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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
私欲少女とさぼり魔

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〈コミカライズ2巻・感謝話〉騎士は合わせ、


「今日はここまでにしておこう」


途切れることがなかった剣閃が、その一言でぷつりと止まった。

先ほどまで軽そうに剣を振るっていた相手の言葉に、アーサーは振り上げた構えのまま動きを止める。「もうっすか」と一言呟きながらゆっくりと腕ごと剣を下ろした。時間を確認すれば、もう一勝負くらいはできそうなのにと思う。今だってもう少し踏ん張れば自分が一本取れていたとも。

手合わせとはいえ剣のみに絞った打ち合いなら一本くらい取れると思ったが、結局一度も勝てなかった。わざと良いところで止められた気もするアーサーは少しだけ不満げに剣を握り直してから、手合わせ相手を見返した。自分はまだやれるのに、向こうは構わず手頃な石造りに腰を下ろしてしまう。

軽々と動いていたと思ったが、すぐに団服を着こまないということはまだそれなりに身体は熱いのかと考える。じっと見つめれば相手はにっこりと笑って自分の隣を手で叩いた。お前も座れ、とその動作だけで言いたいことがわかるアーサーは仕方なく剣を収めてから彼に歩み寄った。


「手合わせに付き合ってくれる為声かけたンじゃないんすか。副団長」

「いつもの話し方で良いぞアーサー。どうせ二人しかいないんだ」


副団長であるクラークからの許可に、アーサーは小さくケッと吐き捨ててからその隣に足を崩して腰掛けた。

騎士団演習場にある演習所の一角。休息時間を得て、ステイルとの手合わせ時間まで軽く身体を動かしておこうかと場所を探していたところでクラークに話しかけられた。

ここなら今の時間誰も使っていないと、誘われるままに穴場へ案内してくれたのもクラークだった。副団長や騎士団長に手合わせや指導をつけてもらうこと自体は本隊騎士に珍しくもない光景だが、しかしアーサーは身内に近い存在である。

あくまで騎士団にいる時は言葉を整えているアーサーだが、それでも誰の視線もない場所での手合わせはありがたかった。まだ本隊騎士に上がったばかりの彼は、騎士団長や副団長に手合わせをして貰えることに気後れもある。本隊に上がったばかりの自分が先輩達を差し置いて、と思う中で人目のない手合わせはそれだけでも打ち合いに集中することができた。

もう一度だけこの場に誰の目もないことをぐるりと首ごと動かして確認したアーサーは、そこで改めて「手合わせの為に声かけて来たンじゃねぇのかよ」と砕けた言葉で言い直した。正直なアーサーの言い直しに軽く笑ってからクラークは上目で合わせた。


「お前がどれだけ強くなったのか確かめたかったこともあるが、……聞いたぞ。ロデリックとの手合わせを再開させたそうじゃないか」

それか、と。

やっとクラークが突然誘ってきた理由を理解したアーサーは、嫌そうに口を歪めてから空へ視線を逸らした。

アンにゃろう、と悪態を付きそうなところを飲み込み舌打ちだけを零す。どうせ父親であるロデリックに言った時点で友人であるクラークに伝わることも目に見えていた。

口の「い」の字で固めるアーサーに、クラークも返事を聞く前からくっくっ、と喉を鳴らして笑ってしまう。むしろそういう話をしたかったからこそ誰もいない演習所を選び、そして時間も余裕を見て切り上げた。

手合わせをしてみてもやはりアーサーは間違いなく実力を上げてきていると確認できれば、余計に本人の口から聞いてみたい話題でもあった。


「……本隊にも上がれたかンな。まだこれぐれぇで満足できねぇし……もっと、強くなりてぇから」

「なら、私もまた付き合おう。お前が一本取れるまで挑戦し続けてくれても良いぞ」

「ぶわァか。騎士団長だけでも気が引けンのに、テメェとまで打ち合いなんざしたら贅沢過ぎじゃねぇか。…………ンでも、次は勝つ」

ははっ!と、やはり手合わせはしたいらしいアーサーに今度は短く笑い声まで上げてしまう。

昔馴染みの相手でもあるクラークへ恰好を付けたい部分はもちろんあるが、今更取り繕えない為ついつい本音が先立ってしまう。実の父親とも違い、兄のような存在であるクラークについ甘えも勝った。昔から父親と肩を並べ、副団長としての実力を認められているクラークにも稽古をつけて貰えるなら当然頼みたい。そしていつかは超えたい。


今年の入隊試験で見事最年少入隊を果たしたアーサーは、今まで自粛していた騎士団長との手合わせを再開したいと本人に願い出ていた。

新兵になってからはあくまで贔屓なしで入隊をもぎ取りたいと望むアーサーにロデリックも、そしてクラークも尊重した。しかし本隊になった途端、再び稽古をつけて欲しいと望んでくれたとロデリックから聞いた時はクラークも笑いが暫く止まらなかった。ロデリック自身、アーサーに稽古をつけることがなくなったことを少なからず歯痒く感じていたことを親友であるクラークは知っている。

なのに突然手合わせの再開と、更には初めて自分のことを〝父上〟と呼んでくれたのだと語るロデリックは珍しくその夜は潰れるまで飲み続けていた。今思っても楽しい休日だったとクラークは振り返る。

クラークの笑い声が、くくくっ……と次第に収まっていくのを向けず不機嫌な顔で待ち続けるアーサーだったが、沈黙になっても話を再開してこないクラークに違和感を覚える。右肩がぴくりと勝手に動き、視線を感じるままに顔を右へと向ける。見れば、さっきまでは楽しげに笑っていたクラークが、今はただただ静かな笑みだけを自分に向けてきていた。

そういう眼差しで見られることも珍しくはないアーサーは、唇を少し尖らせるだけで見つめ返した。「ンだよ」と右肩を狭めて見せれば「いいや」と穏やかな声だけが短く返される。


「私も。……お前とこうして手合わせすることができて嬉しいよアーサー」

「…………うっせ」


恥ずかしいことを言ってくるクラークに、アーサーも耳が熱くなる。

やはりクラークにはいまだ勝てないと思い知る。自分がどれだけ意地を張っても大人ぶってもクラークにだけは見透かされてしまう。顔を見ればそこに取り繕いは一つもなく、心から自分との手合わせの時間を喜んでくれている存在が座っている。せめて剣の腕だけでも勝ちたいが、それもついさっき大敗に帰してしまったと思えば余計に悔しかった。


「本隊演習には慣れたか?新兵の時とは勝手が違うだろう」

「……別に。新兵の時にも本隊の演習準備とかで見てっし。…………まァ八番隊の人らとは全然話せてねぇけど」

殺しにかかられるだけで。と、最後に疲れた声でそう零せば、またくっくと喉を鳴らされた。アーサーも例にもれず、騎士隊長の洗礼を受けていることはクラークもよく知っている。

八番隊にアーサーが入隊を決めた時には驚いたが、今のところは大きな怪我もなく無事にやれている。ハリソンからの騎士隊報告書に目を通しても、今のところ目立って問題があるようには見えない。今のアーサーの発言から判断しても、演習よりも人間関係の方が悩みだろうかと推測する。


「八番隊は特殊だからな。もともと隊員同士の会話も少ない」

「少ないっつーか、ねぇだろ全然。ハリソン隊長も殺しにかかってきた後は一言二言言ってくれっけど、その後はすぐ消えちまうし」

「ああいう奴なんだ」

「でも、他の隊の人達はすげぇ良くしてくれっし問題ねぇよ。ギルもスティーヴもいるし、カラム隊長は俺らの相談にもすぐ乗ってくれて、ノラン副隊長は合同演習中にすげぇ適格に指摘してくれるし、スコットさんは飯誘ってくれてアラン隊長は手合わせとか鍛錬にも誘ってくれて、エリックさんも新兵の頃からよく声掛けてくれるし今日だって……」

一人ひとり思い出しながら言葉にすれば、自然と肩の力も抜けていく。

八番隊の名は出てこなくとも、次々とアーサーの口から出てくる騎士の名にクラークは耳を傾けながら緩やかに目を閉じた。

そうだったな、良かった、そうか、楽しそうで何よりだ、と。一つ一つ丁寧に相槌を打ちながら聞いていれば、その口元も心地良く笑んでいった。視覚を敢えて閉じたまま、それ以外の全てを研ぎ澄まして話を聞く。

慣れ親しんだアーサーの声も本人が気づいていないだけで語るごとに柔らかく、楽しげだった。頬に当たる風の感触と演習所独特の鉄の匂いと共に聞こえるそれに、改めて彼が騎士となってここまで辿り着いたのだとクラークは実感する。こうしてアーサーと語らうことは何度もあったが、騎士団演習場で当然のように語り合える幸福を音もなく噛み締めた。

彼は間違いなくここにいる。そして自分もここにいる。

幼い頃彼が最も憧れた場所で、憧れた姿になって、父から聞いたのでもなく自分のこととして騎士達のことを語り聞かせてくれる。

時間の許す限りその心地よさにクラークはひたすら聞き入った。騎士に憧れていた少年が立派な騎士になったことを確認し、ただ静かに微笑む。

時間となり、薄く目を開けたクラークはそこで軽く時計を確認した。そろそろアーサーが話していたステイルとの手合わせの時間だろうと気づき、切りのいいところで「良かった」といつもの笑みで友と同じ蒼の瞳と目を合わせた。


「そろそろ出ようか。ステイル様もお待ちだろう」

あッ、と短く上げて時計を確認するアーサーも、つい話に夢中になってしまったと自覚する。緊張感をなくすとついクラークには話過ぎてしまう。

わりぃっ!と慌てて立ち上がり団服を脇に抱えて出る準備を整えるアーサーに「お前の足なら遅刻はしないさ」と笑いながらクラークも宥めた。しかし、待ち合わせは王居で相手は友人とはいえ第一王子。待たせたくない理由はそれだけでも充分ある。

アーサーに合わせて自分も副団長室に戻ろうかなと腰を上げたクラークは、準備を終えたアーサーにそのまま軽く並び、そして肩を叩いて呼びかけた。


「行こうか、アーサー」

「うっす。……お付き合い頂きありがとうございました、クラーク〝副団長〟」


切り替えた途端、何事もなかったかのように上官へ言葉を整えるアーサーにクラークはまた笑う。

そういう律儀なところはやはりロデリックに似ていると。


喉を鳴らして笑うクラークに、アーサーも首だけを捻った。


Ⅰ50-2.50幕


松浦ぶんこ先生のコミカライズ2巻の特典で描き下ろして頂いたペーパーから、構想して書かせて頂きました。


こちらは、有隣堂様書店特典の描き下ろしペーパーを元に書かせて頂きました。


※書店ではなく、イラストで作者が勝手に選んで書かせて頂いています。


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