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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
私欲少女とさぼり魔

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焦り、


「それにジャックは将来騎士になるんだから。もう十四歳だしきっと騎士になる為の特訓で忙しいのよ」


……ごめんなさい。もうその人騎士隊長です。

アムレットのフォローに偽っていることを申し訳なく思いながら、心の中だけで訂正する。

ずっとこっちを見ていたアーサーも突然話題がまるっと自分に戻ってきたのを感じたように喉仏を上下させ、エフロン兄妹を見返した。同時にさっきまで妹に集中していたお兄様もアーサーへ顔を向ける。


「騎士??へー良いじゃねぇか!もう身体充分出来上がっているし、今年の入団試験は?」

「あ、いえ……。その、自分じゃまだ力不足だと思うので」

興味深そうにしているエフロンお兄様が、ぐぐっと首を伸ばすようにしてアーサーに顔を近づける。

それに対しアーサーは顔こそ反らさないけれど、口端がピクピク震えていた。もう本隊騎士であるアーサーが入団試験を受けないのは本当だけれど、実際はもうこの歳の時にアーサーは入団試験を受けて一発合格しているものね。

ふと気になって顔の角度だけ変えて校門の方を振り返れば、やっぱり聞こえていたらしくアラン隊長とエリック副隊長が口を押さえて笑っていた。ハリソン副隊長は相変わらずこっちを恐らく監視レベルに睨んだままだけれども。今の私と同じように顔を傾ける程度にして気付かれないように振り返っているせいで、長い横髪に隠れて笑っているかど怒っているかもわからないけど、刺さる視線だけはよくわかる。


「そんなのやってみねぇとわかんねぇだろ!ジャックならまだ若いんだしなれるなれる!騎士って格好良いよなぁあ!俺もすっげーわかる!良いか~?騎士になったら先ず女と子どもを守れる騎士になれよ!!子どもは当然だけど女は守られるべき存在なんだからな‼︎」

ハハハハハ!と清々しく笑うお兄様が、頭皮ごともっていきそうな勢いでアーサーの頭をぐりんぐりんと撫で回した。

あまりの握力に三つ編みに束ねられた髪が乱れるどころか、銀縁の眼鏡まで落ちそうになってアーサーも慌てて両手で眼鏡の蔓を押さえた。はい!!と返事だけは惑いないのが彼らしい。

アムレットが、失礼だからやめて!と叱ってやっとお兄様も手を離した。


「兄さんってば、私が城で働くのは反対するくせにジャックは良いのね」

ぷくっ、とそこで頬を膨らましたアムレットはいつものお姉さんぽさが消えていた。

妹らしいその動作がばっちり第一作目主人公ティアラに被る。やっぱり妹さんなんだなぁと思う。……あれ、というか城で働くのに反対??


『いつか王都の城で働く為に入学を望みました』


初日の自己紹介の時、アムレットがそう言っていたのを思い出す。

どういうことだろう。城で働くって一応民にとっては一大名誉だし、役職によっては出世街道でもある憧れ職の筈なのに。

てっきりアムレットの将来も全力応援してくれるタイプだと思っていた。我が国は女王制ということもあって女性が上で仕事するのも目指すのもそこまでおかしいことではないのに。

パウエルに聞いてみようかしら、と上目で覗くけど、私が口を開く前に「い、いやそりゃあー……」とエフロンお兄様が声を濁らした。そしてまたアムレットが押す。


「騎士だって本拠地は同じ城内じゃない。それに私は危険な仕事でもないし、働けば凄くお金だって稼げて兄さんだって苦労はしない筈なのに」

「い、いや兄ちゃんだってアムレットの将来は応援してぇぞ?!でも、城で働くってなると俺達みたいな庶民じゃ良く見られねぇかもわからねぇし、アムレットに何か合った時に兄ちゃんも助けにいけないから……」

過保護大爆発。

……いや、気持ちはわかる。気持ちは。確かに城で働いたり暮らす上級層の人間や貴族の中にはそういう見方の人も残念ながらいる。けど、上層部には庶民出の人もいるし、特殊能力がなくても上層部以外でなら城で働くことはできるし、実際居る。それにジルベール宰相だって実は庶民どころか下級層出身だ。そこまで絶対に無理というほどの職場環境ではない、……というか母上の代から特に改善されている筈なのだけれども。

見上げたパウエルの「また始まった」顔から察するに、このやり取りもいつものことなのだろう。エフロンお兄様に目を向ければ、両手を行き場がないように胸の前で浮かせたまま、目を泳がせ額に汗まで伝っていた。またアムレットに怒られている。

本人も頑としてというよりも、できれば妹を応援したい気持ち自体はあるから強く出れないのだろう。でも、いくら可愛い妹とはいえアーサーにはこんなに前向きに応援してくれたのに


「兄さんはどうしてそんなに!!……王族に否定的なの……?!」


……え?

最初こそ膨らませた声を、途中でハッと飲んで潜めたアムレットの言葉に私は耳を疑う。

否定的??エフロンお兄様が??

声を押さえたのはすぐそこに王族のセドリックや騎士のエリック副隊長達が佇んでいるからだろう。それでも言い切るのをやめようとしないアムレットの声には怒鳴った時以上に込み上げる力が入っていた。くしゃっ、と悲しそうに顔を歪ませる妹に余計エフロンお兄様の動揺が強まる。


「い、いやだから否定的っていうわけじゃないぞ?!アムレットやパウエルが王族好きなのは兄ちゃんもよくわかってるし、憧れているのも良いと思う!ただ、わざわざお近づきになりたいとか、そういう理由で城で働くのは」

「だからそれもいつも言ってるでしょ!別に王族にお近付きになりたくて目指してるんじゃなくて、あんな御方になりたいっていうだけ!!いつか、私もっ……」

どうしよう、完全に置いてけぼりで家族問題に巻き込まれちゃっている気がする。

目の前で繰り広げられているのは完全に親子の進路問題そのものだった。まさかパウエルだけじゃなくアムレットも王族を好きであってくれていたのは嬉しいけれど、あんな御方って一体誰だろう。母上のことか、それともやっぱり今話題の次期王妹ティア















「ステイル様みたいになりたいって思うくらい良いでしょ?!?!」














ゴンッ!!!!

……直後、馬車の中から凄まじい痛い音が聞こえてきた。

やっぱりこの近距離だったら一部始終聞こえるわよね、と思いながら私は口端が片方だけ引き攣った。アーサーもこれは予想外だったらしく、目を皿のように大きく開いて表情も固まっていた。サァーーーッと一拍置いてから滝のような汗がアーサーから流れ落ちる。

私も額から冷たいものが伝ってしまうのを感じながら、今は目の前の事実に身を固くした。アムレットの大声につんのめるエフロンお兄様の気持ちが今は少しわかる。

数秒の沈黙の後、お兄様は搾り出すように口を開いた。


「いや……だから良いとは思う。思うけどなぁ、別にステイル王子のは出世とかじゃなくて、ほら兄ちゃんも詳しくは知らないけど元々はプライド様の補佐として」

「補佐とする為に子どもの時にプライド様の義弟として養子になられたのは何度も聞いてるし勉強したし私も知ってる!けど、庶民っていう私達と同じ出生から始まって、今は国一番の天才って言われている御方よ!第一王子として凄く優秀でプライド様の補佐をされていて、世間ではプライド様の功績ばかり広まっているけれどそれは優秀な補佐であるステイル様が居られたからよ!つまりプライド様がここまで素晴らしい政策やそれを形にできたのはステイル様の功績でもあるわ!」

ッッッおっしゃる通りです!!!!

もう、もうアムレットの握り拳での演説があまりにごもっとも過ぎてクラクラする。すごい、やっぱりアムレットすごくしっかりしてる。ちゃんと補佐する役職の重要性も理解しているし、ステイルの優秀さもよくわかってくれている!

大人でも上に立つ人間ばっかり見て補佐の活躍に気づけない人なんて大勢いるのに。そして確かに庶民でかつ特殊能力を持たないアムレットが城で目指せる役職として最高位になるのもそういう仕事だ。国を動かす上層部の補佐官。本当に、こんな立派な考えの子が城に来てくれたら絶対大活躍だろうと思えてしまう。

ここまでステイルを良く思ってくれているのならまさか……!とも思うけれど、少女の甘酸っぱさというよりも握り拳で語るこの熱の入りようはアーサーがカラム隊長のことを話す時の方に似てる。純度百の煌めきだ。

もう気持ち的にはこの場で素晴らしいと拍手を送りたいくらいだった。アーサーも見事な演説に圧倒されたのが、口がぽかんと開いている。

一度だけ動いたと思ったら、また開いたまま固まったけれどたぶん「すげぇ」と呟いたんだろうと思う。どうしよう、もうここまでステイルのことわかってくれる子、本当に城での就職目指すのを応援したいし、それに



フィリップ・エフロンお兄様のお気持ちも胃が痛くなるほどよくわかる。



「わかってる、わかってる。アムレットがステイル王子に憧れている理由も、優秀なのも兄ちゃんはよくわかってるから。アムレットが頑張ればステイル王子みたいに皆に認められるような優秀な補佐官になれるとも」

「なら、どうして応援してくれないの?!」

さっきまで威勢たっぷりだったお兄様が今はすごく小さく見える。

アムレットはもう完全に私たちのことを忘れちゃっているんじゃないかと思ってしまう。話し相手に集中すると周囲も気にせずガンガンといくところはゲームでもよくあったけれど、こうして見ると兄妹一緒なんだなと思う。

アムレットからすれば、ここまで話してわかっていると理解を示してくれている筈のお兄様が自分の将来にだけは首を縦に振ってくれないのは辛いものがあるのだろう。けど、……うん、これはエフロンお兄様としては回避したくはなるだろう。

アムレットは贔屓めなしに優秀だし、このまま勉強すれば本当に実力でみんなに認められるような補佐官になれると思う。そして、上層部の補佐官にもなれば年に一度の法案協議会をはじめとする国の会議や式典でも王族と同席することはある。もちろん、本人憧れのステイルにもだ。


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