Ⅱ175.私欲少女は聞き込む。
「ええと……それで本当に学校で何か問題とかはなかった?」
はい、と。
プライドからの投げかけに即答で答えてしまう二人は、全く惑いがなかった。
なんとも言えない気持ちになり、目を配らせるようにステイルへと向ければ彼も曖昧な表情しかこの場では返せなかった。小さく肩を竦めるようにも見える動作には「話す気はないようですね」という意味が込められているとプライドも理解する。
プライドとステイルのやり取りを眺めながら、今度はジルベールが言い回しを変えてみた。
「ではセフェク、ケメト。学校で何か不審な出来事や被害を受けた人間などは見かけませんでしたか」
教師でも生徒でも部外者でも、と。そう続けるジルベールにセフェクとケメトは互いの顔を見合わせた。
配達の為に客間で待たされていたヴァル達を迎えてから、プライド達は早速ケメトから何とか話を詳しく聞けないかと〝学校について〟と銘打って二人に尋ねていた。
しかし、どう遠回しに言ってもセフェクはともかくケメトまで「何もありません」「学校すごく楽しいです!」と目を輝かせるばかりだった。まぁあの状況では言えないのも仕方が無いかもと思うプライドだが、それでもケメトから上級生にどう詰め寄られていたのか詳しく聞きたい。だからといって彼が明らかに隠そうとしているにも関わらず、ヴァル達の前でそれを指摘するのは気が引けた。ただでさえ、ケメトに正体を気付かれたくなかった自分達もあの時に隠れていた側なのだから。自分側だけが見たぞ知ったぞも一方的に明かすのは躊躇する。
いつもよりも妙に同じような質問を重ねてくるプライドに横で話を聞いていたヴァルも片眉を上げたが、そこまで思考も及ばなかった。また学校で何か面倒ごとでもあったのか、と当たらずとも遠からずな見当だけをつけながら床に足を崩してジルベールと二人を見比べた。
ジルベールから暗に、自分自身ではなく他者のことなら言いやすいだろうと言葉を換えてみたところで二人も記憶を手繰る。ケメトも決してプライド達に協力したくないわけではない。どう言えば良いかなと自分なりに思考を手探る中で先に口を開いたのはセフェクの方だった。
「あ、でもベイルが話してたことなら」
「!僕もそれなら」
前日に酒場で話したことを思い出せば、やっとケメトの口も開いた。
セフェクに引っ張られるように互いに話を引き出せ合えば、やっとプライド達の求める情報も彼の口から語られた。
既に酒場で二人から聞いていたヴァルは「またその話か」とつまらなそうに欠伸をし壁際へと移動した。二人の話が終わるまで一眠りしようかと目を瞑り……ふと、酒場での話で不穏な記憶が湧き戻った。
プライド達が妙に二人に尋ねるのも、ジルベールがベイルに情報を依頼したのもそれが関係しているかと思えば少しは納得も行く。ぐらりと身体を揺らし、壁に寄りかかる態勢から組んだ膝に頬杖を突いて二人の話に耳を傾けた。
途中でケメトが「それで高等部ぐらいの人がその子に」と話し始めた辺りから、遅れてそれはまだ自分が聞いていない話だと気がつく。
今朝も一度、十八の姿に変えるべくジルベールの元へ瞬間移動させられた時に酒場の情報を提出していたヴァルだが、今日の放課後も再びベイルの酒場に訪れていた。
先日にジルベールから依頼のあった情報をたったの三日で調べ上げた彼から更に詳細な情報だ。それをベイルから受け取り、再び彼は今日で二度目になる城への訪問でここに居る。
今も手渡す機会を奪われた紙の束を懐に入れながら、ここでステイルに渡せば自分も中身を知れるだろうかと薄く思う。今まで中身に興味を持ったことなどなかったが、視線の先ではケメトの話を聞き終えたプライドが腰を落として彼に視線を合わせて尋ねていた。
「それで、ケメト。一体その人達にお友達はどんなことを聞かれたのかしら……?」
プライド達にとってはケメトとセフェクが〝ベイル〟という人物に話したという内容から既に初耳だった。
ジルベールは今朝渡されたベイルからの手紙である程度把握はしていたが、プライド達に話す前にヴァル達が城を訪れた為まだ話していない。いつもは情報屋とジルベールとのやり取りを毎回チェックしているステイルすらまだ知らない。今までの情報提供と違い、今回はジルベール個人がヴァルを通してベイルに依頼した情報だった為、彼を経由しなかった。
渡された手紙にはベイルからの走り書きで「……ここまでは配達人のガキ共からも裏取りできた。知りたければ直接アンタの口車で聞き出してくれ」と明記されていた。
ジルベールからすればプラデストに関しての噂話だけでも今はありがたい情報でしかなかったが、更にはその証言者が身近にいることも朗報だった。
今までに無くヴァル達が城に訪れるのを手ぐすね引いて待っていた彼に取って、今は待ちに待った好機でもある。ついさっきプライドから一任されたばかりのジルベールは、徹底的にこの件を暴ききると既に決めていた。プライドが主導で動くのではなく、この解決に自分を信用して任せてくれたということなのだから。
そして今、目の前には待ちに待った配達人の身内でもある学校生徒が証言をしてくれている。しかもプライドの話ではケメトは更に一歩踏み込んだ域にまで足を踏み入れていた当事者だ。本人達には自覚がなくとも、誘導尋問と問答でいくらでも自分達に有益な情報は引き出せる。ヴァルと違ってセフェクもケメトもプライドの関係者である自分の問いに、悪意を持った偽りをしない子ども達だとよくわかっている。彼らの人となりは、プライドやヴァルを通して、更には自分の愛娘であるステラの懐きようからジルベールにとっても信用に足るものだった。
「僕もよくはわからないですけど、人を探してました。〝ライアー〟と、そう言ってました」
〝ライアー〟とケメトから再びその名を聞いたプライドは胸の中だけでガッツポーズをした。
とうとうケメトがその情報を開示してくれた。その名をケメトと友人が尋ねられていたらしいことはプライド達からもジルベールに説明したが、大事なのはここからだ。
プライドだけはゲームの設定でよく知っている存在だが、ステイル達にとっては違う。途中から盗み聞きしていただけの自分達では知り得ない情報を確実にケメトは持っているのだから。これで遠慮なく更に詳しく話を聞ける、とそこまで思い口の中を飲み込んだ。
セフェクも「なにそれ」と興味深そうにケメトを覗き込む中、ジルベールがそっと「宜しければお茶でも淹れさせましょうか」とソファーへ促した。いつものように客間に入ってすぐ駆け寄ってきてくれたケメトとセフェク相手に立ち話をしてしまった為、今の今までヴァル以外全員が腰を落ち着かせることのないままだった。
指摘されプライドもハッとそれに気づき、二人やジルベール達まで佇ませたままだったとすぐに頷いた。
ティアラとステイルと共にソファーへ歩みながら、ケメトとセフェクに勧める。
ステイルに椅子を引かれてソファーの主賓席に腰を下ろせば、目の前の向かい合うソファー席にはジルベール、ステイル、ティアラ。反対席にはセフェクとケメトが腰を下ろした。
少し落ち着かない王族との対面席に居心地悪そうにするセフェクが視線を泳がせた後、「ヴァルも来ないの⁉︎」と遠回しに彼を呼んだが、一言で却下された。代わりにセフェクの惑いを察したティアラがケメトと一緒に彼女を挟むように席を移動する。
お茶と一緒にお菓子もと、ティアラが侍女達に声を掛ければ面接のような空気もいくらか和らいだ。ヴァルほどではないが、友人として慣れ親しんだ相手であるティアラとケメトに挟まれ、やっとセフェクも小さく息を吐いて落ち着いた。
「では、改めてお話を伺えますでしょうか」
パン、と軽く手を叩き優雅な笑みを浮かべるジルベールは、二人に圧迫を感じられないようにと細心の注意を払いながら問いを再開した。
プライドとステイル、そしてジルベールからその時の情報を一つ一つ聞かれながら、受け答えを進めていくケメトとセフェクに暫くすれば侍女が紅茶を出した。
煌びやかな菓子が盛られた皿もテーブルに並べられれば、パッとセフェクの目も輝いた。ケメトも嬉しそうなセフェクの様子を目にすれば自然と肩の力が抜ける。
茶飲み話くらいの他愛のない会話で情報をすらすらと二人から聞かされれば、改めて現職生徒の情報は強いとプライドは思った。本人達には噂話程度の価値しかなくとも、プライド達にとってはカラムから聞いた件にも通じる情報がいくつも織り込まれていた。
特に中等部のプライド達やセフェクと違い、年齢的にも弱い立場である初等部のケメトの情報は有益だった。年齢のわりに体つきこそ平均より背も低く未成熟な彼だが、話し方や物事の整理など頭の方は寧ろ同年齢よりもしっかりしているとステイル達は思う。更に考えれば、彼こそが初等部五年生の特待生なのだと思い返せばそれも納得できた。
プライド達の問いに答えながら、そこでふとケメトが思い出す。「そういえば」と一度話しを切った彼はクッキーを一枚摘まんでから壁際に座るヴァルへと振り返った。
「ヴァル、ベイルさんから貰ったお手紙は渡さなくて良いんですか?」
あー?と、ケメト達の話を聞いていたヴァルが面倒そうに一声返した。
壁際でぐだぐだと侍女からの紅茶も断り、話に耳だけを傾けていたヴァルだが、突然投げかければ「そういやぁ」程度に思い出す。ヴァルの反応にジルベールも「!ああ」と自ら腰を上げてヴァルへと歩み寄った。
先ほどまでヴァルから手渡されなかった為、自分の見込み違いだったかとも思ったがそうでなかったことに自然と笑みがこぼれる。「お疲れ様でした」と丁寧な言葉でヴァルへと手を伸ばせば、切れ長な目が細く笑んだ。
ジルベールのその表情に僅かに肩を揺らしたヴァルは、誤魔化すように舌打ちを零しながら懐の紙束をジルベールに手渡す。
パシッと。乱暴に手渡すヴァルとその勢いを最低限殺して掠め取るジルベールの目が一瞬だけ合わさり、すぐに外れた。どうも、と一言返したジルベールはくるくると丸められた紙束を緩やかに広げながら元の席に戻る。腰を下ろし、隣に座るステイルにも見えるように広げて中身を改めた。
それは?とティアラとプライドが興味深そうに尋ねれば、ステイルと共に速読で書面をなぞりながらジルベールは柔らかな声で答えた。
「例の件について城下の噂を色々と集めて貰いました。上級層でなく民同士の方が〝悪評〟は広まりますから。それとこちらは……、嗚呼。ケメトの話にも恐らく通じるものがあるかと」
「……ジルベール。この「前の書状内容について」とはどういうことだ。俺はこんな内容知らないぞ」
すぐにお見せしますとも、とステイルからの鋭い指摘にジルベールは書状を読む目を離さない。そのまま懐から今朝ヴァルから受け取った方の書状をステイルに手渡した。
もともと今日プライドとステイルが学校から戻ってきたら話すつもりだった内容だが、自身の潔白を証明する為にもそのまま手渡した。一度ジルベールが広げていた紙から視線を外し、先にステイルはそちらの紙を広げて速読し始めた。
いつもの情報が記された報告書と違い、手紙のような走り書きの文面はいくらかいつもより砕けた文章も含まれていた。今まで全く計れなかった情報屋とジルベールとの距離感を感じられる文面に一瞬自分が読んでも良いのかと躊躇った。しかし、目を向ければ全く気にしないと言わんばかりにヴァルから受け取った書状に目を落とすジルベールの余裕な笑みにすぐ考えを改めた。




