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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
私欲少女とさぼり魔

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そして労う。


「そろそろステイルも帰ってくる頃かしら」


晴れ渡った昼下がり、庭園の芝生に転がり寛ぐプライドは見回しながらティアラに投げかけた。

昼食も終えてゆったりと昼休憩を過ごしていた二人だが、その傍にはまだステイルはいない。アーサーとの手合わせの時間だと急いで稽古場に向かっていったステイルを、今は芝生にうつ伏せに転がりゆるりと待っていた。

折角だし同行しようとしたプライドとティアラだが、今日はどうせすぐに終わるからと断られてしまった。

つい先日本隊に入隊したばかりのアーサーだが、一年前に入団してからはステイルとアーサー二人の休息時間が兼ね合う時を狙って手合わせや稽古を行なっている。日によってじっくり手合わせできる時間もあれば、数度打ち合って終わってしまう時もある。

特にこちらの予定でアーサーを待たす時は特に、ステイルは一分一秒を惜しんで急ぐことが増えていた。あまり表立って瞬間移動を使いたくない為、第一王子自らの足で稽古場まで今日も急いだ。ステイル本人は「稽古前の準備運動にも丁度良いので」と言われたプライドとティアラだが、それだけの理由でないことも当然わかっている。


「ふわぁ……。……今日はポカポカでなんだか眠くなっちゃいますね……」

プライドと共に芝生の上で一つの本を広げながらステイルを待つティアラだが、だんだんと陽だまりに飲まれてきた。

小さく欠伸を手の中で溢し、目をこしこしと擦ってしまう。日光に照らされた本の頁がよく見えなくなったのが、陽だまりに反射してか自分の瞼が潰れてきているかあまりわからない。心地よい芝生に寝転がり、隣にいるのがプライドだから余計睡魔に強襲された。プライドとともに眺めていた本を開いたままに自分の腕へ頬を乗せてしまう。

流れるように目が溶けていくティアラにプライドもくすりと笑った。読書の時間は中断かしら、と思いながら微睡む妹の頭を一度だけ撫でおろす。


「ティアラ。そんな風に寝たら頬に跡がついちゃうわよ」

折角の可愛くて柔らかな頬に。そこまでは思いだけに止め、腕に乗せたティアラの頬が寝起きに赤い跡がついてしまうことを助言した。以前も自分の部屋の絨毯で同じ体勢で寝てしまった結果、夕食まで頬の跡が消えずにティアラが恥ずかしい思いをしてしまっていた。

既に半分夢の世界に首まで伸びているティアラは、寝ぼけ頭で細眉を小さく寄せる。また痕が着いたら恥ずかしい、という想いだけでうつ伏せからごろりと芝生に仰向けに転がった。木陰でない為に日の光が視界を照らしたが、細い手の甲で視界を覆えば問題ない。しかし、寝ぼけているとはいえこの国の王女にしては思い切りの良い寝方にプライドも困り眉で笑ってしまう。「ティアラったら」と小さく零しながら自分もうつ伏せの体勢から起き上がり、芝生に座わり直す。


「それじゃあ芝生の草が絡まっちゃうわ。ほら、こっち」

仰向けの転がった拍子にティアラの髪飾りは少し潰され、更に金色の長い髪が芝生に広がっている。

そんな様子に金色の一束を指で掬ったプライドは両膝を崩して畳み、ぱたぱたと叩いて見せた。プライドの言葉に半分近く溶けたままの目で顔の角度を変えたティアラは一瞬だけ目が覚めた。

プライド自ら招いてくれた膝に、瞬きを二回繰り返す。きょとんとした表情が猫のようだと思いながらプライドは「いらっしゃい」ともう一度柔らかく笑いかけた。

間違いようのない姉からの招待に、陽だまりのような笑顔を輝かせたティアラは嬉しさのあまり声を弾ませた。「はいっ!」と少しだけ身を起こし姉の膝へと向かい飛び込めば、ぼふんっと揺らめく金色が広がった。

自分の細すぎる腕よりも整備された芝生よりもずっとずっと柔らかくて心地の良い温もりに、目を閉じればすぐに微睡みへ沈んでいった。鼻孔を擽る花のような甘い香りが大好きな姉のものだとすぐわかる。横向きに転がったまま雲の上のような幸福感に身を委ねた。柔らかくて暖かくて擽ったくて、閉じた口が眠った後も笑んだままだった。

あまりに満面の笑みで眠る妹に、まだ起きているのかしらと髪を梳きながら細く呼びかけたが返事はない。寝顔も相変わらず可愛いのね、と心の中で唱えたプライドはそのままティアラの顔にかかった細い髪束を起こさないように後ろへ除けさせた。するりと梳けばその度に指の通りが癖になりそうなほど心地良い。髪の流れに沿って撫で降ろし、再び旋毛へと手を戻せば何度やっても飽きない。時間を忘れて日に温められ陽だまりそのものになった妹の寝顔を見守り続ける。


「お待たせしましたプライド、ティアラ」


不意にそう声を掛けられ、初めて手を止め顔を上げる。

視線の先にはアーサーとの稽古を終えたステイルが太い本を片手に駆け寄ってきているところだった。一歩一歩を素早く前後させるステイルに、プライドは「しーっ」と人差し指を立ててからもう一度ティアラを撫でて示してみせた。寝息一つ立てずに熟睡しているティアラの表情は今も幸せいっぱいのままだ。

プライドの合図にステイルも急遽駆ける足を止め、緩める。芝生を踏む音も立てないように注意し、ゆっくりと眠っているティアラを起こさないようにして接近を試みた。

距離が次第に縮まれば、プライドの膝で眠る妹がこの上なく幸せそうな寝顔を浮かべているのがわかった。起こしてしまわないで済んで良かった、と一つ分ほっと息を吐く。

姉妹の向かいに腰を下ろし、読む予定だった本を芝生にそっと置いた。見れば見るほど幸福いっぱいの寝顔と、ふにふにと口角が上がったまま膨らんだ頬を突っつきたくなるのを我慢する。仲睦まじい姉妹の姿に、無表情が板についていなければ確実に自分も顔が緩み切っていただろうとステイルは思う。


「今日もお疲れ様。アーサーとの手合わせはどうだった?」

「ええ、いつも通りです。何故か先に休息時間を得ていた筈のアイツの方が息を切らしていましたけれど」

そう言いながら、今度は意識的に小さく笑ってみせる。

無表情のままでも自分の気持ちを汲んでくれるようになったプライド相手だが、それでもこうしてステイルは自分から笑い返したくなることも多かった。アーサーの話題では特にである。

落ち着いた声色は怒っているのか気にしていないのか判断しにくいが、その笑みは間違いなく楽しさを含んだ笑みだった。


「お陰でいつもよりは隙も突けました」

そういって少しだけ自慢げに眼差しを強めるステイルに、プライドも口元を隠して笑ってしまう。

良かったわね、すごいわと声を掛けながらティアラと同じように頭を撫でたくなる。しかし残念ながら今は手が届かない。

ぺたりと手を降ろしたままのプライドはそこで大事なことを思い出し、膝の上のティアラをそっと揺らした。ティアラ、ステイルが来たわよ、起きて、と何度も繰り返し呼びかけるが笑顔で熟睡してしまったティアラは全く起きない。さっきまでティアラを起こさないようにしていたのにどうしたのだろうと思いつつ、ステイルは崩した膝を抱えて視線をなんとはなしに外した。

目に留まったのは、姉妹で開いていたのであろう本だった。今日は天気が良いからお庭で読書をしましょうと話していた今朝から、ティアラは本を決めていた。プライドが一緒に読むこともいつものことである。

今日はこの本か、と思いながら精巧な挿絵と文字の羅列を眺めればやはりティアラの好みだと察しがついた。昔からティアラの本の好みはよく知っている。


「ステイル」


そんなことをぼんやり考えていれば、柔らかな声で呼びかけられステイルはくるりと顔ごとプライドへと向き直した。

見れば、いつの間にか先ほどまで何もなかった筈の彼女の両手が埋まっている。右手にフォーク、左手には皿に乗せられた一つのケーキ。

衛兵や侍女達も一定距離に離れている今、一体どうやってと思えばすぐ傍らにバスケットが置かれているのに気が付いた。さっきまで仲睦まじい姉妹しか目に入らず目にも入らなかった。

今は蓋を閉じられたそれからプライドが取り出したのであろうことは間違いなかった。

「本当はティアラと一緒に渡したかったのだけど」と笑いながら、視線で膝の上を示す。しかし、これ以上ケーキを温厚な気温中に放っておくのも、心地よさそうなティアラを無理やり起こすのも躊躇った。


「ステイル、最近ずっとアーサーの本隊試験の為にいつもより手合わせの数も増やして忙しかったでしょう?それで疲れた時は甘いものよね、って。ティアラと話して、ステイルの為に用意して貰ったの」

勿論ティアラと二人の案よ、と。妹の思いやりと優しさも忘れず伝えながら笑って見せる。

自分の為に、とわずかに目を大きく開くステイルは姉妹とケーキを見比べた。美味しそうな栗のケーキは、以前三人でのお茶会に出て自分が美味しいと話したばかりのものだ。間違いなく自分の為だけに姉妹が用意してくれた差し入れだと思えばそれだけで小さな胸が弾んだ。

「ありがとうございます」と唱えるような声しか出ない。ティアラを起こしちゃいけないという気持ちと、そして嬉しさだ。

座ったままぺこりと頭を下げて感謝を示せば、それだけでもにっこりと嬉しそうにプライドから笑顔が返された。日の光で笑う彼女は本当に花のようだとステイルは何度も思う。


「せっかくですし三人で分けましょう。ティアラの分も残しておけば」

「良いのよ。これは丸々一個ステイルの為だけのものなんだから」

ティアラだって絶対その方が喜ぶわ。と、自信を持ってそう言いながらプライドは自らケーキにフォークを立てる。いきなり形を崩さないように頂点の栗を除け、クリーム部分からタルト部分までさっくりと突き立てれば、一角がぽてりと皿の上に転がった。それを改めてフォークで綺麗に刺せばステイルの一口分が出来上がった。


「はい、どうぞ」

そう言って一口分をステイルへと刺し伸ばす。

突然流れるように差し出されたフォークの先に、ステイルは一度口の中を飲み込んだ。王族として行儀が悪いとは知っているが、プライドからもティアラからも今日が初めてではない。しかし、それでもまだプライド相手だと照れが残ってしまうステイルにプライドは彼の口元へ伸ばし……、途中で止まった。

あと数センチでケーキのクリームがステイルの唇を突くところだった。途中で止まってしまったことに、つい唇を結んだまま見つめてしまうステイルにプライドは申し訳なさそうに眉を垂らして笑った。


「……ごめんなさい。ちょっとこれ以上届かないみたい。ステイルから首を伸ばして貰って良い?」

「あっ。…………わ、かりました……」

あと数センチ、そこでもう腕が伸びない。

自分からステイルに近づきたかったプライドだが、膝にティアラがいる為に一歩も動けなかった。それにやっと気が付いたステイルも、ずっと貰い待ちをしてしまったことを恥じらいながら上体を前のめりに傾けた。ティアラやプライドがこうしてお茶の時間に子ども同士だからこその食べさせ合いをしてくれたことは今までもあったが、自分から食べ付きに行くのは初めてだと頭の隅で思う。いつもは自分が恥じらっても躊躇っても、彼女達の方から菓子を口に運んでくれたのだから。

それなのに今回は、自分から食べにいくなんてと思うとそれだけで顔がじんわり熱くなる。街にいた頃だって友達とは当然のように、女の子からだってこうして貰ったことは何度もある。なのにプライドからだとどうしてもドキドキするし恥ずかしい。また二回無意味に喉をこくんこくんと鳴らしてしまう。

覚悟を決めて口を開き始めれば、一口分の大きさのケーキにそれでも上手く食べれるかと心配になる。万が一にも芝生やプライドのドレスに落としてしまいたくはない。

いつもより大きくぱっかりと口を開けたステイルは、慎重にケーキを包囲し摘み取った。綺麗に食べることに夢中になり過ぎて一瞬味わうことを忘れかけたが、身を引いてからじんわりと栗の甘さが口いっぱいに広がった。にこにこと嬉しそうなプライドを見つめていると、味覚も視覚も甘くなる。ごくんと飲み込んだ時には、プライドがまた二口目を準備し終えたところだった。


「美味しい?」

「はい。……疲れも、忘れます。ありがとうございます」

ティアラにも後でお礼を言いますね。笑顔を込めて続ければ「良かったわ」と彼女はまた一口分のケーキを差し伸ばしてきた。

距離を詰めるのももどかしく、再び上体を傾け口を開ける。もう自分が食べるならフォークも皿も受け取ってしまえば良いのにと頭では思うが、それでも目の前の甘さにあまえてしまう。ぱくりと口に含めば、やっぱり以前に食べた時よりずっと甘くて美味しい。それに何も食べていないプライドやティアラの前で、自分一人でケーキを食べることの方が気も引けた。それなら、明らかにプライドが自分に〝与えてくれている〟方がずっと良い。

そんな自分だけにしか通じない言い訳を考えながら、一口二口と極上の甘さに癒された。



─ ……あと二、三年もしたらこんなこともできなくなるんだろうな。



今年で自分は十二歳、プライドは十三歳。

こんな憩いも、きっと成人したら許されないまでもなく自然としなくなるのだろうと。目の前で嬉しそうに微笑んでくれる姉と陽だまりのような心地よさで眠る妹を視界に捉えながら、ステイルは静かにそう思う。

王族や貴族は大人になればなるほどこういうことをしなくなる。今よりずっと恥ずかしくなる。仲良くいられても、きっと王侯貴族としての距離は開く。しかも自分はティアラにとっては兄でも、プライドにとっては補佐で従者だ。

ならば年齢だけでも自他ともに認める〝子ども〟でいる間に、こうして少しだけ気恥ずかしいことも受け入れようと思った。


今だけは、否が応でも抗えない時間の流れを惜しく感じながら。


Ⅰ169-2


松浦ぶんこ先生のコミカライズ1巻の特典で描き下ろして頂いたペーパーから、構想して書かせて頂きました。


こちらは、応援店(ブックエース、COMIC ZIN、あみあみオンラインショップ等)様の書店特典の描き下ろしペーパーを元に書かせて頂きました。


※書店ではなく、イラストで作者が勝手に選んで書かせて頂いています。


時間軸は「薄情王女と剣」と「冷酷王女とヤメルヒト」の間です。


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