Ⅱ174.私欲少女は集う。
「……また予知を、ですか。二度となると、これはプラデストに関わる予知に関連していると考えた方が良いかもしれませんね」
「俺も同感だ。姉君、まだ件の予知に関しては思い出されていないのですよね?」
はい、と。
私は必死に二人の言葉へ合わせた。
エリック副隊長のご実家から城へと帰り、着替えを済ませたら部屋前で待ちかねてくれていたジルベール宰相と対策会議が行われた。ステイルが馬車の中に避難している時にジルベール宰相へ帰りが遅くなることをメモで通達してくれていたらしく、余計に心配を掛けてしまった。
休息時間を得ていたティアラも私の着替え中部屋の隅っこに座って離れなかったし、ジルベール宰相もステイルや近衛騎士達と一緒に部屋へ入ってくるなり「ご無事で何よりです」と言ってくれた。時間が押してしまったこともあって、もう私が着替えが終わった時点でアーサーとエリック副隊長からアラン隊長とカラム隊長に交代も終えていた。
着替えを終えてからはネイト集中でジルベール宰相を始めステイル達に〝予知〟をしたということだけを伝えた。本当は今日の内にネイトの状況を把握して即刻相談したかったのだけれども、色々とタイミングが悪くて調べられなかった。まだ頭の整理がつかないからはっきりとは言えない、と後回しにしながらそれでも私がまた予知をしたという事実はそれだけでも大事件だった。
ステイルとティアラの間に挟まれジルベール宰相が正面に座る中、背後に控えてくれるカラム隊長とアラン隊長も最初こそ目を丸くしていた。
カラム隊長に至っては、今日はネイトの当事者だったこともあって予想はできていたらしく「やはり……」と短く零しつつも衝撃は強かったようだった。
当然だ。またファーナム姉弟の予知から一週間程度しか経っていないのに予知をして、しかもその人物が自分が確保した問題児なのだから。本当にあの時話を合わせてくれたカラム隊長の機転には頭が下がる。
私が二度目、当初の予知もいれたら近日で三回目の予知をしたということにステイルとジルベール宰相が驚く中、……まさかまだ〝予知〟案件が残っていますなんて言えない。
しかも一人不明の攻略対象者も残っている。彼の時も確実に予知という言葉を使わないといけないし、今後の第二作目以降の彼らのことを考えてもまた連続で〝予知〟の威を借りることは増えるだろう。今もステイルとジルベール宰相という策士謀略家ダブル智将コンビが予知について私の推測を立てようとしているのを見ると、探偵に追い詰められている犯人気分でなかなか心臓に悪い。
「過去にも、一つの予知を防ぐ為一時的に連続して予知をされた王女の例はあります。当時のそれは結果として当時の女王救命に繋がりました」
「自分の意思で予知できた過去の女王には、それで同盟国の侵略を防いだという記録もあったな。姉君は一瞬先とはいえ、自身の意思で予知もできる。ならば今回も……」
嘘が雪だるま式で大事件になっている感すごく怖い。前世で読んだ狼少年とかもこういう気分になったのだろうか。いや私のは全部が全部嘘ではなくて、本当に起こりうる未来でもあるのだけれど!!
ただ、ゲームと既に色々違っている状況では現実でどこまでゲームの強制力が働いているかわからない。パウエルが良い例だ。それに主人公であるアムレットに関してもエフロンお兄様のことがある。
今のところ現実はゲームよりも色々好転している違いばかりだから良いけれど、だからこそ安易に言えない部分も多い。ジルベール宰相を「この人は過去に恋人を亡くしたと語っていたのを予知しました」と言うようなものだ。
いっそせめてネイトのことを予知できていれば助かるのだけども……。どうにも銃弾を避けるみたいに自分の意思で予知することは難しい。実際私の予知能力なんて戦闘以外じゃ極小頻度だもの。
「私っ、ちょっと不安です。……ここ最近また〝前兆〟が何度かあって。母上の仰る通り現実にはならないとは思います。でも、……とても、悲しい気持ちになりましたっ。奪還戦だって、沢山前兆がありましたし……」
ティアラ?!
まさかここに来て最強予知能力者ティアラからの告白に身体ごと振り返る。さっきまで難しい顔で私達の話を聞いていたティアラは、今は膝の上にぎゅっと拳を握っていた。
〝前兆〟……母上が話していた、起こりうる中で消えた未来とも言われている現象だ。
あくまで現実になる〝予知〟とは違うし現実にならない上に本人も覚えていないのだから重要視されてはいないけれど、奪還戦の時と言われると色々怖い。
ティアラの告白に部屋内の深刻指数がぐっと上がる。やはり、まさか、と誰へでもなくステイルとジルベール宰相が呟く中、私も段々不安になる。
だって第二作目も学校の根幹を揺るがしかけるという、全体ルートの共通部分はある。多分それも〝彼〟を止めれば結果として未然に防げると思うけれど、ゲーム知識だけでは手が間に合わない。もう極秘視察の猶予も半月を過ぎちゃっている。
沈黙し張り詰める空気の中、刻々と私も頭の中を整理する。悪知恵賢い頭を総動員して思考を巡らす。
ティアラの前兆は〝予知〟ではない分、まだ救いはある。今の問題は残すもう一人の攻略対象者の所在。でもこれは低学年を確認し終えた今、順調にこのまま回れば何とか発見できる……筈。ちゃんと入学してくれていれば。急を要するのはネイトの現状確認と救助。そして残すはー……
「……ネイト、については私達で引き続き関わっていこうと思います。カラム隊長、御協力をお願いできますか」
一つ一つ精査した結果を言葉にする。
私が口を開いたことに注視してくれる視線を確かめながら、背後に控えるカラム隊長にお願いすればすぐに返ってきた。カラム隊長から聞いた話から考えても、浅からず関わった彼なら講師としての立場からも強力な味方だ。
勿論です、と頭を下げてくれたカラム隊長にお礼を言ってから、今度は正面にいるジルベール宰相に向き直る。
「そしてジルベール宰相には引き続きカラム隊長から窺った件の調査と改善に取りかかって下さい。……それと、今日また別に少し気になることもあったので、合わせてそちらにも動いて頂ければ幸いです」
「!昼休みの件ですか、プライド」
言葉にすぐ汲んでくれるステイルに私は頷く。
今日の昼休み、ケメトと生徒が上級生に絡まれた件だ。聞き返してくれるジルベール宰相にステイルが一部かいつまみながらも校舎裏で見た上級生のことを説明してくれた。
私の予想が当たっていれば、あれも確実に早急対処しないといけない。取り敢えずはネイトに集中したい今、大事なのは原因究明と止めることだ。根本的原因に取りかかれない今は、予知として口にすることはできない。つまりこれを解決するには私が直接原因や真相を言うのではなく
「無関係とは思えません。私達も内部からの情報提供は惜しみませんから、ジルベール宰相にはそちらの調査と合わせてできる限りの〝防止〟に努めて頂きたいのです」
「仰せのままに」
現実にある正攻法で動くしかない。
私の言葉に深々と頭を下げてくれたジルベール宰相の切れ長な目が怪しく光った。情報戦においてジルベール宰相の右に出る人はいないだろう。
内部に私達もいるし、カラム隊長だって講師としている。ティアラとレオンが学校見学……は少し間が空いてしまうけど、それでも情報の手はある。
すると、何処か小さく笑んだとも見えたジルベール宰相が唐突に「どうぞ」と私の背後へ目を向けた。振り返ればカラム隊長が発言の許可を求めるように頭の位置まで手を上げている。私からも頷き、促せば「そちらの件に関しては」と昨夜のことを話してくれた。
「……また、ご提案して下さったのはレオン第一王子殿下です。なのでこの先は可能であればレオン王子殿下に直接お尋ね頂ければ幸いです」
しかもレオン。
まさか、昨晩の内にレオンとカラム隊長まで動いてくれていたとは思わなかった。彼からの手柄を横取りする形にならないようにと、あくまで要所だけをカラム隊長は話してくれた。確かに隣国の王子の提案なのにここでカラム隊長が全部話してしまったら立場上は問題にもなる。……レオンは全く気にしないと思うけれど。
わかりました、とこれはそうそうにレオンに話を聞きに行く必要があるなと思う。前のめりにステイルが「ならば」と強い口調で口を開いた。
「明日か明後日にでもアネモネ王国へ定期訪問を願いましょう。今から使者を走らせれば明日には返事も頂けるでしょうから」
ちょうど明日から学校も休みですし、と繋げるステイルの眼光が鋭く光る。
どうしよう、気がつけばどんどん巻き込み数が予想以上に増しているとここで気付く。でも確かに情報は早い方が良い。カラム隊長が話してくれたことから考えても、ジルベール宰相に有益な情報は早く提供したい。
私が了承すると、ステイルが一声でジャックに部屋の外にいる衛兵へ伝言を頼んでくれた。それを見届けてからジルベール宰相も「ありがたいです」と優雅に笑んで見せた。
「私も昨晩はそれなりに探ってはみましたが、やはりレオン王子とカラム隊長の揺さぶりは効果的だったでしょう。どのようなお話が聞けたのかとても興味深いことです」
「俺もだ。……悔しいことに、こちらは大した収穫はありませんでしたが」
ジルベール宰相に相づちを打つステイルが次には少し苦々しそうに表情を歪めた。
今の言い方からして、ジルベール宰相の方は既に尻尾程度は掴めたのだとわかったからだろう。悔しい、の言葉も相手というよりもジルベール宰相にかかっているように聞こえる。むしろ誕生祭の主役で忙しかったにも関わらず動いてくれていたステイルに流石だと思っちゃうけれども。
ステイルの言葉と悔しそうな表情に少し楽しそうな笑みでジルベール宰相が「お望みならばお分けしましょうか?」と投げかけたら「結構だ。俺はレオン王子の話が残ってる」と少し尖った声が投げられた。どうやら定期訪問に今回はステイルも付いてきてくれるつもりらしい。情報が錯綜しない為にもある程度はもう一度纏めてから共有した方が良さそうだ。
ティアラも「私もご一緒したいですっ!」と私の腕にしがみつきながら名乗り出てくれて、久々の兄弟三人の定期訪問になりそうだなと思う。不謹慎にもちょっと嬉しい。
ステイルのむすっとした対応へ、にこやかに「では楽しみにしております」と返したジルベール宰相の様子からも部屋の空気が少し開けてきたと思う。私の方に薄水色の眼差しを向けたジルベール宰相は、部屋に入ってきた時とは違う落ち着いた声色を掛けてくれた。
「カラム隊長からの件についても調査は進めております。今朝も興味深い情報が入りましたし、恐らくはこの後も有益な情報がある程度は届くかと」
コンコンッ。
「プライド様。配達人が到着したとのことです」
扉の向こうから用件を聞いてくれた近衛兵のジャックの言葉に、ジルベール宰相の笑みが広がった。
届いたようです、と。まだヴァルからの届け物を確認する前から確信を口にするジルベール宰相に、国の情報統制を担っている宰相の実力を改めて目に焼き付けられた。
Ⅱ113.132
Ⅰ609




