴェスト叔父様に尋ねられたが「なんでもありません」で押し通す。この件だけは上層部どころか城の人間にも知られるわけにいかない。本来ならばプライドにも隠し通したかったことなのだから。

せっかくアーサーにも協力して貰ったというのにふがいない。プライドとエリック副隊長ならば言いふらしたりはしないとわかってはいるが、プライドに知られてしまったことがどうしようもなく気恥ずかしく罪悪感が迫る。

ヴェスト叔父様が早速母上に報告をと踵を返す中、俺もそれに続いて部屋を出る。挨拶を返してくれたティアラがまだ必死に資料がある筈の本棚前に佇んでいる様子に、フィリップもアムレットにこういう気持ちだったのかと改めて思う。


フィリップ。……もう十年以上も前に縁が切れた筈の友人だ。

アーサーになら未だしも、叶うならプライドやティアラには隠し通したかった。知られたものは仕方ないとある程度は正直にプライドもエリック副隊長には話したが、本来であればアムレット以外の情報は知られたくなかった。

俺のことを覚えてもいないアムレットと違い、フィリップは完全に俺の関係者だ。もし、万が一にも今回のことでプライドが十年以上前のことを彷彿としてしまったら、……胸が裂かれる。


あの人はもう気負う必要など無い。本当に、充分過ぎることをしてくれた。


アムレットだけで済めば良かった。

学校の潜入視察を終えて、それからプライドに「昔の関係者ではありますが、まだ三歳でしたし俺の事なんて覚えていませんよ」と言えれば一番良かった。それでも念のために避けさせて頂きましたと言い張れば良いのだから。

パウエルには俺の特殊能力について口止めだってしたし、過去も擬装した。もしパウエルがフィリップ・バーナーズのことをアイツに話していても、年も名前も異なる俺に名前が同じ程度で疑うわけがない。俺が養子になったことを知るフィリップが、まさか人身売買の巣窟に王子が居たなど思うわけもない。殲滅戦でも極秘視察でも、俺は名前も立場も服も過去も家族も偽っているのだから。

俺がアムレットと親交を持たずフィリップに直接会いさえしなければ、別段気付かれる恐れなどなかった。


だからこそ、プライド個人がアムレットと関わることも強く止めなかった。

本音を言えば、プライドが仲良くなればなるほどフィリップのヤツがジャンヌに会いたがるとまでは予想できた。しかし、特殊能力でのぞき見に来る程度であればアムレットの女友達しか探さないから俺は範疇外になる。視界に引っかかったところで他人の空似だ。俺が瞬間移動の特殊能力者と知ってるアイツに、年齢操作など疑うわけもない。

……それをまさか逃げ場所皆無の校門で正面から待ち伏せされるとは思ってもみなかった。しかもまさか仕事を休んでまで来るなど!!


本当にセドリック王弟には助けられた。

あそこで彼が馬車を貸してくれなかったら確実にアーサーと同じように挨拶に巻き込まれていた。少なくとも校内に響く大声で似ているぞ程度は叫んだだろう。……アムレットに話していた〝突然引越した友人〟として。

大体、十年以上も前の友人などアイツも俺の顔さえ見なければ、話題にするどころか思い出しすらしないと思っていたのに。


『どうせ、兄さんは昔の友達のことでまだ根にもってるだけでしょ』

『アイツは本っっ当に色々大変だったんだ!!』


何!故‼︎俺の話などをアムレットに聞かせているんだ‼︎

ダンッ、と思わず歩く拍子に床を踏み鳴らしてしまう。前方を歩くヴェスト叔父様が振り返ったが、つまずいたと嘘をついて誤魔化す。ああ駄目だ、今考えるとどうしても顔に出てしまう。昔みたいに無表情になれば楽だった。


どう考えても俺の事を安易に伏せた状態で話した所為で逆にアムレットから誤解を生んでいる。

規則を破っていないことはほっとしたが、正直それに気付いた瞬間「馬鹿か!」と馬車の中で怒鳴ってやりたかった。最初から俺の存在など全て伏せたままでいればアムレットにあんな誤解をあいつが受けることもなかったというのに。

俺のことを話した所為で度量が狭いとアムレットに無駄に勘違いされ、俺が規則の為にフィリップ達とも関係を断絶したことを「全く連絡もよこさない」と思われ、それを軽蔑するアムレットから俺を庇う為にアムレットの怒りを買い、しかも俺に迷惑を掛けないようにする為にアムレットの進路にも後押しできなくなるなど‼︎!!俺の所為でどれだけの多重事故を引き起こしているんだアイツは!!

今もしフィリップに〝ステイル〟として言えることがあるのなら、間違いなく「俺のことなんか庇わず気にせず忘れて妹を応援してやれ」なのだが、……今の状態で言えるわけもない。

アイツのことだから本当なら誰よりもアムレットの味方になってやりたい筈なのに。何故そこで俺の味方になるんだ。遊んだこともない、子どもの頃の友人など。十一年前、少し話すことがあっただけの友人など。……十一年前。



別れを惜しみもせず突然去った俺のことなど。



王族の養子になると決まってから、当時拒み続けた俺に王配である父上は猶予期間をくれた。

ただし、王族の養子となる俺が誘拐などで狙われない為に引き取られるその日まで他言することは禁じられた。その所為で母さんはずっと誰にも吐き出すことができずに俺にも隠そうと一人で泣いていたし、そして俺も引き取られるその瞬間まで友人にも街の人にも養子になることは言えなかった。

それでも、惜しもうとすれば惜しむことはできた。別れが近付いていることが言えなくても、その分当時の友人達と時間を共に過ごすことはできた。……が、俺はそうしなかった。

友人や街の人と過ごすよりも、たった一人の家族である母さんとの時間を優先させた。最後の最後に俺が選んだのは母さんだけだった。

フィリップ達との別れを惜しむどころかいつもは受けていた遊びの誘いも語らう時間も全て断った。子ども心にはいっそ俺がフィリップ達を嫌った、見限ったと思われてもおかしくない。だが、どうせもう断絶されるなら同じだと思ったし、それよりもこの先たった一人になる母さんのことで頭がいっぱいだった。

そして今も、その判断に悔いはない。

だからフィリップが俺のことを庇う必要なんてない。むしろ悪く言ってもいいくらいだ。なのに何故ああなってしまったのか、わけがわからない。パウエルと親しくしてくれたのは本当に心から感謝しているが、俺の事はもう忘れて欲しい。しかもアムレットが俺みたいになりたいとか言うから余計にややこしいことになっている。こんなことならもういっそ─……、……いや、だめだ。


「ステイル。一区切りついたら王室へ向かう。それまでに王都を出入りした者で怪しい者はいなかったか確認をしておいてくれ」

ここ最近のもので良い、と執務室に入るなり指示をくれたヴェスト叔父様に俺からも笑顔で答える。

今さっき考えてしまったことを振り払うように書棚に向かい、必要な資料を一冊ずつ手に取っていく。

ヴェスト叔父様の補佐についてもう三年。この執務室の資料の並びも自分の部屋のように把握できるようになった。ヴェスト叔父様は「一区切りついたら」と言ったが、恐らく半刻は時間があるだろう。その間に王都だけであれば三ヶ月くらい先までは遡って確認する余裕があると計算する。資料の場所と定期的に出入りする商人や業者、貴族を把握していればそこまで大変な作業でもない。


「ところでヴェスト叔父様。姉君のアネモネ王国への定期訪問についてなのですが。明日か明後日に……」

「同行したいのか?ならば今日までに残りの仕事を全て終えられたら許可を下ろそう」

ありがとうございます。と感謝を告げ、早々に目の前の仕事を済まさなければと気合いを新たにする。

今はフィリップやアムレットのことに気を逸らしている場合ではない。それよりも大事なものがそこにある。

まだプライドの予知した生徒もネイトという生徒の予知も、どちらも手をつけられてはいない。更にはカラム隊長から聞いた件に関しても具体的に手をつけられるのはこれからだ。

プライドが生徒の為に考えた学校だ。その生徒をこれ以上一人も学校から追い出させはしない。




『家族なのだから様付けなんて要らないわ。プライドと呼んでちょうだい』




俺は第一王子。

プライドの義弟で補佐、ティアラの義兄。そしてアイビー王家の人間なのだから。

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