表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
崩壊少女と学校

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

25/1000

Ⅱ18.崩壊少女は団欒する。


「本当に本当にごめんなさい……‼︎本当に、もう、今朝まではわかってた筈なのに……‼︎」


最悪最悪最悪最悪最悪過ぎる‼︎‼︎

歩きながら二人に平謝りし続ける私にステイルが「もう過ぎたことですから……」と諦め気味に言葉を掛けてくれる。

さっきまでは「貴方は潜伏の意味をわかってますよね……?」とお怒りだった彼が今は言葉はすっごく優しい。……けど、もう完全に呆れられている。

アーサーも今は「まぁ、ジャンヌは優秀ってことですし……」とフォローを入れてくれるけれど、さっきまでは愕然として声が出ない様子だった。やっと声が出るようになった時には「これ以上目立つンすか……⁈」と青い顔でやっぱり一言怒られた。


パウエルとアムレットの事に没頭していた私は、あろう事か実力試験を全て解答してしまった。

本来なら、一般生徒と振る舞う為にもテスト関連はある程度手を抜かなければいけなかったのに。いつもの教師との勉強と試験の癖で無意識に全て解答してしまっていた。問題文に初等部や高等部の内容が混ざっていることはわかっていたのに、完全に他人事でそれ以上考えていなかった。

アムレットに関しては同じクラスだし焦る必要はない。少しずつ友達にでもなれれば関わっていく内にもっと設定や他のキャラについても思い出せるかもしれないし、パウエルについても少なくとも第三作目からはまだ時間はある。つまりは第三作目の他の攻略対象者も猶予は残ってるという結論には落ち着いた。

やはり優先すべきは残り一ヶ月しか潜入できない第二作目の子達。彼らを探し出して設定を思い出せさえすれば、後は一ヶ月後でも悲劇を止める方法はきっとある。

そして最終的には学校崩壊の元凶を三年待たずに解消できれば一番良い。

ゲームの強制力がどこまであるかわからないけれど、私がラスボス女王に戻ったと思ったのもゲームの強制イベントではなく、実際はアダムの仕業だった。ならアダムの要素さえなければ、第二作目からは、今度こそ悲劇もなくゲームのような流れもなく万全な未来へと済ませられる。……かもしれない。そのアダムが生きているという可能性が怖いけれど。

ぞっ、とそれを思った瞬間にまた背筋を悪寒が走った。反射的に自分の腕を抱き締めて押さえるけど、二人にも「どうしました?」と気付かれてしまう。ここ最近、予知という名のゲーム設定を思い出すことが多発している所為で二人も今まで以上に過敏になってる気がして本当に申し訳ない。

抱き締めていた腕を緩め、両手首を握ってから何でもないと笑ってみせたけど、さっき一つやらかした私へ信頼は薄い。不安げに顔の筋肉を中央に寄せる二人へ、せめて何か言えることは……‼︎と考えたところで、そういえばさっき重大なことに気付いたのを思い出す。


「……少し、例の予知を思い出して。……多分、その予知した生徒は中等部の子だわ」

その生徒の側に見覚えのある中等部の生徒ばかりいたから、とそれなりの理由を付ける。

すると一気に目が覚めたように二人が驚愕に染まった。本当ですか⁈マジすか⁈と声を上げる二人に私は何度も頷く。

帰ったらすぐにジルベールや騎士達にも伝えておきましょう、とステイルが声を潜めて言ってくれるのに返しながら、私は必死に頭を絞る。確か教師との禁断の恋はあの第二作目にはなかった!だってそれは……

記憶が曖昧でふわふわしてる中、そう思っている内にも再び私達は渡り廊下に辿り着いた。今朝よりは少し生徒達の行き交いも増えているそこに、パウエルが待っていた。


「パウエル」

私達が教室でも廊下でも何度か立ち止まったり時間を消費している内に、先に待っていてくれたらしい。

遠目からこうしてみても、ゲームのパウエルと同一人物とは思えない。本当に元々はこんなさわやかな人だったんだなぁと思う。

ステイルが呼ぶと、すぐに気が付いた彼は嬉しそうに表情が明るくなった。こちらが歩み寄るのも待たずに駆け足で迎えてくれて「フィリップ!」と笑ったその目はまた涙が滲み出ていた。涙の跡もまだ残っているし、あの後も暫く止まらなかったのかもしれない。

それだけステイルに会えたのが嬉しいのだろう。何せ人身売買から救い出してくれた恩人だもの。まさかこの学校すら彼の為に第一王子が尽力したなんて知ったらもっと驚くだろうなと思う。


「良かった、来てくれたんだな……!」

「待たせてすまない。食事もまだだろう?昼食は持ってきてるか?」

アーサーだけでなく自然とパウエルにも敬語が抜けたステイルは、見かけはパウエルより小さいのにお兄さんのようだ。流石ティアラのお兄ちゃん歴十一年。

パウエルはもうそれだけで嬉しいらしく、赤くした目を腕で擦っていた。本当にこの時を夢にまでみてくれたような反応だ。

その反応にステイルも少し照れたように笑いながら話を促した。パウエルも昼食を持参しているらしく、相談した結果、校門前の中庭で食べることにした。食事なら食堂でも持ち込み可なのだけれど、ステイル曰く「いくら広いとはいえ高等部と共有ですし、初日は特に人が多く混んでるでしょうから」らしい。確かに尤もだ。

回れ右をして近くの階段から降りて外に出たら、既に持参にしている食事を手に中庭のベンチや木陰に腰を下ろしている生徒が大勢いた。

昼食は初等部以上の子は食堂で有料の為、持参も許可されている。購買とかはないから、学生用に食堂が安く提供しているけれどやはり持参が一番安い。パッと見てもパンや果物を齧っている子が多かった。

下級層の子とかは食費を学校の後に稼がないといけないし、節約が必要になるから特に。中学くらいの年齢になれば身体ができて労働力になるお陰で、学校の後に働いても稼げるようになるからギリギリで乗り切ってくれている。

そうまでしてちゃんと学びたい、いい仕事につけるようになりたいと時間を投資してくれている彼らの期待に応えなければと改めて思う。


「あそこはどうだ?」

どこも席が埋まっている状態で、パウエルが校門の傍の木陰を指差した。

校門が近くて校舎から離れているお陰でまだ空いている空間がある。芝生に座ることを気にしてかステイルが目で私に確認を取ってくれながら、パウエルに相槌を打った。私も頷きで返せば、そのまま木陰に足を進めることになる。

城でも普通に庭園に転がってお昼寝もしたし、全然抵抗はない。城よりは清潔ではないだろうけれど、腰を下ろすくらいなら問題もない。何より今はドレスじゃないから気も楽だ。

門に近付くと、警備についていた騎士が一度だけこっちに振り返った。思わずパウエルの影に隠れるように位置を変えたけれど、私達が門を過ぎるのではなく木陰に用があるのだと気づくと背中を向けた。もしかすると生徒があまりここに寄り付かないのは騎士の威圧感も関係あるのかもしれない。見回りの先生さんや警察の前でわざわざ団欒しようとする学生なんて前世でもなかなかいなかった。

門の傍にある木は見栄え重視の為もあって、なかなか大きくこの季節に合わせて花をつけていた。木陰まで来れば騎士からも僅かに死角になるし、距離もあるからアーサーも安心だ。ちょっとしたお花見気分と木陰の涼しさにうっかり鼻歌を歌いたくなる。わりと穴場かもしれない。

芝生に腰を下ろし、四人で向かい合うようにして寛ぐ。アーサーがリュックを下ろし、三人分の食事を取り出してくれた。近衛騎士であるアーサーが私とステイルの分の食事も預かってくれている。持たせて悪いと思ったし、他の生徒の目もあるしと遠慮したけれどアーサーは「俺が一番力もあるンで」とそこは断固として引き受けてくれた。今は同じ庶民なのに荷物持ちさせているとか本当に申し訳ない。

パウエルも「お前が三人分持ってたのか」と気がついたように声を掛けたけどアーサーは一言「鍛錬代わりです」と決めていたであろう言葉をすぐ返していた。

私達の食事は城の料理人達が庶民の食事に見えるように配慮しながら作ってくれたものだ。流石に豪華なものだと不審がられるので、私からもお願いしてなるべく簡素なサンドイッチにしてもらった。

私達のお揃いの食事に「美味そうだな」と一声かけるパウエルは自分も手の包みを芝生の上で開いた。林檎丸ごと一個とパンが二個。お店で買ったというよりも家で焼いたという印象の可愛らしい丸パンだ。


「お前のも美味そうじゃないか。自分で焼いたのか?」

「いや、世話になってる人が焼いてくれたんだ。俺がこれ好きって言ったらよく焼いてくれて……」

そう言いながらほくほくと顔を緩ませるパウエルに、それだけで私まで嬉しくなってしまう。

なんだろうこの幸せオーラ。うっかり泣きたくなってしまうから目をこっそり逸らす。やっぱり第三作目の子達は私の中で別格だ。

ステイル達やアムレット達は感覚で言うと〝テレビの向こうの人に会えた〟ぐらいの感覚だったけれど、第三作目の子はもう〝推しの俳優やアイドル〟レベルだ。もう目の前で一緒にご飯食べるとか冷静に考えるとおかしい。

パウエルがステイルに「一個食うか?」とパンを一個手渡した。一瞬、躊躇うように口を固く閉ざしたステイルだけど私が「じゃあフィリップのサンドイッチと交換ね」と食べることを肯定する言葉を掛けたら、おずおずと受け取っていた。王族としては事前に毒味もされていない食事且つ庶民の食べ物を口にするのはマナー違反でもあるけれど、今は庶民だし。潜伏する為にもそれぐらいはセーフだろう。むしろ本音を言えば私も食べたい。

ステイルが交換にと自分のサンドイッチを一つ手渡すと、パウエルが釣り合いが取れないと遠慮した。それでもステイルが「美味いぞ?」と一声添えると、喉を鳴らしてから大きな手で差し出されたそれを受け取った。だめだ可愛く見えて仕方ない。

するとパウエルはサンドイッチを食べる前に、半端に口を開けて固まったまま上目で私とアーサーを見比べた。その眼差しに、……そういえば自己紹介を全くしてなかったなと気付く。何か言いたげなパウエルに私から勇気を振り絞り「そういえば自己紹介がまだだったわね」と声をかける。


「初めまして。私はフィリップの従姉妹のジャンヌ。そしてこっちが別の従兄弟のジャック。三人ともフィリップと同い年で中等部の二年生よ。」

宜しくね、と緊張で口端が微弱に痙攣しながら笑ってみせる。

アーサーも私に合わせてペコリと頭を下げれば、パウエルは「二年……」と小さく呟いてから足を組んだ大きな身体で「よ……よろしく」と照れたように頭を下げてくれた。鍛えられた身体と男らしい顔つきで、ゲームでは憮然とした態度が多かったパウエルが腰が低いのが余計に微笑ましい。

すると、パウエルが返すように私達から少し目をちらちら逸らしてから自分も自己紹介すべく口を開いてくれた。もしかしたらステイルにはともかく、人見知りの方なのかなと思う。


「俺はパウエルだ。フィリップには、……四年前助けて貰って。……突然押しかけてすまねぇ」

「とんでもないわ。私達もフィリップから貴方の事は少し聞いていたから。ずっとフィリップは貴方に会いたがっていたもの」

むしろ私もずっとステイルが助けたという子に会いたかったし、今は別の理由でもお会いできて光栄ですなんて口が裂けても言えない。

両手を合わせて笑って見せれば、自分のことが話題になっていたことに驚いたのかフィリップは少し照れたように唇を結んで頭を掻いた。ゲームではガテン系だったパウエル、可愛い。

それはそうとパウエルの学年を年齢を確認しとこうと、と私はさらに「パウエルは高等部?」と尋ねてみる。ステイルは黙々とパウエルから貰ったパンを食べ続けているし、今のうちに私からも質問させてもらおう。私からの質問にパウエルが「俺は高等部の……」と口を開いた時。




「おおおおおおおぉぉ‼︎‼︎パウエル‼︎‼︎ちょうど良いところに‼︎‼︎」




……突然、嵐のような叫びが飛び込んだ。

振り返ると、すぐ傍の校門前で一人の男性がこちらを向いていた。ブンブンと手を振り、更に門を潜ろうとしたところで騎士にそれ以上はと止まられていた。

パウエル……ということは彼の知り合いだろう。

ゴリゴリの体育会系のような言動とは裏腹に、見れば落ち着いた色合いの執事服にちょび髭を生やした素敵なおじ様がそこにいた。前世のイメージで言えばセバスチャンといった感じだろうか。


「いや不審者じゃないですよ⁈ちょっとここの生徒に用事があって‼︎‼︎」

騎士から「今の時間は学校関係者以外誰も入れない」と断られたおじ様は一歩引いた後、またパウエルに包みを片手に声を荒げる。


「助かったぁぁああああ‼︎‼︎パウエル‼︎アイツにこれ届けてくれ‼︎‼︎絶対腹空かせてるし俺これ以上入れねぇっぽいから‼︎」

ブンブンと振った手とは反対に握られているのは小さな包みだ。

どうやら昼食を届けに来てくれたらしい。それにしても本当に恐ろしく外見と言動が合っていない。そんなに叫んで脈拍は大丈夫なのかしらと言いたくなる。

パウエルも彼に目を剥くとパクパクと何かを言いかけ、詰まらせた後に慌てて立ち上がった。「お、おう‼︎」と大分慌てた様子のパウエルが門前のおじ様に駆け寄ると両手で包みを受け取った。騎士が中身を見せるように指示をして確認すると、そのまま元どおりにまた包みを纏める。


「お前っその姿、まさか仕事抜け出してきたのか⁈」

「いやこれから次の仕事‼︎また後で迎えに来るからってっといてくれ‼︎」

「また増やしたのか⁈これ以上増やしてどうすんだ‼︎‼︎それにお前が来なくても俺がちゃんと一緒に」

「いや‼︎‼︎それは俺もやる‼︎‼なんたって︎俺は────だからな‼︎‼︎」


ゴフッッ!!

二人のやり取りに、ステイルが咽せ込んだ。……まぁ、今の発言に吹き出す気持ちはわかる。あんなおじ様から予想外の発言だもの。

パンを喉に詰まらせたのか、背中を丸めて胸を拳でドンドンと叩くステイルは苦しそうに肩を細かく上下に痙攣させていた。

ステイル⁈!と思わず呼びそうになりながら背中を摩ると、アーサーが立ち上がって一緒に背中を叩いてくれた。水飲め水!とリュックから庶民と同じ革袋の水筒を手渡せば一気に喉を潤した。

相当苦しかったのか、若干涙目のステイルはハァッハァッ……と息を整えると口を手の甲で拭った。何やってんだ、とアーサーに言われながらステイルは見開いた目で校門を見つめた。

取り合えずステイルが死ななくて良かったと思いながら、視線を追うともうさっきの紳士服のおじ様が「お疲れ様っす‼︎‼︎」と騎士に声をかけてスタコラさっさと走っていったところだった。見かけは紳士杖をついていそうな素敵なおじ様なのに、やってることはまるで工事現場のおじさんだ。あまりのちぐはぐさに口をあんぐり開けてしまう私達にパウエルは包みを片手に振り返った。


「悪い!ちょっと届け物してくる‼︎本当にすまねぇすぐ戻る‼︎」

先食っててくれ!と言い残し、パウエルは急いで校舎の方に走り去ってしまった。

ステイルの背中を摩りながら、小さくなっているパウエルの背中に口が塞がらない。今の人がパウエルのお世話になってる人だろうか。

賑やかにやってるなぁと思いながら見つめ続けていると、窒息から免れた筈のステイルの背がまた更に丸まった。


「………………………………帰りたい」


ぼそり、と低い声で呟いたステイルは空になった手で顔を覆い、打ちひしがれてしまった。

え、え⁈どうしたの⁈とまるで登校拒否直前のような台詞を言うステイルに私もアーサーも目を見合わせた。

小さい声でポツポツと「……何故、こうっ……」と嘆きに近い声を漏らすステイルは、完全に消沈していた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ