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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
私欲少女とさぼり魔

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240/1000

Ⅱ169.私欲少女は紹介される。


「ッ恥ずかしいから大声で言わないで!!」


アムレットの高い声が耳を劈くほど響いたが、プライドは耳を塞ぐ余裕もなかった。

口が閉じないまま〝兄ちゃん〟と自称する青年に穴が空くほど目を向ける。黒髪の美男子。レオンのような優雅な動作が似合う彼を何度見ても覚えがない。しかも整った顔に反して発声は粗野と感じるほどに乱雑だった。

だが、〝兄ちゃん〟の発言に顔こそ赤くするもののアムレットも訂正しようとはしない。

先ほどまでアーサーと話しをしていたパウエルも〝兄ちゃん〟を押さえるように手を伸ばし駆け寄っていった。

「黙っとけって!」という叫びに、こういうやり取りはよくあるのかなとプライドは思う。

しかしパウエルからの助言も全く耳に通さず兄ちゃんと呼ばれた青年は腕を組んで首も捻る。なんでそんなに怒るんだよ、と一人で呟きながら心からわからないと反省無く眉を中央に寄せた。むしろ他人であるパウエルの方がアムレットに配慮できている。

パウエルが何とか青年を押さえたことで、アムレットも大きく息を吐き出す。「も~~」と片手で頭を抱えた彼女は、すでに十度目以上のプライドへ謝罪をすると今度こそ話の軌道を戻した。


「その、……あの人が私の兄さん。それで、同級生の子が勉強を教えてくれることになったって話したらどうしても一言挨拶がしたいって聞かなくて……。もう私も十四だし、ちゃんと今日はジャンヌ達も用事があるから無理だし相手の子にも迷惑って言ったんだけど……。…………ごめんなさい」

昨日までは二日間仕事で姿も見せなかったから忘れていると思ったのにと、頭を抱えながら弱々しい声を出すアムレットにプライドは枯れた笑いしか出てこない。

開き出したアムレットの設定と、そしてまさかの過保護兄の存在にどう反応すれば良いかわからなくなる。自分達も一応は心配性な祖父の命令と都合でエリックが毎日迎えに来ていることになっている。しかし、一人で登校する生徒も多い中でまさか兄が妹の友人に挨拶する為に学校まで押しかけるなど、この世界の常識でもなかなかない。

妹を心配して送り迎えならばまだしも、友人関係にそこまで踏み込まれたらアムレットが恥ずかしがるのも、今の今まで躊躇い口ごもった理由も納得できた。


「兄さん、昔から凄く私に過保護で。ずっと兄さんが親代わりだったから仕方ないし感謝はしているんだけど……」

悪い人では無いの、と妹ならではの心労を露わにするアムレットに何とかプライドは頷いた。

自分達の目から見ても過保護なことを抜けば悪い兄ではない。若干無神経さは既に誰の目にも明らかだが、それでも妹を心配していることには変わらない。しかしそんな兄ではきっとアムレットがゲームのように彼氏でも作ろうものなら連れてこいの前に男と男の面談勝負でも張りそうだなと思った時、プライドの頭にカチリと記憶の断片が光った。


『私も。兄さんが一人。ずっと親代わりでちょっと過保護で……優しかったなぁ』


ゲームでのアムレットの台詞だ。

優しく語りかけるような、思い出に触れるような語り口は間違いなく攻略対象者、文脈からディオスルートのイベントだろうとプライドは推理する。やっぱり兄が居た!!と心の中だけで叫びながら、口では目の前の主人公に「優しいお兄さんなのね」と笑顔を心がけて返す。

自分や兄を馬鹿にせず、引くこともなく笑顔で返してくれるプライドにアムレットも少しだけ顔の赤みが引いていった。

ありがとう、と一声返した後、振り返らずに目だけでチラリと兄を指す。「それで……」とどうか挨拶を許して欲しいと願うアムレットにプライドは「勿論よ」と反射的に快諾した。


「アムレットの大事な人だもの。私も是非ご挨拶したいわ」

何はともあれ、アムレットの大事な家族に変わりは無い。

そう考えを必死に切り替え、行きましょうと彼女に掴まれた手を逆に引いた。パウエルとの関係はまだよくわからないが、少なくとも彼女からの相談が極々平和なものだったことは喜ばしい。

仲良く片手を繋いで歩きながら、彼女の居心地の悪さを少しでも拭うべくプライドは潜ませた声で更に投げかけた。


「校門前で待っていたということは、お兄様は学校に通っていないのね?」

「うん。兄さんは私の生活の為にずっと働いてくれていたから。でも、もう特待生になれたし今までみたいに無理して働く必要もなくなったわ」

少しずつプライドに心の準備をさせるように兄の情報を伝えれば、アムレットの強ばった表情筋も自然に緩んだ。

もう兄に無理をさせず済むという事実を言葉にすれば、ほっと温かな息も零れた。肩の荷が下りた、というよりも純粋に兄のことを想って安心を露わにするアムレットにやはり仲は良いのだなとプライドは思う。心に余裕が生まれれば、思考にも僅かに潤滑に動く。

「あ」と一音を口から零したアムレットは兄の表情がはっきりとわかるほど近付いたところで、これだけは言っておかなくちゃと早口でプライドに囁いた。


「あと、兄さんは人より煩くて面倒でしつこくて暑苦しくて馴れ馴れしいところはあるけど嫌だったらはっきり言って良いから!私と兄さんが勝手に長話始めたら放って帰っていいから!絶対にそれくらいじゃ落ち込まない人だから‼︎」

ひそひそっと、前もって自分に拒否権を与えるような言い方と兄への遠慮無い辛口にプライドは今度は本気で笑ってしまう。

ティアラとステイルの様子ばかりみている自分には、典型的な妹とうっとうしがる兄の姿が懐かしくも微笑ましく思えてしまう。笑い声まで出そうなのは喉の奥で堪えながら「わかったわ」と言い切った時、とうとう校門前に辿り着く。

自分とアムレットが来るのを今か今かと仁王立ちと腕組みで待ち続けていた青年は、今はまだしっかり口を閉じていた。今の自分達より明らかに年上である青年に真っ直ぐ見下ろされ、彼の隣ではパウエルが何度も自分とアムレットを瞬きのしない目で見比べていた。


「まさかアムレットとジャンヌが友達だったなんてなぁ」

独り言のように声を掛けるパウエルだが、まさか自分のことでプライドとアムレットが狼狽したとは想像もしていない。

パウエルの呟きにも眼前で足を止める妹と友人にも、青年は口を閉じたままにこやかな笑顔だけを浮かべていた。仁王立ちさえ抜けばやはりかなりの美男子だった。流石はアムレットのお兄様だわ、と心の中だけで思いながらプライドは口の中を飲みこんだ。「兄さん」と自分を紹介しようと第一声から放つアムレットに、プライドまで静電気のような緊張が走る。

「この子が私に勉強を教えてくれる友達。ジャンヌ・バーナーズよ。凄く頭の良くて優しい子なの。ジャンヌ、この人が私の兄さん。殆ど関わらないとは思うけれど、どうか宜しく……」


「お初にお目にかかります、お嬢様。妹のアムレットがお世話になっております。この度は私の大事な妹に勉強を教えて下さるということで、本当にありがとうございます。どうぞこれからも仲良くしてやって下さい。この子は私の自慢の妹ですから」


スラリッ、と突然仁王立ちから姿勢を正した青年は、黒髪をなびかせながら胸の前に手を置いた。

先ほどの言葉遣いが嘘のように整った口調で、深々と直角に腰を曲げて頭を下げる姿はこの上ない紳士だった。先ほどの大声無神経発声と仁王立ちさえ知らなければ、まさにアムレットの兄と思える姿だとプライドは思う。

その優雅な動作も、微笑みも、始めて校門前で立っているのを見たあの時の姿そのものだった。どちらが素だろうと一瞬だけ考えそうになったが、十中八九先ほどの粗野な発声と仁王立ちが本物だと確信する。

兄が素晴らしい挨拶をする中で、自分と並ぶアムレットのみならず隣のパウエルまでもが苦い顔で彼に目を向けていたのだから。

二人のあまりにはっきりとした反応にプライドもどうすれば良いのかわからず苦笑いで止まってしまう。二人の痛い視線に気付いている筈なのに、にこやかな笑顔を自分に向ける青年だ。黒さの欠片も感じさせない笑みではあったが、どことなく作られたその笑みは黒髪と整った顔も合わさり、やはりレオンを彷彿とさせるなとプライドは思った。

こ、こちらこそ……とプライドが絞り出せば、続けて「……兄さん」と今度はアムレットから低い声が放たれた。


「約束したでしょ?私の友達に仕事用は止めて。それにそんな挨拶のされ方しても困るだけよ」

「けど、いつも一緒のキティもララも大喜びだったろ?」

ピシリとした妹の言葉に、やはり兄はめげない。

ハハハとさわやかな笑顔をジャンヌ達に固定したままの兄に、アムレットは細い眉を寄せた。キティもララもアムレットと一緒に移動教室や下校をしている子達の名前だとプライドは思い出す。

正直、彼女にとっては青年の使った形式ばった挨拶はむしろ受け慣れたものだったが、一般人がそんなお嬢様扱いをされれば戸惑うことも大きいだろうと思う。しかしそれよりも兄に対して手厳しいアムレットと、その反応にも慣れた兄の様子の方がプライドには衝撃だった。そして何より




─ ゲームではシルエットだけだったのに。




ぱちり、と。

アムレットと兄の設定を思い出せば、そう思ってしまう。

ゲームで確かにアムレットは兄の存在を仄かしてはいた。しかし、兄の姿はシルエットだけ。モブどころか描かれることすらなかった。

その理由と攻略対象者へアムレットが吐露する場面が頭に流れ出し、プライドは笑顔のまま引きつりそうな口端に必死に力を込めた。ヒクヒクと意識しなければ笑顔ですらなくなりそうになる。


まさかこんなところに影響が、と何度も同じ言葉を頭の中に繰り返しながら主人公兄妹の様子を先ずは見守った。


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