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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
私欲少女とさぼり魔

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234/1000

〈コミカライズ番外編更新・感謝話〉女王は求め願う。

本日、コミカライズ番外編更新致しました。

感謝を込めて特別エピソードを書き下ろさせて頂きました。

本編に繋がっております。


「ローザ‼︎しっかりするんだローザ‼︎‼︎」


女王の寝室。

そこに寝かされた女性に、義弟でもある摂政は決死に呼び掛ける。

急激に窶れ細った姿からは想像もできないほど短期間による身体の変化に周囲の医者や侍女達も口を噤み、覆い、今は言葉にもならない。

唯一彼女に強く語り掛けられる存在である摂政だけが彼女の手を両手に包み、決死に訴えかけた。しかし彼の言葉も殆ど女王の耳には届かない。数日前までは玉座に座してた国の最高権力者が、今は身体を起こす気力すら持ち得ていない。

急病とも思われたそれに、国中の医者が集められたがどの医者の診断も治療法も殆ど変わらなかった。だからこそ今もベッドに眠る女王に摂政以外が何もできない。何故ならば、大国の女王をここまで衰弱させたのは




「アル……バート、様……」




ぽつり、と。

一筋の涙と共に呟かれたそのか細い声に、摂政であるヴェストは再び声を張り上げた。憔悴しきり、立つことすらままならなくなった女王が譫言のように呟くのはその名だけだった。

女王の夫であったアルバート王配の事故死。

馬車の大破により命を落とした王配の死後から、暫くは女王も国もまだ悲しみに包まれるだけで済んだ。大々的な葬儀が行われ、民の前に出た女王は間違いなく威厳を保ち、毅然と振る舞い続けた。その後の王配不在による穴を自ら埋めたのも女王自身である。

王配補佐である宰相よりも先に悲しみから持ち直した。手足となる従者や上層部達が代理役をと名乗り出る中、それを拒み国の全てを殆ど一人で立て直したと言っても過言ではない。

もともと優秀な女王であった彼女は、喪失感から目を逸らすべく公務に没頭し続けた。自分の補佐である摂政への仕事すら気付かず奪ってしまっていたことも少なくない。悲しみも孤独感も全てを忘れることができるのは、女王として公務に明け暮れた時だけだった。眠る間も顧みず食事も喉を通らず拒み、ただただ目の前にある〝唯一の〟生き甲斐に縋り続けた。……しかし、今は。


『ローザ、そろそろひと息吐かないか。……婚約者との時間も、次期女王の大事な公務だろう?』

女王としての公務に没頭する身へ、呼吸を与える存在も


『婚約者だからではない、君だから共に食事がしたいんだ』

公務しかなかった彼女に、食事を共にする楽しさを与えた存在も


『ローザ、……またノックの音に気付かなかったのかい?ヴェストが部屋の外でずっと待ってる。君から許可を得ないと入れないと言っていたよ』

義弟よりも傍らで支え


『……遠慮なく、か。だがまだ難しいだろう。彼は義弟になったばかりなのだから』

摂政と女王の間を当初から取り持った存在も


『動きたくないなら仕方がない。恥ずかしがってももう遅いぞ』

疲れた身体を包み抱き上げ、愛し癒やしてくれる存在も


『プライドに今日も会ってきたよ。相変わらず君に似て優秀だ』

『……?ティアラを抱き締めたい…⁇抱き締めれば良いだろう。プライドがあのくらいの頃はなかなか手放さず大変だったくらいだ』

娘達との間を取り持つべく母親に代わり頻繁に会い、架け橋となり続けた存在も




もう、居ない。




「……っる、バート……」

日に日に憔悴し、窶れ、身体の悲鳴に反して公務に身体を削り現実から目を背け続けた女王が倒れるまで時間は掛からなかった。

姉弟として信頼関係を築いていた義弟の言葉すら届かない。愛する父親を失い、心に深い傷を負った娘達を省みることすら思い付かなかった。ただただ愛する夫の喪失を公務で盲目的に埋めることしかできなかった。

ベッドに寝たきりになった後も、口元に運ばれた料理すら簡単には受け付けなかった。次第に臓器も弱り果て、喉を通しても消化する前に逆流することも増えた。精神に蓄積された負担がとうとう自身の身体も保つことができなくなった彼女は、今や虫の息だった。心身ともに夫の後を追おうとゆっくりなだらかな死へと降りていく。彼女を生かす方法は、生きる気力を取り戻すことだけ。しかし、いまの彼女にその生きる意味は─。



「母上」と。



少女の甲高い声が二度響かされ、それでもローザに反応はなかった。

死の淵に立たされた女王の元へ、最後の最後にヴェストが打った手だった。

娘達には会えない、まだ会いたくない、どう言えば良いかわからない、こんな窶れた醜い姿見せたくない、お願いだからあの子達には言わないでと。

ローザに口止めを受けていたヴェストが初めて彼女に逆らった。今までも自分の口から何度も語り訴えた。お前にはまだ二人も娘がいる。血の繋がった家族だ、アルバートの娘だぞ。お前達の愛の証だ。アルバートもそれを望んでいる、と。

しかしいくら言葉で訴え掛けてもローザの瞳に光が宿ることはなかった。

できることならばローザが立ち直ってから会わせたかったヴェストだが、もう医者達から今日が今生の別れになりかねないと言われれば会わせないわけにいかない。そして叶うなら愛する娘達の姿に生きる気力を取り戻して欲しかった。次期に自分の後を継ぐことになるとローザ自ら語っていた第二王女と、そしてアルバート似の第一王女であるプライドだ。


義弟となったステイルが「アンタは来ないで‼︎」とプライドから八つ当たりに怒鳴られるまま、部屋の扉前で無表情に佇む中で女王の部屋は騒然とした。

プライド、そしてティアラがベッド際から並び苦痛を帯びた表情で母親へ必死に呼びかける。父親を失ってから、その穴を埋める為国を立て直す為公務に追われていると語られていた彼女達は母親が衰弱していたことも知らなかった。

最後に会った時とは別人のように変わり果てた母親へ何度も声を上げるが、娘達の声すらローザには届かない。

母上、聞こえますか、私です、どうしてこんなことに、何があったのですか、こっちを見てください、病気なのですか、どうすれば、元気になりますよね、母上、母上と。紫色の瞳と金色の瞳が潤ませられながら訴えかけてくのを虚ろな目で眺めながら、女王の思考に過ぎるのは



─ 嗚呼、怖い。



自分はもう死ぬだろうと。

生きていく気力も希望も持てない。目の前の愛した娘達を前に、もう心が枯れ果ててしまっていると自覚する。

目の前の娘達を抱き締めたいと思うより、ただただ自分が死んだ後のことを女王として考えた。自分が死ねばこの国を誰が司るのか、王位継承権は誰のものになるのか。突然夫を失ってから寝たきりの身になるまで自分の死後どころか正式な王位継承権についてすら思考が及ばなかった。

夫が死に、己が死に、そして次の幼き女王となるのは間違いなく王の証となる予知能力を開花させ〝てしまった〟プライドだと。そう思考が回った瞬間に、恐怖が先立った。

フリージア王国の最高権力を手にした途端、予知した未来の通りプライドがその力で弱者を虐げる。ティアラが生まれることを予知してから、自分はただ彼女を突き放しただけで何もしていない。アルバートに甘え任せ、まだ罪を犯していない娘に何故それが許されない行為なのかも説いていない。

このまま自分の辿るべき未来も何もしらないプライドが女王になれば、フリージア王国は血に染まる日が来る。

国も、民も、ティアラも、そして犯したプライド自身も取り返しの付かないことになる。自分の所為で、自分がアルバートの死を予知できず、自分も死に、そして幼いティアラに女王の全てを教えることもできず、そして自分が甘やかしプライドの〝育て方を間違えた〟所為で、国全てが不幸になってしまう。自分が母親として余計な甘やかしを続けてしまったプライドはあんな未来となり、そして従来の王族と同様に乳母達に任せたティアラはあんなにも良い子になった。

自分が最初に間違えなければ、プライドも乳母のもと女王に相応しい王女に育っていたかもしれない。あの優しくて気高いアルバートに似た彼女ならきっとと。今更悔いる。

本当は国も民も、そして娘二人にも幸せになって欲しかった。ティアラが女王となり、そしてプライドにも嫁いだ先で幸せになって欲しかった。

心臓が、拍動が呼吸が乱れ出す。息も絶え絶えになり、自分の身体が生きることを放棄し活動を止めていく。呻き、擦れた声を上げ、視界が淀む。医者達が必死にそれを繋ごうと彼女を囲み最善を尽くす中、ローザは最後の力を振り絞り、愛しい娘へと手を伸ばす。




心優しき第二王女ティアラへと。




「お願いっ……民を……この国を守って」

乱れる息を噛み締め、娘へ初めて涙を浮かべて訴える。

自分では叶わなかった。女王としていくら務めても結局全てを間違えた。愚かな自分の所為で、独り善がりな育て方のせいで未来が決まってしまった。このままではいつか愛する自国の民が苦しむことになる。

自分は死へと向かい、更生すらしていないプライドに国最大権力を与えて去ってしまう。女王として自身の全てを悔やむ中、ティアラの存在はまるで一筋の光のようだった。

やはり彼女こそがこの国を救う為に神が与えてくれた救いなのだと、擦れる意識の中で確信する。

自分の過ちを正す為。悲劇を止める為女王となるべく生まれてきたであろう、真の王なる器。叶うならば姉をも救ってくれればとそう祈る。

可愛くて心優しく、誰に対しても聞き分けが良く決して驕ることもなく幼い頃から思いやりを持ち、誰からも愛された自慢の第二王女。プライドと断絶してからも、どれほど彼女の天使のような笑顔に癒され救われただろうか。まるで在りし日のプライドのように愛しく、そして本当に沢山笑う子だった。

涙を浮かべ唇を震わせる第二王女は胸を押さえる手を母親に握られ、小さな肩が震えて上下した。迷いなく伸ばされた手を見つめながら、その力がやせ細った腕とは思えないほど強かったことに目を丸くする。大粒の涙を溢しながら自分の大事な母親を見つめ返す。幼い頃から身体が弱く、公務で忙しい母親にも毎日は会えなかった。

しかし乳母や侍女、そして父親から国の為に毎日働いていると聞かされた母親のことを尊敬していた。時々会いに来ては、優しく頭を撫でてくれる母親が大好きだった。時々にしか会えなくてもその度に優しい笑顔を浮かべて、抱きつけば自分を両腕で優しく受け止めてくれた母親が。

なのに、自分は母親に何もしてあげられなかった。父親が死んで悲しんでいる母親へ何もできず、今日まで一緒に居てあげることすらできなかった。

白い肌を蒼白にしていく母親へ、ティアラは小さな手を震わせながら母親の腕に重ねた。嗚咽しか零れず、何を言えば良いかもわからない中でティアラはこくこくと小刻みに母親へ頷いた。残された王女〝二人〟で国の人達を守らなくちゃいけないのだとそれだけを理解し、ただただ母親を安心させたくて想いに応えた。

泣きながら何度も頷くティアラに、ローザはフッと安堵のままに小さく笑んだ。もう「頼みましたよ」も「正当なる女王の器」の一言も、声にそして息にも出ない。せめてと自分の全てを託す意思を示すべくティアラの頭を撫でようと一度掴んでいた手を離せば、…………それを最期に事切れた。

ティアラの頭へ伸ばす力も残されず、そのままベッドから垂れ落ちた細い腕は二度と動くことはなかった。

ローザ、女王陛下、陛下、母上っ母上っ、といくつもの声が彼女を呼び、嘆きと悲しみが部屋を満たす。遺されたティアラはベッドから垂れた母親の手を自分から掴み、泣きながらその身に縋りつくように伏し、また叫んだ。そして




































─ どうして?

























限界まで目を見開き、細い涙筋を伝わせる第一王女は嘆きの渦の中でただ一人口を閉ざし続けた。

誰もが悲しみに暮れる中、彼女一人が全く別の喪失感で涙が止まらない。茫然とした表情は歪むこともなければ、悲しむこともなかった。ただただ目の前で事切れた母親の視界に自分は入らなかったということだけを理解する。

父親を失ったのは自分だって死ぬほど悲しかったのに、母親は一度も傍にいてくれなかった。抱き締めるどころか会いに来てすらくれなかった。

最後の会話はティアラの生誕祭でステイルを紹介した時だけ。しかも自分が予知能力に目覚めたこと自体は公表されたのに、王位継承権については語られるどころか個人的におめでとうの一言も言われなかった。来賓の前で、式典で、自分の予知能力覚醒よりもティアラの存在が公表されたことの方が喝采が多かった時にどれほど悔しくて恥ずかしかったか。

それでも堪えて、母親に文句も言わなかったのに今度は自分を置いて死んでしまった。自分を置いておめおめと父上の元へ行った。自分は見捨てられて置いて行かれた。

第一王女で幼くして予知能力に目覚め、勉学でも優秀を極め、式典でも母親と父親が望む通り王女らしく振る舞い続けてきた筈の自分が、最期の最後に手すら取られなかった。


─ ねぇ、母上どうして。


自分が最初の娘なのに。

どうして最期にティアラを選んだのか。自分のどこがこんな子どもに負けるのか。女王なら最期くらい王位継承者である自分に何か言うべきだったんじゃないのか。貴方が次の女王です、頼みましたよくらいは言えなかったのか。何故ティアラにそんな、まるで託したような言葉を残すのか。身体どころか目も頭も耄碌していたのか。どうして最期の言葉に自分を選んでくれなかったのか。どうして





─ どうして、愛してくれなかったの?





ベッド脇に立ち尽くし、母の死を看取った第一王女は泣き声一つ上げなかった。

父の時と違い、それ以上母親の亡骸に自ら触れようとすらしなかった。

女王の死に心から悲しみ胸を痛め縋り付いた心優しき第二王女と、死んだ途端近づきもせず無感情な眼に染まる傲慢な第一王女の姿は誰の目にも対象的だった。


女王が遺した最大の〝希望〟と〝過ち〟に気付く余裕など、悲しみの中どこにもなかった。




……





「……最後に、プラデストについてで宜しいでしょうか。こちらに関しては一応創設者である私が」


第一王子の誕生祭前日。

式典での発表内容打ち合わせの為、女王の執務室に赴いていたプライドは意識的に落ち着けた口調で確かめた。

母親の仕事部屋の一つである玉座の間や呼び出しされる際に会う謁見の間と異なり、執務室はプライド自身も入る機会は少ない。その為いつもより緩く痺れるような緊張が走っていた。

玉座の間や謁見間と異なり、執務室は明らかに母親の人間色がわかってしまう。女王である母親に相応しい絢爛豪華な装飾と美しい壁や天井画に囲まれれば、同じ〝城内〟にも関わらず、自分へお客様感を抱いてしまう。

しかも今部屋にいるのはテーブルの向こうにいる母親。父親の傍にはティアラ、そして摂政のヴェストの傍らにはステイルも同席が許された部屋は家族団欒と言うにはあまりに形式張った空間だった。

極秘な打ち合わせの為護衛の衛兵も騎士も部屋の外に待たされる中、それでも王族同士の緊張感は変わらない。ティアラやステイルと違い、母親と対面で座るプライドは特に肩へ力が入ってしまう。

ええ、それで行きましょう。と、そうローザが頷けばヴェストが決定事項を次々と書き込んでいく。ステイルが残りの書き終えた書類を式典のスケジュールごとに纏める中、やっとプライドも息を吐き出せた。

王女自粛期間を命じられている今、プラデストは彼女にとって許された数少ない公務の一つである。今までは女王の公務を学ぶべく母親に会うことも多かったが、最近は自粛の為激減し余計に緊張感が跳ね上がっていた。

全ての打ち合わせを終え、プライドも肩の荷が下りたように手元のカップへ指をかける。まだ温もりのある紅茶を香りから味わい、口に運ぶ。すると不意に向かいの席から想定外の言葉が投げかけられた。


「……ところでプライド。学校の方は、どうかしら?」


へ?と。

紅茶を味わいきれず飲み込みながら、プライドの目が丸くなる。

一瞬聞き違いか空耳かと想いながら正面を見返したが、視線の先にいる母親が発言したことは明らかだった。打ち合わせが終わったというのに、じっと上目に熱のこもった視線で自分を見つめる母親と、そして意味深に母親へ視線を向け楽しげに微笑んでいる父親。さらにはティアラとステイルまで確かめるように自分と母親を見比べている。

ヴェストが小さく溜息を吐いた後、プライドは潜めた声で「どう……とは?」と母親に聞き返した。まるで前世で定番の親台詞みたいな発言を、まさか今世でローザに言われるとは思いもしなかった。

紅茶を飲みきったらすぐ退出しようとしていた腰が、上等な椅子へと沈んだままになる。


「予知の件が、あるでしょう?それに学校での潜入視察という意味でも今日まで何もなかったわけではない筈です」

「⁇いえ、予知に関してはまだわかりません。潜入視察についてもジルベール宰相の報告通りです……」

ローザの言葉になだらかに返しながらも、プライドは頭の中で首を傾げてしまう。

毎日学校の視察結果については、異常なしも含めてジルベールに報告を受けに来て貰っている。宰相という立場と、年齢操作を担っている二点から彼に任されていた。そしてプライドの報告から、対処方法や参考を纏めて詳細を王配と女王にも毎日提出もしている。自分達の動きも問題提議も全て把握済みだと思っていたローザからの言葉に、何か怪しまれているのだろうかと考える。表向きは予知した学校危機の調査だが、実際はそれだけではなく救うべき生徒の捜索であることは最上層部にも知らされていない。

しかし娘の淡白な返事に、小さく唇を尖らせるローザは


「…………貴方の口から聞きたいのに」


ぷいっと。

まるでムクれるようにそっぼを向いた。

子どものようなことを言う母親に、プライドは大きく瞬きをした。身内しかいない時とはいえ、母親がこういう幼い態度を取るときがどういうことかよく知っている。

とうとう本音をこぼしたローザに、隣でアルバートが腕を組みながら笑いを堪えた。それでも肩が微弱に震えている。

ステイルとティアラが納得して半笑いのままプライドへ視線を注ぐ中、ヴェストは深くため息を吐いた。全く、と思いながら書類を先に纏め、侍女に新しい紅茶を命じるべく席を立つ。今日はこの為に侍女や衛兵も部屋の外に待たせていたようなものである。

母上……あの、と。空気を読んだプライドが探るように弱い声で尋ねれば、とうとうテーブルにローザは両頰杖まで付きだした。


「……だって、貴方が女王業務停止になってからはなかなか会えないし、ステイルとティアラには公務で時々会えても貴方は全然じゃない。しかも学校では懐かしい十四の姿をして庶民の可愛らしい格好で通っているのでしょう?私はまだ一度もその姿を見れていないし、だからといって学校に訪問するわけにもいかないし、本当なら絵師を呼んでせっかくの珍しい姿も姿絵にして残しておきたいくらいなのにアルバートとヴェストが」


いえ、その、それは。

言葉に詰まって何とも言えない。流しそうめんのようにひっきりなしに語るローザの言葉に、取り敢えず母親が自分と久々に会話したいと思ってくれたということはわかった。

今まで公務や女王業務では会ったが、最近は自分が自粛中の為に減っていた。そういえばこうしてじっくり話したのも久し振りかもしれないと、そこまでプライドは思い至る。我ながら何とも親不孝と反省するが、成人済みの彼女は苦笑だけが滲み出た。

途中から絵師という単語まで出す母親に、自分からも取り敢えずそれだけは断る。王族が庶民の格好の絵姿を残すなどそれこそ後々変な歴史にされて語り継がれかねない。ジルベールの特殊能力も極秘視察も両方機密事項である。

自分だってステイルとアーサーとの学生記念は欲しいが、それも我慢している。十四歳の自分やステイルの姿絵自体は城中にあるのだからそれだけで我慢して欲しいと切に思う。


「なら特待生の話とか聞かせてちょうだい。どういった発想で特待生制度を思い付いたのかも貴方達の学校生活、……視察に。視察に合わせて教えて欲しいわ。母親として、女王として」

来賓に説明する上でも役立つでしょう?と、口調を公務中に戻した後も、いつもの彼女にしては珍しくなかなか付け足し感が凄まじい。

しかし前世の記憶がある自分には馴染み懐かしい学校でも、母上には真新しい機関なのもあるだろうとも思う。そう考えれば自分も母親に、学校については話したい。極秘視察関係以外にももっと民が喜んでくれている様子を聞かせたい。多忙な母親がわざわざ話を聞いてくれるのならば、それ以上のことはない。

わかりました、と。子どもみたいに目をきらりとする母親に思わずちょっと笑ってしまいながら、プライドは言葉を返した。ファーナム兄弟も今後城に来ることになると思えば、差し障りない程度なら良いだろうと結論付ける。ステイル共々ヴェストに許可を得たプライド達は、ほんの暫くだけ打ち合わせからの延長戦お茶会を決めた。


「……それに、教師は講師も含めて皆熱心でした。私の担任のロバート先生もとてもお優しくて」

「そうです母上!お姉様はなんと飛び級にも……」

「ッティアラ‼︎その話よりも今はロバート先生の話だろう?」

教師の優秀さも語ろうとするプライドに、ティアラがうっかり飛び級に姉が選ばれたことを語ろうとする。

だが、そこをステイルが防いだ。プライドが飛び級に勧誘されたところを話せば、うっかり満点を取ってしまったことも同時に話さなければならない。

ステイルの封手に一拍遅れてティアラも気付いた。「そ、そうですねっ」と笑顔で頷くが、その不穏にヴェストはじっと三姉妹弟を見比べた。

アルバートとローザも不穏には少し気付いたが、楽しげに語り聞かせる子ども達に今は口を結んで傾聴に努める。中等部の子ども達や教師、身分を隠した上で仲良くなった友人を目に浮かぶように笑顔で語る娘達に、ローザも自然と頬が綻んだ。


─ 視察が続いてくれれば、その分娘達の話をこうして聞けるのね。


そう、こっそりと小さな希望を胸に浮かべる。

たったひと月間でも、自分にはできなかった十四歳の少女としての生活を楽しんで欲しいと心から願った。


Ⅰ18幕

Ⅰ472


ゼロサムオンライン様(http://online.ichijinsha.co.jp/zerosum)より番外編無料公開中です。

コミカライズ一巻感謝話から松浦ぶんこ先生が、素晴らしく構成して下さった貴重なエピソードです。

当時はあの感謝話をまさかコミカライズして貰えると夢にも思っていなかった為、本当に嬉しかったです。ローザの母親としての愛情もそして欠点も欠落も、コミカライズと合わせて楽しんでいただければ幸いです。


どうかよろしくお願いします。

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