II17.義弟は苦労する。
……危なかった。
試験が始まり、自分の名を記載した俺は問題文へ目を通す前に息を吐く。
本当の名ではない。フィリップ・バーナーズという仮の名前だ。心配はいらないと思うが、念の為プライドへも「名は間違えないで下さいね」と囁く。今朝から呆けることが多いプライドが万が一にも本名を書いたら全てが台無しになってしまう。アーサーは未だしも俺とプライドは名を知られたら致命傷だ。
各自に前から回された問題用紙は合計五枚。なかなかの枚数だが、我が国の名を書け、自分の年齢を書け、自分の住む地の名称を書けという簡単なものから、歴史や数式、天文学や読解文など難易度も種類も幅広くバラバラだった。先に問題文を軽く確認すれば一枚目は初等部、二枚目三枚目が中等部、四枚目五枚目が高等部の年齢に合わせた授業内容のものになっている。
年齢よりも住む場所や生まれによって知力は左右される。俺だって養子になる迄は自分の名前しか読み書きもできなかった。
先ずは各教室の教師が正しい教育方法を導き出す為にも、学力の把握は必須だ。俺達のように一人一人に合わせた個別教師ではなく、彼らは一回でこの教室全ての生徒を見なければならないのだから。
問題用紙の中身を確認し終え、俺は生徒全員に配布されたペンを動かす。取り敢えずはアラン隊長の親戚として優秀な人間という設定であるからには、初等部の問題は全て正解して良いだろう。
単純な問いに答え続けながら、俺は考える。
校内でプライドを守るべくは、ラジヤからのみではないことを。
今日まではラジヤの影、予知された学校や生徒への脅威、そして彼女の正体さえ隠し通せれば良いと思っていた。
パウエルとの再会には流石に驚いたしアムレットに関しては回避を続けるべきだが、今の所プライドへの危険はない。俺達の正体も気付かれていないし、ヴァルも指示通り高等部に入り近衛騎士達も潜伏している。全て計画通りだ。……が、しかし。
プライドに寄り付く男の存在を忘れていた……‼︎‼︎
馬鹿か俺は‼︎
さっきは上手くいったものの、全くこれを想定していなかった自分を殴りたくなる。
十四歳に年齢が戻ったプライドは、…………とても愛らしかった。今でこそ大人の女性らしい彼女が幼くなった姿は、想定外に見慣れたいつもの雰囲気とは変わっていた。
昔は目にした姿だし、当時の姿絵だって城内にある。だが、五年ぶりにこの目でみると全く違う。しかも化粧すらせず!波打つ深紅の髪を纏めた彼女は姿絵とも記憶の中の彼女とも全く違う印象とあどけなさまで残していた。
正直、最初にその姿を見た時はあまりの可愛さに弟の俺ですら顔が熱くなった。しかし、あくまで今の本来の彼女を知るからこそのこと。
エリック副隊長もアラン隊長とアーサーも、今のプライドを知るからこそわかるのであって、別に十四歳の子どもの姿になった彼女に正体も知らない学校の生徒が必要以上に寄り付くわけもない。相手はただの十四歳の少女なのだから。……と、思ったのがそもそもの間違いだった。
プライドが十四歳ならば他の生徒も十四歳という〝同年〟であるという事実をすっかり忘れていた。
今のプライドは俺達にとっては単なる子どもだが、彼らにとっては間違いなく〝女性〟だ。よくよく考えればプライドは十四の頃には既に社交界や式典でも年の近い令息や王子から人気があった。
騎士団に限れば、彼らがプライドを慕ってくれたのは八年近く前のことがあってだが、社交界ではまた別だ。プライドが十四歳の時点で第一王女である彼女の隣を狙う男性は十四どころかそれ以上の齢もいた。
当時、俺も彼女の弟として何度懐柔を試みられたか、数も忘れた。……俺からしてもそういう輩を逆に懐柔するには都合も良かったが。
教室に入った時から既に嫌な予感はしていた。教室へ向かうまでも今の姿の彼女と年齢の近い男子は何度も振り返り、教室に入ればその多くがプライドに視線を注ぎ、彼女の姿が少しでも目立てば誰もが顔を火照らせた。
俺達にとっては子どもの姿のプライドも、彼らにとっては間違いなく恋愛対象。社交界と違って化粧もドレスも来ていない。それどころかあの美しい髪すらまとめてしまっている彼女であれば、幾分か周囲と目立たないだろうと高を括っていた俺の間違いだった。
化粧をしてなかろうとも彼女の透き通る肌もまつ毛の長さも唇の鮮やかさも目の大きさも全てが他を圧倒する美しさだ。……というか、化粧をしない所為で逆に際立っている。更には彼女の深紅の髪を全て丸く纏めてしまっていることで、顔の輪郭や小ささまで余計に協調しているようだった。
正直、他の男子生徒達の反応を見れば見るほど、彼女を目立たないように行動させることは最初から不可能だったのではないかと思えてくる。今更だがティアラまで潜伏に加えないで済んで本当に良かった。アイツもアイツで十四の頃には少女らしい愛らしさでやはり人気が高かった。それこそ学校であれば確実に上級生に目をつけられる。あの姉妹二人も並んで目立たせないのも他の男を寄り付かせないのも不可能に近い。
さっきも、彼らは俺とアーサーに話しかけておきながら、意識がちらちらとプライドに向かっていた。あくまで俺達にしか話しかけずプライドに話しかけられないところはまだ十四歳だと思うべきか。
……それとも社交界の人間が積極的過ぎるのか。社交界や式典では王族である彼女達へ挨拶することは当然の行為だ。しかし、単なる同じ教室で勉学を共にするというだけの初対面の女子に話しかけるとなると敷居は段違いなのだろう。……まぁどちらにせよ
プライドを必要以上に近付けるつもりはない。
第一王女と知らずとも、罪もない民であろうとも、異性である彼らを必要以上に親しくさせるわけにはいかない。
むしろ、社交界よりも遥かに恐ろしい。第一王女ではなく、単なる同年代の女性だと思っている彼女に対し、まさか軽い気持ちでの行為が〝不敬罪〟に問われるなど誰も思わないのだから。
俺も養子になる前の記憶などそこまで多くはないが、少なくとも十代から成人になるまでの中で、恋人がいる者など珍しくもなかった。成人までたった三年しか残されていない彼らからすれば、女性に対してそういう意識を持つのは自然なことだ。女性は十六、男性は十七で結婚を許される。早期の結婚を望むのならば、将来の為にも本腰を入れて考える頃だ。
そして彼らが法律的に許される未成年同士の境界を守っても、第一王女であるプライドに一歩でも踏み出せば重罪だ。彼らの年代だと特に衝動的に行動する域を抜けていない。もし万が一、……万が一プライドと交際しようと考えたり、あわよくばと狙った行為があった場合、とんでもない事態に発展する。
二年前のセドリック王子の不敬どころの話ではない。しかも相手が王族ではない民であれば、死罪すらあり得る。そんな最悪の事態を避ける為にも、今はできる限りプライドと彼らを分断しなければならない。
あくまで高嶺の花。手を伸ばすことは不可能だと思わせておく為にも、彼らやプライドには悪いが必要以上親密にならないように目を光らせておかなければならない。半端に手が届くと期待させて、とんでもない事態に発展したら全員が地獄に落ちるような展開になりえる。
単なる交友関係なら良い。プライドにもひと時でも民の友人が出来るだけなら女性でも男性でも微笑ましく見守れる。そこに邪な思いが一匙もなければ。
彼女の身分を知る社交界とここは違う。言葉を選ばずに言ってしまえば、〝ジャンヌ〟に惚れた生徒には破滅しか待っていない。
彼らとその一族全員を守る為にも、そしてプライドの今後の為にも色目を向けてくる男子生徒はなるべく近付けないようにしないとならない。
まさか初日で早速アラン隊長の騎士隊長の立場すら借りることになるとは思わなかった。エリック副隊長の送迎のみであれば、騎士の団服を着ていても隊長格であることまで一目でわかる者など少ないのだから。
本来ならば、なるべく目立たないようにする為にも必要以上は人目を引く情報は隠しておきたかった。俺達がすべきはあくまで潜入。目立たず生徒に紛れ込むことが第一優先だ。……なのに。
何故あんなに愛想を振りまいてしまうのか‼‼
そう思った瞬間、気づけば握っていたペンがミシッと薄く悲鳴を上げた。
気が付けば、適当に中等部の問題に取り掛かりかけていたことに気付き、慌てて右手を止めた。一度深呼吸をし、息を整えてから改めて一つ一つ問いを確認して手を動かす。
……別に今に始まったとこではない。俺が出会った頃からプライドは誰にでも笑顔を向ける人だった。
しかし、社交界どころか自分の身分も正体も隠しているこの場であんな笑顔を放つとは思いもしなかった。社交界で着飾った美しい女性を日常の中で見慣れている王侯貴族すら、王女の立場も関係なく射止めるあの笑顔を一般の民である彼らに近距離で放てばどうなるかなんて目に見えている。アーサーすら危機感を覚えて顔色を変えたというのに、プライド本人だけが全く未だに気付いていない。
ざっと解答欄を埋めたところで、俯いた顔のまま目だけで先程俺達に話しかけてきた少年達を確認する。
見れば、予想通り答案を書けるところまで書き終えた彼らの殆どがぽかんと呆けている。何を思い出しているのか手に取るようにわかるほど顔を火照らせた者や、ちらちらと答案ではなくプライドの顔を盗み見ようと顔をこちらに向けている者もいる。中にはまるで乙女のように頬杖をついて天井や窓の外を眺めている。頼むから何人かは俺の気にし過ぎであって欲しい。
プライドはあくまで学校と生徒の危機を防ぐ為、己が予知の内容を輪郭づける為にここにいる。……だが、彼女の同級生として傍にいる俺とアーサーの役目をさらにもう一つ、今思い知る。
いっそこうなることならば、人相の悪いヴァルを無理にでも同級生にしてしまえば良かった。またはアイツをプライドの身内という設定にでもして更に彼らへの牽制の策を練るべきだった。カラム隊長もジルベールの秘密を明かしてでもプライドの同級生にねじ込めば良かった。
プライドをこれ以上目立たさないようにするだけでは、もう無駄だ。既に十人以上の男子生徒の心を射止めた恐れがある彼女の噂は、広がるのも瞬く間だろう。
彼らの中には親類縁者が別の学年にいる者もいる。そうでなくても民である彼らは年齢を越えた人間関係を入学前から築いている。中等部二年生の女子一人の噂すら、爆発的に広まるのは簡単だ。むしろ未成人が大部分を占める環境であれば、広めないことの方が無理だろう。少しでも目立つ人間や興味を引く人間がいれば、確実に見たい知りたいと思うに決まっている。
「………………ハァ」
肩ごと上下するような溜息を洩らし、書くべき解答欄のみ埋めた俺はペンを置く。
近頃のプライドは、時々おかしい。
予知をし、何かを隠して、様子が気になるということは今までもあったが、今回は少し違う。抜けているというか張り詰めていないというか隙があるというか……、……妙だ。それが学校の予知をしたからか、それともその前のー……、……。
……プライドを守る為に共に潜入した筈なのに、何故プライドを守る為だけでなくプライドから彼らを守る為にまで行動することになってしまっているのか。あの時の地獄よりは遥かにマシで平和なものだとわかっていても、どうにも考えれば考えるほど疲れてしまう。
しかも、今回の警戒すべき相手はプライドやラジヤだけではない。パウエルとアムレット、そして……。
とにかく、彼らにも正体を知られないように気を張り続けなければいけない。念には念を入れてなるべく高等部にも近付かないようにしよう。
パウエルに再会できたのは、……正直かなり嬉しい。
もともと、期待してなかったわけではない。彼が十八になるまでに学校を始動したいというのは俺の目標だったし、もし彼を見つけたら一言でも話をしてみたいと思ったからこそ、プライドとジルベールを説得してでも、当時彼に語ったこの名を引き継ぎたいと考えた。
彼に再会した時にこの名であれば、彼から気付いてくれるし、円滑に関われる。そして、目論見どおり初日で彼は俺を見つけてくれた。この後の昼休みに会えるのも楽しみではある。彼がこの四年近くをどのように過ごしてきたのか、そしてもし聞かせてくれるのならば出逢ったあの時の経緯をいつか聞かせてもらえたら、とも思う。
何より、今の彼がどんな生活をしているのかも聞きたい。彼が今を泣いて幸せだと言えるような状況にしてくれた人の話を俺も聞きたい。
第一優先はプライドと学校、民の安全だが、この限られた期間の間で少しでも多く今の彼を知れたらとも思う。彼と交わした誓いもまだ、果たされたとは限らない。残す問題はアムレットと……
「終了です。答案はこっちで回収します」
教師のロバート先生が沈黙の打たれた空間に終わりを投げた。
同時に鐘も鳴り、二限目終了の合図が校内中に響き渡る。手を動かさずに考え事をしていた時間が多かった所為か、わりともて余さずに済んだなと思う。
名前を書けない生徒にも配慮して教師が一人一人、名前を確認して答案用紙を回収する。無解答で時間を持て余した生徒は大きく伸びや欠伸をし、……大多数の少年達が教室を見回す振りをしてプライドに目をむけた。アラン隊長の御威光を借りてもまだ牽制は足りないらしい。頼むから一生を棒に振らない為にも遠目で眺めるだけで満足してくれと、俺は胸の内だけで願った。
俺達の答案用紙も回収され、最後の一人を集めきった教師は三限目に集まる時間を指定してから口頭で食堂の場所を改めて説明した。
「学校の敷地内であれば何処で食べるのも基本的には自由です。ただし、施錠されている場所には入らないように」
改めて教師からヴァルのような愚行を起こさないように念を押される。
始業初日からこれでは、彼も気が気でなかっただろう。高等部三年の担任教師には悪いことをしたと今から思わざるを得ない。
教師が教室から去り始めると、火が付いたように生徒達が席を立ち、食事はどうするか食堂へ行くかと声を掛け合う。俺も早速パウエルに合流しなければ。彼は昼食をどうするつもりなのかにもよるが。
「ジャック、大丈夫……?」
隣から心配そうなプライドの声で振り返る。
見れば、俺と反対隣の席に座るアーサーがぐったりと机に項垂れていた。銀縁の眼鏡ごと交差した手に突っ伏したアーサーは、俺との手合わせ以上に疲弊していた。大体は検討もつきながらも「どうした」と声を掛けてみれば、やはり想像通りの理由だった。
「殆ど解けなかったです……なんか、すげぇ、……凹みます……」
「結果は気にするなとロバート先生も言っていただろう。読み書きできれば充分だ」
そりゃァそうだけど……‼と俺の言葉にアーサーは頭を抱えて首を振った。
まぁ、実年齢は俺やプライドよりも上のアーサーが十八歳までの問題を解けなかったとこはそれなりに悔しかったのだろう。
騎士にもある程度の教養は必要だが、読み書き以上は必須ではない。勉強ができるのと頭が回るのは別だ。騎士団長の家とはいえ、普通の庶民として生まれたアーサーの学力がその程度なのは別におかしいことではない。
「だ、大丈夫よ!それにあれ、全部は解けなくても仕方ないわ。四枚目と五枚目は高等部ぐらいで習う内容だったし……!」
プライドが必死にアーサーを慰める。
実際は一枚目と二枚目は初等部レベルの内容だったことに関しては、敢えて飲み込んでいた。落ち込んでいるアーサーには確かにそうすべきだろうと俺もそのことは黙っておくことにする。……というか大体ここにお前は勉強しに来たんではないだろう。騎士として国中に認められた男が、そんなことを気にするな馬鹿。
それより早く渡り廊下に行きましょう!とアーサーの腕をプライドが引っ張れば、俯きながらも「すみません」とノロノロとアーサーは起き上がる。
持ってきたリュック三つを片方の肩に背負うと椅子を引いて立ち上がった。俺もそれに合わせ立ち上がり、首を回す振りをして周囲を確認する。……やはり、プライドを誘いたいのか、数人の男子が遠巻きに俺達を見てはその場から動かない。
俺とアーサーだけであれば誘うのに躊躇う理由はないことを考えれば、間違いなく標的はプライドだ。しかも、教室の隅や廊下からは何人もの女子が束になってこっちに視線を注いでいる。熱の籠った視線は男子から注目を浴びたプライドへの嫉妬というよりも、俺とアーサーに向けられていた。
王子の名札がなくても、この年でも女子にはまだそれなりに人気はあるようだと捻くれたことを考える。養子になる前から女性にそれなりに評価が高いことは自覚している。……正直、なかなか面倒だ。
正体を隠さなければならない上に、折角社交界から離れて外面を気にしなくても良い環境でまで、必要以上に愛想を振りまきたくない。民としては好意的に思っているが、個人的に仲良くなりたいとは思わない。大体俺から見れば、アーサーの方が本来の特技を見せれば女性に遥かに人気が出ると思うが、……髪型と眼鏡で上手くその印象を誤魔化しているなと思う。それでもやはりアーサー目的の女子も少なからずいる。
行きましょう、とプライドを俺とアーサーでしっかり挟みながら教室を出る。
廊下を出て階段と渡り廊下のある方向に向かえば、食堂に向かうのかと考えた何人かの男子が先回りすべく俺達の横を駆け抜けていった。更にはすれ違う度に背後を一定距離から付いてくる女子の数が増える。これでは社交界のパーティーと大して変わらない。
思わずまた溜息を洩らす俺に、プライドがどうしたの?と顔をのぞき込んでくる。言葉を返しながら、気持ちを切り替えるべく俺はさっきの試験について声を潜めた。
「ところでジャンヌ。先程の試験はいかがでしたか?どれほどの割合で……?」
「?勿論ちゃんとー……!……。…………………………」
……嫌な、予感が。
突然の沈黙と共に顔色が明らかに悪くなっていくプライドに、俺は最悪の事態を想定する。プライドの脚が表情とともに固まり、俺とアーサーも並んだまま足を止めた。
顔色の悪いまま頬まで伝わせるそれは、間違いなく冷や汗だ。表情がピキピキと引き攣ったまま何も言えなくなるプライドに、俺まで血の気が引いていく。
アーサーが「どうした?」と俺とプライドを見比べる中、行き交う生徒達の注目も上がった。俺を見返すプライドの血色が悪くなっていく一方で、恐る恐る彼女に核心を尋ねる。
「まさか、五枚全てに正答を書き込んで〝しまった〟のでは……?」
俺達は、目立ってはいけない。
学力試験は初等部から高等部の授業範囲まで広がっていた。そして俺はあくまで〝中等部〟の内容までに解答した。数個だけ敢えて空欄や間違いを加え、そして高等部の内容には問題を見ただけで手はつけなかった。何故ならば、それが〝中等部〟の優秀な学生としての最高点だからだ。
当然、俺とプライドにとってあの程度の問題は全て簡単過ぎる。俺達はとうにそれ以上の学びまで教師に教えられてきたのだから。
そして中等部二年の彼女は、高等部最高学年までの試験範囲を全て正答してしまった。
「ごっ……ごめんなさいっ!その、ぼーっとしてて、つい……‼︎」
顔を真っ青にさせ、「つい」で満点を叩き出してしまったであろう彼女もコトの重大さはすぐに察したらしく紫色の瞳を酷く震わせ、じっとしていられないように足を四方にウロウロ彷徨わせて狼狽した。
はぁぁぁあぁ……と、俺は今日一番の溜息を吐き、眼鏡の隙間から顔を両手で覆う。
もう、彼女を人の注目から外す事は不可能なのだと思い知る。こうなったらとことん山育ちの勉強だけしかできない世間知らず且つ過保護の祖父付きで通すしか道はない。これ以上彼女の長所を知られたら、特別教室にいる上級層の人間にまで興味を持たれてしまうかもしれない。取り敢えず
「貴方は潜伏の意味をわかっていますよね……⁈」
慌てて謝り倒すプライドに一言窘めながら、そう決めた。




